【ああ、俺は、世界を壊し、世界を創る…】
最後に脳裏に響いたのは、自らの決意の言葉だった。スザクの剣が腹を貫く、燃えるような痛み。ナナリーの涙の温かさ。全てを受け入れ、俺は確かに、ゼロ・レクイエムを完遂したはずだった。完全なる調和の世界の礎となり、永遠の眠りについたはずの俺が、なぜ思考している?
「……ここは?」
意識が、ゆっくりと浮上する。呟いた声は、掠れることなくはっきりと響いた。軋む身体を起こすと、湿った土と腐葉土の匂いが鼻腔を突き刺す。見渡す限り、日の光もほとんど届かない、鬱蒼とした森。死後の世界とは、随分と生々しく、五感に訴えかけてくる場所らしい。
自分の喉に触れ、ルルーシュは息を呑んだ。その滑らかな皮膚の下に、まるで烙印のように刻まれた、見覚えのある鳥の紋様。
「コード…?なぜ俺が。C.C.から直接譲渡された記憶はない。まさか、ゼロ・レクイエムの過程で、父シャルルか母マリアンヌから間接的に…。いや、今は詮索している場合ではないか」
ともかく、生きている。いや、死ねない身体になった、というべきか。死の安息すら与えられず、再びこの世界に引き戻された理由は何だ。ルルーシュが立ち上がった時、足元に無骨なジェラルミンケースが置かれていることに気づいた。まるで誰かが用意したかのように、不自然にそこにある。警戒しながら蓋を開けると、中には見慣れた、しかしここにあるはずのない衣装が、完璧な状態で収められていた。
「ゼロの衣装…。なぜここに」
まるで、悪趣味な神が俺の再起を望んでいるとでもいうような、あまりに出来過ぎた偶然。だが、感傷に浸る暇はない。ルルーシュは近くにあった水たまりを覗き込んだ。濁った水面に映る自分の顔。その紫の瞳が、ふいに赤紫の光を帯び、中央に見覚えのある鳥の紋様が妖しく浮かび上がる。
「ギアスも健在か。コードとギアスが両立するとは…俺の身体は特別製、というわけか」
どちらにしても、好都合だ。手札は多いに越したことはない。ルルーシュはゼロの衣装をケースに戻すと、森の木々の隙間から遠くに見える、最も高いビルを目印に、まずは文明社会への復帰を目指し、歩き始めた。
◇
数時間後、森を抜けた先に広がっていたのは、見慣れた、しかしどこか違う都市の風景だった。建物の様式はエリア11のゲットーを彷彿とさせるが、そこに漂うべき絶望や停滞した空気が希薄だ。
(まずは情報だ。ここがどこで、今はいつなのか。俺の知る世界とどれほど違うのか…それを知らねば、次の一手は打てない)
ルルーシュは通行人の中から、気の弱そうな、それでいて身なりの良い男に狙いを定め、計算された角度でぶつかった。
「あっ、すみません」
「あぁ、いや、こちらこそ」
男が立ち去ろうとするのを、ルルーシュは呼び止めた。そして、その目を真っ直ぐに見つめ、意識の深層に語りかけるように、言葉を紡いだ。
「できればでいいのですが、そのスマートフォンと、財布の中身を全ていただけませんか?」
瞳に宿る、抗いようのない紅の光。男は一瞬虚を突かれたように目を見開いたが、すぐに恍惚とした表情を浮かべた。
「もちろんだとも。パスワードは4649だ。大切に使ってくれ」
疑いもせず全てを差し出す男を一瞥もせず、ルルーシュは路地裏へと姿を消した。手に入れたスマートフォンで、貪るように情報を吸収していく。そして、ニュースサイトのトップに躍る見出しに、彼の思考は一瞬停止した。
『亜人・永井圭、トラックに轢かれ死亡後、蘇生。現在も逃走中』
(…亜人?)
記事を読み進める。『亜人とは17年前にアフリカの戦場で発見された、決して死ぬことのない新生物である。国内で確認された亜人は、速やかに政府の保護下に置かれることになっている』
(死なない新生物…政府による保護。聞こえはいいが、その実態はどうだ?イレブンが「名誉ブリタニア人」として、どんな扱いを受けてきたか。この世界の政府が、それ以上に高潔である保証などどこにもない。むしろ、研究対象として、あらゆる非人道的な扱いを受けると考えるのが自然だ)
確証はない。だが、支配する側の人間の醜さを、ルルーシュは骨の髄まで知っている。
(それにしても、亜人などという生物、俺のいた世界には存在しなかった。17年前…俺がまだ幼かった頃か。あり得ない。……まさか、別世界か?パラレルワールド…?)
