やわらか不戦の契り   作:妄想壁の崩壊

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トロスト区6

【33】

 

ピクシス司令の指揮のもと、トロスト区奪還作戦が始まった。巨人化したエレンが大岩を運び、トロスト区外門にあいた穴を塞ぐ。不確定要素で溢れた作戦に誰もが懐疑的であった。

 

しかし、皆は黙々と作戦に従っている。たとえ疑わしい作戦であっても、やらなければならないのだ。そうしなければ、巨人の脅威は守るべき誰かへと降りかかるのだから。

 

作戦の根幹をなすエレン、ミカサを含めた駐屯兵の精鋭班、そして中央憲兵の精鋭班を除き、全ての兵士はトロスト区北西の壁に集っている。巨人を誘き寄せる餌として壁にぶら下がるためだ。

 

精鋭の負担が大きすぎるように見えるかもしれない。しかし、他の兵士たちは単にぶら下がるだけであっても安全ではない。

 

無垢の巨人にも多少の学習能力がある。また、奇行種といった行動の予測が難しい存在もいる。やつらは跳躍するし、他の巨人を足場にもする。そのようにして存在しない飢えを満たそうと壁に張り付き、餌に向かって手を伸ばすのだ。

 

運悪くそんな巨人に捕まった兵士の末路は語るに及ばない。

 

「へ……? な、た、助けッ……!」

 

「あれ……なんでアンカーがっ!?」

 

そして今この瞬間も、二人の兵士が壁から滑り落ちた。アンカーの食い込みが甘かったのだろう。巨人が壁に向かって体当たりをした拍子に、彼らは落ちていく。二人は仲間へと手を伸ばしたが、周りほとんどはただそれを見ているだけだった──ただ二人を除いて。

 

その二人の活躍により落下した者は壁上へと生還した。

 

「助かった……ありがとう。ライナー!」

 

「今のは危なかったな。気をつけろよ」

 

「ク、クリスタ……どうして助けてくれたの?」

 

「私の手が届くところに、あなたがいたから。もう大丈夫だからね」

 

怯える兵士を介抱したあと、ライナーとクリスタの二人は顔を合わせた。

 

「流石だなクリスタ。あそこで咄嗟に助けに入れるやつはそうそういない」

 

「ライナーの方こそ。普段からみんなのことよく見てるよね。頼れる兄貴分って感じだし……そういえばあのとき、庇ってくれてありがとう」

 

クリスタは屋上であったことについて感謝を述べた。

 

「いや、兵士として当然のことをしたまでだ」

 

「それでも、ありがとう」

 

裏表のない謝意とふわりと笑うその表情に、『結婚したい』の言葉が飛び出しそうになるライナーであったが、必死に取り繕った。

 

「……ところで、一つ聞いて良いか。クリスタはよく周りのやつを助けているが、それはどうしてだ?」

 

「突然だね。急にどうしたの?」

 

「気になったときに聞いておかないと、二度と聞くことはないと思ってな」

 

ライナーはクリスタが駐屯兵団に入ると思っている。そしてライナーは憲兵に入り内地で始祖の巨人を探すか、もしくは始祖の巨人候補のエレンとともに調査兵団に入るつもりだった。そのため、この戦いが終わればクリスタと会うことはないだろう。

 

ましてや、巨人に対し剣で対抗するなどと狂気的な手段を用いる壁の世界に住む以上、クリスタがいつライナーの知らぬところで死ぬか分かったものではなかった。

 

だからライナーは今、クリスタと話したかった。……なお、二人きりで話すチャンスがなかなか訪れず、これが初めてだったからとも言える。

 

「そっか。思えば私、104期の皆に自分のことあんまり話したことなかったよね。私が良いことをするのは、命を救ってくれた姉に報いるためなの」

 

それからクリスタはその姉について語った。曰くその姉は自分を犠牲にしてクリスタを守ったらしい。

 

「今度は私が聞くけど、ライナーはどうしてみんなを助けようって思うの?」

 

