【21】
夜が明け、翌日のことである。第104期訓練兵団は初日の通過儀礼を終え、早速立体機動装置の適性検査を行った。
立体機動装置は巨大な体躯を持つ巨人に人類が対抗するために開発された宙を駆けるための道具であり、対巨人技術という意味では壁内のエルディアが世界に誇れる数少ない技術であった。……そこに注力してるせいで歪な技術ツリーが発達し、ガラパゴス的進化を遂げた一方、他の技術は約一世紀もの遅れを取っているが……。
さて、そんな先端技術の塊である立体機動装置の適性検査と言っても何か特別なことをやるわけではない。単にワイヤーにぶら下がるだけだ。一見難しそうに見えるがワイヤーは全身に巻かれ固定されており、腰にかかる体重はすべて全身に分散されるようになっている。そのため時間をかければ誰でも、初めてでも適性があればすぐに成功出来た。さながら現代の自転車や自動車の運転のような感覚である。
そして逆に、車に全く乗れない人間もいるように、全く立体機動装置に適性がない人間もいた。
その代表が前日巨人に対して大きく啖呵を切ったエレンである。実際にはキースがエレンを戦場に行かせないために妨害しているのだが彼はそれに気づけるような性格ではなかった。
「くそっ、これじゃあ俺一人が間抜けじゃねぇかよ……」
エレンは食堂にて独りごちる。彼は内心ミカサに負けることは予想していたが、まさかアルミンやクリスタよりダメダメとは思わなかったのである。むしろ半年ぶりに見たクリスタは成長しており、安定感だけで言えば104期トップクラスであった。半年間努力していたのだろう、逆さ吊りになるしか脳のない自分と違って、くるくると回転する余裕さえあった彼女を見てエレンは自身の怠慢を恥じた。
食事時間終了の鐘が鳴り、各々が食器を持って去ろうとする中、エレンはクリスタの姿を見た。隣には見知らぬそばかす女がいる。
(そう言えば、まだ一言も喋ってねぇな)
そう思ったエレンは背後からクリスタの肩に触れた。
「なぁ、クリスタ」
実に半年ぶりの会話であるため少し緊張したような声にクリスタは振り返る。怪訝な表情だったが相手がエレンであると知ると笑顔を浮かべた。
それを見て周囲の男子たちはどよめく。
「あ、久しぶりだねエレン。昨日は会えなくてごめん。……身長伸びた?」
「『身長伸びた』じゃねえよ……伸びたけど。と言うかお前今までどこ行ってたんだ。みんな心配したんだぞ」
このときエレンは気づかなかったが、周りの人間には衝撃が走った。巨人ぶっ殺したいマンであるエレンが高嶺の花であるクリスタに話しかけたと思ったら、何やら知り合いのようではないか!
妙に静かな食堂において二人の会話は全員が聞いていた。
「なんだなんだ? 痴話喧嘩か? 昔の男なんて忘れて私にしとけよクリスタ」
隣に立っていたユミルがクリスタにしなだれかかる。クリスタはもう慣れたようにその手をあしらった。
「違うよ。この人はエレン、私の友達。エレン、こっちはユミル。私の……なんだろう、ファン?」
「はじめまして『勘違い野郎』、私はクリスタの夫だ。結婚式には呼んでやる」
「なんだこいつ……」
差し出された手を恐る恐るエレンは握る。かなり強く握り返してきたので余計にエレンは困惑した。
「面白いでしょ? 変だけど一緒にいて楽しいよ」
「そうか……」
「それよりエレンは、人の心配してる暇があるの? 頑張らないと置いていっちゃうんだから」
そう言うとクリスタは包帯を巻いたエレンの額をツン、と突く。『痛っ』とエレンはぼやいた。
「……うるせ。すぐに追いついてやるからな」
「あはは、じゃあまたね! カルラさんに元気ですって伝えといて」
そう言って手を振るとクリスタは去っていく。
「あぁ、またな……。ん? 何見てんだお前ら?」
さて、それまで黙って二人の様子を見守って周囲の異様な様子にいい加減エレンは気づいた。
「エレン、私はお前のことを好きになれなさそうだ。何をどうしたらそうなるんだ? 案外、お前って世界を救った救世主の生まれ変わりだったりするのか……?」
「急に何言ってんだ?」
ユミルは『何あれ後で私もやってもらおう』の心境だった。
