能力名がオノマトペはダサすぎるって! 作:スーパー・カミオカデン
足音、怒号。忙しなく発せられる無数の音が重なることで、生徒会室は耳障りな喧騒に包まれていた。
「状況は?」
「! エバルス様──」
「状況、は」
「は……はっ!」
青と銀の長髪、切れ長の双眸を持つ少女。生徒会長・エバルスの入室に気付き、幾人かの生徒がそれまでの動きを止めて最敬礼を行おうとするが、当のエバルスがそれを遮った。僅かに強められた語気に身震いを起こしつつ、1人の男子生徒が数枚の資料を掴み取り、生徒会室の最奥、豪華絢爛な椅子を目指すエバルスに並走する。
「騎士団からの情報では脱獄を計った者は8名、既に6名は身柄を抑えたとのことですが、残りの2名は未だ捉えられておらず、両名ともこのラグライカ学園に潜伏している可能性が高いとのことで……!」
ぎっ、と椅子が軋み音を発する。
腰を落ち着かせたエバルスは、自身の正面で苦渋の表情を晒している男子生徒に視線を投げかけながら問いただした。
「その2人の名前は」
「──ベルァ・“#”・ヒアンノ。及び、リロ・“ナイトメア”・リロードです…っ」
名前を出すことすら躊躇われる、そんな面持ちで吐き出された2つの人名に、エバルスは苛立ちを隠すことなく乱雑に立ち上がった。彼女の体から発せられた冷気とは別の原因による寒気で、男子生徒が身震いを起こす。
「……お上の無能ぶりには、ほとほと呆れ返るなァ」
バキリバキリと音を立て、己の足元を凍り付かせていくエバルスは、小さく溜息を吐き出してから振り返る。絶対零度の視線を向けられたことで、正面に立っていた男子生徒はもちろん、室内にいた全ての人間がそちらを向いた。
「全てのS、A級を招集し討伐部隊を編成しろ」
『了解!』
「……この学園は私だけの
♭
めんどくさい授業の合間に訪れる癒しの時間、ランチタイムだ!
しかし我々F階級は学園内において最低の扱いを受けることが基本の存在。つまりはメシもろくにありつけないぞ!
……バカかな?
「たんぽぽ〜たんぽぽ〜〜、あとよも〜ぎ〜」
食堂なんかに行くと上位階級の生徒に絡まれるだけなので、オレは1人森の中へと訪れていた。
ラグライカは非常に広大な土地を有しており、敷地内にはちょっとした森や小山が普通に存在している。1つの街を、そのまま『学園』として使っていると認識して貰えばいい。金持ちのすることはスケールが違うね。
「木の実は何があるかなぁ〜……と」
学園の敷地内の山、その麓に足を運んだオレは、お手製の籠に野草を放り込みながら散策を続けていく。
きのこもあれば手に入れたいのだが、まだ大陸の植生を全ては把握していないので今回は避けておこう。毒きのこなんかを引き当て、その結果に中毒死なんかしたら目も当てられない。
「おっ。びわの実だ。ラッキー」
枝先に成った果実を見つけ、幸いとよじ登り実をもぎ取る。瑞々しい……とはちょっと言いづらい見た目と感触だが、まあ腹に入っちゃえば同じだ。ヘーキヘーキ。
果実を籠に投げ入れ、登っていた枝から飛び降りる。
それなりに集めたのでそろそろ戻ろうとしたオレは、背後から聞こえた乾いた音に勢いよく振り返った。
ぱきり、と乾いた枝を踏み砕いた音。獣のものであろうそれを察し、緊張感を持ちながら視線を巡らせて捉えたのは──。
「………なんだ?」
重厚な肉体。熊だ。野生動物の中では頂点と言っても過言ではない、膂力の化身みたいな奴である。
しかしながら様子が変だ。目は白濁とし、体毛はところどころ禿げ落ちた上、妙にやつれているのだ。詳しくはないが、飢えや病気とは何か決定的に違う様に思える。
首を傾げる──ことが出来る程度には余裕を感じる──オレの視線の先で、しきりに自身の背後を振り返りながら涎や鼻水を垂れ流しにする、野山の頂点捕食者が酷く覚束ない足取りで、オレの真横を走り抜けて行った。
……怯えてた? 一体、何にだ?
「──いやこのままここに居たらソレと鉢合わせるじゃん」
正体不明だが、熊があんな風になる存在である。奇妙な状況に、固まったまま思考を巡らせていたオレは、自身が置かれた状況に気付き慌ててその場を後にした。
「あ。ひとだ」
……結果を述べれば、出来なかったんだけど。
やけに舌っ足らずな幼い声に、今まさに立ち去ろうとしていたオレは、恐る恐るそちらを向いた。
さて。そこに居たのは女の子である。背丈はオレの腰より少し高いぐらい。乳白色の髪と雪を思わせる青白い肌以外は全て黒。手袋や帽子、裾が長く襟の高い衣服に身を包んだ彼女は、目元だけが露出した奇天烈な格好である。
もごもごと、くぐもった声音で謎の少女は言う。
「なにしてるの?」
「え? ……えーと、食料集め?」
「おもしろそ。ついてってもい?」
「……はぁ。まあ」
……なんだこいつ。
不思議ではあるが、特に何も感じないな。
十中八九、先ほどの熊が逃げる原因ではあるんだろうけど、別になんともなさそう……??
