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【48】
カラネス区を出発して、間もなく一時間が経とうとしていた。
「新兵、すまない! 一体がそっちに向かった!」
「了解です、ナナバ班長!」
髪型が特徴的な女性、ナナバの掛け声に呼応し、クリスタはこちらを無視する奇行種の無防備なうなじにアンカーを刺す。
そしてうなじを切り落とした後、地面に足をつけることなく馬へと舞い戻った。
「やるね、君。新兵なのに凄い身のこなしだ。名前はなんだっけ?」
「クリスタ・レンズです」
「今回はやけに奇行種が多い。本来なら右翼の索敵班が対応するはずなんだけど……さっきから反応がない。クリスタ、はじめての壁外調査で悪いんけど、君を頼りにさせてもらうよ」
「はい、死力を尽くします!」
クリスタの位置は中央と右翼索敵との間、伝達の班である。本来なら巨人と接敵することはなく、たとえしたとしても引率のベテラン調査兵が対処すれば済む予定であった。
しかし、今回ばかりは様子が違う。右翼索敵の信煙弾が全く上がらなくなったばかりか、現れる巨人の奇行種の率が異常に高いのだ。何かがあったとしか思えない。
ちょうどその時、右から直接連絡を伝えに兵士がやって来た。
「口頭伝達です! 右翼索敵は壊滅的打撃を受けました! 左翼にお伝えください!」
「なんだって!?」
ナナバはその知らせに驚愕する。まだ壁を出て一時間経つか経たないかと言った頃合いである。こんなにも早く索敵班が壊滅するなど前代未聞だった。
そうしている間にも、右から巨人がやってくる。
「まだ来るのか。クリスタ、左翼側へ伝達を!」
ナナバは信煙弾を飛ばしながらそう言った。
「了解しました!」
クリスタは鞍を叩き、手綱を左へ引く。彼女がシャルルに勝る数少ない分野が乗馬だ。その手慣れた手つきで、自分の体のように馬を操る。
「右翼側索敵が壊滅だなんて、一体なにが……」
『獲物が餌にかかったのでしょう。損害は酷いものになるでしょうね。クリスタも警戒なさい』
「獲物……? 餌……? なんの話……?」
『今回の壁外調査の目的は別にあるということです。とにかく、今は目の前に集中してください。ん、あれは……?』
左方へ向かう途中、クリスタとシャルルは走る馬を見た。しかし、その馬には誰も乗っていない。
「この馬、ジャンの馬だ……何か問題があったのかも」
クリスタは並走し、手綱を握って誘導する。二頭の無人の馬を同時に率いているが、クリスタは馬の速度を落とすことなく走った。ひとえに、彼女の乗馬技術の高さがなす技である。
そして、進行方向の林から紫の信煙弾が飛ぶのをクリスタは見た。
【49】
林の中でジャンは馬呼びの口笛を吹く。その場にはアルミンとライナーもいた。ライナーは負傷したアルミンに応急処置をしている。
彼らはつい先ほど、女性のような体つきの巨人──女型の巨人と戦闘した。奇行種……否、エレンと同じ知性を持った巨人との戦闘でもってアルミンは負傷、馬も二頭失ったのである。したがってその場いる三人の兵士に対し馬は一頭だけ、二人乗りをするにしても誰かをここに置いていかなくてはならない。
その決断をいまだ下すことのできなかった彼らは、ここで足止めを受けていた。
(誰かを置いていくだと……そんなことに頭を悩ませるなんてクソだ……ッ!)
ジャンは苛立ちを募らせながら自分の馬を呼ぶ。しかし馬が戻って来る気配はなかった。
「そろそろ決めないとな。つらい選択だが、一人ここに残る必要があるようだ」
「待って、その前に煙弾を撃ってみよう。陣形が直進してるなら、四列三班あたりが近くに来てるはずだ」
アルミンの言葉に、ジャンは一途の望みを託して信煙弾を飛ばした。紫の信煙弾、緊急事態を示す色である。
ジャンはこれで状況が改善するとは思えなかった。
しかし、救いの女神は現れた。ジャンのとばした煙弾を見てやってきたクリスタが、丁度馬を二頭連れていたのである。彼らは九死に一生を得た。
「みんな! 大丈夫!?」
「クリスタ! お前、よく気づいてくれたな」
「ジャンの馬が教えてくれたの 。みんなが無事で良かった。アルミン、その怪我……いや、とにかく走るよ! こんなところでもたもたしてたら巨人が来ちゃう。私についてきて! ハイヤ──ッ!」
『ヒヒ──ンッ!』
クリスタが鞍を叩くと、馬が前脚を大きく上げ、彼女の自由の翼がふわりとはためいた。
人馬一体の絵画に描かれるような技とその気高い姿に、三人は頼もしき戦場の女神を幻視した。
「結婚したい……」
「おい、ライナー! 何ぼーっとしてんだ、置いてくぞ!」
【50】
「『女型の巨人』……?」
「あぁ、女みてぇな体つきの巨人だ。そのくせ運動性能は普通の巨人の比じゃねぇ。あとアルミン、やつにはエレンと同じく知性があるんだよな」
「うん。女型の巨人は人を食うためじゃなく、殺すために殺したんだ。他の巨人とはそこが決定的に違う」
未だ撤退の指示はなく、緑の信煙弾に合わせて彼らは馬を走らせる。クリスタは馬の上でアルミンたちが遭遇した状況について聞いた。
女型の巨人、女性的な見た目とは裏腹に、筋肉が露出するほど筋密度が高い。中身によるが徒手格闘においては九つの巨人最強。
また、唯一の女性型なだけあり始祖に近しい特徴を持つ。他の巨人の能力を発現しやすかったり、叫びによる無垢の巨人の誘導ができたり……座標があれば始祖の下位互換であるが、座標なしなら始祖の上位互換である。
