やわらか不戦の契り   作:妄想壁の崩壊

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ストヘス区2

 

【67】

 

作戦会議で決まったのは以下のことである。

 

一つ、アニ・レオンハートが孤立するよう誘導する。これは住民の避難を滞らせず、兵士が全力で戦えるようにするためだ。

 

二つ、アルミンが交渉にて降伏を促す。これについては反対意見もあったが、アニの精神の脆弱性を突き、口説き落とすと言うゲス……もとい、アルミンの意見が採用された。

 

三つ、アニが巨人化した場合はストヘス区内に閉じ込め、エレンと兵士たちの連携により対応する。住民の避難を行うのはそのためである。兵団はストヘス区を女型の巨人と戦うためのフィールドにしようとしていた。

 

そして四つ、隙を見てユミルがアニを巨人から引きずり出す。彼女の持つ顎の巨人なら、硬質化しようとも関係がない。まさにうってつけの役割である。

 

ユミルが巨人化能力者であること暴露したときにも一悶着あったのだが、ケニーが暴力で鎮めたので割愛する。

 

こうして定まった作戦によって今、アニをおびき出すことに成功したのだ。そしてアルミンによる交渉が始まる。その場のほとんどの人間が交渉の失敗を信じて疑わなかったが、住民避難までの時間が稼げるならば御の字だった。

 

「アニ、昨日は憲兵の仕事を休んで、何をしていたの?」

 

アルミンの質問はアリバイの確認から始まった。

 

「……野暮用があって抜け出しただけだよ」

 

「その野暮用って言うのは、壁外調査に出たエレンを捕獲すること?」

 

「……」

 

アニは答えない。

 

「沈黙は肯定として受け取るよ。君が女型の巨人であるなら、どうして僕やエレンを見逃したりしたの……?」

 

アルミンはアニが殺しを躊躇したことを見抜いていた。本来ならば他の調査兵と同じくアルミンも潰されていたはずである。しかし、彼は顔を確認されただけで見逃された。

 

エレンもそうだ。アニはエレンを一方的に打ちのめしたあとに、彼を連れ去るか、殺すこともできたはずなのである。しかしアニはそのどちらもせず逃走した。アルミンには彼女がどのような目的で人類に敵対しているのかが分からなかったが、どうにも中途半端な印象を受けたのだ。すなわち、アニには迷いがあると。

 

「……質問の意図がわからない。私が答えなくても、あんたは確信を持ってるみたいだ。だったらもう、話し合うことなんてないんじゃないの?」

 

「ある。どうしてアニがそんなことをしたのか、僕は知りたい。だから教えてくれよ──どうして、君がマルコの立体機動装置を持っていたのか」

 

アルミンは調査兵団の管理していた巨人の被験体──ソニーとビーン殺しの犯人を探すための調査で、アニがマルコの立体機動装置を提出していたことを見抜いていた。

 

一方、アニにとってそれは思い出したくない過去だ。エレンやアルミンたちには知られたくない、秘すべき事実だ。だが、今この瞬間アニは場違いな好奇心を抱いた。

 

彼らはこんなにもアニの本心を知りたがっている。ならば、それを曝け出せばどんな反応をするだろうかと。だから、彼女は真実を話した。

 

「あれは……私が、マルコから、奪ったの」

 

マルコの悲鳴と死に様が脳裏に蘇る。アニは吐き気を感じ、口を抑えた。

 

それを聞いたエレンは激昂する。アニは104期の仲間ですら手にかけていたのだ。

 

「この、裏切者……ッ!」

 

「待って、エレン。ちゃんと、最後まで話をさせてくれ」

 

エレンの手のひらの傷からピリピリと閃光がほとばしるが、アルミンがそれを止めた。アニの罪は知ったが、しかしまだ背景が分からない。アルミンは冷静だった。

 

「どうして、そんなことをしたの?」

 

心の傷口を抉るような質問に、アニは苦虫を噛み潰したような表情で答える。

 

「マルコは、聞いてはならない会話を聞いてしまった。だから、私がマルコの立体機動装置を奪い、彼を巨人に食わせた……これが真実。どう、アルミン? 失望した? もうあんたたちの知ってるアニ・レオンハートはいない。ここにいるのは、あんたたちの敵だ! 私たちに話し合う余地なんてない!」

 

アニは視界が歪み、足元が揺らいだ気がした。喉に酸っぱいものがこみ上げてくる。感じた日差しは妙に眩しかった。

 

彼女の露悪的な振る舞いに、エレンの表情はさらに険しくなった。だが、アルミンは質問を続ける。彼は友人の死を悲しむよりも、今すべきことをした。

 

「最後に聞かせてほしい。アニは前に僕に『死ねと言われたら死ぬのか』って聞いたよね。それに僕は『死ぬ理由が理解できたら、嫌だけどそうする』って答えた。アニはどうなの?」

 

「どうって……?」

 

それはまさしく、アニがマルコの立体機動装置を提出したときの会話だった。意味が分からず問い返すアニに対し、アルミンは彼女の確信に触れる一言を放った。

 

「アニは命令されて、必要だったからマルコを殺しただけで、本当はそんなことをしたくなかったんじゃないの?」

 

アニは黙り込む。アルミンの言うことは図星だった。だが、だからなんだと言うのか。

 

今さら、彼ら壁内人類の前で過ちを認め、命乞いをしろとでも言うのだろうか。そんな厚顔無恥な真似はアニにはできない。何より彼女の罪の意識がそれを許さない。

 

第一、これは戦争なのだ。そこには善も悪もない。ただ勝者と敗者が存在するのみ。そして敗者はすべてを奪われる。かつてエルディア帝国が巨人大戦で敗北し、全てを失ったように。

 

アニは友も、日常も、居場所も失ったが、まだすべてを失ったわけではない。彼女にはまだ帰る場所がある。だから、彼女はここで敗者として彼らに膝をつくわけにはいかないのだ。

 

「あぁ……アルミン、あんたは良いやつだね。こんな私でも理解しようとしてくれるなんて。だけど、もう遅いんだよ。もっと早く、あんたたちと会えてたら……」

 

アニは想像した。この壁の中で生まれ育っていれば……少なくともこんなに苦しい思いはしなくて済んだのではないだろうか。

 

「アニ! 君に、後悔の念があるなら降伏してくれ! 僕たちはまだやり直せるはずだ!」

 

アルミンはアニに手を伸ばした。しかしそれは届かない。アルミンはエレンに押し留められたあと、危険を察知したミカサに回収されたからだ。彼の視界から、アニはどんどん遠ざかっていく。

 

「無理だよアルミン。私は多くを殺しすぎた……戦士になり損ねて、あんたたちを裏切った、半端でクズな女なんだ。だけど、だけど……こんな私の帰りをまだ待ってくれている人がいる……!」

 

アニは指輪に仕込まれた刃で指を切った。

 

「だから私は、ここで終わるわけには行かない……ッ!」

 

一触即発、その場の張り詰めた空気が最高潮に達し、兵士たちは剣を抜く。

 

それに呼応して、エレンもまた力を解放した。

 

激しい光と轟音があたりを襲う。兵士たちは飛ばされまいと近くの建物にしがみついた。

 

三重の壁の最奥、ウォールシーナ。本来最も安全な人類領域で、巨人同士の戦いが始まった。

 





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