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【76】
厩に馬をつなぎ、兵士たちは城の中で火を囲み休んでいた。
巨人が見つかってから昼食を取ることすらできず、彼らはずっと馬に乗って各地を巡っていたのだ。たまった疲労と空腹感に、皆ぐったりとした表情で座り込んでいる。
「んがっ………………すぅ……」
見るが良い。クリスタなど首をこくりこくりと揺らしながら、舟を漕いでいるではないか。
彼女自身はずっと精神の裏に沈んでいたが、肉体は限界だったのだろう。とは言え、その眠り方は乙女としていかがのものか。シャルルが見ていれば小言を言わずにはいられなかっただろう。
もっとも、彼は今クリスタの側にはいないが。
「よく寝ていられるね……この子」
「逞しいと言うか、なんと言うか……」
側に固まっていた女性兵士たち……ナナバとリーネは呆れを通り越し、むしろ感心したように呟いた。
「おい、お前ら見ろよ。こんなもんまであったぞ」
その時、ならず者が残した物資を漁っていたゲルガーが酒瓶を持って現れた。
「それ、酒かい?」
「あぁ……俺たちの前にこの城に泊まったヤツがどんなヤツかは知らねぇが、酒を置いていくとは気が利くじゃねぇか。なんて書いてあるんだ……?」
ゲルガーが酒瓶に貼られたラベルを見るが、そこには見慣れない文字が書いてあった。
この壁の中で、統一されていない文字など本来は存在しないのに。
「まさか、今飲むつもりじゃないだろうね?」
「……馬鹿言え。こんなときに」
ゲルガーは違和感を持ったものの、それについて深く考えることなく酒瓶を置いた。
「あぁそれと、他に食いもんがねぇか見てたんだが……」
「今度は何? ただの金属の塊にしか見えないけど?」
「いや、中身が入ってるみたいだ。ほら」
ゲルガーは平たい筒状の金属の塊を叩いて見せた。すると軽い音が鳴り、中が空洞になっていることが分かる。
「しかし、どうやって開ければ良いんだこれ……」
「あぁ、そりゃ『缶詰』ですね。貸してください」
悩むゲルガーを助けたのはライナーだった。彼は缶詰を手に取るとナイフで蓋を開けてみせる。
「おぉ……助かったぞ、新兵。これで少なくとも、朝まで空腹に耐える必要はないな。全員分あるだろうから、それも開けてくれ」
「了解です」
そしてライナーの助けにより、全員分の缶詰が開けられ振る舞われた。
「これはオイル漬けの魚か? 味付けもだいぶ濃い。酒のつまみにはぴったりなんだがなぁ……」
「ゲルガー」
「冗談だ。しかし、缶詰か……俺は聞いたことないんだが、瓶詰の類似品かなにかか? よく知ってたな、お前」
「──っ! ……はい。昔、王都で似たような品を見たことがあって、たまたまですが……」
ゲルガーの質問に、ライナーは歯切れが悪そうに答えた。ベルトルトはそんなライナーの様子を心配そうに見つめている。
「おい、大丈夫かよライナー。お前は昨日、女型に握り潰されそうになったばかりなんだからな。調子が悪いなら言えよ」
「……何でもない。心配するな、ジャン」
隣に座っていたジャンもライナーを気にかける。ライナーは顔色を悪くしつつも、それを否定して追求を逃れた。
「そうか……そうだ、コニー。お前は故郷の村に行くとか言ってたよな。どうだった?」
ジャンはライナーからコニーに話題を移した。
「壊滅した、巨人に踏み潰された後だった」
「そうか……悪いな、辛いこと聞いちまってよ」
「でも誰も食われてない。みんな上手く逃げたみたいで、それだけは良かったんだけど……」
コニーは俯きながらそう言った。ジャンは言っていることの意味が分からず問い返す。
「はぁ? なんでそう言い切れるんだよ。村は壊滅したんだろ?」
「家とかは壊されたけど、村のみんなに被害はなかったんだ。もし食われてたら……血とか死体とか、跡が残るもんだろ?」
巨人が人を食うやり方は様々であるが、丸呑みでもしない限り血痕や食い千切られた肉片があたりに残る。コニーの予想は間違っていない。実際ラガコ村の住民は巨人に食われてなどいなかった。
「ただ、ずっと気になってることがあって……俺の家に巨人がいたんだよ。自力じゃ動けねぇような体で、何故か俺の家に寝てやがった。そんでよ、そいつがなんだか、母ちゃんに似てたんだ……ありゃ、一体……」
「コニー、お前まだそんなこと言ってんのか」
ライナーがコニーに言う。コニーがおかしなことを言うのはこれで二度目だ。一度目は村を出る前に、コニーが巨人が喋ったなどと言ったときのこと。そのときもライナーは、コニーの気をその巨人から逸らした。
それはコニーの心を気遣ってのことか、それとも戦士として下手な情報を与えないためか。
