記憶を取り戻し、文化に四苦八苦して生活魔法に目を輝かせて眠ったその次の日。
さっそく、昨日計画した『ぬるりと夢で見たぜ!』作戦を開始する。
早朝、村長のところに開墾予定を練りに行く予定であった父の前に立ちふさがった。
もちろん両手を広げてだ!
「どうしたマース。随分早起きだな」
「めっちゃすげぇ夢を見た!」
「おお、そうかよかったな。飯食ったら兄ちゃん達と一緒に草むしりやっとけ」
「分かった!」
父は僕の頭を一撫でしながら今日の指示を出すと、タガヤシ丸をお供に連れて去っていった。
って、違うわい! 急いでまた回り込む。
「まぁ聞いてほしいんだ」
「とーちゃん急いでるんだが……」
「じゃあ僕も一緒に行くよ」
首をかしげて様子をうかがっていたタガヤシ丸の腕を叩き、伏せさせてその背にまたがる。
その様子に、頭を掻きながらもまぁ良いかと父とタガヤシ丸は歩き出した。
「親父殿、実はめっちゃすげー夢みてなんかこの世界の事結構わかっちゃったんだ!」
「……昨日強く叩きすぎたな。ごめんな」
「全然信じてない顔!」
訝しんだ表情の親父殿が、僕の顔を見て首をかしげる。
「それに親父殿ってなんだ? 昨日までとーちゃんだっただろお前」
「賢く見えるかなって」
「我が息子ながら馬鹿だなー。馬鹿だな……」
「二回も言った!?」
何故だろう、かわいそうな子を見る目にさらに慈愛が加わった。
「とりあえず聞くだけ聞いてよ!」
そう前置きをしながら、僕は父に……父に……ここがMMORPGの世界だと伝える……のか? それってわけわかんなくないか?
仮に『物語の世界なんだよ!』と言ったところで、『な、なんだってー!?』とはならないだろう。
この息子に向ける慈愛の目がさらに深まるだけな気がするんだ!
そうか、そういう夢を見たんだな。良かったな。で終わりなのでは?
おかしい、僕はここまで馬鹿だっただろうか。
前世ちゃんと社会人やってたんだが……?
「……」
「どうした。起きたときは覚えていたけど、夢を忘れるやつか? とーちゃんもよくあるぜそれ」
「いや、うーん。なんか別な問題が発生したというかなんとか……」
あれぇ、脳みそちっちゃくなったせいか……? いや、まぁいいや。あとで考えよう。
僕は後回しのプロになる。
「モンスターを進化させる方法を夢で見たよ。これを生かしたいからテイマーにならせてよ!」
言いたいことは簡潔に!
これなら父にも伝わるだろう。
僕はドヤ顔で父の顔を見た。
「そうか、そういう夢を見たんだな。良かったな」
「クソッ! 何を伝えても因果がそこに収束する……!」
「……それとテイマーに夢を見すぎるもんじゃない。モンスターの進化方法なんて貴族の中で一家相伝とかになっているんだ。無理だ無理」
はえー、進化方法ってそんな感じになってるんだ。
wikiあるわけでもなく、純粋に国の中のパワーバランス考えたらそれはそうか。
まぁ信じないか……。
子供の息子が寝起きにそんなこと伝えてきたら、僕だってそう返す。
とりあえず、僕は父に一つ伝える。
「じゃあ、タガヤシ丸を進化させたら考えてよ。僕の見た夢が本物だって」
「ハァ……、タガヤシ丸に嫌われるようなことはするなよ。タガヤシ丸、命令だ。マースに無理言われたら俺のところにまず来い」
「きゅい!」
子供なんてこんなもんかと、父は大きなため息。
タガヤシ丸が父の言葉にぶんぶんと大きく縦に振った。
僕は父とタガヤシ丸のそんな様子を見て、言質は取れたと前向きに考えるのだった。
「あ、そうだ。とーちゃんはどんなのに進化させたい?」
「親父殿はやめたのか?」
「馬鹿っぽいみたいだからやめる!」
「判断が早い」
タガヤシ丸は父のテイムモンスターだ。
僕が勝手に決めて進化させるわけにはいくまい。
茶化されてしまったが、咳払いをして質問を続ける。
「コホン! さて、体がおっきくなって体力と防御が強くなるほう? それとも素早さと戦闘技能が高いほう?」
『ドデカント』にするか、『兵隊アーリー』にするか。
もう一つの進化である『鉄蟻』は、妖怪化というカテゴリーで特殊な儀式場に行かないと出来ないので候補から外した。というかあれ、正確には正規進化じゃなくて、ワープ進化みたいなもんだからな。
「ん? ああ……! ハハハ」
何かに思い至った様子の父は、笑い出した。
何だろうと思って僕は首をかしげると。
「いいかマース。タガヤシ丸は『ドデカント』っていうモンスターにしか進化できないんだ。本当に面白い夢を見たんだなー」
「あれぇ……?」
そんなはずはないんだけどな……。
やっぱりゲームと似て非なる世界……ってコト!?
思わず僕は頭を抱える。その様子を見て父が再び笑い出す。
そんなこんなで話をしていたら、村長の家に到着。
父はタガヤシ丸も連れて入る予定だったみたいだが、背に乗った僕を見ると家に連れて帰るように指示を出した。
「あ、とーちゃん!」
「まだ何かあったか?」
村長宅に入ろうとする父の背に僕は声をかけた。
「結局答えを聞いてないんだけど!」
「そうだな。お前の見た夢が本当だってんなら……、誰も知らない進化ってのは夢があっていいよな」
「おっけー! 素早さと戦闘技能が高いほうね!」
「……。ちゃんと帰れよ。じゃないと、かーちゃんにとーちゃんが叱られるからな」
「はーい」
まぁ物は試し。
『兵隊アーリー』が出来なくても、『ドデカント』が観測されているなら、そっちに進化しちゃえばいいさ!