疑問に思うオレを他所に、とててっ、と駆け寄ってくると小さな手をオレの手に重ねる少女。見た目の年頃に違わずやたらと人懐っこい。
「なんだ君。迷子か」
「ん。まいご。リロまいご」
「リロちゃんね。んじゃ着いといで」
「おなかへった。ごはんほし、よこせ」
「図々しいなこいつ」
♭
謎の少女はリロという名前らしい。
どうやって学園内に迷い込んだのかは気になるところだが、オレも腹が減っているし、リロも腹の虫をしきりに鳴かせるもんだから、一先ずは昼食を優先することにした。
場所は先ほどの小山から離れ、庭園である。
ベンチや、なんかこう……東屋? みたいな場所で優雅に茶をしばいている上位階級生たちから注目されつつも、適当な場所で荷物を広げると早速調理を開始した。
紐で首からぶら下げていた、小さな3つ足の鉄鍋に野草を放り込み、懐から取り出した小瓶の中身……油を次いで注ぐ。
野草と一緒に集めておいた芝を並べ、火打石で火を起こして鍋をその上に置く。暫くすれば熱された油がじゅりりと音を立て始めた。
「リロはかしこいからしってる。これはそのへんのくさ。くさはたべられないし、おいしくない。カヅラはあたまがわるい、かわいそ……」
「失礼なことを抜かすな小娘、このカヅラ様のスペシャル野草炒めを振る舞ってやらんぞ」
大半の物は熱を通せば食える様になるし、味付けなんてものは調味料さえあればどうとでもなるのだ。
哀れみの視線を向けてくるリロに腹立ちながらも、塩胡椒を加えた野草の調理を続け、炒めたそれを皿──の代わりに大きな葉っぱの上に、これまた懐から取り出したパンを先に出してから、その上に乗せる。
うん。見た目はこう、ぐちゃあっとしてアレだが……まあ腹を満たせればそれで良い。
「ほれ、果物もつけちゃる」
「……リロはおとな。おばかなカヅラのほどこしをむげにしない。いただきます」
リロの態度は中々に失礼であり、終いには張っ倒しそうだ。舌っ足らずな癖して無駄に語彙が豊富なせいで、腹立たしさ2割増しである。
半分に割った果実を受け取ると、腰を下ろしたオレに倣ってか隣に座り、小さな両手で野草炒めが乗ったパンを掴み、彼女は口に運んだ。
「──これはよそうがい。とてもおいし」
「何事も、見た目や第一印象で判断しちゃいけないんよ」
味付けは油と塩胡椒だけだが、意外とイケるもんである。印象をひっくり返されてからは早く、リロは口周りが汚れるのも気にせずにかぶりついていった。
良い食いっぷりである。それを見ていたオレも食欲を刺激され、手元の野草炒めパンにかぶりつく。
「おいおいおぉい。なー、んー、でー。最低階級のヤツがこんな場所に居んだぁ?」
──その直前、声と共に飛来した足蹴りがオレの手元からパンを奪い、地面に散乱させた。
「ああ!? なんてことを!!」
驚愕と怒りから思わず悲鳴を上げるオレ。下手人は、そこらじゅうに装飾を施した男子生徒だ。下卑た笑顔を張り付かせながらこちらを見やる彼に、義憤に駆られたオレは鋭く睨みつける。
土地も広大で人手も多い、豊かな環境である大陸で育った彼は知らないだろうが、飯というのは貴重であると同時にとても尊ばれるべきものだ。うまいもの食べて腹を満たせば、どんなに荒んだ心も癒される。食事は大事なのだ。そしてそれを彼は台無しにした。
絶対に許さん、血祭りに上げてやる!!
「んだぁ、その態度はよお。F組ごときがこの俺に歯向かうつもりかぁ??」
能力だろう。見ただけで重量を感じさせる球体を、手のひらに出現させる男子生徒。それを無視し、オレは握りしめた拳を顔面に叩き込もうと腕を引き絞る。
それよりも、早く。
「──それは、カヅラのりょうり。どうしてこんなことしたの?」
幼い声音。正体はリロ。少年のズボンを指先で摘んだ彼女は、地面に散らばった野草とパンを指差しながら言う。
「ああ!? んだてめえ。てめえもF組かぁ。俺に気安く触ってんじゃねぇぞ!」
「……リロはかしこいからわかる。おまえはかしこくない、それでよくもない。おまえはわるいやつ。わるいやつはやっつける」
「馬鹿、離れろ!」
なんの断りもなく触られたのが、相当頭に来たらしい。リロが、直前まで野草炒めパンを頬張っていたことでその手が汚れていたことも合わさり、男子生徒は激昂と呼ぶに相応しいほど怒りを露わにした。
「ごちゃごちゃうるせえ。まずはてめえから先に片付けてやるよぉ──っ!!」
咄嗟にリロの小さな体を抱え上げる。男子生徒がどんな能力かは知らないが、怒髪天の彼はまず間違いなく攻撃手段としてそれを振るうはずだ。
小さな少女の盾になる様に包み込みながら、オレは地面に倒れ込む。
♭
「──『
…腕の中、リロが何かを呟いた。
やはり一発ネタ、ただの能力モノと化してしまった。