【22】
アニ・レオンハートは壁外から来た『人類の敵』であり、『世界の救世主』である。その任務は祖国マーレのために始祖の巨人を奪還することだ。
などとお題目を並べてみたが、実際アニにそこまでのやる気はないし、忠誠心もない。あるのはただ一つ。『父親のもとに帰る』という思いだけである。
そうであるが故に、アニは苦悩していた。ライナーのように兵士と戦士を分けるか、ベルトルトのように割り切れる性格なら良かったのだろう。しかし、アニは不器用な女だった。だから、壁の中では他者を遠ざけるという方法でしか自分の心を守れなかった。
「朝か……」
昨晩は遅くまで戦士の任務を遂行していたせいでよく眠れなかった。眠たい目を擦り目を覚ます。そこは自分の家ではなく兵舎の中だ。この光景にもはや慣れてきた自分がいる。
アニは身だしなみを整えると食堂へ向かい食事を取った。道中ベルトルトを同伴したライナーから話しかけられたが、無視した。
アニはライナーが嫌いだ。ベルトルトのことは……良く分からない。
アニにとってライナーはマルセルの代わりをしようとしているクソ野郎だ。こいつのせいで任務は続行されることになった。無論、あのまま帰ればただでは済まないことは明らかだった。それは良い。アニがライナーを嫌うのはそこではない。
端的に言えば、三人の中でアニだけ負担が大きすぎるのだ。壁の破壊を直接行わなかったので自分が壁内の侵入に向いているのは分かる。巨人体はどこか人間の時の面影を残すからだ。
と・は・い・え! 何故自分だけが内地に潜入し中央憲兵を探らなければならなかったのか! 昨晩中央憲兵に尾行がバレたとき、顔を見られていれば真っ先に始末されていたのはアニだったのだ。いや、今にも自分の正体がバレて拘束されるかもしれない。
ライナーは表で壁を守る兵士だと振る舞っておきながら、キツイ仕事はアニに振ってきた。そういうところが彼女は気に食わなかったのだ。
本当にライナーを殺してやりたかったが。流石にそれは辞めておいた。仲間だから? 任務を遂行するため? 違う。……ベルトルトが何をするか分からなかったからだ。
ベルトルトは物静かな人間で、アニも言葉数は少ない。よって二人で会話することはほとんどない。だが、アニは気づいていた。ベルトルトがそれはもう四六時中自分を見ていることに。
(あいつは常に私を監視している……昔から何を考えているのか分からなかったけど、きっとそうだ。ライナーを殺せば、ベルトルトは私を殺すかもしれない……クソッ!)
勘違いである。しかしこればかりはベルトルトも悪い。常に見られていれば監視だと思っても仕方がないだろう。
格闘訓練のさなか、アニは苛立ちを乗せ足を振り抜き──その足を絡め取られ転倒する。
「なっ……ッ!?」
地面に倒れ伏し、自らをこのような姿にした相手をアニは見上げる。訓練相手のクリスタは紫紺の瞳で彼女を睨んでいた。
クリスタ・レンズ。アニにとって彼女は変人だった。
格闘訓練という何の意味もない訓練に熱心に取り組む変人。冷たく接しているのに自分にすり寄ってくる変人。強そうには見えないのに、ミカサ・アッカーマンや自分と同じく104期トップの格闘能力を持つ変人。
「アニ・レオンハート。感情を乗せた攻撃は読み取りやすい。何より、今の攻撃は何ですか? あのまま当たれば頭部を損傷し、最悪私は死んでいました。説明を求めます」
「……悪かったよ。日頃のストレスが溜まっていたんだ」
様子が少しおかしいクリスタが差し出した手を取り立ち上がるアニ。
(怒ると口調が変わるんだ……こいつ)
アニはクリスタの様子の変化をそう結論づけた。
「以前、あなたはその力を父親から学んだと言っていましたね」
「言ったっけ、そんなこと」
「『自慢するように』言っていましたよ。怒りで過ちを犯しては、その技術を教えた父親に対し失礼では? あなたを思ってその力を授けたのですよね」
「……どうだろうね」
父親は自分を戦士にするために鍛えたと、以前のアニは思っていた。しかし、今思えばどうであろうか。
ここに来る前に『生きて帰ってきて欲しい』と願った父は、自分を思って鍛えたのだろうか……?
「『生きて帰ってきて欲しい』と直接言われたのなら、それがすべてでは?」
「……私はあんたにそれも言ったの?」
「今しがた自分で呟いたではありませんか……これは相当ですね。教官にお伝えします。あなたは休んでください」
呆れ顔で教官を呼びに行こうとするクリスタをアニは呼び止めた。
「待って、あんたはどう思うの?」
「何がです?」
「私の父親の考えについて」
「知りません。私はあなたの父親ではありませんので。ですが例えとして人は人を愛するが故にきつく接することがあります。それは成長を願ってのこと。苦しみから遠ざけるだけでは人は成長しない……と、私も最近になって気づいたのですが」
「私を利用するために育てたって可能性は?」
「状況がいまいち分かりませんが、それもあり得るでしょう。ただ、人は変わるものです。はじめはあなたを利用するために育てた。しかし、育てているうちに情が湧き、傷つけたことを後悔した。そう信じていたほうが気が楽なのでは? たぶん、あなたの父親自身もよく分かっていないと思われますよ。人の心とはそう言うものかと」
「そう……待って」
「まだ何かあるのですか?」
アニはクリスタを前に格闘技の構えを取った。
「少なくともあんたを倒すまではまだ休めない」
多くの兵士にとって格闘訓練とは無駄な時間である。しかしアニにとっては違う。父親との繋がりを感じることができるし何より……。
「……休みたくないのであれば、そう言えばよろしいのに」
「言ってなッ!」
そう言ってアニは蹴りを入れる。ミカサやクリスタ──実力の近しいライバルとの訓練が、アニは嫌いではなかった。
【原作との違い】
・アニがベルトルさんのことを警戒している。
実際アニはベルトルさんのことどう思ってたんですかね。
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