【38】
乱入したカルラに議場は一時騒然としたが、ダリスはすぐに彼女を傍聴席に移動させ、冷静に事を進めた。
「では審議を進めていこう。カルラ・イェーガー、エレン・イェーガーが巨人になれることを知っていたか?」
「いいえ、まさか! 今でも信じられない気持ちです。息子が……巨人になっただなんて」
カルラは不安そうな面持ちで息子を見た。目が合ったエレンは気まずそうに目線を逸らす。
エレンとカルラが会うのは数週間ぶりである。訓練兵を卒業する前に一度だけ、アルミン、ミカサ、クリスタを交えて卒業祝いをしたのだ。しかし、その時に二人の会話は少なかった。
エレンは心配させまいと、調査兵団に入ることを言わなかったのだ。それを察するカルラも何も言わなかった。しかし、調査兵団に入る前からこのザマでは合わせる顔がない。
「ほう……? では、彼が巨人化できることに心当たりはないと」
「当然です。心当たり……な……ど……ッ!?」
カルラの様子が急変する。青褪めた彼女は口を抑え、その場にへたり込んだ。
「母さん!?」
「おばさん!」
ミカサは体勢の崩れたカルラを支える。
「総統! やはり彼女は答弁をできる心理状態では……」
「いえ……大丈夫、問題ありません」
「おばさん、エレンは私が守る。だから無理はしないで、休んでいて良いの」
「ありがとうミカサ。でも……これは私が言わなければならないの」
カルラは震える足で立ち上がった。
彼女はダリスに言われて思い出したのである。夫のグリシャが巨人に食われたときに、何もないところから巨人が現れたことを。
エレンの巨人も、何もないところから生成されるらしい。
つまり──グリシャもまた巨人であり、そしてその血を引くエレンも巨人になれる。
そんな恐ろしい想像が頭をよぎったが、込み上がる吐き気とともに飲み込んだ。そんなことを言えば余計にエレンの立場を複雑にしてしまうだろう。
「……どうか質問を続けてください」
「分かった、問題がないなら続けよう。エレン・イェーガーは9歳のとき、ミカサ・アッカーマンとともに強盗誘拐犯を刺殺したとあるが事実か?」
「はい。ですがエレンはミカサを守るために、ミカサはエレンを守るためにしたことです。自分の身を守るためには誰かを殺すしかない。それは、息子を殺そうとする方々には言わずとも分かる理屈でしょう?」
「なっ……」
カルラは対岸の傍聴席を挑発的に睨みつける。虚勢であっても先手を取った。エレンが母親似なのは顔だけではなく性格もである。もとより酒場出身で勝ち気の彼女が何も言わないままでいられるはずもない。
「それとも、まさか自分たちことを棚に上げて、エレンを責め立てるのですか?」
カルラの言うことは単純明快である。エレンを殺すと言うのならエレンの行動もまた肯定しなければならず、そうするとエレンを殺す理由はなくなるということだ。
「ふざけるな! 俺たちは人間で、そこにいる巨人とは違う!」
「巨人? 言わせていただきますが! 息子は夜泣きが酷い子でしたよ! 歩き始めるのも、言葉を話すのも若干遅かったですし、最後におねしょをしたのも6歳の時です! 好き嫌いも激しくて、野菜をいつも残していました!」
「母さん!?」
「ま、待て。なんの話だ!?」
唐突に黒歴史を暴露されたエレンが叫ぶ。誰かが耐えられずに失笑した。
「曲がったことが嫌いで、弱いくせに近所の子供といつも喧嘩していました! 毎日ボロボロになって帰ってくるんですよ!? 手のかかる子供でしたよ本当に! エレン、少しは破けた服を縫う母さんの気持ちを考えたことがありましたか!」
「今はそんな話してる場合じゃないだろ!?」
「母さんは今でも、あなたが調査兵団に入るのは反対です! いっそこのまま憲兵団に引き取って貰ったら!?」
「そしたら死んじゃうだろうが!」
いつの間にか審議の場が親子喧嘩に発展し、その様子をみて聴衆はクスクスと笑った。逆に、兵団の者たちは頭が痛そうにしている。
ダリスは乱れた審議にため息をつき、手を叩いて場を引き締めた。
「だいたいあなたはミカサよりも弱いくせして……っ!」
「夫人、思い出話は結構。結論を言いなさい」
「そうですか……分かりました。つまり、私が言いたいのは、息子は普通の人間なんです」
カルラは議長たるダリスにではなく、聴衆に向かって問いかけた。
「あなたたちは息子をまるで悪魔か怪物だと思っているようですが、息子は普通の人間です。他の人と同じように育ち、他の人と同じように生き、他の人と同じように心を持っています。それとも、何です? 母親と言い争うような巨人が、この世にいまして?」
「どうか今一度エレン本人を見てあげてはくださいませんか。彼が本当に人類に仇なすのかどうか。少なくとも私は、息子がそんなことをするような人間ではないと思っております」
議場は静寂に包まれた。利害の上では、エレンを調査兵団に預けようと憲兵団に預けようとどちらにもリスクがあり五分だろう。それは主張がどうあれ潜在的なところで変わらない。
しかし、カルラは情に訴えた。審議においてそれは意味がないのかもしれない。だが少なくとも、この場において声高にエレンの処刑を主張する人間はいなくなった。
『人』の死を声高に叫ぶような人間には誰しもなりたくなかったのである。
さて、議論は煮詰まった。エレンを生かし調査兵団の言う未来に賭けるか、エレンを殺し憲兵団の言う現在の平穏を守るか。
皆がダリスの発言を待っている。彼は目をつむり静かに腕を組んでいた。
