やわらか不戦の契り   作:妄想壁の崩壊

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旧調査兵団本部

【39】

 

調査兵団に引き取られたエレンはウォールローゼ内にある旧調査兵団本部に連行された。調査兵団きっての精鋭、リヴァイ班に預けられた彼はそこで自分が持つ巨人の力を支配してみせると意気込む。

 

が、到着して真っ先に始まったのは清掃活動であった。

 

「はぁ……」

 

エレンは座り込みため息をつく。綺麗好きなリヴァイから何度もやり直しを要求され、彼は疲労困憊であった。母親のカルラよりも口うるさいかもしれない。

 

「お疲れのようだね。エレン・イェーガー君」

 

「はっ……い、いえ。そんなことは……」

 

そんなエレンに一人の女性兵士が声をかけた。エレンはそれを精鋭班の紅一点、ペトラ・ラルだと思ったが、そこにいたのは別の人物であった。

 

「あなたは……?」

 

「私は中央憲兵から君を監視しにきたの。よろしく。あとこれ、あげるよ」

 

「どうも……なんですかこれ?」

 

エレンはもらった包を解くと、そこには黒い塊があった。

 

「チョコレート。王都でも貴重な甘味だから味わって食べてね。疲れた身体には丁度良いんだ。それじゃあ私はリヴァイ兵士長に話があるから行くよ。何かあればもう一人の彼に言って」

 

憲兵の女性はそう言うと去っていく。彼女が指を差した方をみると、そこには大量の荷物を降ろす荷馬車と憲兵の男がいた。

 

彼はエレンに気づくと近づいてくる。

 

「君がエレン・イェーガーだな」

 

「は、はい。自分がエレン・イェーガーです。あの……?」

 

「お母様とご友人から手紙だ、今後君が外部との連絡を取りたいときは我々が間に入る。手紙を出したいときは言ってくれ」

 

エレンは差し出された手紙を受け取る。差出人にはカルラやミカサ、アルミン、クリスタの名前が記載されていた。

 

(な、なんだ……? この人たちは俺を殺すためにここに来たんじゃないのか……?)

 

思っていた監視とは違う対応に戸惑っていると、荷馬車の商人が声を上げた。

 

「おーい! 憲兵さん! この荷物は何処に置けば良いんだ?」

 

「君の部屋はどこだ?」

 

「え、あ、地下室だそうです」

 

「そうか。地下室に持っていってくれ! さて、残りの家具はリヴァイ兵士長に確認を取らねばな。では、失礼する」

 

憲兵の男の指示に従い、運び屋たちが寝具や生活家具を運んでいく。

 

「エレン?」

 

再び背後から声をかけられた。また女性の声である。

 

「はい! あぁ、ペトラさんか……」

 

「どうしたの? まぁ良いけど、とにかく上に上がって」

 

「ま、またやり直しですか!?」

 

「違う、休憩だよ。兵長がお茶するんだって」

 

【40】

 

旧調査兵団本部の一室にてお茶を囲む一同。リヴァイだけがティーカップに手をつけ、この時間を満喫していた。

 

もともと古城を改装した場所である上、リヴァイの作法も相まって様になっている。

 

「……悪くない」

 

「どうも、リヴァイ兵士長。お口に合って何よりです」

 

リヴァイと異なり、他のメンバーは手をつけない。憲兵の出す飲食物など毒が入っていてもおかしくない。むしろ何も気にせずお茶を楽しめるリヴァイがおかしいのである。

 

「こちらが納入した物資の一覧です。ご確認を」

 

憲兵の女性が書類の束を差し出した。リヴァイはそれにさっと目を通す。

 

「……問題ない」

 

「ありがとうございます。では我々はこれで」

 

「ちょ、ちょっと待ってください!」

 

あまりの展開の早さに置いてけぼりになっていたエレンが立ち上がった。無作法な振る舞いにリヴァイはエレンを睨んだが、エレンはそれに気づかない。

 

「あの、憲兵は俺を監視しに来たんですよね? もう帰るんですか!? というかリヴァイ兵長も、よく呑気にお茶なんてできますね!?」

 

「おい」

 

聞き捨てならないとばかりにオルオがエレンの言葉を遮る。

 

「吠えたな新兵。お前にリヴァイ兵長の何が分かる? そもそもお前はリヴァイ兵長から特別の待遇を受けてるって言うのに自覚と態度が──」

 

「お前ら、一旦座れ。紅茶が不味くなるだろうが」

 

言い争いを始めた彼らに憲兵の二人は顔を見合わせる。ため息をついて説明した。

 

「我々の役割は監視よりも中央とのつなぎだ。そう警戒しないで欲しい」

 

「中央とのつなぎ……?」

 

「そうだ、エレン・イェーガー。君は王政全体が君を敵視していると勘違いしているが、実際は君に期待している方もおられる」

 

