千里件の人間原理   作:茶蕎麦

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 誰かのお話に、思うことがあっても。


第三話 ありがとう

 私はこの世に生じる前、ずっと『ゴミ捨て場』を眺めていた。

 始められたのは、ミノタウロスの伝説と多少の混合があった私は、迷宮の主としての権能だって僅かに持っていたからのことである。

 だが、それを続けたのは私の意志だ。おかげで捨てるべき何もかもにだって意味があるのだと、物語を成せるのだとわたしは知れた。

 

 ちなみに『ゴミ捨て場』にあったのはただの、ゴミではない。妖怪や怪人等の悪意を持つ、この世にまことに必要とされなかった妄想共だ。

 

 要らないなら纏めて、ぽい。そんなことはどうも人間の集合的無意識だって妄想に対して行っていた。

 私が見つめていた『ゴミ捨て場』とは、そんな人間たちから無意識的に捨てられた魍魎共が蠱毒地味てひしめき合う終わった場。

 言い換えるならば、異界。時に人間が誤って混入してしまうことで彼らの物語が始まってしまうことはあったが、しかしそこは基本的にグロテスクな害し合いが行われていただけの所だ。

 

 語るに値しない、むしろ閉口すべき悪徳共の蠢き。

 魑魅魍魎らが酷く窮屈そうにしていたそんな『ゴミ捨て場』と呼ばれた箱を用意したのは何を隠そう私である。

 だが、そのために私は親として子から目を離すことが滅亡付近の今まで出来なかった。

 

 隔離ともしもを願った私なりの揺りかご。そこからすらも落っこち消えていく暗ったい殆どは流石に尊いとは思えなかったが、それでも輝石は稀に有りえた。

 そう、蛆の襞を数え続けるような拷問のような日々にあって、『ゴミ捨て場』から現実へと昇段した存在だって私はこれまで確かに見つめている。

 

「やっと、見つけた」

 

 そして、私は七不思議の少女として未だに噂になっている彼女を、生まれ変わって現し世にて今再び見つけ出した。

 私は、薄気味悪いくらいに綺麗なその後ろ姿を、名前を持って呼ぶ。緊張が言葉に乗らなかったのは、果たして良かったのか悪かったのか。

 

「七恵」

「あら、あなたは……誰?」

 

 そして、振り返るは既に終わった少女、高橋七恵。

 最盛を数十年も続けている彼女には並ぶものさえなければ、親家族すら見捨ててきていたが、それでもきっと彼女という人でなしにはそれでもう良いのだろう。

 

 屍人の白が乗っかった肌は陶磁のようとみなされて、誰かの血が透けて覗いているばかりの頬の色は、何より愛らしい化粧。

 そしてその造作は、人の一種の理想に到達しきって、終えてしまっていた。多くの器物の美を纏う、そんな七恵は人間離れした美と捉えられる。

 結論として、それは過ちであってどちらかと言えばこの子は死と諦観の方が近い存在なのだ。

 

 赤い色に愛を忘れて人と離れた、不器用に過ぎる、少女。前とそっくり逆さに彼女の少し高いところから響く問いに、私はこう事実で返す。

 

「私は貴女を観ていたもの」

「おやおやあの人でなしが、随分と愛らしくなってしまったものね」

「そう。みすぼらしくも」

 

 私は上から下に、ゴミ捨て場に起きていた物語を語っていた時期があった。

 七恵はその際に、焦点の一つにあった救えない、救うことすら考えられなかった相手である。

 あの日彼女は、見上げた際に看破した第四の壁の先に見つけた私を不自由だねと笑った。

 

「そうね」 

 

 だから、私の自虐に頷きの本音が戻ってくるのは自然なこと。

 私はただ事実として読み上げていたテキストに還ったようなもの。

 上位存在が下位に落ちた。これまで偉ぶっていたのが地べたにぺたり。そんなことはざまあみろと言われても仕方ないものである。むしろ手をあげられることまでないのが不思議だ。

 

 今再びの袋小路前。影の長さは異形に足りない頃合いにて、私達は二人ぼっち。

 再会を続けるのだった。

 

「今更名乗ろうか。前の私は千里件。今の私は佐藤天音と言うよ」

「そして御存知の通り、私は変わらずに高橋七恵ね」

「それが、私には少し悲しい」

 

 私が七恵からはじめて貰ったのは、相変わらずの自己紹介。当たり前のように、不変を物語る彼女に私は言の通りのもの悲しさを覚えざるを得なかった。

 

 彼女はとある赤いマントを羽織った怪異との接触により、人として当たり前の機能を失っている。

 それは、愛すること恋すること想うこと、幸せになること。

 むしろ七恵は他者を不幸に誘うための怪談を語り続ける。彼女は『ゴミ捨て場』と行き来して話の種を蒐集しながら、平然と残酷を広めるのだ。

 