「エレン……だっけ? お前はあの子の知り合いなのか」
そこに初日からこれでもか優秀さを示していた男。大柄な体格で短い金髪のライナー・ブラウンが現れ質問した。
「あ? ……まぁ、一時期一緒に暮らしてたから妹分みたいなもんだな」
再び衝撃が走る。男子諸君は思った。『ただでさえエキゾチックな美人のミカサがモンペのように付き添っている上に、正統派美少女のクリスタが妹分……? こいつは立体機動の才能とまともな思考以外に何を持ち得ないんだ……』と。
「つまり──お前は義兄さんってことだな?」
「何言ってんだお前?」
なおエレンはそのことに気づいていない。鈍感とかそういうのではなく、単にそっち方面での心の成長が未熟なだけであった。
【22】
立体機動装置を使った巨人討伐訓練のさなか、キース・シャーディスは一人の少女を観察する。
(クリスタ・レンズ。座学実技双方において優秀な成績を見せるが、運動能力は平均的。ただし常人より関節が柔らかくスピードはないが柔軟な動きが可能。対人格闘において独特の格闘術を使用し好成績を収めている。また、本人曰く動物に好かれやすいそうで馬の管理に慣れている)
「はぁっ!」
クリスタは繊細な重心移動が織りなす独特な動きで模型のうなじを削ぐ。
(そして周囲からの信頼も厚く人心掌握に長けている)
「……よしっ」
「すごいですね、クリスタ。どこかで身体の動かし方でも習ったんですか?」
「ちょっとね。それにサシャこそ、すごい反射神経だよ。模型を見つけるのも早いし」
「いやぁ、それほどでもぉ? 私の故郷は山奥にあって狩りが日常でしたからね!」
「もう、すぐ調子に乗るんだから……」
「なあ、クリスタ。少し連携の練習をしようと思うんだが、付き合わないか」
「もちろん良いよ、ライナー!」
「おいおいクリスタ、それより私の立体機動を見てアドバイスをくれよ」
「ユミルは優秀だから、特にアドバイスできることはないかな」
「……この時ばかりは自分の優秀さが憎いな。というわけでライナーさん。私がクリスタの代わりに付き合ってやろう。クリスタは私たちの連携を見て評価してくれ」
「なっ、俺はクリスタと……」
「立体機動で言えば私よりユミルの方が得意だよ? ライナーは104期でもトップクラスの腕なんだから、より上手な方と練習した方が良いんじゃないかな?」
「ほらお二人とも。さっさと行ってくださいよ。私がクリスタの面倒を見ますから!」
「あはは、ありがとう……」
「(逆だろう)」
「(逆だな)」
そして場面は格闘訓練に移る。
巨人と戦う兵士において対人技能の習得は必須ではない。そのためこの訓練自体も評価対象ではないのだ。とは言え何も見ていないわけでもなく、あからさまにサボれば『熱意なし』と見なされ個人の評価に傷がつくだろう。
そして、そんな中でもクリスタは真面目に格闘訓練を行っていた。
(時折人が変わったように才能を発揮することがあり、本番でこそその潜在能力は発揮されるだろう)
「……シュッ……シュッ!」
「右フック、左アッパー、回し蹴り──取った」
「なっ──かはッ……」
ミカサの足を絡め取るクリスタ。バランスを崩したミカサは背中を地面につけた。
「……あ、ご、ごめんなさいミカサ。大丈夫?」
「……私の負け。まさか、負けるとは思わなかった。これも修行の成果?」
「『見抜かれている時の大技は簡単に狩られる』、らしいよ?」
「……? 変な言い方。今度はクリスタが暴漢役の番」
「うん……おりゃぁぁ──ぐふっ!」
「単純な突貫は軌道が読みやすい。もしかして手を抜いているの?」
「いたた……そういうわけじゃないんだけどね。……よし! もう一回お願い──ぐふっ!」
「はじめから止めたつもりはない。油断しないの」
かくして訓練兵団の日常は過ぎ去っていく。
【原作との違い】
・メンタルも実力もつよつよクリスタ
梶さんボイスエレンの「はぁ?」と「何言ってんだお前」が好き。そしてライナーはやっぱり半端なクソ野郎。
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