ちょい長めです。
【68】
巨人化したエレンとアニの格闘戦を前に、兵士たちは手を出せずにいた。それもそのはずである。15メートルの巨体による肉弾戦に無理やり介入しようとすれば、哀れな肉塊となって終わりである。知性巨人の戦いに参加できるのは同じ由来の力を持つアッカーマンか……あるいは開発中の対巨人新兵器の登場を待たねばなるまい。
では彼らの存在は意味がないのか? そんなことはない。
壁内人類の兵数は憲兵約2000、駐屯兵約3000、調査兵約300であり、合計で5000強程度である。
では、このストヘス区には今どれくらいの兵士がいるであろうか。結論だけを言えば1000だ。人類の兵力の実に5分の一がこのストヘス区に集められていた。
内訳にして調査兵150名、中央憲兵150名、その他憲兵と駐屯兵が合わせて700である。実際に戦うのは調査兵と中央憲兵であるが、それでも圧巻の数である。
アニから見れば、見える建物の屋上という屋上に、常に3〜4名の兵士が待機しているのが見えているのだ。つまり。
(どこにも逃げ場がない……ッ!)
アニはエレンの猛攻をしのぎつつ、いつ襲ってくるか分からない兵士を背後に戦わなければならないのだ。彼女が受けるプレッシャーは計り知れない。兵士たちはただそこに存在するだけで効果を発揮していた。
一方アニとは対照的に、エレンは周囲を気にする必要がなく、全力で暴れることができる。
そうした実力以外の差が、今の結果を生み出している。エレンは常にアニに対して優位に立ち回り、今もアニを一方的に投げ飛ばした。
(アニ……お前は強い、何度も一緒に訓練したがただの一度だって、俺はお前に勝てたことがなかった。何回投げ飛ばされたか分からねぇよ。だが……お前は間違えた)
アニの敗因は数え切れないほどあった。壁内人類の殲滅に時間をかけすぎて、結束を促してしまったこと。彼女の甘さで敵を見逃してしまったこと。敵中で孤立してしまったこと。何より、エレンを鍛えてしまったこと。
(お前が何を考えてんのか、俺には分からねぇよ……だから、お前を巨人から引きずり出したら、全部話せよ。この、クソ女……ッ!)
エレンは女型の巨人に対し、再び拳を振り上げた。
【69】
憲兵らはストヘス区東外門の壁の上にいた。巨人化したエレン・イェーガーを探すためだ。
だが壁上で彼らを待っていたのは、忙しなく動く大勢の駐屯兵と、憲兵団師団長のナイル・ドークだった。
「これより我々憲兵は複数の班に分かれ、住民の避難誘導を行う! 各班はそれぞれ割り振られた区画の住民の避難を確認したのち、抜剣して各自屋上で待機せよ!」
「な、ナイル師団長? それは、いったいどういう……?」
その時、壁の内側に雷が落ちた。壁上にいた者たちは例外なく足を止めその光景に息を飲む。やがて誰かが呟いた。
「おい……あれ、巨人じゃないか……?」
ストヘス区の中では、二体の巨人が戦っていた。
「し、師団長……? 我々はエレン・イェーガーを捕らえるのでは……」
「エレン・イェーガーは味方だ! 我々の敵は、あそこにいる女型の巨人! ヤツを捕獲するための作戦が今始まった! 分かったら住民の避難を──」
「し、師団長……巨人が壁を登ってこちらに来てます!」
物見の慌てたような声が飛ぶ。そして壁上にて指示を飛ばすナイルの後ろに、5メートルほどの巨人が現れた。ウォールローゼ側から登ってきたその巨人は、顔を騎士の兜のように硬質化させた皮膚で覆っており、下顎が異常に発達している。
その巨人はナイルたちを一瞥すると、壁を飛び降り女型とエレンが戦っている場所へと向かって行った。
「……ま、まぁ、気にするな、あれも味方だ。……とにかく! 我々憲兵は住民の避難だ! 分かったらさっさと行け」
「は、はっ!」
顔を青くさせながらも、急変していく事態に対応し指示に従う憲兵たち。腐っても彼らは能力だけはあるのだ。普段はそれを腐らせているだけで。
そして、新人憲兵たちもまた青い顔をしながら地上にて避難誘導を始めた。
「壁の向こう側は安全です! 荷物は最低限に、落ち着いて避難してください!」
「どうしたのぼく? お母さんとはぐれちゃったの? はいはい任せて……この子のお母様はいますかぁ──ッ!!! 向こうにいるみたい。よかったわねぇ……」
ヒッチは楽をするために憲兵団に入ったはずなのに、いきなり最前線となったストヘス区で働かされているこの惨状を見て泣き言を吐いた。
