やわらか不戦の契り   作:妄想壁の崩壊

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帰還

 

【61】

 

西に向け撤退の準備をする調査兵団。兵士たちの顔は皆一様に暗いものだった。

 

この作戦の本当の目的を知る五年前から生き残ってきた者たちは、女型を逃したことを惜しむ。多くの仲間が犠牲になったにもかかわらず成果を得られなかったことに、無念と無力さを感じていた。

 

一方、この作戦の真の目的を知らない、あるいは気づくことがなかった新兵たちは一先ず自分が生き残ったことに安堵し、これほどの損害を出した調査兵団の先行きを不安に思った。

 

すべてを企てたエルヴィン・スミスもまた、厳しい表情で皆を見ていた。

 

(今回の調査で、女型に巨人を引きつける能力と、皮膚を硬質化させる能力があることは分かった。その中身まで知ることができたのなら、大きな手がかりになったのだが……)

 

エルヴィンは思う。少なくとも彼に女型の中身の当てはない。だが、それに見当がつく人物が調査兵団内にいるかもしれない。希望はまだある。

 

例えば、女型の巨人と直接戦闘したエレンであれば、女型の正体を知ることができたかもしれない。

 

エルヴィンは巨大樹の森を見た。エレンを支援しに向かったリヴァイはまだ戻って来ない。だが彼に不安はない。エルヴィンはリヴァイを信じていた。

 

「団長、遺体はすべて積み終わりました」

 

「そうか、出立の用意をしろ」

 

エルヴィンは馬に乗る。回収できていない遺体はまだあったが、いつまでもここに立ち往生しているわけにはいかない。

 

「報告! 13メートル級の巨人が三体、北から来ます! 巨大樹の森からも巨人が一体……大きい。15メートル級でしょうか……」

 

「総員、撤退! 巨人がここに来る前に退散するぞ!」

 

「ま、待ってください……巨人の肩に誰か乗っていますよ!? あれは……リヴァイ兵長!?」

 

「なに?」

 

エルヴィンは斥候の持つ遠眼鏡を奪い、彼の言う巨人を見た。確かに、15メートル級の巨人の肩にリヴァイと……ミカサ・アッカーマンの姿が見えた。彼らはこちらではなく、北から来る巨人に向かって行く。

 

「おい、あれを見ろ!」

 

「リヴァイ兵長……? てことは、あの巨人が……」

 

『ウォォォ──ッッッ!!!』

 

巨人が雄叫びを上げ、他の巨人に殴りかかった。肩に乗っていたアッカーマンの二人もまた巨人にめがけて刃を振るう。

 

あっという間に脅威を排除した彼らは、そのまま本隊のもとへやって来た。

 

「リヴァイ、エレンは巨人の力を支配したのか?」

 

「その言い方には語弊があるな。だがエルヴィン、こいつは少なくとも巨人を馬並みには扱えるようになったらしい。俺とこいつらで殿を務める」

 

そう言うとリヴァイはまたエレンの肩に乗った。平地での立体機動には危険が伴う。だがエレンを移動式の立体物とすればその危険も幾分か緩和できるだろう。

 

エルヴィンはエレンを見た。彼は人類全体を支えるには頼りないが、確かな希望には変わらなかった。

 

そんなエルヴィンに、エレンは左の握り拳を差し出した。指を開けば、そこには兵士たちの遺体があった。

 

「……これほど恵まれた撤退戦は調査兵団設立以来一度もなかっただろう。エレン」

 

エルヴィンは兵たちを鼓舞する。彼は兵士たちを死なせるためではなく、生かすための号令を出した。

 

撤退戦はエレンとアッカーマン二人の活躍によって誰一人欠けることなかった。そして彼らの活躍を見ていた兵士たちは、まだ希望はあるのだと前を向く。

 

彼らは満身創痍となり、民衆に侮蔑の目線を向けられながらも、決して顔を落とすことなく帰還した。

 

【62】

 

カラネス区に帰還した調査兵団たちは一時待機を命じられ、怪我人は治療を受けていた。

 

一方、団長のエルヴィン、分隊長のミケとハンジ、兵士長のリヴァイ、そして要監査対象のエレンは警備で物々しい駐屯兵団支部を訪れていた。

 

「ずるいぃぃぃ……なんでリヴァイが一番乗りなんだよぉぉぉ……」

 

「いい加減鬱陶しいぞハンジ。これからこのガキが生きるか死ぬかが決まるってのに、なんて様だ」

 

ハンジは歩きながらリヴァイにダル絡みしていた。理由は彼がエレンの肩に乗ったことである。ハンジは巨人のことで先を越されたせいで、壁に帰ってからずっと恨み節をリヴァイにぶつけていた。

 

「エレン、君も初めてはリヴァイより私が良かったよね!?」

 

