・初代レイス王は思想ではなく意識を残した。
・『不戦の契り』が初代レイス王とユミルとの契約でなく、エルディアとマーレとの契約になっている。
【7】
「かくして、王子様とお姫様はお城で幸せに暮らしましたとさ……めでたしめでたし。どうだった、ヒストリア?」
レイス領にあるとある牧場。積み上げられた藁を背にしてフリーダはヒストリアと共に本を読んでいた。壁の中は娯楽が少なく、本もまた高級品である。文字を読める人間は上流階級が主であり、下級市民は読み書きができないことが多い。だが逆に言えば読み書きができればそれは上流階級の仲間入りとも言える。ヒストリアは妾の子故、その将来は不安定だ。フリーダはそんなヒストリアの将来を考え、娯楽を兼ねていつも一緒に本を読んでいた。
「うーん……」
「あ、あれ? 面白くなかった? 私は好きなんだけどな……」
納得のいかない顔で唸るヒストリア。フリーダは期待していた反応ではないことに少し落胆した。いつもみたいに目を輝かせて色々質問してくると思っていたが、どうやら今回は腑に落ちなかったらしい。
多分、誰か大人の真似なのだろう。顎に手を当て髭をさするような動作で唸るヒストリアに理由を聞いてみた。
「その……どこか分からないところでもあったかな? お姉ちゃんの話し方、難しかったり……?」
「違うの、ただ、どうしてお姫様は幸せだったのかなって 」
「それは……孤独だったお姫様は自分を助けてくれた王子様と一緒にいられるんだよ? それってとっても幸せなことじゃない?」
「うーん……私だったら、王子様よりお姉ちゃんが良いなぁ……」
恥ずかしそうにはにかむヒストリアの笑顔と、沈む夕日が重なった。瞬間、フリーダに電流が迸る。
(可愛い! 結婚したい! というか娘になってほしい!!!)
「良いよッ! ヒストリアが望むなら私は24時間365日、ヒストリアのものだよ!」
「わっ……お、お姉ちゃん! くすぐったいよ!」
「うりゃぁー! ここ? ここが良いんでしょ? お姉ちゃんの愛を食らえー!」
「あっははは!」
暫くじゃれ合ったあと、二人は息も荒々に大地に転がり空を見上げた。
「風が気持ち良いねぇ……」
「ねー」
流れて行く雲を眺める。まるでこの世界でたった二人だけになったような気分だった。目の前に広がる大空は何処までも果てしなく、自分たちを閉じ込める壁や巨人、生まれや立場を忘れさせてくれた。
やれあの雲はパンに似ている。やれあの雲は馬に似ているなどと話していると、空は次第に暗くなっていく。楽しい時間は一瞬であった。
別れを切り出そうかとフリーダは思ったが、先に口を開いたのはヒストリアだった。
「お姉ちゃん。私、そろそろ家に帰らなきゃ。お母さんが帰ってくるから……」
ヒストリアの母、アルマは元レイス家の使用人であり、フリーダの父ロッド・レイスの妾である。
ロッドはある意味、初代レイス王の遺したものの被害者だった。父親、弟、そして娘。親しい肉親の精神に、何か異物が混じって、やがてそれが本人にも影響を与えていく過程を見続けてきた男が正気でいられるはずもなかった。
異質な家族から逃れたかったロッドは、美しき使用人のアルマに理解を求め縋り付いた。一方アルマは領主の妻という立場に目が眩み、関係を持った。
だが互いにすれ違った関係はヒストリアが生まれたことで一変した。ロッドはアルマに女を求めていて、家族は求めていなかった。アルマも貴人の妻の地位を求めていて、母親の役割は求めていなかった。
かくして、そのすれ違いのツケを背負わされたのがこのヒストリアという娘であった。牧場の外に出ることも許されず、母親に愛されることもない。そんなヒストリアを哀れに思いフリーダはこうしてあししげく辺鄙な牧場へ通っているのだ。
……実のところ、フリーダの方も愛に飢えているというのが正解である。さながらホスト狂いの女であった。これが壁の真の王の姿か?
