モンスターの言葉が分かれば楽出来ると思った僕の考えは甘かったかもしれない(修正版) 作:ラン乱
〜天界・星霊の回廊〜
白く輝く回廊の先で、ディオーネの怒声が響き渡っていた。
ディオーネ「こらー!エロース、どこにいるのー!!」
声を張り上げながら、黄金の羽衣を翻して歩く女神。その姿はまさしく“怒れる母性の象徴”だった。
エロース「んもう、うるさいわね〜。何よ何よ、ディオーネちゃんったら、そんなに焦って。眉間にシワできちゃうわよ?」
柔らかな羽を纏い、艶やかに笑う恋愛と性愛の神エロースが、ふわりと雲間から降り立った。服装は相変わらずの露出度……というより、ほぼ裸に近かった。
ディオーネ「何が眉間よ! 記録映像を見たの。あなた、あの子に勝手に“誘惑”のスキルを付けたでしょ!? 誰の許可でそんなことしたのよ!」
エロース「ふふ〜ん。だって面白そうだったんだも〜ん。“古龍の気配”のある子だし、ちょっとだけサービスしたくなっちゃって♪」
ディオーネ「“ちょっと”のスケールが神の仕事じゃないのよ! しかも“誘惑”って……あの子が望んでもいないスキルじゃない!」
エロース「だって〜、ちょっとでもモテた方が、人生楽しいじゃな〜い?」
ディオーネの額に青筋が浮かんだ。
ディオーネ「……この場で外します」
エロース「ちょ、ちょっと待って! もうちょっと様子見て――」
ディオーネ「い・い・わ・ね?」
エロース「……はぁい。ごめんなさ〜い。」
こうして、グランに付与されていた“誘惑”のスキルは、ディオーネによって静かに解除された。
(エロース)「でも残滓くらいは……残るかもね〜。ふふふ」
〜地上・草原の小道〜
旅立ちから約40分。草をかき分け、空を見上げ、三人と二頭の奇妙な旅が続いていた。
桜華『ねえ、まだ着かないの?』
グラン「まだ。」
桜華『まだ〜?』
グラン「しつこいな、まだっつってんだろ。」
桜華はふいに立ち止まり、目を潤ませながら言う。
桜華『私、疲れたー。おんぶしてー。』
グラン「無理に決まってるだろ。君の体重知らないけど、見た目だけでも数百キロはある。黒影に乗れ。」
桜華『それは遠慮するわ。』
黒影『はあ? なんでだよ。俺は別に構わねえって言ってるだろ。』
桜華『グラン様以外はお断り。』
黒影『いつから“様”付けになったんだ、全然似合ってねえっての!』
桜華『うるさいわね。あんたみたいな野性味だけの雄には関係ないでしょ?』
黒影『その生意気な態度、叩き直してやるぞ、コラ。』
グラン「やめろ。」
静かだが重い一言に、黒影の動きが止まった。
黒影『なんで止めんだよ。あんな態度されたら誰だって頭にくるっての。』
グラン「だからこそだ。喧嘩で学ぶより、言葉で伝えた方がマシだろ。」
彼はゆっくりと桜華の方へ向き直る。
グラン「桜華、お前な……その性格のままだと、この先一竜で生きていけないぞ。」
桜華『……』
グラン「自分中心な考え方は直さなきゃ駄目だ。直す気がないなら……」
その瞬間、彼の瞳が再び変化した。鋭く、金色の光を放つ“竜の瞳”が、桜華の目を正面から射抜く。
黒影『チッ……! 分かったよ……』
桜華『……うん、ごめんなさい』
しゅんとした様子で頭を下げる桜華に、グランは少しだけ微笑む。
グラン「怒ってるわけじゃない。けど、仲間としてやっていくには“思いやり”が必要だ。」
桜華『うん……。』
黒影『……ま、俺も言い過ぎた。悪かったな。』
桜華『……こっちこそ。』
静かな風が草原を撫で、彼らの間に流れた空気が和らいでいく。
グラン「よし、仲直り完了。目的地まであと少しだ。がんばって歩こうぜ。」
桜華『……でも疲れたのは本当……』
グラン「もう一回言ってみ? 今度は背中から落とすぞ。」
黒影『ははっ、それでこそ俺の相棒だ。』
桜華『……むー』
