もうちょい書きたいところがあるので区切ります。
【37】
トロスト区に空いた大穴を塞いだエレンは回収されたのち、調査兵団によって地下牢に拘束されていた。
これは地下であれば、巨人の身体を生成することができないだろうと考えてのことだ。
さらに両手を鎖でつなぎ、見張りを二人も付けて監視までしている。この過剰なまでの対応は、周囲の人間がエレンを恐れているからだけではなく、エレンを守るためでもあった。
そしてそのまま幾日が経った頃、エレンは調査兵団の二人──ハンジ・ゾエとミケ・ザカリアスに連れられて久しぶりに日の光を浴びる。彼は審議所にて兵法裁判を受けることとなった。
わけも分からぬまま、エレンはこの裁判を取り仕切るダリス・ザックレーの質問に従順に答える。
その様子を憲兵団師団長、ナイル・ドークは白けた目つきで見ていた。
(なんなのだこの茶番は……)
話は数日前に戻る。エレンの巨人化が壁内に知れ渡ると、彼を人類の脅威とみなし処分することを主張する派閥と、彼を人類の戦力とみなし利用することを主張する派閥に分かたれた。
前者は主にウォールシーナ内に住む上級市民、貴族、一般憲兵であり、後者はウォールローゼの一般市民、調査兵団、中央憲兵である。なお駐屯兵団を含むそれ以外は中立である。
そしてこの割れた民意を一先ず収めるために、中央憲兵は一計を案じた。すなわち、調査兵団と憲兵団を巻き込んだ八百長裁判である。
このままエレンの身柄を調査兵団に渡すのではなく、一度憲兵団が彼の引き渡しを要請し、結果としてエレンは調査兵団に委ねられたという形を取ろうとしたのだ。
かくして、ナイルには上記をこなすように上から密命が下されたのである。なお、この場において八百長の事実を知るのは中央憲兵関係者を除けばナイルとエルヴィンの『二人』だけである。
(何故中央憲兵が……? しかし、憲兵団の支持母体である貴族たちからはエレン・イェーガーを処分するよう言われている。どうしたものか……)
哀れ、中間管理職。ナイルは胃が痛むのを感じた。彼は唯一の癒したる家族を思い浮かべる。
「では、憲兵団より案を聞かせてくれ」
「はっ。憲兵団師団長、ナイル・ドークより提案させていただきます」
(とにかく、俺は職務をこなすだけだ)
ナイルは事前に用意されていたカンペの通りに主張した。
さて、ここで八百長裁判と言ったが、実は八百長裁判ではない。無論中央憲兵は八百長にするつもりでこの裁判を引き起こしたのだ──が、肝心の意思決定権を持つダリス・ザックレーを巻き込めなかったのだ。とんだガバもあったものである。
言い訳する中央憲兵曰く、ザックレー総統について何も隙が見当たらなかったらしい。
趣味はなし。金、女、酒、薬、権力、名声のどれにも靡かなかった堅物。以前から、中央憲兵は来る王政復古に向けて彼をゆするネタを探していたが、しかしこれまで何も見つからなかった。
一見無欲で有能な人材に見えるが、中央憲兵からしてみればあれほど邪魔な障害はあるまい。『一体彼が何を求めてあの地位にいるのか、さっぱり分からない』、中央憲兵の諜報員は姿無き王にそう報告した。王はその小さな頭を抱えたらしい。
なお、実際はダリスも中央憲兵と同じ方向を向いているので障壁でも何でもない。むしろ言うなれば加速板であった。
視線と平行に絵画が飾られていれば見ることはできないのだ。なおそこに描かれた絵を世界を変える名画と呼ぶか、社会を乱す問題作と呼ぶかは見た者に委ねられる。
長々と説明したが、以上の理由で八百長はできなくなり、したがって中央憲兵はエレン擁護のために細工を施した。
今しがた話すナイル・ドークの隣、しれっと憲兵団側に立つニック司祭もその一人である。そしてそれ以外にも、複数の隠れ中央憲兵がこの中にはいた。
「イェーガー君、確認したい。君はこれまで通り兵士として人類に貢献し、巨人の力を行使できるのか?」
「はい、できます……!」
一通り両者の主張を聞き終えたあと、ダリスはエレンに直接質問する。エレンは断言したが、実際のところ詭弁でしかなかった。そしてそれは駐屯兵団が出した報告書で示されている。
「だが、報告書にはこう書いてある。巨人化した直後、ミカサ・アッカーマン目掛けて拳を振り抜いたと」
「……ッ!?」