「不足の親から愛は続かず、発端から物足りていない貴女は凄惨なるいじめの果てに己に意味を求めなかった」

「そう、そんなつまらない昔話がありましたとさ」

「でも、物語は未だに終わってはいない」

「……それは、そうね」

 

 当人からの余計な付け足し、矮小化のための茶々を受け入れて、私は冷静に言い返す。

 なんともつまらなそうに私を見つめる七恵に、しかし私は彼女を想ってしまうのだ。

 

 私は彼女を気にしていっとき目を移した試しがあるから、知っている。

 この眼の前の人を忘れた少女はその昔、どうでも()()()にしかなりたくないとまで、追い詰められていたことを。

 そして、それが怪異化という歪んだ形で叶ってしまいずっと七恵は幸せであるということだって私は分かってしまっている。

 

「そして、貴女の物語は皆とおそろいにもうすぐ終わる」

「そうなの」

 

 でも、不感にもその幸甚極まりない諦めの境地の終焉にすら、彼女は悲しみをもう抱かない。

 どうでもいい人は、どうでもいいと見捨てた全てをどうでもいいと思っている。

 

 心より、それが私には認め難い。

 別に私は万人が愛を受けて幸せになって欲しいなんて、思えたらいいのに、そうはなれなかった。

 私は最悪のお話から萌えるように生じた存在。発端が悪であるならば、善になんてなれないと諦めて仕方ないのかもしれない。

 

「でも、そんなの知ったことではないよね」

「?」

 

 しかし、生来の性にだって抗ったっていいだろう。そもそも、全ての存在が並べて他を奪うために生まれた。

 でも、認め合って慰め合ってそれぞれの物語を成して、死ぬ。私はそれを尊いものだと認める。

 なら、そんな素敵な皆の前にならえしてしまっても、いいのではないか。

 

 いいや、悪くたってしようじゃないか。

 私は貴女が好きで、それに尽きる。

 私は何より言いたかったことを、ずっと伝えたかったのだ。

 

 昏くなる前の瞬間の重なり。優しき黄昏時に私は遠く変わらなすぎる彼女にありったけを伝える。

 

「私は貴女の物語への感想が、居ると思う」

「そうかしら?」

「私は、そう想ったんだよ」

「……ふうん」

 

 世界は物語を乗っけて無慈悲にも廻っていく。

 納得行く命なんてなければ、死をピリオドとして暗く端に乗っけ続ける生なんて酷く悲しいものなのかもしれない。

 でも、そんな中で幸せになりたかっただけの少女の声なき悲鳴を私は聞き取っておいて、諦めに終えた末路の彼女をどう評価すればいいというのだ。

 

「そう。貴女が……」

 

 口を開いておきながら、分からない。今を生きはじめたばかりの、彼女とはまるで違う幸せな私には、きっと心動かすだけの実感も足りていないのだ。

 でも、そんな不足なんかに諦めたくはなかった。私は貴女が救われてほしいと思うことを救いとすらしていた欲張りで、できればこの胸の中の温かい幸せを貴女に分けてあげたくて。

 

「生まれてきてくれて、ありがとう」

 

 それだけの本音は、万感とともに伝えた。

 

 私は高橋七恵が我が身の不幸から人を害するバケモノになったと知っている。

 でも、それでも私が覚えた何より救いの言葉を、このどうでも良くなかったバケモノにかけてあげたっていいじゃないか。

 彼女に纏わりつく恨みの横に、微かでも愛を残せたら。それが私の幸せなのだと微笑んで。

 

「はぁ……何を言うと思えば、下らない」

 

 しかし、言葉はかけるタイミングというものが当たり前のようにあり、どうしようもなくなってから感情だけかけられてもはた迷惑な場合だって多々。

 ありがた迷惑とはこのことかと、彼女の表情は腐る。これまでにない侮蔑に私は思わず小さな背筋をびくりとするが、しかしそんな子供の心の動きなんて改めて、彼女には障らない。

 

 当然のように闇のカーテンに手をかける彼女を前に、私は少しも伝わってくれなかった残念に涙しそうになってしまう。

 

「そう……」

「でも」

 

 しかし、さり際に、一言。

 黒の中に白が浮かび、その中にグロテスクなまでの赤を湛える七つどころではない不思議を語る嘘つきは、しかし一度振り返ってくれて。

 

 

「私は少し貴女が、羨ましい」

 

 そんな、優しい一言。

 

 赤はひらひら翻る。果たしてそれは真の気持ちから来たものか。

 言の葉は陽炎。形を変えて人を惑わす。

 正しさなど蜃気楼。全ては無常に消えていく。

 

「そう……」

 

 返事は届かず私の声と彼女は当たり前のように、闇の中。

 

 そしてずっと赤かった少女は、私の物語の前から永遠に消えていった。

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