思考が高速で回転する。コードを持つ人間は、時空を超越した集合無意識であるCの世界にアクセスできる。情報が足りないなら、そこから引き出せばいい。ルルーシュは意識を集中させ、精神の深淵へと潜った。
瞬き一つで、風景が変わる。そこは、彼の記憶が収蔵された、巨大な美術館。自身の記憶だけでなく、コードを通じて流れ込んでくる、名もなき人々の無数の意識。ルルーシュは足早に目的の情報を探し当て、閲覧する。世界の構造、歴史の流れ、そして「亜人」という存在の真実。
「なるほどな…」
Cの世界からログアウトし、現実に戻る。記憶美術館で得た情報は衝撃的だった。元の世界で肉体が死んだ後、Cの世界を経由した精神が、何らかの要因でこのパラレルワールドに弾き出された。そして、この世界のどこかに遺棄されていた「ルルーシュ・ランペルージ」の肉体に定着し、蘇った。その肉体が、なぜか亜人としての特性を持っていたのだ。
(そして、俺が最初にいたあの森…あの山には、何かがある。俺の魂は、偶然あそこに流れ着いたわけではない。この世界の法則が、あるいは何者かの意思が、俺をあの場所へと引き寄せた…)
ルルーシュは顎に手を当て、考えを巡らせた。
(さて、これからどうする。俺の推測通りなら、亜人は実験動物同然の扱いだろう。俺自身がそうなるのは御免だ。かといって、このまま隠遁生活を送る柄でもない)
スマートフォンの画面をスクロールする。飢餓、紛争、汚職、差別。世界の形は違えど、人間の本質は何も変わらない。この世界もまた、腐っている。
(結局、俺のやることは変わらないらしい)
唇の端が、自然と吊り上がった。それは諦観か、あるいは新たな覚悟か。
(亜人は、人間から虐げられている。ならば、彼らは最高の駒になる。ギアスを使わずとも、俺に靡くだろう。まずは亜人を組織し、黒の騎士団を再興する。圧倒的な力で独裁国家を築き、世界を征服する。全ての憎しみを俺一身に集め、そして…)
ゼロ・レクイエム。一度は成し遂げた、あまりに歪で、しかし完璧な平和への方程式。
「世界平和か。また、長い道のりになりそうだな」
呟きは、しかし確かな熱を帯びていた。
(まずは、亜人との接触が必要だ。ニュースによれば、永井圭という亜人が逃亡中。彼自身に接触するのは難しいだろうが、その周辺から探ることはできる。妹がいるらしいな。永井慧理子…病院に入院中か)
ルルーシュはすぐさま行動を開始した。白衣を拝借して医師になりすまし、病院に潜入する。慧理子の病室で、彼はその瞳にギアスを宿した。
「君の兄、永井圭について知っていることを全て話してもらおう」
少女の抵抗は、絶対的な王の力の前には意味をなさなかった。永井圭の協力者、「海斗」という男の存在と、その連絡先。だが、その情報を得た直後、事態は急変した。
窓ガラスが粉々に砕け散り、黒い影が嵐のように室内に侵入してきた。人型をした、全身が黒い粒子で構成されているかのような異形の何か。それは幽霊のようでありながら、物理的な質量と存在感を確かに持っていた。
「なっ…!?」
ルルーシュが反応するより早く、黒い影は慧理子を乱暴に抱え上げた。咄嗟に少女を助けようと踏み出したルルーシュの腹を、影の腕が槍のように貫いた。
「ぐふぅっ…!」
内臓が焼けるような激痛。視界が急速に暗転していく。これが、死。意識が途絶える寸前、黒い影を操っていたハンチング帽の男の冷酷な目と、目が合った。
意識が途絶え、数秒後、再び閃光のように覚醒する。全身の細胞が一度破壊され、再構築されるかのような、言語化しがたい激痛。
「がはっ…!なるほど、これが…死なない、ということか…!慣れるものではないな…!」
蘇生直後の苦痛に耐えながらも、ルルーシュは即座に思考を切り替える。
(今の黒い影…あれは何だ?ギアスとは違う、未知の能力。そして、あの男は亜人、田中。となれば、あの影は亜人が使う能力の一種と考えるのが妥当か?そして、それを操っていたハンチング帽の男…彼も亜人、あるいは協力者か)
犯人たちの目的は、永井圭との接触。そのために妹を拉致した。
(厄介だが、好都合でもある。奴らを追えば、他の亜人に繋がる可能性がある)