2竜の返事を確認し、グランが再び歩みを進めようとしたその時だった。
遠くの風を切る音、土煙を上げて迫る影が視界に映る。
グラン「ん?」
目を凝らすと、草原の向こうからこちらへ一直線に向かってくる何か――いや、“誰か”がいた。
その後ろには、土を蹴散らしながら咆哮をあげる【ティガレックス】の姿。
ティガレックス『待ちやがれーッ!』
追いかけられていたのは、一匹のアイルーだった。背丈は他のアイルーと比べても少し小さく、しかし鋭い眼光をしていた。
アイルー「ニャ、ニャ…はぁ、ま、まずいニャ……。」
必死に息を切らしながら逃げているが、このままではいずれ捕まって喰われてしまう。グランは瞬時に判断を下す。
グラン「(まずい…あの距離だと、すぐには届かない。なら――)」
グランが走り出そうとした、その瞬間だった。
アイルー「せめて道連れにしてやるニャ!」
アイルーは背中のポーチから何かを取り出し、背面に振り向きざま、地面に向かって投げつけた。
グラン「っ! 閃光玉だ! 黒影、桜華、目を閉じろ!」
その叫びと同時に眩い光が辺り一帯を覆った。
ティガレックス『うがぁ!?目が、見えねぇ! クソ猫が……どこだ!?』
怒り狂う声が響く。ティガレックスは目を細めて辺りを見回すが、視界はまだ戻らない。
アイルーは着地と同時にポーチからアイルーサイズの小型剣を引き抜く。
アイルー「……わざわざ広い場所まで来てくれて感謝するニャ。おかげで戦いやすくなったニャ。」
その声は静かで、妙に落ち着いていた。
ティガレックス『チッ…何言ってんのか分かんねぇが、見えるようになったら終わりだ!』
アイルー「いいや、終わりは今ニャ。」
次の瞬間、アイルーは地を蹴って走った。
小さな体で巧みに懐へ入り込み――鋭い剣を、ティガレックスの胸部に深く突き立てた。
ティガレックス『がはっ!?』
そのままアイルーは体を反転させ、刺した剣を引き抜く。
アイルー「ボクに会ったのを後悔するニャ。」
だが――
ティガレックスは、まだ倒れなかった。
ティガレックス『こ…の俺が……ネコ一匹に……やられてたまるかよぉ!!』
怒りと執念で顔を歪め、最後の力を振り絞ってアイルーへ喰らいつこうとした。
アイルー「ニャッ!?」
その瞬間――
グラン「(……黙って見てる訳にはいかねえ!)」
背中にかけた太刀に手をかける。しかし距離がある。走っても間に合わない。焦りに似た感情が脳裏を駆け抜ける。
グラン「(あの時の感覚を思い出せ……怒りがきっかけじゃない。もっと内から……背中辺りに、ゾワゾワする感覚を……)」
意識を集中させると、グランの瞳孔が再び変化する――鋭く光る“竜の瞳”。
奥底から湧き上がる力。体が軽くなる。意識が一点に収束する。
グラン「よし……これなら……!」
脚に力を込め、地を跳ね上がるように――一気に飛翔。
一閃。
グラン「天翔斬ッ!!」
跳躍とともに繰り出された斬撃は、下から上へと鋭く振り抜かれ、ティガレックスの胴体を真っ二つに裂いた。
ティガレックス『か、へ……?』
その巨体が地に崩れ落ちると同時に、静寂が辺りを包んだ。
アイルー「ニャ、ニャニャニャ!?」
黒影『すげえ……今の何だ!? 一瞬で……殺っちまったぞ!?』
桜華『……流石、未来の旦那様……♡』
黒影(心の声)「(まだ言ってんのかよ……)」
グランは着地とともに息を整え、太刀を鞘に収めると、ぽかんと立ち尽くしているアイルーに向き直った。
アイルー「……先程の太刀筋は見事感服し、しかと拝見しましたニャ!どうか、ボクをご主人様の弟子――オトモにして欲しいのニャ!」
グラン「ええ!?」
唐突すぎる申し出に思わず声を上げた。
グラン「……っ、待って。君さ、さっきのティガレックスとの戦い――閃光玉の使い方に加えて、あの動き……ただのアイルーじゃなかったよな。どこで覚えたの?」
