世界に罅が入ってしまえば、その隙間からどんどんと何かが落ちていくのは当然のこと。
この世界には神も主人公もいなかった。だから、目印となる中心点もなければ、その進行は滅びを叫びに生まれた私にだって予想が難しいものである。
「今のところは、まだまだ多くを載せておけるようだけれども」
しかし、観天望気で明日の空を夢見るように、私の滅びと通じるこの瞳からは罅が広がり続ける空をまだ来年を諦めきれる程ではないと断ぜた。
「嫌だな」
触れられない天にいただく蒼穹。それに混じり徐々に広がり続ける赤は私以外には見ないとはいえども、どうにも痛々しくて悲しくて寂しい。
これで終わりではなくむしろ終末に向けてどんどんと赤化していく全ての中に、果たしてどれだけ意味は乗っかり続けてくれるだろうか。
とはいえ時限付きの宿痾は、命と同じ。終わりに何もかもがなかったことになると知っていても、それでも中途の幸せばかりを私は望みたい。
「……また、空見てんのかよ、天音」
「うん」
そしてお昼時、屋上で私はまた彼と会話をする。
甘さを挟んだコッペパン二種ばかりのご飯を食べ終えてしばらくすると、必ず幼馴染である彼、足立みらいは私の様子を見に来てくれる。
私に鼻血を出させた純な幼さを酷く薄れさせたみらいは、しかし見目を殊更崩すことなく長身となった。
どうやら、格好が付く顔立ちのようで、最近口調もそうだが彼はよく大人びた仕草をする。
しかし私には獣の美醜は理解できないが、時に似合いと呼ばれることもあるのは何となく嬉しいものだ。決して番となれずとも、馴染みから顔を背けられるのは哀しいから。
「ったく」
私と違って中々ベンチの硬さに慣れないみらいは、隣に座すのをも面倒くさがる。のそり、と大きな者が広い背中をもたれかけた。
これで普段は陸上部にて迅速に身体を動かすのを披露しているというのだから彼も面白い。
「ごめんね?」
そんな内心をお首も出さず、私は手を合わせて謝る。何せ、彼はどちらかといえば高いところが苦手な性分であることを知っているから。
とはいえ、それも慣れによって克己できるレベルの恐怖であったようで、相変わらずベンチで座りづらそうにしながらも、こうさらっと返した。
「いーよ。そういう習性なんだろ。お前は?」
「うん」
私は頷く。確かに、私はこの世界を見守るのを意味として死にたいと思っている存在であるからには、こうして暇があれば空を見つめるのも当然。
だが、それも間違いなく他所人からすれば奇矯であるだろう。
また、みらいが言うところでは。
「んな辛そうに見上げて何してーんだかねぇ」
そう。どうも熱心に見上げる私のその表情に嫌気のようなものが混じってすらいるようで、多くに不可解なようだった。
彼は一時頭の後ろに両手をやりながら私に合わせていたようだが、今はつまらなそうに携帯端末を弄っている。
昨今の書籍ブームに乗っかることもなく、情報の刺激のみを味わってばかりの様は少し心配ではあるが、それを注意する気持ちは私にない。
むしろ、そのまま健やかに幸せに。そんなことを思ってばかりの私は彼の末路たる赤色から目を背けるのに必死だ。
それこそ夢見るかのように。手を合わせてそれを更に願いのために組み合わせるようにしてから、こう呟くのだった。
「何も、なければいいと願ってる」
「そうは、ならないんだろ?」
「そうだね」
私では理解できないくらいによく動くホログラムを見つめながら、みらいは相槌を打つ。
きっと、彼は私が空に赤を描いたあの日から何となく察してしまっている。
あれはよくないもので、それが見えるこいつはだから目を逸らせないのだと、理解はしてしまっているのだろう。
幼馴染。心の色まで馴染まなくていいのにとは思えども、ここのところずっとどこかみらいは悲しそうだ。
それは、ひいおばあさんである華子お婆ちゃんを先日に亡くしたことだって無関係ではないのだろうが、それにしたって彼は引きずりすぎている。
まるでそれはそこに引っ張り込まれたいからでは、と勘ぐってしまうくらいにみらいは、今を生きるのが下手になった。
達観した調子で、彼は私に重ねて問う。
「なら、どうして願うんだ?」
「それは……」
皆に幸せがありますように。そんな叶わないと確信できることを、どうして私は願うのか。
回路が赤熱するばかりの思考に意味などはまったくない。
そして、終末は確実だ。それこそ私という大袈裟な
ああ、だが私に他に何が出来よう。
たとえば未来が分かるとでも嘯いてどうしようもない終わりを前に人を無闇に足掻かせるのだって違うと思っているけれども、しかし。
いや、違う。そういうことでもないのだ。私はここで得心を得た。
「私が勝手に何もかもが愛おしくて、故に悲しいからだね」
そう。それだけでそれきりで、だからこそ一人で十分。
辛いのは私だけでよく、ならばこの世のありきたりにこそ幸甚あれ。
そんなことこそ正解なのではと考えてしまう私に。
「っざっけんなよっ!」
「わ」
どうしてか、怒れる少年。それなりに太く筋を束ねた男の子の掌が私の襟元を片手で掴んで引っ張り上げる。
見上げる彼の目は血走ってすらいて、正気がそこにあるか分かりもしない形相だったが、しかしそれでも暴れることなく彼の口は流暢に動き続けた。
「お前は、誰だ」
「佐藤、天音」
「そうだ。ここにあんだろっ! だったら、よそ見なんてしてんじゃねーよっ!」
言葉終わりに空いた拳がベンチを殴打する。それに思わずびくりとする私に、気まずそうに顔を背けるみらい。
なるほどこれは優しい。思わず鼻血が出てしまいそうになるくらいに彼は純なままで私の優しい友達のままだ。
そんな私思いの彼の言葉を咀嚼しながら、しかしと私は続ける。中々瞳は、合わない。
だが申し訳なくも、貴方の大事にしているそれは本来の用途で存在しているわけでもない、余剰物でしかないのだと語るのだ。
「だが、それは本来いらないものだ」
「っ」
しかし、そんな自棄にも映る発言はどうにも彼の癇に障ってしまったようである。
赤く、白く。顔はもう怒りに何も言えないというようなそんな頂点に達したようで、息を吸うのすら困難そうであった。
「はぁ……」
だが、そんな彼も息を吸える。ならば生きているのだと私が嬉しく望んでいると、みらいはこう断言した。
「バカ。てめーがなきゃ、俺はねーよ」
「……それもそう、か」
死を教えて死ぬのが本来で、生きるのが間違い。そんな件の生き物/妖怪である私も、過って存在を続けていれば確かに影響を多大に与えもするか。
そしてそれは何より馴染んだ彼に大きいものであるようで、それが心苦しくもあるが、だがしかし。
「うん。みらいも随分と、格好良くなった」
「はぁっ!?」
改めてこうして真正面にも間近で見てみれば、大きく育ったみらいの様が映る。
どこか良いところが華子お婆ちゃんに似ているなと思って微笑む私に、男の子は。
「気づくの、おせーよ……」
そんな、聞き逃してあげたほうが良いようなことを、小さく呟いたのだった。
「ふわー……」
「おー。おねーちゃん青春してるー」
「もうちょっとわたし推しカプからの供給接種したいから、ゆかりちゃんはちょっと静かにね」
「はーい」