【23】
その少女はかつて傀儡であった。今は『ユミル』という名前を使っているが、それは与えられたものであり、本当の名前ではない。かといって、孤児だった彼女の本当の名前は彼女自身さえも知らない。
与えられた名前と望まれた役割を演じ続けた少女は、一度『無垢の巨人』となって死んだ。そして、幸運にも二度目の人生が与えられたのだ。
外から楽園と呼ばれる世界に侵入した『ユミル』は、与えられた名前も役割も上書きするくらい自分の人生を生きてやると誓った。自分に嘘をつかず、正直に生きると。
そして、彼女がいつものように食い扶持を得るため、盗みを働いていたときのことである。
彼女は壁内における宗教組織、ウォール教の教会の中を物色していた。彼女にとって宗教は嫌悪の対象であり罪悪感なんてものはない。教会が
「ちっ……たんまり溜め込んでるかと思ったら何もないじゃねぇか……ん?」
ユミルは物音を聞き慌てて物陰に身を潜めた。そしてやって来た二人の司祭の会話を聞いた。
「知ってるか? 王が分け身を訓練兵団に送ったらしいぞ」
「あぁ、あれだろ。妾の娘で確か名前は……クリスタ・レンズだったか?」
「滅多に名を口にするんじゃない。貴族どもに知られたらどうする!?」
「いや、すまん……しかし、その娘も可哀想だな。生まれのせいで使命を背負うことになるなんて」
「仕方あるまい。彼女は選ばれたんだ。同情するより、微力でも我々の力を王に尽くすことを考えろ」
話を聞いたユミルはその顔も知らない『役割を課せられた少女』に同情か、それとも過去の自分を重ねたのか。ともかく訓練兵に志願することに決めた。
彼女はもうしないと決めていたはずの『誰かのために生きる』に再び流されてしまったのだ。
そして出会った。だがそこにいたのは強制された生き方に苦しむか弱い娘ではなく、覚悟を持った気高い幼王であった。
「なあ、クリスタ。少し話を聞いてもらって良いか?」
訓練兵を卒業する日、ユミルはクリスタに自分のことを話した。無論、あくまで作り話だとぼかした上で。
「あるところに孤児の少女がいた。少女はとある宗教に拾われ、神の役割をさせられた。少女は信者のために喜んで嘘をついた。少女は良い人になり、良いことをしたかったからだ。そして最後には国から摘発され、その宗教団体の信者も少女も殺された」
「ところが少女は生き返り、もう二度と他人のために生きない、自分に嘘をつかず自分のために生きると誓った……って話だ」
ユミルが話す間、クリスタは静かに聞いていた。
「それで? その少女はどうなったの?」
「ん? あぁ……今もどこかで暮らしてるんじゃないか?」
「ふーん、ユミルってお話作るの下手だね。特に終わり方が適当すぎない?」
そう言ってクリスタは笑った。ユミルは未だ生きているのだから終わりはまだ決まってない。が、作り話と言った手前誤魔化すしかなかった。
「いや……ちなみにクリスタだったらどういう終わりにしたんだ?」
「私? うーん、『悪い終わり方』と『良い終わり方』。両方思いついたけど、どっちから聞く?」
「なら悪い方から」
「じゃあ……『その少女は自分のためだけに生きました。他人を信用せず、逆に騙してやりました。そうしていくうちに、やがて少女の周りには誰もいなくなり、最後まで孤独に過ごしましたとさ』……かな?」
「良い方は?」
「『少女は人に良いことをし続けました。最初は以前と同じように少女を利用しようとしようとする人が集まりましたが、少女は自分に嘘をつきません。嫌なことは嫌と言ってその人たちを遠ざけました。そしたらやがて少女の周りには少女のような良い人たちであふれ、その人たちは国をつくりました。そうしてできた国では、良い人が良い人のまま生きていけるようになり、少女はその国で自分を偽ることなく幸せ暮らしましたとさ、めでたしめでたし』……って感じかな。どう?」
「それって結局、少女は昔のまま変わってないんじゃないか?」
「そりゃあそうだよ。人の本質ってそんなに変わるものじゃないでしょ? それに少女は孤児なのに良い子だったんだから、きっと生まれながらの良い人なんだよ。そんな良い人が無理やり悪いことをしようとするなんて、結局自分の心に嘘ついてるってことじゃない?」
「少女は自分を変える必要なんてない。変わるべきなのは世界の方なんだよ。ユミルもそう思うでしょ?」
ユミルはそれが許しの言葉だと思った。自分は自分のままで良いという意味の許しの言葉だ。きっとユミルは心の何処かで、この残酷な世界を変えようがないと諦めていたのだろう。
「夢を見すぎてるんじゃないか?」
ユミルはそう言ってからかい、笑った。その笑顔はいつものような皮肉ったソレとは違う、心の底から純粋な笑みだった。だってそうだろう。
「もう……ユミルこそ、夢のないこと言わないで。物語は幸せに終わらなきゃいけないんだから!」
そうしてしばらく二人で夜道を歩いたクリスタとユミルだったが、道を塞ぐ三人の人影に気づく。どうやらエレン、ミカサ、アルミンのようだ。
「あの三馬鹿、道のど真ん中で座り込んでんじゃねぇよ。……ほら、行って来い」
ユミルはそう言ってクリスタの背中を押した。
「えっ!?」
「おおかた、打ち上げんときにエレンが語った夢をみんなが否定したからメソメソしてんだろうよ。家族なんだろ? 慰めてこい」
「私とエレンは別に家族じゃ……」
「毎週一緒になってママからの手紙を待ってただろうが。いいから行けって」
クリスタは渋々と言った様子で歩き出した。一歩歩くたびに不安そうにこちらを振り向いてくる。まるで小動物のような愛らしさにユミルは撃ち抜かれた。
(──じゃない。ったく……人には色々言うくせして自分は我慢してんだから世話ないな)
ユミルにはクリスタがあの三人と親しくしている一方、どこか壁があるようにも見て取れた。あの三人につまらない遠慮をしてるのだろう。だがそんなのユミルの知ったことではない。ユミルはクリスタが幸せならばそれで良いのだ。
手を『シッシッ』と振ってクリスタを送り出す。一歩進んでまた振り向いた。ユミルはまたかと呆れたが、どうやら様子が違う。
今度はパッと笑顔を浮かべる。そしてユミルに向かって『ありがとう』と口の動きだけで伝え、クリスタは駆け足で三人のもとへ走っていく。
──今度こそユミルは撃ち抜かれた。
ユミル「──ぶち犯してぇ……。なんだよクリスタ、あざとすぎるだろ。あれは私が守らないとだめだな」(確信)
【原作との違い】
・光のユミルになる
ユミルお前……胸張って生きろや。ちなみにつよつよクリスタちゃんとユミルは雪山訓練の時にダズを背負って普通に帰還しました。と言うかこいつらお互い巨人なの知らないからアニメ二期の場面で愉快なことになりそうやなぁ……。
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