やわらか不戦の契り   作:妄想壁の崩壊

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キッツ隊長のあのセリフがハゲクソ共にしか聞こえなくなった作者が通りますよ。


トロスト区2

【26】

 

クリスタは壁上からトロスト区と壁一枚挟んだウォールローゼ側を見下ろす。下には疲弊した兵士と、慌てふためく避難民でごった返していた。

 

「(シャル。これが、私たち人類が問題を先送りにし続けてきた結果なんだね)」

 

『いいえ、すべての責任は私にあります』

 

「(違うよ。確かにシャルは外の世界を野放しにしてた。でも、レイス家も始祖の巨人に頼ろうとするだけで人の力で何とかしようとはしなかった。壁の中の皆も、壁を盲信し続けてきた。きっとこの世界は誰かに責任を押し付けられるほど、単純じゃないんだよ)」

 

「クリスタ、私は先に降りてるからな」

 

自分の使命を再度深く胸に刻み込んだクリスタの横で、ユミルは壁の下へと降りていった。

 

クリスタは反転し、今度はトロスト区側を見た。そこには地獄が広がっている。崩れた街からは煙が昇り、何十年もかけて形成された人の育みがほんの数時間にして壊される光景に絶望を禁じ得ない。

 

(だけど、住民全員が生き残った。街が壊れても、人が生きていれば、きっとまたやり直せる)

 

犠牲になった多くの兵士のためにも、そうしなければならない。

 

兵士、と思いクリスタは違和感を抱いた。帰ってくるのは新兵ばかりだ。駐屯兵は新兵を守って死んでしまったのだろう。だが、新兵の帰還数があまりに少ない。

 

「ヴェールマン隊長、補給の遅れた新兵がまだ取り残されているようです」

 

「そうか……残念だが、仕方あるまい。彼らは人類の礎として人々の記憶に残るだろう」

 

クリスタは彫りの深い顔で体格の大きな男、このトロスト区防衛を指揮する隊長、キッツ・ヴェールマンとその側近で眼鏡をかけた銀髪の女性、リコの会話を聞いた。……聞いてしまった。

 

「あの、ちょっと良いですか?」

 

「なんだ貴様は」

 

キッツは怪訝な表情でクリスタを見る。

 

「第104期訓令兵、クリスタ・レンズです。今の話、どういうことなんですか?」

「壁の中にいる私の仲間は補給が受けられなかったんですよね。死んだわけではなく。どうして補給が受けられなかったんですか──いいえ、そもそも隊長は本部で防衛と指揮を執っていましたよね。どうして2人はここにいるんですか……?」

 

「貴様、何が言いたい」

 

キッツはクリスタを睨む。言外に、それ以上の発言は許さないと目で訴えていた。

 

「つまり、あなたたちは仲間を見捨てて──」

 

「ええい、黙れ! 口を閉じなければ貴様を規律違反として処罰するぞ!」

 

図星だったのだろう。がなり声を上げるキッツに対しクリスタは口を閉じ、代わりにその隣にいるリコを睨む。

 

一方、睨まれた側のリコはため息をついて答えた。

 

「……我々は中衛が壊滅したので指揮機能を後方に移した。当然の判断だ。結果として補給を受けられなかった新兵が取り残されたのは事実だが、兵全体の命運を道連れにすることはできない」

 

キッツと対照的に冷静にそう答えるリコ。

 

「……ならば、救援を」

 

「駄目だ。彼らの命が、救援を出した場合の損害に見合うとは思えない」

 

苦虫を噛み潰したような表情でリコはそう締めくくった。

 

「そ、そうだ訓練兵。分かったなら本隊に復帰しろ!」

 

「そんな結末、私は納得できない。だから、私だけでも救援に向かいます」

 

「貴様命令に背くのか……その口を刃で縫い付けても良いのだぞ!」

 

キッツが鞘からブレードを抜こうとする。しかし、それを背後から伸びた手が止めた。

 

