【25】
850年、5年ぶりに襲来した超大型巨人によってトロスト区の外壁が壊されたことが、本部に集められた訓練兵たちに伝えられた。
壁内の人類は続く鎧の巨人に備えるため行動を開始する。もしウォールローゼ内門も壊されてしまったら、人類は今度こそ再起不能になってしまうだろう。なりふり構ってはいられないのだ。
そしてそれは、卒業したばかりのクリスタたち104期訓練兵が実戦投入されることが示している。
ユミルと共に中衛部隊の班に所属することになったクリスタは、前衛崩壊の知らせを聞く前に前線に投入されることとなった。
「クソがッ! 訓練兵は駐屯兵の支援班とともに行動だって……? どこにも、そんなのいないじゃねぇ、かっ! よし、今だクリスタ!」
「うおりやぁッ!」
悪態をつきながら巨人の足首を切り裂いたユミルの声に続き、クリスタは倒れた巨人のうなじを切った。
「誰か! 助けて!」
「ユミル! 今度は私が腕、あなたはうなじを狙って!」
「おい! クリスタ! チッ──」
巨人に捕らえられた仲間を救うためクリスタが勢いよくガスを吹かす。その刃で巨人の指を切り落とし、仲間を抱え瓦屋根へ着地した。振り返れば、巨人がうなじから蒸気を出して倒れていく。ユミルも続けてクリスタの隣に降り立った。
「(住民の避難はまだ終わらないの……? 最悪、私が巨人の力を使ってみんなを守らないと)」
『超大型巨人と鎧の巨人はまだ街の中に潜んでるはずです。正体を晒すことは推奨できません』
「(それでも……!)」
「おい、クリスタ。一旦落ち着け」
「私は落ち着いてるよユミル。自分でも驚くくらいにね」
仲間が死んでいく光景を見ても、クリスタの内心で湧くのは恐怖ではなく死なせてしまった罪悪感と己の無力への悔しさだった。
始祖を継承して5年。訓練兵になって3年。クリスタはその責務に相応しい器へと成長している。恐怖を超える覚悟はすでに、シャルルが持つ英霊たちの記憶が教えてくれた。
「そうか……おい、お前。他のやつらはどうなった? 私らが向こうの巨人の相手をしてる間に逃げたのか?」
「……42班で生き残ったのは私と、あなたたちだけ。他と班長はついさっき死んだ……」
助けられた新兵の少女は焦点の合わない目でそう答えた。
「そうか。もう半分以下になっちまったが……後衛に出番が回るのも時間の問題だな、これは。クリスタ、撤退するぞ。私らが残っても焼け石に水だ」
「待って、向こうに誰かいるみたい」
クリスタが指を指す方向の屋根に座る1人の兵士がいた。どうやら負傷しているようだ。向こうの兵士がこちらに気づく。
「お、おーい……ッ! 助けてくれ、動けないんだ! ひっ……は、早く……!」
そして彼の周囲には15メートル級を含む数体の巨人が群がっている。あのままでは建物が倒壊してしまうだろう。
「聞いて2人とも、42班の指揮は私が引き継ぐ。まず3人で向こう側に飛んで1人は負傷者を背負い撤退、残り2人が殿を務めた後撤退する。良い?」
「おい……あいつに気を使えるほど余裕があるように見えるか……?」
「む、無理だよ……きっとすぐに死んじゃう……っ!」
反対する二人であった。しかし、クリスタにはできるという確信があった。なぜなら心強い味方がもう一人この場にいるからである。
「──聞きなさい。あなたは負傷した兵士を連れ、本部にいるキッツ・ヴェールマン隊長に中衛壊滅を伝える。そしてその後は本部の指示に従いなさい。順路は……東から迂回して行くこと。よろしいですね? 復唱!」
「う……は、はい。負傷者を連れ後退。本部に情報を伝え、指示を仰ぎます」
「ユミルは私と殿です。付き従いなさい」
「ああ、もうっ! 勝算はあるんだろうな!? 死んだら恨むぞクリスタ!」
有無を言わさぬ気迫のクリスタに戦意をなくした新兵とユミルは頷いた。3人は立体機動で負傷した兵士のもとに飛んだ。
「た、助かった……ありがとう」
「2人とも、どうか無事で!」
2人が離脱すると、1番背の高い15メートル級が2人に手を伸ばした。
「進んで2人とも! 絶対に、諦めることなくッ!」
クリスタは巨人の目を抉り、2人を守る。声が聞こえたのか彼らは振り返ることなく遠ざかった。
「(シャル、ありがとう。私じゃ説得できなかった)」
『あなたは私の使命を手伝うと言ってくれました、ならば私は可能な限りあなたの願いを叶えます』
「ユミル! 私が巨人の視界を奪うから! あなたはうなじを削いで!」
「クリスタお前、そんだけ動けるならッ! 10番以内なんて余裕だっただろッ! 死ね、デカブツッ!」