それを聞いて、ライナーは壁内に来る前のことを思い出す。鎧の巨人の継承者に選ばれ、世界を救う命運を背負った自分は本来、戦士に選ばれるはずではなかった。ドベだった自分が選ばれたのは、弟を助けたかったマルセルが工作した結果だったのだと。

 

そしてマルセルは、そんな自分を助けるために、巨人に食われて死んだ。だから……。

 

「俺が、代わりをしなきゃならないんだ。俺の代わりに死んだ、マルセルの代わりにならなくちゃ……。俺は、本当は皆に慕われて良いような男じゃないんだ……ッ」

 

戦士としてのライナーと兵士としてのライナー。その両方が吐露した本音であった。彼は非難してほしかった。罰してほしかった。マルセルを死なせたことも、壁の中の『人』をたくさん殺したことも。

 

「そうなんだ……案外似てるかもね、私たち」

 

「は……?」

 

だが、クリスタが告げたのは共感の言葉だった。

 

「私も、はじめは私を助けてくれた姉の真似をしてただけだった。でも、そうしてるうちにいつの間にかそれが私の一部になってたの。それから気づいたんだ。『お姉ちゃんが繋いでくれたものは、今も私のここで生きてる』って」

 

クリスタはそう言うとトンッと自分の心臓を叩く。そして力強い目でライナーを見て言った。

 

「今ではみんな、ライナーを尊敬して頼りにしてる。確かに始まりは誰かの代わりだったかもしれない。でももう違う。強くて優しくてすごい人にライナーはなったんだから。だから、胸を張って生きようよ! それが、自分を助けてくれた命にとって、一番の報いになるはずだから。ね?」

 

クリスタはライナーの胸を強く叩く。ライナーはその小さな拳の下で動く己の心臓の音で、自分が生きていることを強く自覚した。

 

「あぁ……そうだな! 俺は104期の兄貴分、ライナー・ブラウンだ!」

 

「そう! その調子!」

 

ライナーは両腕を上げて己を鼓舞した。それを見てクリスタは嬉しそうにパチパチと小さく拍手する。

 

「クリスタ、この戦いが終わったら結婚しよう」

 

「もう……冗談言わないの。ライナーまでユミルみたいになったら大変なんだから」

 

「……そうだな、悪い。つまらない冗談だった。ちなみに、もう相手はいるのか?」

 

「相手……結婚相手ってこと? まさか、いるわけないよ!」

 

そのまま任務に戻ろうとしたときに、突然変なことを言い出すライナーに困惑する。

 

クリスタは15の少女だ。ゆえに、その手のことに憧れたりもする。童話の中幸せそうに寄り添う男女の挿絵を見るたびに、自分を当てはめて想像してみた。しかし、どうにもしっくりこないのである。

 

それは親のことが頭にあったからだろう。貴族の妾だった母親が顔も知らぬ父親と共に幸せそうにしてる姿など思い浮かばない。だからクリスタは無意識に男女の恋愛を忌避するようになった。不幸な例しか知らないからだ。

 

「エレンはどうなんだ? いや、あいつは確かクリスタのことを妹分って言ってたな」

 

「い、妹……? まあ、確かにそうかも。エレンから見たら私が世話の焼ける妹で、ミカサは世話焼きで口うるさい姉。アルミンは仲の良い従兄弟なのかな?」

 

「じゃあエレンのことは男として見てないんだな?」

 

「やけに念を押すんだね……そうだよ。私にとってエレンは憧れで、競争相手で、兄妹みたいな存在。それにエレンにはミカサがいるから、私となんて……ありえないよ」

 

「そうか……! なら、クリスタ。俺と──」

 

ライナーが何かを告げようとした瞬間、彼の鳩尾を拳が襲った。

 

「ごはっ……!?」

 

「おい、クソゴリラ。私が壁にぶら下がって巨人共を誘惑してる間に何してんだ……?」

 

「あ、ユミル」

 

「クリスタの結婚相手はこのユミル様を置いて他にいるわけないだろ。お前がクリスタに告は──」

 

「……長話して悪かったなクリスタ。俺は自分の班に戻る。お互い、生き残るぞ」

 

そう言って逃げるようにライナーは去っていった。

 

