・クリスタがエレンたちと同じ開拓地にいる
【12】
とあるツテを使い、ウォールローゼ南側の開拓地までヒストリアとシャルルは逃げてきた。
幸い、とは言い難いが……ウォールマリアが陥落したことによって情勢は混乱していたため。詳細な身分まで確かめられることはなかった。
『ヒストリア、あなたは追われているので本当の名前を名乗ることができないのです。ですので偽名を考えましょう。何か候補はありますか?』
ヒストリアはおぼろげながら家族のことを思い出す。姉とともに本を読んでいた記憶を。みんなに愛される優しい少女の名前を。
「なら、『クリスタ』が良い」
そうして、クリスタ・レンズへと名前を改めたヒストリア(以後クリスタと呼ぶ)は開拓地に──全っ然馴染めなかった。
仕方あるまい。クリスタはこの年になるまで友達などいなかったし、母親とまともに話したこともない。姉とは親しかったが、その記憶は何故か曖昧で、クリスタの力になりそうになかった。
ならばと本の中の少女『クリスタ』を真似て親切で優しい少女を演じてもみた。
「あの、お疲れ様です。お水汲んできたんですけど……」
「チッ……邪魔だよガキが」
「女のガキは良いよな。畑仕事をしなくて良くて」
「誰が食べ物育ててやると思ってんだ……」
「俺の子供は死んだ。なのになんでお前は……クソッ」
八つ当たりされた。
……考えても見て欲しい。南側にある開拓地ということは南側から来た避難民が配属されているのだ。家族を失い、家を失い、過酷な開拓労働を課された大人たちに、気弱そうな子どもがお節介などしたらどうなるだろうか。
「私ってダメダメだ……」
『こればかりは環境が悪いです、ヒス……クリスタ』
良い子一年目はこんなものであった。今後の成長に期待である。
さて、大人とは馴染めなかったが開拓地には何も大人だけがいる訳ではない。当然ながら子供もいた。
しかしクリスタは子供たちの間でも疎外されていた。理由は2つある。
1つ目の理由は彼女の容姿が美しかったからだ。彼女に興味を持つ同年代の男子からはちょっかいを出されいじめられた。クリスタより年上の男性には身の危険を感じたためクリスタ自身が接触を避けていた。そして年齢を問わず女子からはハブられた。嫉妬である。
そして2つ目の理由はそう。クリスタが見えない友人だと思っているシャルルのせいだった。現代であればクラスに一人くらいはいた独り言の激しい不思議ちゃんである。しかもただの独り言ではなく明らかに会話をしているのだ。他の子供と仲良くなれなくて当然である。
以上のようにクリスタは開拓地においてもひとりぼっちだったが、本人は何も気にしていなかった。石を投げられるかつての日常と比べればさして変わりはない。むしろ彼女は他人とはそういうものであると誤解していた。
始祖ユミルが自由を知らぬのと同じ理由である。見たことないものを人は想像しないし求めない。
何よりクリスタにはシャルルがいた。常に自分の側に友達がいるのだから、孤独も感じておらずこのままでも構わないとさえ思っていたのだ。
『良くない方向に成長している気がします……』
一人の同居人はそうは思っていなかったが。
「ちょっとシャル? 聞いてるの?」
『……すいませんクリスタ。何の話でしょうか?』
「もう、仕方ないんだから……畑で育ててるじゃがいもの種芋が芽を出したんだって。このままいけば数ヶ月後には新しい芋が収穫できるよ! そしたら久しぶりにお腹いっぱい食べられるかも……」
「また一人で喋ってるよ。この幽霊女」
そこに少年三人現れた。いつもクリスタにちょっかいを出してくるガキ大将三人組である。
幽霊女とはクリスタのあだ名だ。『いつも幽霊と喋っているから幽霊女』。安直なあだ名だが奇しくもクリスタの姓は
「あ? お前何持ってんだそれ?」
「あっ! 返して!」
