やわらか不戦の契り   作:妄想壁の崩壊

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オデ、カンソウヒョウカ、ウレシイ。
オデ、イッパイ、トウコウスル。


出撃前夜

 

【45】

 

「おい、お前ら!」

 

104期訓練兵が兵科選択を終えて一か月が経った頃。迫る壁外調査に向けて準備をしていたエレンは懐かしい顔ぶれを見つけた。

 

「しばらくぶりだな……! というか、ここにいるってことは、まさかみんな調査兵団に入ったのか?」

 

「他にここにいる理由があるか?」

 

コニーがそう言う。エレンは改めて顔ぶれを確認した。ミカサやアルミンをはじめ、エレンの知り合いのほとんどがその場にいる。

 

「じゃあ憲兵団に行ったのは、ジャンとアニとマルコだけか?」

 

「憲兵団に行ったのはユミルとアニだけだよ」

 

「ユミルもか!? あいつはクリスタから離れないと思ってたんだが……もしかして、喧嘩でもしたのか?」

 

まるで保護者目線の見当違いな心配をするエレンにクリスタは呆れて言った。

 

「子供じゃないんだから。そんな理由なわけないでしょ?」

 

「そうだな、悪い。じゃあマルコとジャンは……」

 

「──マルコは死んだ」

 

エレンが二人の姿を探してあたりを見渡していると、背中からジャンが声をかけた。

 

「は……?」

 

エレンは驚く。ジャンがここにいることにも、マルコが死んだということにも。

 

「なぁ、エレン。誰しも劇的に死ねるってわけじゃないらしいぜ。あいつは誰も見てないところで人知れず死んだんだ」

 

続くジャンの言葉に、エレンは声を出せなかった。なんだかんだ、三年間同じ屋根の下で同じ釜の飯を食った仲間である。その仲間がこの世からいなくなったと聞いて呆然とした。

 

エレンは、優秀な彼らをどこかで特別視していたのだろう。選ばれた兵士である以上、死ぬにしても死に方を選べる存在であると。

 

しかし、そんなことはなかった。死ぬときは死ぬのだ。エレンはたまたま運が良かっただけに過ぎない。これまで母親も、幼馴染も失わずに済んできたのはただそれだけの理由なのだ。

 

そんな残酷な世界を生きていると、エレンは再認識した。

 

自由の翼を纏った彼らは、明日死地に赴く。その過程で、この中の誰かがマルコのように死んでしまうかもしれない。壁の外で死ねば、亡骸など捨て置かれるだろ。

 

だから、ジャンは全員の心を代表してエレンに告げた。

 

『俺たちは、お前に見返りを求めている。命に見合う見返りを』……と。

 

エレンは、何も言うことができなかった。

 

(俺に、あるのか? こいつらの命に見合う価値が……)

 

託された重みに押し潰されそうになる。エレンはその頼りない二本足でその場に立ったまま、立ち去る仲間たちをただ眺めることしかできなかった。

 

「エレン」

 

「……なんだよ、ミカサ」

 

ミカサはそんなエレンの手を取る。

 

「あなたは一人じゃない。私やアルミン、クリスタに、ほかの人たちもついてる。私たちはみんな、あなたを信じてるから」

 

「……分かったから、手、離せよ。……ありがとな」

 

「どういたしまして」

 

【46】

 

「どうどう……良い子だね。明日はよろしくね、みんな」

 

『──ブルルルッ!』

 

クリスタの言葉に返事をするように鳴くのは馬小屋にところ狭しと並べられた馬たちだ。クリスタは明日の壁外調査に向けて、自主的に馬の様子を見に来ていた。

 

クリスタは動物が好きだ。言葉は交わせられないが、心を通わせることはできる。

 

「それに、君たちは石を投げつけてきたりしないもんね」

 

クリスタがブラッシングをしてやれば、馬が気持ちよさそうに鳴いた。

 

「──あのぅ……クリスタ?」

 

「ひゃあっ! だ、誰? って何だサシャか……」

 

「突然すみません。お取り込みのところ失礼ですが、そろそろ消灯の時間ですよ?」

 

「わかった、ありがとう」

 

狩人の癖で気配を消したサシャが背後からクリスタの肩をつかみ、彼女は飛び上がる。どうやら親切にもクリスタを探しに来てくれたようだ。外はもうすっかり暗くなっており、松明の明かりだけがあたりを照らす。

 

「サシャは馬が苦手なんだっけ?」

 

「うちの村は狩猟で生きてきましたからね……最近馬を育てるようになったと聞きましたけれど、どうにも……。文字通り馬が合いませんね」

 

「それはサシャが心を開いてないからだよ。馬は賢いから、ちゃんと話せば分かってくれるよ? ほら」

 

「動物と話せるんですか……!?」

 

「いや話せないけど?」

 

「あ……そ、そうですよね」

 

サシャは目の前で楽しそうに馬を撫でるクリスタを見た。『話せるわけないよねー』とクリスタが言えば、『ヒヒン』と馬が鳴く。別の世界の住民だろうか。今にもどこからともなく音楽が流れてきて、歌い出しそうな雰囲気である。

 

「……? 先に行ってくれても良いんだよ? 私はもう少しここにいたいから」

 

しばらく沈黙が続く。何もせず立ったままのサシャを疑問に思ったクリスタがそう聞くと、サシャは口を開いた。

 

「……悩みがあるなら、聞きますよ?」

 

「え、別に悩みなんて……あんまりないけど」

 

「でもさっき、石がどうとかって……」

 

「……もしかして、聞こえてた?」

 

