フクキタルは97年世代で一番長寿だったなぁと言う事を思い出し書いてみました。
陽だまりというのは、どうしてこうも人を優しくしてしまうのでしょうかねぇ。
私、マチカネフクキタルは、今日も例によって例のごとく、日課のベンチにて、ぽかぽかとした太陽に背中を預けておりました。
耳に入るのは、風のさざめきと、遠くで走る子たちの蹄のリズム。あれはオマチさんのところのお子さんでしょうか、いや違うかもしれませんね、でもどこか似ている気もします。
スズカさん……。あなたの走りは、音じゃなくて、風の記憶でした。
あの日から、随分経ちましたけれど。風の抜ける音に混じって、たまに聞こえる気がするのです、「先に行くわね」って。
ふふふ……それじゃ、いけませんよ。まだ私は、ここにおりますのに。
思えば、見送ってばかりの人生でした。
スズカさんも、おマチさんも、そしてトレーナーさんも、みんな、ひとり、またひとりと。どんなに明るく笑っても、その後ろ姿は、胸のどこかにぽっかりと穴をあけていきました。
そして、お姉ちゃん。
一番早くに旅立ったあなたは、私のなかでずっと「先に行った」存在であり続けました。
だから、私がいつも明るくしていたのは……。
もしかしたら、見送る側の使命だったのかもしれません。
花壇の花は、誰が世話をしても咲きます。でも、世話する人の声や手のぬくもりで、少しずつ色が違って見えるものなのですよ。
「オマチさん、こっちはお水が多すぎやしませんか〜?」
そんなふうに笑って、皆さんとあれこれ語りながら過ごした時間は、私の中で今でも瑞々しいのです。
自信の無かった私はシラオキ様や占いを通して明るい役を演じていた……、でもトレーナーさんが一緒に歩んでくれて、トレセンのみんなと支え合って、レースで結果を出して、演じているうちに、本当にそうなっていたのかもしれません。
それが私の生き方だったのでしょう。
ぽかぽかと、ぽかぽかと。
眠気が優しく押し寄せてきます。瞼が重くなるのも、これまた春の魔法です。
「先に行くわね」
「待ってるからね」
風に混じって聞こえてくる声は、懐かしく、切なく、そして温かい。
あぁ、今なら少しだけ、手が届くかもしれませんね。
「……行こうかな」
静かに、私は、ひとつ息を吐きました。
「フクばあちゃーん!」
ぴょこぴょこと小さな影が駆け寄ってきます。
「あっ、あらあら、これは失礼しました。思わず極楽まで行ってしまうところでしたよ〜」
目をこすって、私は笑います。まだ陽は高く、風も暖かい。
「もうこんな時間ですか。さぁ、手をつなぎましょう。転ばないように、しっかりと」
小さな手が、私の手を握りました。
帰り道、私は空を見上げました。雲ひとつない、青空です。
「……じゃあ、また明日、スズカさん」
空は黙って、それでも確かに、光で返してくれました。
それが、私の今日のお話です。