「いや、別に……。と言うか最初に俺の肩に乗ったのは幼馴染なので……」

 

「私の巨人への愛が幼馴染に負けた!?」

 

ギャーギャーとやかましいエレンとハンジにミケは呆れたように鼻を鳴らした。そして彼はエルヴィンを見る。

 

「それで、エルヴィン。言い訳は考えてきたのか?」

 

「いや、まったく。そもそも弁解の余地などない」

 

「おまえ……」

 

調査兵団幹部とエレンが呼び出されたと言うことは十中八九エレンの引き渡しについてであろう。ミケは思う。今度は審議所の時のように上手くは行くまい。策がなければ、調査兵団もエレンも終わりだ。

 

だがエルヴィンはそうは思っていないようだ。

 

「彼らの目的がエレンの引き渡しなら、直接会って話す必要などない。命令書一枚で済む話だ。違うか?」

 

「エレンの処遇以外で、上が俺たちと話すことがあるのか?」

 

ミケは訝しむ。その様子を見ていたハンジはエレンを離して真面目な顔で聞いた。解放されたエレンは助かったと安堵の思いで話を聞く。

 

「なら、エルヴィン。どうして関係ないエレンまで呼び出されたの?」

 

「関係があるからだ。これから話すのはおそらく、知性を持った巨人──女型と、もう一体の未知の巨人についてだ」

 

「え、女型の他に知性を持った巨人がいたの!? いつ、どこで!? 私も会いたかった!」

 

ハンジは無言のリヴァイにみぞおちを殴られ、強制的に黙らされた。

 

「知性巨人……そうだ! 俺、あの巨人の中身に心当たりがあります!」

 

「おい……エレン。そういうことはもっと早く言え。お前もこのクソメガネと同じになりたいのか?」

 

「す、すいません兵長。帰ってからすぐに召集だったので忘れてて……。あの、それで中身は──」

 

エルヴィンはエレンの言葉を遮る。彼らはすでに呼ばれた会議室の前に来ていた。

 

「いや、それはこの先で聞かせて貰おう」

 

エルヴィンが扉を開けた。その場にいた一同に、彼は驚きつつもすぐさま敬礼を捧げた。

 

「調査兵団第13代団長エルヴィン・スミス。召集に応じ出頭しました」

 

「ご苦労、早速だが各自席につきたまえ」

 

長机の奥に座っていたのは三兵団の総司令、ダリス・ザックレーである。

 

「先日の散歩ぶりじゃの、スミス団長。壁外調査はあまり振るわんかったそうじゃが……ま、それはこれから話すことであるかの」

 

そう言って寂しくなって久しい頭を撫でるのは駐屯兵団最高司令官ドット・ピクシス。あろうことが彼はこの会議の場に酒を持ち込んでいた。

 

「よぉ、久しぶりだなリヴァイ。またしぶとく壁の外でも生き残ったそうじゃねぇか。相変わらず身長はチビのままみてぇだが」

 

「ケニー……? 生きてやがったのか。それに、お前が憲兵だと?」

 

「大人には大人の事情ってもんがあるんだよ」

 

机上に足を乗せ優雅に葉巻をふかしていたのは中央第一憲兵、対人立体機動部隊隊長、ケニー・アッカーマンである。そしてその隣には無表情で書類を持った副官のトラウテ・カーフェンが座っている。

 

「「……」」

 

そして、この調査兵団以上の変人密度たる会議室で黙って座っているのが憲兵団師団長のナイル・ドークとウォール教司祭のニックである。

 

貴族を除けば、壁内を支配する組織の重要人物全員がこの場に集まっていた。エルヴィンは彼らに一歩も引かず毅然とした態度で席に座る。それを見ていた調査兵団幹部の三人も席に座った。

 

今は、緊張と混乱で固まったエレンだけがその場に立っている。

 

(……ん? ……は!? ……なんだこの状況!!??)

 

「何をぼさっと突っ立ってやがる。さっさと座れ」

 

「は、はい!」

 

リヴァイに促され座るエレン。いまだに彼は放心状態であったが、彼を置いたまま会議は進む。

 

「さて、第57回壁外調査ご苦労。エルヴィン・スミス団長。どうだ、上手くいったか?」

 

「いいえ、預かった兵を多く失ってしまった上、収穫は少ない。すべては私の力不足によるものです 」

 

「なに、案外そうでもない。調査兵団の活躍によって得たものは多くあった。例えば、女型の巨人の正体などな」

 

ダリスの合図で全員に書類の束が配られた。表紙にはこう記載されている。

 

「本題に入ろう。君たちに来てもらったのは他でもない、ある作戦について計画を練るためだ。それは──」

 

──ストヘス区における女型捕獲作戦について。

 





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