「お待ちいただきたい。キッツ隊長殿」

 

「誰だッ!? ……け、憲兵団? 何故ここに」

 

現れた男では駐屯兵ではなかった。胸に刻まれるは一角の馬、憲兵団の証である。

 

「失敬な。我々は真に王に仕える中央第一憲兵です。肥えた太った怠惰な家畜どもと一緒にしないでいただきたい」

 

「中央憲兵だと……ッ?」

 

中央憲兵、王都を根城にする謎多き集団が、こんな最前線にいることにキッツは困惑した。

 

『命とは常に天秤にかけられるものです。そして彼らの持つ情報量ならその判断は正しい。しかし、グリシャ・イェーガーから巨人を継いだと思われるエレン・イェーガーを放置することはできません』

 

104期の仲間は苦難に見舞われていることだろう。始祖ユミルの視線の先をシャルルは今知ることとなった。

 

「口を閉じるのはあなたの方だ。キッツ・ヴェールマン。でなければ王に授かりし中央憲兵の権限を以て、あなたをこの場で処罰する」

 

「な、何故だ……何故中央憲兵が口出しする!?」

 

兵団から定められた地位階級により、今この場を支配しているのは中央憲兵の男だった。

 

その様子を隣で見ているリコは混乱する。彼女は中央憲兵が何なのかは知らない。隊長のキッツに命令できる存在などピクシス司令以外にいるとは思わなかった。

 

だとすれば目の前の男は、中央憲兵とは何なのだろう。

 

「話を聞いてくれる気になりましたか?」

 

そして、口を開いたのは中央憲兵ではなくただの訓練兵のクリスタだった。紫の瞳を細め、ぞっとするくらい穏やかな笑みを浮かべている。キッツはヘビに睨まれたカエルのように縮こまった。

 

中央憲兵の男はそれを当たり前かのように受け取り、何も言わない。

 

その異常な光景にキッツは何か感づいたようだ。

 

「なんだと言うのだ貴様は……」

 

少なくともこの壁を生み出し、この世界を統治し、この戦争を招いた元凶であると答えたところで、今の彼が信じることはないだろう。

 

「ドット・ピクシス司令に早馬が向かいました。間もなくこちらに来るでしょう。そのとき、あなたは何と言い訳するのですか? 本部の防衛を放棄し、物資も放棄して新兵を大勢死なせたと言うおつもりですか?」

 

立場が逆転し、クリスタがキッツを詰問する。リコは混乱を深め、2人の間で視線を激しく往復させた。

 

「た、確かに私の判断ミスがあったことは認めよう。しかし、もう住民の避難は終了した……これ以上の戦力の投入は不毛だ、我々は壁面の防御に努める!」

 

「ごもっとも。ですので私と中央憲兵の部隊が物資を持って支援に向かいます。あなた方は直接戦わなくても良い。いつでも壁上の大砲が使えるように磨いていれば良いのです」

 

「だ、だが……」

 

「キッツ・ヴェールマン。彼女の言葉は中央第一憲兵からの命令と同義と知りなさい」

 

迷うキッツ。だが中央憲兵のその言葉が後押しになった。彼の言葉通りなら、自分は命令に従っただけで、例え救援が失敗しても責任は自分に向かない。

 

追い込まれた人間は用意された逃げ道に簡単に逃げ込んだ。

 

「分かった、承認する……」

 

「あなたに感謝を。キッツ・ヴェールマン隊長殿」

 

そう言うとクリスタは中央憲兵の男を引き連れ、補給物資を回収しに行った。残された2人はその背中を見つめる。

 

「隊長、あの新兵は……それに中央第一憲兵とは……?」

 

「中央憲兵はこの世界を支配する王直属の兵士だ……ブレツェンスカ、余計な詮索はやめておけ」




ユミル「クリスタが帰ってこないんだが……」

【原作との違い】
・中央憲兵が現場にいる。

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