・初代レイス王『エルディア人は全員死ぬべき』→『巨人の力はこの世から消えるべき』
【0】
「今、この場にいる三人の間で約定は交わされました」
「一つ、我らは平和を求めること」
「二つ、我らは巨人の力を否定すること」
「三つ、我らは世界を帝国の抑圧から解放すること」
「以上を以て我、第145代カール・フリッツはここに『不戦の契り』を交わします 」
「外の世界を二人に任せます。いつか、巨人のいない世界で会いましょう。へーロス、タイバー卿」
【1】
三重の壁の内。ウォール・ローゼ北側にある礼拝堂にフリーダ・レイスはいた。
フリーダは始祖の巨人の継承者である。全知全能に近い能力を持ちながら、彼女はその力を有効に活用することもなく日々を過ごしていた。それを使う場面と言えば、腹違いの妹、ヒストリアに会いに行くときだけである。
ヒストリアは彼女にとって日常の象徴であり、癒しであった。腹違いではあるものの、フリーダにとっては可愛い妹である。
逆に、腹違いの妹以外の家族とはそりが合わなかった。それは貴族という地位のせいか、それとも彼女が始祖の巨人の継承者だからか、それとも……初代レイス王の影響だろうか。とにかく性格的に合わなかったのだ。
いつものようにヒストリアと遊び、彼女の記憶を消したあとフリーダは不意に礼拝堂に訪れた。
礼拝堂。巨人継承の儀式の間につながる場所だ。
何故急にそんな場所に来たのかと言われれば、なんとなくと答えるのが正しい。あるいは何某かの導きだったのかもしれない。
礼拝堂の扉を開いたフリーダ・レイスはその時出会ったのだから。
壁の外から来た男、グリシャ・イェーガーと。
【2】
「あの、どうぞ……お茶です」
「……どうも」
目の前いる黒い燕尾服を着た不審な男が会釈をする。しかしカップに手をつける様子はない。当たり前だろう。開口一番、自己紹介もなしに『お茶でもいかがですか』と言ったのだから。
「それであなたは何処の何方様なのでしょうか?」
「私は、シガンシナ区で町医者をしているグリシャ・イェーガーと言うものです」
「そうですか。私はフリーダ・レイスです。どうぞよろしく」
『あぁ……どうも』などと遠慮がちにグリシャ氏は差し出された手を握った。
『フリーダ。何を呑気に会話しているのですか……』
「(うるさい! シャルは黙ってて!)」
頭の中に響く声を叩いて黙らせる。突然の奇行にグリシャは一瞬驚いたようだったが、やがてポツリポツリと話し始めた。
【3】
曰く、彼は壁の外から来た者で、9つの巨人の内の一つ、進撃の巨人の継承者らしい。そしてここへ来た目的は一つ。
壁の中で始祖の巨人を継承する真の王。つまりフリーダを探し出し、壁外世界におけるエルディア人、ユミルの民に対する差別、迫害、搾取を終わらせるよう要求すること。
「壁の王よ! だから、お願いです。どうかそのお力でこの地獄を終わらせて下さい! どうか……ッ!」
紳士が咽び泣き、縋り付く様はあまりに痛々しくフリーダは目を背けた。
(壁の外で、そのようなことが起きていたなんて……)
まさに絶句。返す言葉が見当たらないフリーダの脳に声が響く。
『フリーダ、これは私が対応すべき事案です。一時身体を預かります』
再び頭の中で声が鳴ると、フリーダの意識は暗転し瞳を閉じる。
そして次に目を見開いた時には、その碧眼は憂鬱で厭世的な紫色の瞳へと変わっていた。
「グリシャ・イェーガー。あなたが態々このパラディ島を訪れ、遥々壁の中まで私を探してきた以上答えは一つかと思われますが聞きましょう。あなたはどのような手段で問題を解決することを私に望んでいるのですか?」
「あなたは……」
「質問に答えなさい」
様子の豹変したフリーダに息を飲んだグリシャだったが、彼女の眼力の前に素早く返答した。
「それは当然、始祖の巨人を使ってのことです。始祖の巨人の力を使えば、簡単に……」
「簡単に? では問いましょう。具体的に始祖を使ってどのような手段で問題を解決せよと?」
「それは……」
「私の考えを挙げて見ましょうか? 一つ、壁外のエルディア人を滅亡させ問題を消滅させる。二つ、壁外にいるエルディア人をすべて壁内へと移動させ、異なる民族との接触を断つ。三つ、再びエルディアが世界を支配し、二度目の下剋上を果たす。四つ、エルディア人の精神と肉体を改造し、不幸を認知できなくする」
「……」
「一つ目はそもそも解決ではありません。二つ目は始祖の巨人の力でも難しい。三つ目は立場が変わるだけだ。四つ目は、その先に生まれる存在はもはや人ではない」
「だが……それでも」
「『何もせずに壁の中に引き篭もるのはおかしい』……とでも?」
フリーダ……否フリーダの身体を借りた者がカップを手に取り中身を飲み干した。
「私が選んだのは五つ目、エルディア人迫害の原因である巨人の力を隔離し、時の流れとともに風化させることです」
「マーレが巨人の力を悪用している現状は残念に思います。しかしそもそも、大陸における巨人の力の管理は『契り』によりマーレ政府とタイバー家に一任しています。よって陳情は彼らにお願いします」
「……その彼らが! 今の地獄を招いているのですよッ!」
「あれからたった100年程しか経っていません……私は、まだあの時の『契り』を信じています」
フリーダの身体を借りている者──初代レイス王の脳裏にあったのは生前見た光景であった。
絶対的な巨人の力を良いことに他者を虐げる貴族。ただ生まれで決まる血を誇り他民族を差別する平民。そしてその現状に何の違和感も持たず変化を嫌った同じ王家の者たち。
人肉を食らい、人の尊厳を辱め、略奪を楽しみ、他人の不幸を嘲笑う。
100年前にいた人の形をしただけの獣たちの中で、唯一価値観を共有できた友にして共犯者たちが彼ら三人である。
故に、初代レイス王は今は亡き友が残したモノを信じた。あるいは見たくない現実を無視し、信じたいものを信じたとも言う。
その後、グリシャ・イェーガーは失意のうちに礼拝堂を去った。彼がどのような半生を送ったかは初代レイス王には分からなかったが、去り際に見えた恨みに満ちた視線を受け取る限り、先の世代のツケに見舞われたのだろうと言うことは想像に難くなかった。
「シャル……?」
フリーダは自分の意識が覚醒したことに気づくと、己の先祖の名前を呼んだ。彼女には先ほどの会話が聞こえていた故、詳しい話を知りたいと思ったのだ。
しかし、初代レイス王は回答を拒否した。
(私が……我々がいくら罪を贖おうとも、それが満たされることはなく。溢れた罰は何の関係もない人物に降りかかる)
(今、外は一体どうなっているのですか……)
(へーロス……ウィリアム……誰でも良い、教えてください……)
やがて彼は思い知る。信じていたものは簡単に壊れてしまうことに。
壁も、契りも。
【原作との違い】
・グリシャとフリーダが平和的接触を果たす
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