『女型が無垢の巨人を引き連れて右翼側を襲撃したならこの被害も納得ですね。しかし……調査兵団に女型が御しきれるでしょうか?』
「調査兵団が……? まさか、餌って、獲物ってそう言う……!?」
「おい、クリスタ。お前なんか知ってんのか? 餌ってなんなんだ……?」
シャルルが事前に口止めしなかったのが悪かったのだろう。クリスタの独り言をジャンは目敏く拾い上げた。
『……クリスタ。アルミン・アルレルトはともかく、残り二人は完全な白とは言えませんよ』
アルミンはミカサ、エレンと幼少期にシガンシナ区で過ごしたアリバイがあるし、壁を塞いだ進撃の巨人の継承者たるエレンの味方だ。そしてクリスタ、シャルル自身も人となりをよく知っている。
一方のジャンとライナーはそうではない。特にライナーをシャルルは疑っていた。
ジャンは少なくとも故郷のトロスト区に親類縁者がおり身元の確認が取れているが、ライナーはそれすらない。彼の故郷とされた村はすでに壊滅しており、真相は闇の中であった。
「ごめん……なんでもない」
クリスタは彼らを信用できないことに後ろめたさを感じながらも誤魔化した。
「……クリスタってさ、結構隠し事するよね」
しかし、アルミンは追及を続けた。
「訓練兵になる前に、四人で昔話をしたことがあったよね。その時も、クリスタは詳しいことはぼかして話さなかった。その時は別にそれで良かったと思う。話したくないこともあっただろうし」
「だけど、今僕たちはこの作戦に命をかけているんだ。ジャンの言葉を借りるけど、僕たちは命に見合う見返りを求めてる。だから、せめて何か知っているなら教えて欲しい。僕たちは何に命をかけてるの?」
「……」
クリスタは答えることも、何も知らないと否定することもできなかった。彼の言うことは至極真っ当な意見だ。それを切り捨てられるほどクリスタは非情ではない。
クリスタは想像する。このまま何も言わずに、もし彼らが死んでしまったら、自分はきっと後悔するだろうと。
「なぁ、クリスタ」
「ライナー……」
ライナーはクリスタを安心させるため優しい声で語りかける。
「教えてくれ、俺たちは共に戦う『仲間』だろ?」
その一言が、クリスタの心を後押しした。
「(ねぇ、シャル。話しても大丈夫かな)」
『……信じましょう』
シャルルは肯定した。彼もまた三年間を彼らと共に過ごした仲間である。もともと勤勉で頼りになるライナーと、自己中心的なところがあったが改善傾向にあるジャンを信じたかった。
シャルルにとって100年前の貴族たちに比べれば、彼らは十分信頼するに値する人物だったのである。
そして、クリスタは自分が直接知ったことではなく、あくまで人伝に聞いた推理とした上で話を始めた。
「アルミン、この作戦は色々とおかしいと思わない?」
「それは……そうだね。僕たちは今東に向かって進んでる。本来なら南のシガンシナを目指さないといけないのに」
「それだけじゃない。みんなはエレンが巨人化をコントロールできるようになったなんて話、聞いたことある? 私はない。この一ヶ月エレンについての音沙汰はなかった。力の制御に成功したならもっと大々的にアピールした方が良いのに」
「なら、エレンはまだ巨人の力を使いこなせないってことか?」
「そうだと思うよ、ジャン。そうだとして、どうしてエルヴィン団長はエレンを壁の外に連れ出したの? 今回で壁を塞ぐつもりならエレンの成長を待った方が良かったし、単なるルート開拓ならエレンなしでも行って帰ってくるだけで良いよね。つまり、エレンには別の役割があるんだと思う」
「そうか、それで餌! つまり、今回の目的は……」
「……エレンを餌にして獲物を釣ること。かかったのは女型の巨人で、釣り場はこの先にある、巨大樹の森ってことか……」
向かう先には巨大な大樹が生い茂る森が見えてきた。かつて観光地であったそこは今や寂れているが、旧市街地と並び調査兵団が巨人と戦うのには最適な場所だった。
班長の指示に従い、馬を降りる面々。樹上で抜剣、待機せよとの命令だった。
クリスタは馬を木に繋いでいると、やけに顔色の悪いライナーに気づく。
「ライナー、どうしたの? すっごく顔色が悪いけど……」
「い、いや。なんでもない……」
明らかに様子のおかしいライナー。先ほどから手元がぶれており、縄をうまく結べていない。
「クリスタ、ライナーは女型に掴まれて死ぬ寸前だったんだ。無理もねぇ」
そう言うジャンは、あの時ライナーが本当に死んだと思っていた。だから、女型の指を切り裂いて脱出した彼をみて本当に驚き、尊敬し、興奮したのだ。
しかしライナーも一人間。彼の恐怖も当然だとジャンは納得する。むしろ彼が自分と同じ弱い人間であったことに内心親近感を覚えた。
「そっか……大変だったんだね。でも大丈夫だよ。私たちがついてるから、ライナーは一人じゃない。安心して」
クリスタはライナーの震えて冷たくなった手を両手で包んだ。
ライナーは目を見開き、茫然としたあと、締まった表情を取り戻す。
「あぁ……そうだな。俺は何を心配してたんだが、一度死地を切り抜けたんだ。お前らとなら、次も生き残れる」
「その調子!」
ライナーの顔は、いつも通りの兵士然としたものに戻っていた。
3.2.1.ポカン!ライナーは戦士としての責務を忘れた!てかここでアニを助けに行くなら原作でも行ってるはずなんだよなぁ……。
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