【51】
地平線の彼方まで広がる砂の大地と暗い空。光源は存在しない。しかしそこはほのかに明るかった。
無数に分岐する枝、あるいは空に張る根を持った光る大樹のようなものが、その世界の中心に位置している。
ここは『死のない世界』。有機生命の起源と始祖ユミルが接触することで生み出された、超次元空間である。
ここは時間と空間が現世と隔絶している。そしてユミルの民と呼ばれる光るムカデ──ハルキゲニアの宿主たちだけが、あの光る大樹を通じてこの『座標』に繋がっていた。
この世界の主、始祖ユミルはそんな全能の世界において、ただバケツに入った水で砂を捏ね、巨人の体を作り続ける。何百年も、何千年も。
その様子をシャルルは眺めていた。
「また巨人を作るのですか?」
「……」
シャルルはそう問うが、始祖ユミルからの返事はない。黙々と巨人の体を作り続けている。
かつて、シャルルは始祖ユミルの境遇を憐れみ、彼女を解放しようとしたことがある。
だが、それは拒まれたのだ。他ならぬ始祖ユミルによって。
今度は始祖ユミルに課せられた労役を慮り、それを手伝おうともしたが、やはり拒否された。
それが意味することはただ一つ。この気の遠くなるほど続けていた労働は、始祖ユミルが自発的にやっていたことだということだ。
だってそうだろう。始祖ユミルが巨人の体を作らなくとも、巨人の体は勝手に組み上がる。でなければ始祖ユミルの巨人体は誰が作ったのかという話になるからだ。
必要のないことをただ無意味に繰り返す。始祖はなぜこのようなことを繰り返すのか、シャルルは百年たってようやく分かった。それは愛だ。
始祖ユミルは奴隷である。働かない奴隷は、存在を求められない。
彼女は口が聞けず言葉が話せないし、精神年齢もひどく幼いように見える。そんな彼女はきっと、生前間違った学習をしたのだろう。
奴隷として、巨人として命令に従い、敵を殺し、大地を踏み鳴らす。そうして初めて、始祖ユミルは誰かの愛を、初代カール・フリッツ王の関心を得ることができる……と。
だから今も働いているのだ。二千年もの間ずっと、初代カール・フリッツの愛を求めて。
「もう、やめてはいかがですか? あなたの求めるカール・フリッツは死んだのですよ。二千年も昔に」
「……ッ!」
シャルルはバケツから水を浴びせられた。そして始祖のその行動に驚く。今のは随分と『人間臭い』行動だった。
始祖ユミルはきっと間違えたのだろう。彼女を愛してくれる人間はすぐ側にいたはずなのに、それを捨てて彼女はこの世界に来てしまった。そしてその過ちを認めることができず、今までしてきたことを無駄だと認めることもできない。
「いつか、あなたを解放する人が現れることを願っています」
「……」
始祖ユミルは空になったバケツを抱え、また水を汲みに行った。
シャルルは完成間近の巨人像を見あげる。そこにはエレン・イェーガーが持つ進撃の巨人と、おそらく今代の女型の巨人であろうものが立っていた。
(……今、女型の巨人は巨大樹の森の中で調査兵団によって拘束されているはず。エレン・イェーガーが巨人化する事態にはなっていない。だと言うのに、始祖ユミルはこの巨人像を創った。つまり、始祖ユミルは女型が拘束を抜け出し、進撃と戦闘すると見ている)
エレン・イェーガー。始祖ユミルがとりわけ関心を示す少年。あるいは彼ならば、始祖ユミルを呪縛から解き放つことができるのだろうか。
シャルルは考える。
壁が破壊されて5年が経ち、女型、超大型、鎧と敵の手札は割れてきた。失った顎を含めればマーレは所有する知性巨人の過半をパラディ島侵攻に振り向けている。これ以上の戦力投入は考えにくい。
よって、彼らの中身を特定できた暁には、外患を取り除いて壁内を掌握できる。今回調査兵団が餌を買って出てくれたことは僥倖だった。壁外調査の間はあらゆる兵士の行動を監視している。そこで女型の正体も判明するだろう。そして芋づる式に、超大型と鎧の正体も掴めればなお良い。
政変はもうすぐそこまで来ている。本来ならばそれがなされるまで、ヒストリアの身分も力も秘匿すべきだ。
が、しかしだ。ここでエレンが敵に奪取されるなら話が変わる。
将来は分からないが座標が機能不全の今、巨人の力を持ったエレンを失うことは絶対に避けなければならない事態だ。
故に彼を助けるためならば、始祖の正体を明かすリスクも承知しなければならない。
シャルルは世界を抜け出し、クリスタのもとへ帰る。
その場にあった金髪紫眼の少年の体は砂となって消えた。
【52】
巨大樹の森で抜剣待機をし続けていたクリスタは、木に群がる巨人たちを眺めて暇を潰す。
あれから少し時間が経った。森の中から爆発音のような音が鳴ったきり、辺りは静寂に包まれている。下を見なければ誰もここが巨人の支配領域だとは思わないだろう。