「はっ。体格に似合わず逃げ足が速いんだな、あいつ」

 

その後ろ姿を鼻で笑うユミル。クリスタは困惑した様子でユミルを見た。

 

その時、トロスト区市街地から赤い信煙弾が昇る。それは奪還作戦において致命的な問題が発生した証であった。

 

「……ッ! おいおい……数百人死んだ成果があれかよ。エレンさんよ」

 

「エレン……」

 

あの信煙弾の下にいるであろうエレンをクリスタは思う。何があったのか知りたい、困っているなら手を貸してあげたい、側にいて支えてあげたい。そんな家族以上の思いが心を占めていく。

 

「クリスタ、招集だ。次に何をさせられるか分かったもんじゃないが、とにかく行くぞ……クリスタ!」

 

「あ、ご、ごめんなさい」

 

クリスタは心にかかったもやもやをかき消し、ユミルに手を引かれるがままに進んだ。このままユミルについていけば、壁の上で新たな指示を待つことになるだろう。

 

(でも、じっとしてなんていられない。ん……あれは……?)

 

その時、クリスタはアルミンが飛び出していくのを見た。きっとエレンのもとへ向かうのだろう。アルミンは幼馴染の中でも最もエレンとの付き合いが長く、また壁の外への志を共にする仲間でもある。そんな彼がエレンに問題が生じた今、何もせずになんていられなかったのだろう。

 

アルミンはエレンのもとへ向かった。ミカサも精鋭としてエレンを守るために戦っている。なら、自分はこんなところにいて良いのか……?

 

「待ってユミル」

 

クリスタはユミルの手を払った。答えは“NO”だ。

 

「私は今からエレンのところに行く」

 

「一応確認するが、死にたいわけじゃないよな。……向こうに行って、どうすんだ?」

 

呆れるユミルにクリスタは覚悟を告げる。

 

「向こうに行って……エレンを、家族を、みんなを助けたい。それから──」

 

クリスタは己の小さな手を見た。昔に比べれば訓練によって皮膚が分厚くなったりはしたが、それでも弱々しい見た目の手だ。

 

ナイフに触れただけで傷がつきそうな手。こんな手に壁内人類の運命を担う力が収まってて良いのかと自問する。

 

「──自分ができる全力を尽くしたいの」

 

おそらくエレンが機能不全に陥った今、誰かが代わりを務めなければならない。そう覚悟を決めたクリスタはその手を強く握った。

 

『まさか、巨人の力を使う気ですか? 危険ですクリスタ。どうか考え直してください。まだ王政の完全な掌握は済んでいないのですよ。それに見えない敵も潜んでいる。内憂外患に挟まれては……リスクが──』

 

クリスタは側頭部を強く叩いた。このやり方は記憶が彼女に教えてくれたものだ。

 

「ユミルは対等な友達だと思ってる。だから私は強制はしない。でも、お願いがあるの。私のすぐ側にいた頼れる人が、ちょうど今いなくなっちゃったから、えっと、だから……私を守ってください」

 

懇願するクリスタの目をみてユミルは深くため息をついた。言ってる意味は分からなかったが、クリスタにも事情があるのだろう。彼女には隠すべきことが多いのだから。

 

「たくっ、わがままなお姫様だな……良いさ、守ってやるよ」

 

「ありがとう。それから、この戦いが終わったら話したいことがあるから」

 

「──ッ! ついに愛の告白か!? よし、心の準備をしておこう」

 

「違うよ、もう……。私の生い立ちについて、だよ」

 

「王様の身代わりなんだろ?」

 

「ちょっと違……んっ!? 知ってたの!? なんで!?」

 

「盗み聞きしただけだから詳しくは知らん。お前の口から直接聞かせてくれ」

 

「そうするつもりだったんだけどな……私、ユミルのことがもっと分からなくなってきちゃったかも……」

 

二人は壁から飛び降りガスを吹かした。煙弾のもとを目指して。

 




本当は文字数統一したいんだけど、なかなか難しい。あと原作漫画の方も見始めたんですけど面白いですね。結構アニメで改変されてるとことかありますし。

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