アイルーは少しの間を置いて答えた。
アイルー「他アイルー共とハンター野郎の戦いを見て学んだのですニャ。」
グラン「……ちょっと待って、今“ハンター野郎”って言わなかった?」
アイルー「あ、ニャウ!? 失礼しましたニャ、今のは忘れて下さいニャ……!」
グラン「……なんとなく分かった。」
アイルー「ニャ?」
グラン「何となくだけど、君……他のハンターやアイルーに仲間外れにされたこと、あるんじゃないか?」
その一言に、アイルーの体がぴくりと震えた。
アイルー「ニャ、ニャんで……?」
グラン「……図星か。嫌なこと思い出させて悪かったな。言わなくていいよ。」
そう言って背を向け、歩き出そうとする。
アイルー「ま、待ってくれニャ!」
小さな声が背後から飛んできた。
アイルー「貴方様の言う通りニャ……ボクの話を聞いてもらえないかニャ?」
グラン「……いいよ。聞こう。」
そしてアイルーは語り始めた。自らの過去、誰からも必要とされなかった日々を。
〜アイルーの過去〜
アイルー(回想)「ボクは、生まれた時から“無能”と言われてたニャ。」
ある小さな村の仕事場。器用なアイルーたちが食器を手際よく並べていく中で、彼は震える手で一皿を落として割ってしまった。
アイルー1『また割ったニャ!? こんなことも出来ないのかニャ!?』
アイルー「うう……ごめんなさいニャ……」
アイルー1『こんな出来損ないは初めてだニャ!』
ハンター(男)「またかよ……つかえねえな。解雇だ、失せろ。」
仲間にも、主人にも見放され、独りぽつんと仕事場の裏に追いやられた。
そして、母親をモンスターから庇って失い、流浪の日々が始まった。
仕事を変えても「無能」と烙印を押され、何もかもうまくいかず、ただ生きるために草の根をかじるような日々。
ある日、小型モンスターのジャギィに襲われ――断崖に追い詰められた。
アイルー「死ぬニャ!? ……でも、やるしかないニャ!!」
必死に武器を構え、叫びながら飛びかかる――結果、生き残った。
傷だらけの体で地に膝をつきながら、彼は強く叫んだ。
アイルー「ボクは、まだ……死んでニャい!! 無能じゃないニャ!!」
それからというもの、独学で戦闘を学び、竜人族に頭を下げて文字や言葉を覚え、誰にも頼らず己を磨いてきたのだった。
〜現在〜
アイルー「……だから、どうかボクをご主人様の弟子にして下さいニャ!」
言い終わった時には、黒影と桜華が近づいてきていた。
桜華『ねえ、話長いんだけどまだ?』
黒影『話終わらねえのか。退屈すぎて羽でも数えたくなってきたわ。』
グラン「あ、ごめん。待たせたな。」
アイルー「にゃーー!? リオレイア亜種とナルガクルガが、ボクの目の前にいるニャ! でも、リオレイア亜種がなんだか小さいような……?」
グラン「生まれたばかりだからな。」
アイルー「ニャるほど。」
理解した様子で頷くと、アイルーは改めてグランに一礼した。
アイルー「あの、ご主人様……その、ボクの名前って……ありますかニャ?」
グラン「うん、実はもう決めてあるんだ。今日から君の名前は【ハクロウ】だ。」
アイルー「ハクロウ……?」
グラン「白い毛並みに、孤独を越えてきた意思。安直かもしれないけど、君にぴったりだと思う。」
アイルー(ハクロウ)「……ううん! 嫌じゃないニャ! ハクロウとして、ご主人様の弟子として、頑張らせていただきますニャ!」
グラン「よし、よろしくな。じゃあ、桜華、黒影――行くぞ!」
桜華『はーいっ。』
黒影『ったく、これでまた賑やかになるな。』
グランは笑った。新たな仲間を得て、また一歩、未知の世界へ踏み出していく。
吹き抜ける風の向こうに、まだ知らぬ冒険が待っている気がしてならなかった。
――次なる目的地へ、白き牙“ハクロウ”を仲間に加えて。