「はい、全部聞こえてました」

 

「そっか、でも気にしないで。もう昔のことだから」

 

クリスタは本当に気にしていない。過去の思い出のほとんどはフリーダとの幸せな記憶が占めている。嫌な思い出も、10歳になって以降の様々な経験が上書きしていった。

 

しかし、サシャにはそれが強がりに見える。

 

クリスタは誰にでも平等に優しく振る舞うが、深く親交を持つ相手は少ない。アニやユミルに次いで秘密主義なのがクリスタである。

 

サシャはよくコニーと共にいるが、104期の中でも5本の指に入るほどクリスタと仲が良いと自負している。

 

だからサシャは、友人の隠された本心を触れたいと思った。そこで、まずは自分をさらけ出すことにした。

 

「むぅ……クリスタにそげな酷いことしよるやつがおんなら、うちが退治しちゃるよ?」

 

クリスタは突然方言で話しだしたサシャ目を丸くし、笑った。

 

「ぷっ……あはは!」

 

「な、なんですか……自分らしくしたら良いって、ユミルとクリスタが言ったんじゃないですか!」

 

「ごめん。ちょっと可愛かったから」

 

「も、もう村の言葉は話しません!」

 

「拗ねないでよ……わかったよ。ちゃんと話すから」

 

クリスタは自分の過去をぼかしながらも語った。農場で家畜とともに育ったことや、近所の子どもにいじめられていたことなどを。

 

「はぇー、そげなことが。クリスタはしんけんえらしい見た目なんやけん気ぃつけないかんよ?」

 

「はいはい。よく分からないけど、気をつけるね」

 

夜の静けさに虫の声だけが響く。

 

「ユミルと私があなたを助けたのも、今日みたいな夜だったね。覚えてる? 入団式の時に芋を……」

 

「あ、あれは緊張してただけですよ! と言うかまだ覚えてたんですか? もう忘れてくれても良いじゃないですか!」

 

「無理、絶対忘れられないよ」

 

「わーすーれーてーくーだーさーいーっ!」

 

サシャは激しくクリスタを揺らした。クリスタにはそれが空元気に見えた。

 

「ねぇ、サシャ。ユミルがいなくて寂しい?」

 

「それは……まぁ、はい。三人でいることが多かったですから」

 

「そっか、そうだよね。だったらさ、サシャは王都に行ったことある?」

 

「ありませんけど……」

 

「壁外調査が終わったら、一緒に王都に遊びに行こうよ。ユミルに会いに行くついでに。お洒落な服とか興味あるでしょ? 」

 

「服……」

 

「あ、あれ、興味ない? なら美味しいレストランにでも行く? 私の知り合いお勧めのお店なんだけど……」

 

「行きます! 絶対! 約束ですよ!」

 

「うん、約束ね」

 

二人は小指を結んだ。なお、知り合いとはだいたい中央憲兵かウォール教幹部である。彼らの勧めるレストランがどんなものか、察しがつくだろう。

 

近い将来、サシャは『恥』という言葉を知ることになる。テーブルマナーを知らぬ獣に王都の高級料理店は敷居が高すぎると言わざるを得なかった。

 

『花より団子というやつですか。彼女の春は遅れて来そうです』

 

「(失礼だよシャル。それがサシャの魅力なんだから、いつかそれを分かってくれる人が現れるって)」

 

『そういうものでしょうか』

 

あの巨人が人を貪り食うような食い方に惹かれる男などいるのかとシャルルは思った。

 

いるのである。世の中は広い。

 

なお、そんなことを考えるシャルルは恋を知らない。彼の周囲には人の形をした獣しかいなかったからだ。レイス家を残したのも、王家の血を残すのに加え、パラディ島在地の豪族と縁を結ぶためである。

 

……なお、クリスタそっくりの女顔に惹かれた馬鹿野郎は何人もいた気がするが。

 

しかし、なぜだろうか。かつての記憶が霞がかったように思い出せない。同族への深い失望と平和への欲求は揺るぎないが、生前の出来事は曖昧にしか思い出せなくなっていた。

 

それは彼が変化を受け入れたからなのだろうか。それとも、不戦の契りが破られ、己の存在が危うくなっているのだろうか。はたまた、別の理由か。

 

シャルルはそこで思考を切る。

 

『人の恋路より、自分の心配をしたらどうですか』

 

それはある種の親心か、あるいは親戚のお節介のような軽い気持ちで出た言葉だった。しかし……。

 

「(……始祖の呪いが解けたら、そうしようかな)」

 

『……そう……でしたね、すみません。無神経でした』

 

シャルルはそれ以降口を閉じた。

 

それから他愛もない会話を続けたサシャとクリスタは、巡回していた夜間警備の兵士にしこたま怒られることになるのであった。

 

【47】

 

兵士たちが馬に乗り、カラネス区にある東門前に集う。その日は幸いにも雲一つない晴天であった。

 

見送りに来てくれたカルラや中央憲兵たちに別れを告げて、クリスタは馬に乗る。四列三班、右翼伝達が彼女の立ち位置だった。

 

鐘がなる。支援班による外門付近の巨人の掃討が完了したようだ。重い扉が土を落としながらゆっくりと開く。

 

そしてエルヴィン・スミスの合図で、全兵士は一斉に馬を走らせた。

 

「第57回、壁外調査を開始するッ! 前進せよ──ッ!!!」

 




アニメと同じ展開の部分はサクッ書いてるので、脳内補完するかアニメ見てください。しかし、1期ってもう12年近く前なのか……あの作画で!?バケモンだな。

乾燥氷菓がお餅してます。
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