『ギィ゙ヤ゙ァ゙ァ゙ァ゙──ッ!!!』
「!?」
突如、女性の金切り声のような叫びが静寂を破った。そして無垢の巨人たちが一斉に走り出す。
「まずい! 総員戦闘用意! 巨人を森の奥に入れるな!」
班長の声を合図に調査兵たちは巨人へと飛ぶ、しかし人間には目もくれず、巨人たちはがむしゃらに森の奥へと走った。
クリスタもまた奇行種のうなじ目掛けて飛ぶが、一体殺したところで焼け石に水である。
『クリスタ、この混乱に乗じて抜け出しましょう』
クリスタの脳内に声が響く。
「え……抜け出すって言っても、どこに?」
『女型の巨人が、エレン・イェーガーのもとへ向かっているはずです。彼を奪われることは避けなければならない』
「それって……」
『……巨人同士の戦闘になるかもしれません』
「分かった、行こう」
クリスタはそれを聞いて即決した。力を引き継いだ自分にはそれを行使する義務があると、彼女は常日頃から思っている。そして今日がその時なのだろう。
彼女は巨人の死体から昇る蒸気に紛れ、隙を見て前線を離脱する。
そして、クリスタ──シャルルはワイヤーを飛ばし、ガスを吹かしてエレンを探す。その時、緑の信煙弾が上がるのを見た。彼は直感する。
『女型とエレンが、そこにいる』と。
【53】
撤退の合図を確認したリヴァイ班一行は、一言で言えば油断していた。
この作戦を生き抜いたこと、女型の巨人を捕獲したこと、エレンを守り抜いたこと。その成功体験が、彼らに軽口を叩かせるほどのたるみを生み出していた。
そして──突如昇った信煙弾を、彼らは疑いもなくリヴァイのものと認識した。
「グンタさん!?」
フードを被った兵士によって、一番前を先行していたグンタは奇襲を受けた。彼らの油断の代償は、一人の命でもって支払われたのである。
「エレン、止まるな。進め!」
エレンはオルオに投げ飛ばされた。戦友の死を悼む暇などこの壁外にはない。襲撃を察知したリヴァイ班はエレンを守るように囲んで飛ぶ。
背後で光が爆ぜ、捕縛されていたはずの女型の巨人が再び姿を現した。
エレンは察する。作戦は失敗したのだと。
「今度こそ殺ります! 俺がヤツを……」
「だめだ! お前の力はリスクが大きい、俺たち三人でヤツを仕留める!」
指を噛もうとしたエレンをエルドは止めた。
「でも……」
「なんだてめぇ、俺たちのこと疑ってんのか?」
「そうなのエレン? 私たちのことがそんなに信じられないの?」
エレンは選択を迫られる。仲間を信じるか、信じないか。
「我が班の勝利を信じています! ご武運を!」
そして、エレンは信じる方を選択した。
エレンの信頼を託された側のリヴァイ班は、それに応えるべく行動する。
三人の緻密な連携に、まず女型は視覚を失った。すぐさま大樹の幹を背にしてうなじを守るが、三人は回復する隙を与えない。
肩周りの筋肉を削ぎ落とし、うなじを守っている腕を強制的に降ろさせる。そして無防備になった首に、三人は狙いを定めた。
……ここで引き返し、エレンと撤退することを選んでおけば良かったのだろう。彼らはあまりに巨人に対して無知であり、勘違いしてしまったのだ。
アッカーマンではないただの人間が、知性巨人に勝てるなどと。
エルドが死ぬ。片目を優先し回復させた女型は首を狙った攻撃に合わせ彼を噛みちぎる。
次に、女型は体勢を崩したまま低空飛行するペトラを狙った。腕が使えない状態でも、彼女なら踏みつぶす事ができる。
「ペトラ! 早く態勢を立て直せッ!」
「なんでよ……まだ一分も経ってないのに……まさか、片目だけ?」
失敗を分析する時間など、ペトラには与えられなかった。大地を踏み鳴らす巨人の足音が近づいてくる。
そして、女型は大きく足を振り上げた。
(あ……私、死ん──っ!?)
死を覚悟したペトラは、視界に映る映像がゆっくりと流れるように感じた。だが、その瞬間はついぞ来ない。
彼女が踏み潰される直前、すぐ横で爆発音が鳴った。次元を超えた質量転移によりイオン化した大気がパチパチと爆ぜる。
次の瞬間、女型の巨人は生み出された何かによって吹き飛ばされた。
仲間の死を受け入れる暇もなく、次の混乱がその光景を見ていたオルオ、ペトラ、エレンの心を支配する。
そこに立っていたのは、女型と同じく14メートルほどの、女性のような体つきをした巨人だった。
前髪で隠れたその瞳が紫色の光を放ち、女型の巨人を睨みつける。
それは始祖の巨人。座標を封印されてなお、只人を超越する根源的力の象徴である。
ヒストリア巨人体は人間体始祖ユミル(少女ver)を目隠れにした感じで想像していただくと今後の展開上しっくりくるかもしれません。
【原作との違い】
・リヴァイ班が二人生き残った。
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