「──あぁ、もう! そもそもなんで内地に巨人なんかがいるのよ。一体どうなってんの? いつの間にかアニもいないし……」
ヒッチは無愛想で不真面目なルームメイトに想いを馳せる。大方マイペースな彼女のことだ。どこかで道草でも食ってるうちに逸れたのだろう。朝から調子の悪そうだった彼女のことをヒッチは心配した。
「分からない……だが、これまで流れの止まった淀んだ川のようだった憲兵がついに動き出したんだ。俺たち人類は今、変わろうとしている……!」
一方のマルロは目を輝かせていた。彼はただ腐敗していくだけの憲兵に不満を持っていた。そしてそんな中で無駄飯を食らって生きていくことに、疑問を感じていた。不謹慎だが、彼は今自分が人類の役に立てていることが嬉しかった。
「あんた、周りの人間を見てもまだそんなこと言えんの? ほんと、真正のバカだわ……」
「……そうだな、すまん。無神経だった。しかしお前からそんなことを言われるとは、正直意外だ」
「なに? 喧嘩売ってんの?」
「──憲兵さん!」
そのとき、一人の避難民の女性が二人に声をかけた。
「どうかしましたか、門は向こうです。落ち着いて避難してください」
「違います! 娘がいないんです! 逸れてしまって、家に戻ったのかも!」
「大変! ご自宅はどちらですか?」
女性は指を指す。その方向には巨人同士が戦う戦場があった。
「娘さんは我々が保護します。安心して避難してください!」
「ちょっと、マルロ!」
「あぁ、ありがとう憲兵さん」
安請け合いをしてマルロが飛び出す。ヒッチはそれを放置することができず、文句を言いながらも彼に続いた。
【70】
「アニ、そっちには行かせない……ッ!」
ミカサがアキレス腱に目掛けて斬りかかる。機動力を失うことを避けたかったアニは硬質化でブレードを弾く。
その隙に、リヴァイがアニの腕の筋肉を削ぐ。同時多発的な攻撃を、アニは硬質化で防ぐことができなかった。
片腕のハンデを背負ったアニにエレンの拳が迫る。彼女はそれを顔面で受け止めるしかなかった。そして建物を複数貫通して地面に倒れ込む。
「おいエレン、多少は家屋の損害も考えて戦え。エルヴィンの野郎が破産したらどうする」
『アァ──?』
(兵長、無茶言わないでくださいよ……と言うか団長がお金払うんですか……?)
満身創痍なアニとは対照的に、リヴァイとエレンには軽口を叩けるほどの余裕があった。
「ヤツもそろそろ限界らしいな、傷の回復が遅い。あのそばかすのガキの出番が来る前に終わりそうだが……」
一方ユミル──顎の巨人もまたアニの様子を眺めていた。
(これ、私必要か? もう全部あの兵長さん一人で良いだろ……)
ユミルの仕事は隙を見てアニの硬質化を砕くことにあるが、彼女が硬質化を使う前にリヴァイが体を切り刻んでしまう。おかげでユミルの出番は今のところなかった。
(王様曰く女型の巨人は色々隠し玉があるらしいが……流石に警戒し過ぎか?)
女型の巨人は他の巨人の能力が発現しやすい。したがって過去の女型の継承者は皆最後の手段を持っていた。
超大型巨人のように自分ごと爆散させたり、戦鎚の巨人のように本体を硬質化で覆ったり、車力の巨人のように巨人化を一度解除し、次の瞬間再び巨人化したりなどである。
仮に何らかの手段でエレン、リヴァイ、ミカサの三人が負傷し戦闘不能になればその時こそユミルの出番となる。彼女はあくまで保険に徹し、息を潜めて彼らを見守った。
土煙が晴れて、倒れていたアニが体を起こした。
(あの二人、ただの人間のくせして強すぎる……ッ)
アッカーマン二人とエレンを同時に相手していては勝ち目はない。故に彼女は賭けに出る。
手元の瓦礫を掴み、自分を囲む兵士たちに向けて投擲する。それは彼女のよく知る戦士長ジークが得意とした技だった。威力も範囲も劣る、標的を殺すまでは至らなかったが、それによって包囲網には穴が開いた。
「兵長! アニが壁に……!」
「待て、ミカサ。吹き飛ばされたくなかったらやめておけ」
エレンたちはすぐにはアニを追わなかった。
アニは壁に向けて走った。しかし壁に近づくということは壁上固定砲の射程内に入ると言うことだ。彼女は数十の砲門が自分に向くのを見た。あれだけの数の榴弾を撃ち込まれたらひとたまりもないだろう。
(問題ない、巨人の体を捨てて立体機動で壁上に登り、再び巨人化する。これなら──ッ!?)