「いざというとき、君の母親や友人を守れるのは調査兵団じゃない。何かあったときに頼れる筋は必要でしょう? むしろ、君はこれからが大変だよ。問題が生じたとき、君を殺すのはリヴァイ班なんだから」

 

そう言われてエレンは精鋭班の面々を見た。リヴァイを除き、皆が厳しい表情をしている。エレンは気づく。自分は調査兵団に引き取られたが、必ずしも全員から歓迎されているとは限らないと。

 

その場に緊張した空気が漂うが、それを破ったのは生み出した憲兵の側からだった。

 

「すまん……別に不和を生みたかったわけじゃない。まぁ、見てもらいたいんだが」

 

一人は腕を、一人は足を捲った。そこには義手義足があった。

 

「先のトロスト区戦で負傷した俺たちは戦えない。だからエレンが巨人になって暴走したときに止められるのは精鋭班というだけの話だ」

 

「そもそも私たちは元調査兵、そんなに邪険にしないでほしいな。あとエレン君」

 

「はい」

 

「別に、私たちは君を絶対殺さないというわけじゃないよ。でも、もしその時が来たら寝首をかくから。だから、私たちのことは気にするだけ無駄だってこと、覚えといてね」

 

「ま、まさかあの寝具って……」

 

エレンは嫌な妄想を膨らませる。

 

巨人化の実験に失敗したエレン。疲労困憊の彼は上等なベッドに吸い込まれ横になる。すると、仕掛けが発動してベッドごと爆散……。

 

顔を青くするエレンに憲兵の女性は愉快そうに、人さし指を顔の前で立てた。そして二人は部屋を出ていく。

 

「そういう訳だ、お前ら。この寂れた古城で美味い飯と豊かな生活を送りたかったら仲良くしておけ」

 

終始困惑した様子の精鋭班メンバーに、リヴァイはそう告げた。そして黙ってそれぞれに紙を差し出す。

 

「あの、兵長。これは……?」

 

「ここに書かれてるもんは早いもの勝ちだ。欲しいものがあれば──」

 

ペトラ・ラル、オルオ・ボザド、エルド・ジン、グンタ・シュルツの四人は書類を見て、目を剥く。そこには純粋な消費財だけではなく、彼らの個人的な趣味に合うような品々が揃っていた。それも王都でないとお目にかかれないような上等な品々が。

 

真っ先にペトラが飛び出す。女性として何かと入り用なのだろう。こんな古くさい城で一ヶ月も過ごすのだから、どうせなら贅沢な部屋で過ごしたいというのは当然の心理である。残りの三人も彼女の後を追った。

 

嫌われてる相手に好かれるには何をすれば良いか、古代より決まっている。そうだ、贈賄である。『経費で落ちる』は魔法の言葉だ。なおしわ寄せは一般憲兵に向く。どうせやつらは官給品を横流ししてるので、あまり関係ないだろう。

 

残されたエレンは、リヴァイの顔を一瞥したのち、席に着いた。彼もまた茶菓子を手に取り、ティーカップに手をつけ紅茶を飲む。

 

「美味しい……」

 

甘い茶菓子とストレートティーの相性は抜群である。エレンはリヴァイが紅茶にはまる理由が分かった気がした。

 

「あの、兵長。これ、おかわりとかは……」

 

「その前にエレン。お前は清掃のやり直しだ」

 

「そんなっ!?」

 

【41】

 

深夜。とある路地裏にて。

 

「陛下、エルヴィン・スミスがエレン・イェーガーを連れた壁外調査を計画しているようです」

 

「いつですか?」

 

「約一ヶ月後かと」

 

「早すぎる……彼はなんと?」

 

「エレン・イェーガーをシガンシナ区まで運ぶ、その事前演習とだけ。どうしますか?」

 

「壁外調査となればあの二人ではついて行けませんね。壁外調査中は監視を外しましょう。調査兵団の資金の流れを調べさせてください。物資の流れで彼の目的が分かるはずです」

 

「はい。しかし、その……陛下には既に見当がついているのでは?」

 

(見当、ですか……本当に壁を塞ぐつもりなら、まずはエレンが巨人化をコントロールできるようになるのを待つはずです。しかしそれをせず壁外に行くのは、そもそもエレンに巨人の力を求めていないから。彼がエレンに求めている役割は恐らく『餌』。つまり……)

 

「『釣り野伏』か……」

 

「『ツリノブセ』? と言うのは……」

 

「かつて東洋のとある武将が得意とした戦法です。それから、あなたは憲兵にエレン・イェーガー受け入れの用意をさせてください」

 

「それは、壁外調査が失敗するということですか?」

 

「どうでしょう、結果は誰にも分かりませんので。あぁそれと、『新兵』が一人中央憲兵に入ります、良くしてあげてください」

 

そう言ってシャルルは兵士を下がらせた。

 

(餌に釣られると仮定しましょう。現在侵入が明らかな超大型、鎧は足が遅い。進撃、そして……偶然にも『顎』もこちら側にあると分かった。残るは獣、車力、そして──『女型』)

 





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