なお深く思考しているように見えて、ダリスの心の内はこの裁判が始まる前から決まっている。彼は貴族が『むしろ好きなレベルで嫌い』なので、貴族に利する憲兵の意見など初めから知ったことではないのである。
が、即決すると調査兵団への贔屓となる。それはこれまで彼が築き上げてきた人類に尽くし、人類の利害だけを考える男というイメージを崩しかねない。
何か、きっかけさえあれば……。中央憲兵たちとダリスの内心が一致した。
「発言をよろしいですかな」
そして、一人の男が手をあげた。
ウォール教のニック司祭である。現在、彼はウォール教の中でも世俗派と呼ばれる派閥を組織し、内部改革に勤しんでいた。おかげでこれまでウォール教を信仰していなかった層にも布教が進み、彼の評価はうなぎ上りである。やがては司祭を越えて司教の座を与えられるのではと言われているが、保守派との関係を鑑み昇進は保留となっている。
「エレン・イェーガー、まずはウォール教徒、そしてすべての壁の民を代表し言わせてもらおう。トロスト区に空いた穴を塞いだことに、我々は深く感謝と敬意を表する」
そう言うと彼はエレンに礼を捧げた。一方エレンは目を白黒させて戸惑う。まさかお礼を言われるとは思っていなかったのだ。
「司祭、何を仰るのですか!? 彼は神が創りし壁を欺き、侵入した巨人、悪魔ですよ!?」
側に控えていたウォール教徒がニックに詰め寄るが、ニックは毅然とした態度で返した。
「ならば壁に穴が空いたままの方が良いと言うのか?」
「ですが……っ!」
「彼が悪魔だと言うのなら、悪魔すら導いてこその聖職者だろう。それに、彼は壁を破壊した超大型巨人や鎧の巨人とは異なる。その事実は変えようがない 」
「それでも、やはり信用できません」
「私はまだ、彼を信用するともしないとも言っていないぞ。『神は試練を与え人を試し、人は試練を受け神への信仰を示す』と言う。総統、両兵団の最終的なエレン・イェーガーへの結論は異なるが、人類のためにその力を調べ、使うという過程は同じ。であるならば憲兵の監視を含めた上で、調査兵団に彼の身柄を預けてはいかがか? 彼を殺すか生かすかはその後の振る舞い次第」
「……双方の意見の落としどころとしてはそれが最適だな。何か異論は? ……では、憲兵による監視の上でエレン・イェーガーを調査兵団に引き渡しとする」
かくしてニック司祭の提案により、中央憲兵が当初計画していた『監視をつけた上でエレンを調査兵団に引き渡す』という、『裁判により世論を落ち着かせる』に次ぐ目的が達成された。
「なお、カルラ・イェーガーの身柄は中立たる駐屯兵団に預けるものとする」
そして最後にダリスはそう付け加えた。
カルラは非常に難しい立場にある。エレンを預けた調査兵団に身柄を渡すのは論外だし、憲兵に渡せばエレンへの人質でしかない。幸い駐屯兵団には知己の仲たるハンネスもいる。エレンをはじめ反対の声はなかった。
さて、裁判が終わってみれば、両者ともに痛み分けといったところだろうか。調査兵団はエレンを引き取ったが監視付き、憲兵はエレンを引き取れなかったが監視を送る。
「おい、エルヴィン。本当にこれで良かったのか?」
「何のことだ、リヴァイ」
「……中央憲兵の策に乗ったことだ。流れ次第では、監視を跳ね除けることもできただろう」
「フッ……」
エルヴィンはリヴァイを見て静かに笑った。どこかで盗み聞いたか、それとも単に感が鋭いのか。その探るような視線に彼は、調査兵団に入ったばかりのリヴァイを思い出す。
「何がおかしい」
「いや、何でもない。それと監視についてだが、エレンをリヴァイ班に任せる以上監視もそちらに付くだろう。だが気にしないで良い」
「なに?」
「本当に監視がしたいなら、中央憲兵の身分を明かさず忍び込ませれば良い。調査兵団はそれが可能なほど常に人手不足だ。そうだろう?」
「目的は別にある……と?」
エルヴィンは考える。かつての中央憲兵は表に影も形も残さなかった。しかし、今回は調査兵団団長たるエルヴィンに直接話を持ってきたのである。
エルヴィンは父を想う。彼の父はこの壁の中で最も真実に近づいた男だった。だが、それ故にウォールマリア北部の城塞都市に左遷され、そして最終的にウォールマリア奪還作戦で命を落とすことになった。
(遠因は私が父の話を周囲にしたことにある。だが、今思えば父を更迭したのは中央憲兵だったのだろう)
エルヴィンは幼少期、周囲に顔は覚えていないものの似たような背格好の人物がいつもいたことを思い出す。歴史教諭の父親は常に監視されていたのだろう。
その時に比べれば、今の中央憲兵の活発さは異常であった。きっかけはおそらく、壁が破られたことにある。
エルヴィンは確信する。かつて父が、今や自分が追い求めてきた真実がすぐ側までやってきているのだと。
「少なくとも巨人の力を持つエレンを中央は生かそうとしている。理由は不明だ。だが……真実を掴めるかもしれない。それも近いうちに」
「……そうか」
リヴァイは胡散臭いものを見るような目でエルヴィンを見る。時々彼は曖昧な事を言う。そしてリヴァイがそれを理解できた例はなかった。だがそれで良い。リヴァイが理解せずとも、エルヴィンは正しい選択ができる男なのだから。
はい。書きたかったところとはカルラによるエレン擁護です。とりあえずエレンとグリシャはカルラに足向けて寝られないと思う。
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