窓から飛び降り、二度目の死と蘇生を経て、ギアスで奪った車に乗り込む。犯人の車を追跡しながら、先ほど手に入れた海斗の電話番号に、一つのメッセージを残した。
『私はゼロ。君の友人が、黒い幽霊に攫われた妹を心配している』
これなら、永井本人が聞いても不審には思うまい。
佐藤と名乗る男と永井圭の接触、そして研究所への連行。ルルーシュはその全てを影から追跡し、把握していた。佐藤が永井を見捨てたのを見て、彼の真意を即座に見抜く。
(わざと捕まらせ、人間への憎悪を植え付けるつもりか。狡猾な男だ。だが、そのやり方は凡庸だ。憎しみは、もっと効率よく、戦略的に利用するべきものだ)
佐藤が研究所を襲撃し、永井を奪還する。その混乱に乗じて、ルルーシュもまたゼロの衣装を纏い、研究所へと潜入した。警報が鳴り響き、死体が転がる無人の研究施設で、彼は解放されたばかりの永井圭と対峙した。
「お前が永井圭か」
「! あなたが…ゼロさんですか?なぜここに…?」
「ゼロで構わない。お前に会いに来た」
ここまでは、計算通り。だが、永井圭との短い会話で、彼が他の亜人と何ら繋がりを持たない、純粋な「被害者」であることを知る。
(当てが外れたか。いや、問題ない。組織がないなら、俺が創ればいいだけの話だ。白紙のキャンバスの方が、俺の色に染めやすい)
永井と共に研究所を脱出したルルーシュは、彼に一つの提案をした。
「俺と共に来い。俺の下でなら、お前が化け物でないと証明する道を作ってやれる。お前がただの被害者で終わりたくないのならな」
その言葉は、絶望の淵にいた少年の心に、深く突き刺さった。
◇
数日後。ルルーシュは永井と、彼の唯一の信頼できる友人として合流した海斗を連れ、再びあの「始まりの山」に戻っていた。
「ゼロさん、どうしてこんな山奥に?食料も何もないのに」
海斗が不安げに尋ねる。永井も、この仮面の男の意図が読めず、警戒を解いていない。
ルルーシュは答えず、苔むした巨大な岩壁の前で立ち止まった。
「永井。先日、君の妹君を攫った黒い影…あれと同じものを、君も出せると聞いた。やってみろ。この壁を殴れ」
「え…?な、なんでそれを…」
永井は驚愕に目を見開いた。自分がその力を使えることは、海斗以外には話していないはずだ。
「俺には俺の情報網がある。いいからやれ。これは命令だ」
永井は戸惑いながらも、意識を集中させる。彼の背後から、黒い粒子が渦を巻き、包帯に巻かれた人型の幽霊が出現した。
幽霊は永井の命令に従い、岩壁に拳を叩きつける。ゴッ、という鈍い音と共に、岩壁の表面が崩れ、その奥から人工的な金属の地肌が覗いた。
「やはりな」
ルルーシュは満足げに頷くと、金属の扉に刻まれた旧日本軍の紋章を指でなぞった。
「海斗、君の力が必要だ。ここをこじ開けろ」
海斗がバールを使って扉の隙間に力を込めると、七十年以上の時を経て、錆びついた扉が軋みながら開いた。
カビと埃に満ちた闇の奥へと、三人は足を踏み入れる。そこは、まるで時が止まったかのような、広大な地下空間だった。
「すごい…なんだ、ここ…」
海斗が息を呑む。
時代遅れの発電設備、古びたが頑丈そうな工作機械、そして、化学実験用と思われる様々な器具。壁は、ただのコンクリートが剥き出しになっているだけだ。
「旧日本軍の秘密研究所だ。表向きは化学兵器の研究施設だったらしいが、その実態は違う。ここでは、『不死』に関する研究が行われていた」
ルルーシュは、ギアスで得た情報を元に、澱みなく語る。
「今日から、ここが我々の城だ。黒の騎士団の、最初の拠点となる」
「黒の騎士団…?」
永井が問い返す。
「そうだ。力なき者たちのために戦う、正義の味方だ」
ルルーシュは懐中電灯を手に、施設の探索を始めた。永井と海斗も、不安と好奇の入り混じった表情でそれに続く。埃っぽい通路を進むと、いくつかの部屋があった。ロッカールーム、仮眠室、そして資料室。
資料室のキャビネットは固く錆びついていたが、海斗がこじ開けると、中から大量のファイルが雪崩のように落ちてきた。そのほとんどは湿気で読めなくなっていたが、ビニールで厳重に保護された数冊のファイルは、奇跡的にその内容を留めていた。