悪ガキのうち一人がクリスタの持っていた本を取り上げた。それはクリスタにとって姉との思い出であり、大事にしている童話集だった。少女クリスタの童話もその中にある。取り返そうにも身長差から手が届かない。
「はっ。こんな開拓地で本なんて持ってても仕方ねぇだろ。売って金にしようぜ」
『クリスタ。代わってください。私があの本を取り返しましょう』
「だめだよ! 暴力はだめ! いた……っ!」
クリスタの髪を乱暴に掴み上げた。
「何言ってんだこいつ?」
「どうせまた幽霊と話してるんだろ」
「もう、行こうぜ。またアイツらに見つかったら面倒──ふべらっ!?」
「てめぇら、また人のことイジメてやがったな……ッ!」
突如草陰から現れた少年が悪ガキ一人の顔を殴った。そしてクリスタを庇うように立つその人は怒れる小人。エレン・イェーガーであった。
その後、クリスタは放心しながらもエレンの活躍──ではなくボコボコにされたエレンを見て鬼の形相で復讐するミカサ・アッカーマン、および彼女を止めるアルミン・アルレルトの姿を見ていた。
「ほら、大丈夫かよ」
「あ、ありがとう……」
そう言って差し出されたエレンの手を取り立ち上がるクリスタ。
「別にいい。……ったく、あいつらも懲りないやつらだな」
「本当に懲りないのはエレンだと思うよ……」
「エレン、いい加減危ないことをするのは辞めて」
「はぁ? ならお前らはコイツがいじめられてるのを黙って見てろって言うのかよ!」
幼馴染二人に諌められるも、エレンを見てクリスタは胸の中が温かくなるのを感じた。今まで誰かが自分のことを身を挺して守ろうとしてくれたのは初めてのことであった。
「あとお前もだ。座ってないで戦え。やられっぱなしじゃ、奪われるだけだぞ!」
「えぇ!?」
しかしまさかその直後に暴力を推奨してくるとは思わなかったが。
「暴力は良くないと思う……」
「なら、どうやって身を守るんだよ?」
「いつもは、シャルが守ってくれるし……」
本当に危ないときは、クリスタに代わってシャルルが敵の腕を捻り上げている。
「誰だよそれ。他人を頼ったって仕方ないだろ。自分の身を守れるのは自分だけなんだからな」
「君がそれを言う資格はないと思うよエレン。えっと、前に畑で会ったことあるよね? 僕はアルミンで、こっちはエレン。それから、彼女がミカサだよ。よろしく 」
「どうも」
ミカサは短く会釈した。
「私はクリスタ。よろしく」
「取り敢えず、俺たちのテントに行くか。お前、怪我してんだろ?」
開拓地は文字通り荒れ地を開拓しているため家が少ない。それ故数が揃うまではテントが割り当てられていた。
「え?あ……ほんとだ」
「エレンのほうがよっぽど酷い怪我。早くおばさんに診てもらったほうが良い。そして怒られてしまえば良い」
「また母さんに叱られんのかよ……」
クリスタはよく見ると膝を足に擦り傷があることに気がつく。おそらくは本を取られときについたものだろう。
「あっ、そうだよ。私の本は……」
「も、もしかしてそのまま持っていかれちゃった?」
「いや、私が張り倒したときには誰も持っていなかった」
「──ほらよ」
慌てて本の在り処を探す三人に毅然としてエレンが本を差し出した。
「最初にぶん殴ったやつが落としたから、茂みに投げて隠しておいたんだよ。大事なもんなんだろ? もう失くすなよ」
「あ……ありがとう……エレン」
本を受け取るとクリスタはそれを胸に抱きしめた。再び温かさがそこから広がっていく。
「む……」
「ミ、ミカサ? 何をそんなに睨んでるの……?」
「何でもない。本よりマフラーの方が実用的で素晴らしいということを確認しただけ」
「なんの話???」
四人は会話をしながら、テントへと向かった。
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