さて、そんなヒストリアの母であるが、現在でもロッドのもとに通っており、そして間もなく帰ってくるのだ。
フリーダの姿を見られれば、面倒なことになるだろう。始祖の力で記憶が消去できるとはいえあくまで記憶の操作であり現実改変ではない。違和感を残すリスクは当然あるのだ。であれば颯爽と去るが吉、であろう。
『そもそも、恣意的にこの力を使わないで欲しいのですが?』
フリーダは側頭部をパシリと叩いた。口煩い同居人を黙らせるにはこれが一番である。
一方黙らされた側であるレイス王としては不満も不満だった。恣意的に力を使うとなればいつそれが一線を越えるか分からない。無論今代の継承者たるフリーダはそんなことしないだろうと信じている。少なくともあのどこか嫌悪感を感じる無責任野郎(特に使用人を孕ませているところとか)に比べれば。
だが、彼女はヒストリアを愛しているのだ。愛が人に何をさせるかなど予想不可能である。特に、この血筋においては油断ならない、前科144犯である。レイス王は先祖を全く信用していなかった。
「お姉ちゃん? 頭がおかしくなっちゃったの?」
訂正するが、何処か頭に痛いところでもあるのかと言う意味であり、それ以外は邪推である。
「ぐっ……なんでもないよ。じゃあお姉ちゃんはもう行くね 」
そう言ってフリーダはいつものようにヒストリアの額に触れた。
「……それとも、逃げちゃおっか。このまま二人で、どこか遠くに」
それは記憶を消す前だからこそ溢れたフリーダの本音だった。
「駄目だよ」
「そっか、ごめん忘れ……」
「──私がいなくなったら、お母さんがひとりぼっちになっちゃうから」
「……そうだね」
愛を受け取ることはできなくても、与えることはできる。無限に等しい、減らない『人の思い』だからこそ成せる技だ。
(やっぱりヒストリアは凄いな。とっても優しくて、とっても強い。私なんかよりもずっと……)
フリーダは思う。彼女のように自分がなれれば、折り合いの悪い家族との間にも、確かな愛情を生み出すことができるであろうかと。
【8】
既に暗くなった頃に、フリーダは屋敷に戻った。いつもより帰りが遅くなってしまったが、家族からは何も言われない。
それを都合が良いと思う反面、どこか寂しいとも感じていた。
『フリーダ』
「……なに? シャル?」
『あなたの家族の絆が希薄なのは、あなたの責任ではありません。私という異物がそうさせているのです。それを申し訳なく思います』
同居人からの思わぬ告白にフリーダは目を瞬かせた。
「もしかして……慰めてくれてる? らしくない。どうしたの急に?」
同居人、初代レイス王……第145代カール・フリッツ。
唯一直接聞いた話はそう。エルディア風の『カール』ではなく、壁の外の世界の発音に近い『シャルル』を名乗っていることだけだ。しかし、理由までは教えてくれなかった。
『……』
「私はシャルがいてくれて良かったと思うよ。家族は少ないより多い方が楽しいでしょ?」
『私はあなたの家族なのですか?』
「同じ家に住んでて、心が通ってるんだから、家族でしょ?」
彼のことはあまり知らないが、しかしフリーダは彼を信頼しているし、親愛を感じている。実際の家族よりよっぽど。それは三年の付き合いから分かる彼の人となりと、直接心を触れ合わせている実感から来るものだった。
彼は自分を異物と呼ぶが、同じ身体を使う同居人という表現が、フリーダにとってはやはり正しかった。
……部屋着に着替え、夕食へと向かう。
「いつか、ヒストリアとシャルと三人でお喋りできたら良いのにね」
『そう、ですね』
フリーダはそんな素晴らしい光景を思い浮かべた。
そして……夕食のあと。彼女は父の部屋に呼ばれた。
【9】
「はぁ……はぁ……はぁ……ッ!」
馬に乗り、手に持ったランプの灯りを頼りに夜道を駆ける。数刻前が嘘のように土砂降りの雨が降っていた。まるで何かを暗示しているようだ。
『──リーダ! フリーダ! 落ち着いて下さい!』
「……シャル?」
『やっと気づきましたか……そんな状態で馬を走らせては危険です。代わります』
フリーダが自分の名前を呼ばれていることに気がついたときには、すでに意識が裏側へと沈んでいた。
「はっ!」
自分の身体が勝手に馬の腹を蹴る。シャルルが身体を使っているのだろう。このときは周りがよく見える。まるで自分を後ろから観察しているような感覚だ。
夕食の後ロッドから告げられた事実は簡潔なものであった。
『ヒストリアと会っているなら、もう辞めなさい』
ただ、それだけ。理由を聞こうにも彼は一切答えなかった。
それだけなら良い。バレた原因を改め今度はもっと慎重に会いに行けば良いだけの話だからだ。だが……レイス王──シャルル・レイスが続けてこう告げたのである
『始祖ユミルがヒストリアを観ている』……と。
始祖ユミル、2000年前にこの世界に巨人の力をもたらしたフリーダの先祖の一人である。そして2000年たってなお異なる次元を生き続けている神に近い存在。
シャルル曰くその本質は奴隷だそうだ。力の行使において王家よりも上位でありながら逆らうことができない。常に何かに縛られている奴隷。だが時折、何かを求めるように誰かを観察するそうだ。