「これは…」
ルルーシュがその一つを手に取り、ページをめくる。そこには、亜人の身体能力に関する、常軌を逸した実験記録が記されていた。再生能力の限界を探るための、凄惨な破壊と蘇生の繰り返し。
「ひどい…」
永井がその内容を覗き込み、顔を青ざめさせる。それは、彼が研究所で受けた仕打ちを、より体系的に、何十年も前から行っていたことの証明だった。
「これが、政府の言う『保護』の正体か」
ルルーシュが冷ややかに呟く。
「いや、これは旧軍の記録だ。だが、この国の本質は何も変わっていないということだろう」
さらに奥へ進むと、巨大な空洞に出た。天井はドーム状になっており、地上へと続く巨大な搬出口が固く閉ざされている。その広大なスペースの片隅に、無数の鉄屑や資材が山積みになっていた。
「工作機械も、電力も生きている。資材もある。そして、俺の頭の中には設計図がある」
ルルーシュは、何もない空間を指し示した。
「ここに、我々の剣を造る。鋼の騎士…ナイトメアフレームをな」
「ナイトメア…?」
「人型自在戦闘装甲騎。既存のどんな兵器をも凌駕する、戦いの概念を変える存在だ」
永井と海斗には、彼の言葉の意味が理解できない。だが、その声に含まれる絶対的な自信は、二人を圧倒するには十分だった。
「だが、この世界の技術レベルでは、一つ大きな問題がある。動力源だ。俺の知るナイトメアは、サクラダイトという特殊な鉱物によって駆動する。だが、この世界にそれはない」
ルルーシュはそこで言葉を切り、永井を見据えた。
「永井、君のその黒い幽霊…あれは物理的な干渉力を持つ。つまり、エネルギーの塊だ。もし、その未知の粒子を制御し、動力として変換できたとしたら…?」
「え…?そんなこと…」
「可能だ。いや、可能にしてみせる」
ルルーシュの脳裏には、新たな方程式が組み上がりつつあった。亜人の力と、彼の知識。二つの世界の理が融合した時、常識を超えた兵器が生まれる。
「君たち亜人の力は、単なる戦闘能力に留まらない。この世界を変えるための、革命のエネルギーそのものだ」
「だが、まずは君たちの力を正確に把握する必要がある」
ルルーシュは永井に向き直った。
「その黒い幽霊、もう一度出せるか?」
「ええ、まあ…」
「君は、自分が亜人だと分かってから、何人の人間を信じた? 何人の人間に裏切られた?」
「それは…」
言葉に詰まる永井に、ルルーシュは仮面越しに静かに語りかける。
「疑うのも無理はない。だが、俺は結果で示す。俺を信じろとは言わん。俺の創る未来を、その目で確かめろ」
彼は、施設の入り口へと続く闇を見つめた。
「黒の騎士団は、理念だけで戦う烏合の衆ではない。力を持つ。圧倒的な、暴力を覆すための暴力をだ。その力の一つが、君たち亜人だ。永井圭、君には俺の剣になってもらう。そして、俺はお前たちの王になる」
その言葉に、永井は反論できなかった。佐藤の狂気とも、戸崎の冷酷さとも違う、第三の選択肢。それが正しいのかは分からない。だが、この仮面の男が描く未来に、一縷の望みを賭けてみたいと、そう思ってしまったのだ。
海斗もまた、友人の隣で固唾を飲んでいた。目の前の男は、正義の味方には見えない。むしろ、王や魔王といった、物語の中の存在のようだ。だが、圭が初めて見せた、誰かに従うという意思。それを見届けたいと思った。
その時、ルルーシュはふと、施設の最奥、ひときわ厳重に封鎖された扉に目をやった。そこだけ、空気が違う。何か、この施設の根源的な秘密が眠っているような、濃密な気配。
(あれは…なんだ?)
今はまだ、それを開ける時ではない。ルルーシュは直感的にそう判断し、踵を返した。
「さて、やることは山積みだ。まずは、この城を快適なものにするところから始めようか」
仮面の下で、ルルーシュは不敵な笑みを浮かべていた。
反逆の歯車は、今、確かに回り始めた。世界の誰からも忘れ去られた山の奥深くで、静かに、しかし確実に。新たな伝説の幕が、上がろうとしていた。
飽きっぽいので多分エタります。いろいろおかしいですけど細かいところは気にしないでください。