その時、アニは見た。自分のすぐ足元にいる見覚えのある憲兵を。
それはウェーブのかかった金髪の女性、ヒッチと黒髪でおかっぱの男性、マルロだった。
(なんであいつらがここに……!?)
二人は民間人と思わしき少女を庇いそこに立っていた。彼女を助けに前線まで来たのだろう。
壁上固定砲から今、榴弾が放たれた。アニは迷う。このままでは、彼らは死んでしまうだろう。
(──クソッ!)
意を決した彼女は、二人に覆いかぶさった。榴弾の雨が彼女を襲う。うなじだけは硬質化で守り、必死に耐える。巨人の四肢は衝撃に耐えられずに吹き飛んでいく。
アニは自分が今してることを激しく後悔した。なぜ、逃げるチャンスを不意にしてヒッチたちを助けたのか、自分でも分からなかった。
目を開けばヒッチと目が合う。彼女は信じられないと言ったふうに一言呟く。
「ア、二……?」
(……ヒッチ)
榴弾の雨が止んだ。逃げようにも、アニの体はもうズタズタで動けない。巨人の足音はすぐ近くまで来ていた。
敗北を悟ったアニは、自分の本体ごと周囲を硬質化させていく。もうアニが助かる見込みはないだろう。ライナーとベルトルトが自分を助けに来るとは思えない。
アニは思った。自分は暗い氷の中に閉じ籠もったまま、始祖の呪いによって寿命で死ぬことになるだろうと。
(なんでこんなことになったんだろうね……)
ヒッチとの付き合いはほんの一ヶ月ほどだ。彼女との接点は同室のルームメイトである以外にはない。性格もヒッチはおちゃらけて軽薄な態度なのに対して、アニは愛想のない娘だった。しかし、アニにとってヒッチはエレン、ミカサ、クリスタのような格闘技のライバルとは違う、対等な女の子としての初めての友人だった。
(ごめんなさい、父さん。約束は守れそうにない。私にも……友達ができたから……)
アニの意識は沈んでいく。行く先はあの世だろうか。多分、自分は地獄に行くのだろう。地獄に行くなら、会えるのは……あとから来るベルトルトとライナーくらいだろうか。
(嘘でしょ……死んでもあのゴリラと顔を合わせなきゃならないなんて……)
陰鬱とした気分に支配されながら、アニの意識は途絶えた。
だが──アニが次に見た景色は、視界いっぱいに広がる夕空だった。
「な、んで……硬質化、が……」
四肢が動かない。アニは首だけを動かし周囲を見渡した。そこには見覚えのある小柄の巨人がいた。その巨人のうなじから、蒸気とともに少女が顔を出す。
「しけた面してんな、レオンハートさんよ……そんなに死にたかったのか?」
「──マル……セル……?」
「あ? ……あぁ、あの無表情で金髪の女って『アニ』だったのか。ずいぶん変わったんだな。ま、私は今のお前の方がずっと良いと思うが」
ニヒルな笑みを浮かべるユミル。アニの硬質化は顎の力で砕かれたのだ。
その後、兵団にて捕縛されたアニは地下室へと幽閉される。ストヘス区は多大の損害を出したが、一人の死者も出すことなく作戦は成功した。壁内人類がその事実を知り、勝利に沸くのはもう少し先になる。
そしてその日の暮れに、兵団はアニ・レオンハートから情報を抜き出すためのわずかな人員を残し、ストヘス区を後にした。次なる戦いに備える為に。
戦いの舞台は、ウォールローゼへと移る。
(その後)
ユミル「よし、アニ。拷問の時間だ。安心しろよ。顔に水を垂らすだけだから」
アニ「……して……寝かして……」
(アニが榴弾に撃たれまくってるとき)
ピクシス「スミス団長曰く、女型巨人の中身が立体機動で壁上に来るとの話であったが、全然来ないのぉ……(お酒グビッ)」
ケニー「おう、俺にもくれよ。喉乾いちまった」
ナイル「(真面目にやってくれ……)」
アニメ1期分終わりました。ここまで読んでくれてありがとうございます。この先もお付き合いくだされば幸いです。
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