「これはズルしてて、私の力じゃな……飛行中は口を閉じてくださいクリスタ。一つ、二つ、あと一体……散りなさい、同胞よ、せめて無知なる
クリスタの意思から離れひとりでに動く肉体はかつてない速度と機動力を見せつけ、巨人のすぐ目の前を通り過ぎていく。彼女の飛んだ軌跡には血しぶきが咲いた。
『アッカーマンは先祖の戦闘経験を座標から呼び起こす。であるなら、私がクリスタの身体を動かすことはその再現と言えるでしょう。伊達に100年以上も意思を残してきたわけではありませんので』
シャルルが生前身につけた実戦技能は格闘術だけだ。これは巨人体での戦闘力を獲得する目的と、王族として護身に必要だったという理由がある。東洋の国ヒィズルの柔術を学んだため、柔らかな関節による投げ技とカウンター技がシャルルの十八番だった。それにより格闘訓練を無双した。なお被害者一位はエレン、大きく離れ次いでミカサとアニである。結果、エレンは受け身が滅茶苦茶上手になった。それを性格にも活かせれば良いのに……。
そして死後、立体機動装置が開発されてからは当時の継承者の身体を借りてその技術習得に熱中した。人間が人間のまま巨人に勝つ技術はシャルルにとって夢そのものであり、それに惹かれないわけがなかった。
かくしてシャルルをその身に降ろしたクリスタもまた熟練兵士と同等の兵士になることができるのだ。
「だけど、やっぱり私自身が強くならなくちゃ……」
『今のままで十分でしょう。むしろ欺瞞工作と思えば、今のままの方が都合がよろしい。私は人に好かれる性格をしていないので、足りないところを互いに補っていると思えば良いのです』
「そうかな?」
継承者とは二人で一つ。クリスタを信頼することによりシャルルもまた新しい力の形を得ていた。
「すごいなこりゃ……私たち二人で何体やった?」
巨人をすべて捌いたユミルが隣にやってくる。彼女は蒸気となって死んでいく巨人たちを見てそう言った。
「さっきの2体とその前にも1体。そこに今の4体を足して7体かな、ほとんどユミルが倒したけどね」
「クリスタが目を潰してなきゃ、そもそも死んでたかもしれんがな。しかし、ほんとにやっちまうとは……」
「強いと無茶も良いことも押し通せるんだよ、ユミル。少しは夢を見れた?」
ユミルはその言葉を鼻で笑う。
「はっ……まさか。私が現実見てないとお前はすぐ死んじまいそうだからな。立てるか?」
「手、借りても良いかな? 身体を酷使しすぎちゃって。……っ! ユミル、聞こえた?」
そのとき、澄んだ鐘の音が街に響いた。それは住民の避難が終了したことを示す撤退の合図である。
「あぁ、よく聞こえた。初陣にしては十分働いたろ。引くぞ、クリスタ」
ユミルとクリスタの2人は近くの壁にアンカーを刺し、壁上へと飛んだ。
二人は生き残ったことに安堵していたが、一方シャルルは一抹の不安を感じていた。それは座標の支配者、ユミルがどこかを熱心に眺めていたからである。
(エレン・イェーガー、ミカサ・アッカーマン、アルミン・アルレルト……彼らもまた無事であれば良いのですが)
クリスタと共に時を過ごしたシャルルにとってもまた、その3人は特別になったのだろう。彼らの身をシャルルは無意識に案じた。
空には、曇天が広がっている。
「僕たち……訓練兵34班っ。トーマス・ワグナー、ナック・ティアス、ミリウス・ゼルムスキー、ミーナ・カロライナ、『エレン・イェーガー』」
「以上5名はッ、自分の使命を全うし──壮絶な戦死を遂げましたッ!」
嗚咽とともに残酷な真実を吐き出すアルミンを前に、ミカサは一瞬、まるで自分を支えていた地面が失われたかのような感覚に陥る。アルミンが謝罪の言葉を告げるが、ミカサの耳には何も届かなかった。
(あぁ、またこの『頭痛』か……)
痛みによって現実に引き戻されたミカサはしゃがみ込み、アルミンと視線を合わせた。泣き腫らした目の向こう側で、ミカサは幻視する。
(今、誰かが私を……?)
少女がこちら観ていた──そんなはずはない。アルミンの目に映るのはミカサの顔だけだ。ミカサはそれを勘違いと断じた。
そして、ミカサはそこで思考を放棄する。再びの覚醒を得るには、ある巨人が物語の舞台に上がるのを待つしかなかった。
少女は砂を練る。舞台に登る役者を整えるために。
【原作との違い】
・クリスタとユミルが前線で奮闘。コニーと喧嘩するシーンが無い。
以前書いた文で中央憲兵と対人立体機動部隊を混同して描写してたところがあるので修正してます。誠にすまん。
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