そしてそれは大抵愛に関係している。親愛、家族愛、異性愛、あるいは国家への愛。彼女の本質に関わる何かなのだろう。
子孫の行動に干渉し、気まぐれかつ理不尽な理由で、愛に関連する事件を引き起こし当事者を観察する。まさに神のような習慣。
奴隷と神、相反する性質を持ち合わせた彼女を理解して初めて、巨人をこの世から抹消できると叔父は言っていたが……。
まぁ、それは今はあまり関係ないだろう。重要なのは事件を引き起こす疫病神がヒストリアを観察していたということだ。ヒストリアの周辺で愛と言えば母親が真っ先に思い浮かぶ。そして先ほどの父ロッド・レイスの言い草。フリーダには何かあったとしか思えなかった。
(お願い、ヒストリア。どうか無事でいて……)
フリーダの祈りを聞きながら、シャルル・レイスは黙々と馬を走らせた。
【10】
「ヒストリア! ヒストリアいるの!? いたら返事を……ヒストリアッ!」
ヒストリアの生家に赴けば、そこは血の海であった。ナイフを片手に握りリビングに横たわるアルマの隣にヒストリアの姿はあった。腹部を刺されたのか血が流れており、虫の息である。
「だれ……?」
「私だよ、ヒストリア」
「あ、お姉……ちゃん?」
「どうしてこんなことに……とにかく治療をしないとッ! シャル! お願い!」
『できません』
しかし彼女の願いは一言で拒否された。
「お願い! もう始祖の力を好き勝手に使ったりしないから! 最後にもう一度だけ力を貸して!」
『……できません』
「なんで……ッ!」
『世界から押し出されました』
「……は?」
『もう一度言います、始祖ユミルに、力の行使を拒否されました』
シャルルは震える声で続けて言った。
『座標の力が……使えません』
「……」
『フリーダ、申し訳ありま──』
「何か、何か他に方法があるはず! この家に医療器具は……ッ!」
フリーダはそこで気づく。ヒストリアの手に見覚えのある注射器が握られていることに。
「ねぇ、ヒストリア。これ、どこで手に入れたの……?」
ヒストリアが答えた。
「女の子にもらった……気がする」
『フリーダ』
「これを使ったら、怪我、治せるって言ってた」
『……フリーダ』
「お姉ちゃん、お願い……お腹が痛いの。早く……治して……?」
『フリーダッ! やめっ──』
フリーダは軽く側頭部を叩く。
静寂の中、彼女はゆっくりと注射器を少女の腕に刺し呟いた。
「愛してる」
【11】
『──リア……ヒストリア!』
「だ……れ?」
『私は……私はシャルル。あなたの家族です』
「家族……?」
ヒストリアは頭痛を感じ顔を顰めた。家族……そういえば近くに家族がいた気がする。その家族は……一体何処に行ったのだろうか。
あたりを見渡せば、妙に煙が舞っていた。心なしか身体が熱い。風邪をひいたときのようだった。
『ひとまず、ここを離れます。近くに村があるはずですから、そこで一晩泊めてもらいましょう。歩けますか?』
「うん……あの、シャルルはどこにいるの? 声は聞こえるんだけど……」
『私の姿は、悪い子にしか見えませんよ。今はあなたの側にいます。さぁ、立って』
幼い少女は影に連れられ、夜の闇に消えていった。
(一見、母娘心中に見えましたが、母親の死体は腹に傷があった。彼女がヒィズルの出身には見えないので自殺の線は薄い)
(何より、血が飛び散っていた。あれは争った証──つまり他殺だ)
(企てたのは始祖ユミル……? それとも、様子のおかしかったロッド・レイス……?)
(いいえ、犯人などどうでも良い。重要なのは始祖の巨人が王家の血筋とはいえただの小娘に簒奪されたこと)
(追われる身になった。捕まればレイス家の者に始祖を継承するはず。……偽名は必須、そしてなるべく遠くの……できれば南側領土が良い)
(……身寄りがない以上、生計を立てるには兵士になるしかない)
そこでシャルル・レイスは思考を止めた。
(待て──何故私は彼女の安否を案じているのですか……?)
彼は新たな継承者の瞳に自分を世界から追い出した少女の姿を幻視した。
『愛は、人を狂わせる。この血筋は特に』
その後、シャルルは超大型巨人と鎧の巨人によって壁が破壊されたこと人伝に聞いた。
座標の力を制限され、知識なき継承者を迎え、不戦の契りはまるで柔らかな麻布の如く引きちぎられた。
今は自分の変化を置き去りにし、ただ追われる少女を救うことだけに頭を使うのだった。
【原作との違い】
・始祖ユミルが早めに意思を獲得。
・ヒストリア・レイスが始祖の巨人を継承。
タイトル回収。あーあ、シャルルちゃん。楽園壊れちゃったねぇ。不戦の契りも破られちゃったし、始祖ユミルにも見放されちゃった。でもまぁ人類最強曰く仲間を信じても自分を信じても結果は分からないらしいよ。しゃーない。切り替えていけ。人類の二割死んだけどお前同族を人柱にして壁建てられるやつだしヘーキヘーキ。
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