自分を普通だと自称するネイチャは、結果を出せていないウマ娘達からは複雑な感情を持たれているだろうなと思って書きました。
中央トレセン学園は、思っていたより眩しくて、思っていたより冷たい。
地元では無敗だった。レースで結果を出した時は小さいながらも新聞に載り、私が真ん中で記念写真も撮られた。
でも、中央に来たら違った。 初戦6着、二戦目9着。 それからは結果を思い出すのも嫌なレースばかり、昨日のレースも掲示板に入れてホッとしてる体たらく、誰にも名前を呼ばれず、トレーナーからはフォームの悪さを指摘される日々。
ある朝私は、ひとりで食堂の隅にいた。 トーストの耳がやけに硬くて、噛み切れなかった。
「おはよ〜。食欲ない系?」
声をかけてきたのは、ナイスネイチャ先輩だった。
こげ茶色の髪をゆるく結んだ先輩。 トレイの上にはスープとヨーグルトだけ。食が細いのか、朝が苦手なのか。
「昨日のレース、観てたよ。ラップ悪くなかったじゃん。あたしなんてもう、いつも通り“普通”だったし〜」
その言葉に、胸が少しだけざわついた。 この人はいつも”普通”って言う。 でも私は知っている。
ネイチャ先輩は、重賞の常連で、ファンも多くて、名前だってよく聞く。 “普通”なんかじゃない。なのに、なぜ“普通”を繰り返すのか。
私も最初は自分が特別なウマ娘だと思っていた、中央に来るような子達なら誰しもがそう言う時期を経験すると思う。
でも現実は違う、才能がある、努力をしてる、環境に恵まれているそんなのは当たり前でスタートラインですらない。
そこから本当に特別なウマ娘と”普通”なウマ娘が篩にかけられていく、でも私はウマ娘だから走る事しかできなくて、勝ちたくて仕方がないから自分が”普通”だって言う事を受け入れられない。
自分が”普通”だって認めてしまうのが怖いし、何よりそれを認めてしまったら辛い現実から逃げるための言い訳を自分に与えてしまう事になるから。
だから自分が”普通”だと公言しているのに、それなのに結果を出していて私からは特別な側だとしか思えないネイチャ先輩が理解できなかったし、それと同じぐらい腹が立った。
そんな自分の事を棚に上げて、先輩にモヤモヤした感情をぶつけていてもはじまらないと思ってフォームの確認の為にやってきた資料室。 映像で自分の走りを見返していたら、またネイチャ先輩がふらっと現れた。
「お、ストライド調整?意識高〜。……って邪魔しないから」 笑って、隣の端末で自分のレース映像を再生している。
画面に映るネイチャ先輩の走りは、驚くほど滑らかだった。 無駄のない軌道。地を蹴る蹄の一つひとつに、呼吸が宿っていた。
私は、目を逸らした。自分のフォームと比べるのが怖くなった。
「先輩って、本当に自分のこと“普通”って思ってるんですか」
つい、口にしてしまった。
ネイチャ先輩は一瞬だけ固まった。でも、すぐに苦笑いして、椅子の背にもたれた。
「うーん、どうだろ。……でもね、“普通”って、簡単なようでけっこう難しいんだよ」
「難しい、ですか?」
「うん。目立ちすぎてもダメ、手を抜いてると思われてもダメ。 いつも『そこそこ頑張ってる風』に見せるって、実はけっこう疲れるんだよね。期待されすぎないように、でも期待を裏切らないように……そういうバランス取りながらやってくのって、さ」
その言葉に、息を呑んだ。
後日、ファンイベントがあった。 先輩の元に、花束を持ったファンが駆け寄るのを見た。 「ナイスネイチャさん、いつも応援してます!次はG1、ですよね?」
先輩は、両手を広げてオーバーリアクションで笑った。 「うわーありがとー!いや〜あたしなんかにはもったいない言葉だなぁ〜」
でも、その笑顔の奥にほんの一瞬だけ揺らぎが見えた。
「ほんとは、勝ちたいって思ってるんだろうな……」 私は呟いていた。
ある日のメインレース。私はこの日出場するレースが無かった。 なのにスタンド席で観客の中に紛れ、静かにレースを見つめていた。ネイチャ先輩のレースを見ていたいと思ったから。
最終直線。ネイチャ先輩は、三番手からじわじわと差し込んでいた。 目を細めた。フォームが微塵も崩れていない。
「ナイスネイチャーッ!!」
スタンドが割れるような歓声を上げたその瞬間、緑と赤のリボンが翻って前を差し切った。
掲示板にはレコードのランプ。
涙が出た。止まらなかった。 勝って嬉しいというより、 “あの人がようやく、普通じゃないって証明された” それが嬉しかった。
レース後、控室に向かう廊下で向き合った。
「おめでとうございます。……すごかったです」
「うわー、ありがとう。もうさっきまで心臓バクバクだったよ~」
私は深く息を吸って言った。
「……私、先輩みたいになりたいです。ずっと“普通”って言いながら、誰よりも努力してて、誰よりも真っ直ぐ走ってる、そういう人に」
ネイチャ先輩は目を丸くして、すぐに照れたように笑った。
「いやぁ〜……それ、前も言ったけど意外とハードル高いよ? “普通”って、逃げみたいである意味逃げられないって言うか」
私はその言葉を、胸の中で何度も繰り返した。
“普通”を口にするたびに、私は逃げていた。 ネイチャ先輩は、同じ言葉を使って、自分を守りながらも戦っていた。
私が甘えていた”普通”は、 先輩にとっては、自分を貫くための誇りだったのだ。
だから私は、あの人の背中を目指すことにした。
“普通”でいることは、特別になることより難しい。
そのことを教えてくれたのは、ナイスネイチャという名の、 最も誠実なウマ娘だった。