エレンはその事実を初めて知り、ミカサを見る。彼はその時朦朧状態にあり、そんな記憶はなかった。だがミカサの表情をみれば一目瞭然であろう。殺気の籠もった目つきで駐屯兵精鋭三人を睨んでいるのだから。
「(待て、俺は隠すべきだと言ったんだ。しかしリコが……)」
「(報告書に嘘を書けって? それこそエレンの立場を悪くするだけだ)」
「(アッカーマン、二人を睨むな。二人も静かにしていろ)」
リコ、ミタビ、イアンの三人は内心エレン擁護派であったが、駐屯兵団自体は中立である。組織人として彼らは忠実に口をつぐむ。
代わりにエレンを擁護したのはミカサである。ダリスとの答弁で、彼女はエレンに命を救われたことも考慮してほしいと伝えた……が、対岸のナイルはそれを個人的感情と一蹴した。
「ミカサ・アッカーマンは幼い頃に両親を亡くし、イェーガーの家に引き取られています。さらに我々の調べによりその時の経緯について、驚くべき事実が判明しました。エレン・イェーガーとミカサ・アッカーマンは当時9歳にして、彼女の両親を殺しミカサ・アッカーマンを誘拐した強盗誘拐犯を殺害している」
「いかに正当防衛とは言え、根本的な人間性に疑問を感じざるを得ません!」
明かされた二人の過去に、傍聴人たちはどよめく。ナイルは思った。
(最初に報告を見たときは目を疑ったが、あの様子を見るに事実のようだな……しかし、この場で説明して良い内容だったのか?)
彼の懸念は当たっている。中央憲兵たちの頭の中は阿鼻叫喚だった。
(((あのカンペを書いた馬鹿は誰だ!?)))
おそらく、貴族の差し金がエレンを貶めるために書類を差し込んだのだろう。
とんだガバもあったものである。
その発言をきっかけに、民衆の一人がミカサも巨人ではないかと疑い始める。駐屯兵らがエレンを囲んでいた時のように、そこには恐怖が蔓延していた。
「──静粛に。ここは神聖なる審議の場、余計な野次は控えていただこう」
だが、駐屯兵の時と違うのは、その場の責任者が冷静か否かであった。ダリスは机を強く叩く。
「たしかに、その報告が事実であればエレン・イェーガーの人間性には疑問が残る。であれば彼の保護者から彼について話を聞くとしよう。カルラ・イェーガーは?」
返事はない。皆が訝しんだが、そこで一人の憲兵が手を挙げて告げた。
「総統。エレン・イェーガーの母親であるカルラ・イェーガーは我々憲兵団が保護しておりましたが、現在は息子が巨人となった事実に精神的ショックを受け答弁が行えない状態にあります。ゆえに、この度は欠席とさせていただきました」
(か、母さんが……?)
エレンは耳を疑う。母親のカルラは強い女性だ。エレンは生まれてこの方母が弱った姿など見たことがない。だが、夫を失い、住んでいた町を二度も失い、息子が化け物だと知ればどうだろうか。その心労は計り知れない。
ただでさえエレンが調査兵団に入ることを心配していた上にこの始末である。
エレンは今、ひたすらに母の安否を問いたかったが、自分の置かれた立場を鑑み口を閉ざした。
そして憲兵は続ける。
「つきましては保護者代理として、駐屯兵団所属のハンネス──」
そこで彼は言葉を切った。何やら審議所の外が騒がしい。誰かが言い争っているようだ。
「……お母様、ですから今は息子さんの生死を問う大事な会議の途中でして──」
「ならばこそ行くんです! どいてくださらないなら無理やり──」
「ああっ、ちょ、待っ──」
そして審議所の扉が勢いよく開かれた。
「エレンッ!」
「は? 母さん……?」
エレンは唖然とする。扉の向こうには憲兵を押し退け扉を開いたカルラの姿があった。
それを見て話していた憲兵……隠れ中央憲兵はこめかみを揉んで下を向きため息をつく。
カルラは心神喪失などしてはいない、が心が弱っているのは確かである。中央憲兵はそんな彼女をあえて審議から除外したのだ。息子を思う母親が、審議でどんな主張をするか分かったものではない。
だが、結果として無駄に終わった。事前に計画していた流れが全部パーだ。
とんだガバもあったものである。
シャルル「エレンを民衆に受け入れてもらうために八百長裁判しといて。こっちは壁外からの侵入者探しとく」
中央憲兵「まかせろ」
↓
中央憲兵「あれ……?」
中央憲兵さぁ……。
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