──さて、進化アイテム『破損した武器』探しの始まりだー!
◇
村長宅に入ったマースの父、名前をダリルと言う。
すでに集まっていた数人と当日から数日にかけての村での業務や分担などを確認し、手早く解散する。
その帰り道、最近自身のテイムモンスター『タガヤシ丸』に特にかまっている末の子マースについて考えた。
マースをダリルの親目線で見ると、素直だが何かと奔放で落ち着きのない子供という評価だ。
何を見てもキラキラした目で世界を見ている無知な子だった。
そんな子が、普段と違った様子で早起きしてくる。
フッと思わず笑みがこぼれる。
「本当にいい夢を見たのかもな」
テイマーに成り立ての頃の自分を、ダリルは思い出す。
食い扶持に困り、かつての実家を出稼ぎで飛び出し、かねてより夢だったテイマーになった。
その頃は物語に出てくるような格好いいモンスターを仲間にして空を飛んだり、魔法を使ったりできると信じてやまなかった。
──しかし、現実はそう甘くなかった。
この東の大陸にあるタマランチ王国のテイマーは国に管理されている。なぜなら、ほかのJOBと比べて簡単に意思のある統率された軍勢が作れてしまうからだ。
大昔にタマランチ王国のさらに東の果て、最果ての島国エッドでは野盗が大量のモンスターを率いて百鬼夜行を名乗り、国を脅かしたことすらあるらしい。
それを踏まえ、平民が力を持ちすぎないようにしっかりと名とモンスター種の登録が行われているのだった。
しかも選ぶ権利はなく、国からモンスターが一体のみ支給される。
具体的には、平時は開拓など土地の開発に従事できる能力持ち。戦争では有用な兵站役として優秀な種類が選ばれる。
そういう風にテイマーは物資の製造、運搬目的で国に運用されている。
そのため平民に与えられるのは、タガヤシ丸の様な地を這う虫種だ。
虫は耐久面に優れ、防御が固く地味に足が速い。逆に言うと攻撃的な面に疎い。
さらに地属性を持つ虫はその拠点に存在するだけで土地の開発に非常に役に立つため*1、開拓村などには必須とされているのだった。
「『ドデカント』は戦時になったら、進化するための何かしらが行われるらしい。が、平民の俺達には知ることも出来ん。開墾村のほうじゃ、国同士の戦争などに駆り出されん。開墾先の野生のモンスターとしか戦えんし、進化など夢のまた夢だな……」
ダリルはタガヤシ丸に少し罪悪感を持ちながら呟く。
ダリルも進化させたくないわけではないのだ。
戦争が始まれば、平民の『デカント』は徴兵時に進化させられる。
先ほどマースに話した『デカント』の数倍くらい巨体を持つ『ドデカント』にさせられるのだ。
具体例とすれば大型犬サイズが、虎ぐらいの大きさになると言えばいいだろうか。
進化でステータス自体も上昇するので、申し分ないキャパシティを兼ね備える兵站部隊の完成である。
進化Ⅱから進化Ⅲでこれなのだ。
テイマーとモンスター進化の管理が国に抑えられているのは当たり前だった。
「進化、か」
もし、仮にだ。ほぼ絶対にないとダリルは思っているが。
仮に。
マースが、もしもタガヤシ丸を進化させてしまったら。
「
徒然考えていたら、自宅にたどり着いた。
開拓村でも、大きな平屋だ。良い畑に越冬用の蔵。
テイマーになって苦労してきた人生だが、大人数の家族を養える余裕もある。
平民としては充実した人生が送ることが出来ていると思った。
自画自賛になるが、人生を鑑みてダリルは深く頷いた。
夢見るマースには悪いが、親としてテイマー以外のJOBになってもらい、この地に足をつけて堅実に生きていってほしいものだ。
このあたりに住めば、多少の融通を自身が利かせてやることだってできるのだから。
ダリルがそんな風に考えていると。
「あ、とーちゃーん! 見てー!」
「うん?」
庭の方から先に家に帰ったマースが、声をかけてきた。
そちらを振り返り──。
──なんか見慣れないモンスターがいた。
なんか人間サイズの蟻が槍持って立っていた。
なんか地についてる足には靴を履いてる。
なんかその二足歩行になったアリは滅茶苦茶嬉しそうにマースを肩車していた。
「な、なんだ……?」
「『兵隊アーリー』になったタガヤシ丸だよ!」
「きゅいいいーっ」
なんか自身のテイマーの感覚が、目の前の見慣れぬモンスターこそが『タガヤシ丸』だと告げていた。
ダリルは言葉を失い、肩車されているマースを思わず眺める。
息子のマースはいつも通り素直な笑顔で笑っている。
『モンスターを進化させる方法を夢で見たよ。これを生かしたいからテイマーにならせてよ!』
朝の言葉を思い出す。
ダリルは天を仰いで、大きく息を吐いた。
「今日はもう寝るか。良い夢見るぞ」
「まだ朝だけど!?」
「休み休み! 良く分かんないから今日は休み!!」
後回しのプロの父親は、後回しのプロだった。
日が昇り始めたばかりだが、ダリルはそう叫ぶ。
そうしてダリルは、マースと姿の変わった『タガヤシ丸』を連れて家に入り、家族に対して『なんか知らんけど進化したわこわ』と説明をするのだった。