「なぁ、ジャン。お前はどう思うよ?」
コニーはジャンに聞いた。この中で最も判断力に優れるのはジャンだ。彼の意見で、コニーは己の中にある疑問に決着をつけたかった。
ジャンはコニーの問いに少し悩んだ後答える。
「俺は直接見てないから何も言えんが……その可能性は低いんじゃないか?」
「何でそう思うんだ?」
「仮にその巨人がお前の母親なら、エレンと同じ巨人化の力でそうなったってことだろ。お前も知ってると思うが、人が巨人になっても、他の巨人にとっては捕食対象なはずだ。そいつに食われた跡がないって言うなら……違うだろ」
「……そっか、確かにそうだよな! やっぱお前に聞いて正解だったわ。ありがとよ、ジャン」
納得のいく結論を得られたコニーはバシバシとジャンの背中を叩いて喜ぶ。
「てめっ……その言い方やめろ! 訓練のとき、散々横取りしやがって!」
「なんだよ、まだそのこと気にしてんのか? お前にお行儀の良いのは似合わねぇぜ。『ジャン坊』」
「喧嘩売ってんのか!?」
元気なったコニーの影響か、それを見ていた周囲の雰囲気も僅かながらも明るくなった。
「それじゃあ、私たちは上の見張りをしておく。出発は日の出の4時間前だから、君たちはしっかり休んでおくんだよ。いいね」
ゲルガー、ナナバ、リーネ、ヘニングの四人は見張り塔を登っていく。
「くかー……すぴー……」
「腹も膨れたし、俺らもそろそろ寝るか。……しっかし、クリスタはずっと寝たままだな。このまま巨人が来ても起きないんじゃねぇか?」
「俺たちが寝てる間に変なことするんじゃねぇぞ、ライナー。同期が性犯罪で捕まったら俺たちまで笑い者だ」
「なっ、お前らな……俺がクリスタそんなことするはずないだろ!」
「どうだか」
「どうだろうな」
コニーに続けて、ジャンが冗談を言う。ライナーは否定したが、二人とも信用していない目つきでライナーを見ていた。
「ベルトルト、お前からも何か言ってくれ!」
「……僕がライナーを抑えておくから、二人は心配しなくて良いよ」
「ベルトルト!?」
ジャンとコニー、ベルトルトの笑い声と、ライナーの怨嗟の籠もった声が古城に響いた。
【77】
「全員起きろ! 屋上に来てくれ!」
あれから二時間ほどが経った頃、寝ていた兵士たちはその声に呼び起こされた。
急ぎ屋上に登る。月明かりで周囲の様子が明らかになると、そこには大量の巨人がいた。
「おいおいおい……なんでまだ動いてんだよ!?」
「月が雲に隠れてしまっていて……気がついたら、こんなに巨人がいたんだ」
その時、コニーが一体の巨人を指さした。それは17メートル程の巨体を持ち、体に獣毛を生やした猿のような巨人である。
「おい、あれ! でけぇ……巨人って言うか、獣じゃねぇか。俺たちを無視して、壁の方に行くみたいだぞ……」
コニーはそう言って、仲間たちの様子を伺った。皆が不安そうな表情でその巨人をみている中で、ライナーとベルトルトだけが目を輝かせている。
「獣の、巨人だと……!? どうすんだよ……なぁ、おい! どうにかできないのか!?」
ゲルガーはクリスタの肩を掴んだ。クリスタはハッとして彼の顔を見る。
「き、聞いてみます」
「あぁ、そうしてくれ……あいつは、何と言っている?」
クリスタの青い目が泳ぐ。
「……ません」
「……なんだって?」
「──声が……聞こえないんです」
「……はぁ?」
ゲルガーはクリスタの肩を掴みながら固まった。クリスタはゲルガーに肩を掴まれながらも、必死にシャルルに呼びかける。
「(シャルル。お願い、返事をして。聞こえてないの……?)」
返事はない。こんなことは始祖を継承して以来一度もなかった。シャルルと数日会話しなかったことはあったが、クリスタから呼びかけて反応がないなど初めてのことである。
「何を……言ってるんです? クリスタが何か……」
ジャンが恐る恐る尋ねる。
「ゲルガー、もう良い。新兵たちは下へ行って、バリケードでも何でも良いから巨人の侵入を防ぐんだ! 外の巨人は、私たちで何とかする。行くよ、みんな!」
「クソッ……高い酒でも貰わなきゃ割に合わないぜ、まったく──ッ!」
調査兵たちは抜剣し、塔に群がる巨人を殺すべく飛び立った。
残された104期の者たちは急ぎ階段を下る。
「おいクリスタ、さっきのは何だったんだ?」
「分からない……分からないけど、今は立ち止まってなんていられない。全力で戦うだけだよ。そうでしょ? ライナー」
シャルルと連絡がつかない。だからなんだと言うのだ。クリスタはそれだけで寂しくて動けなくなるようなお子様ではない。
ただ一人だけであっても、今すべきことを為すのだ。
「あぁ、そうだな。それこそ、兵士が果たすべき責務ってもんだ」
二人は急ぎ、階下へと向かった。
晩飯はあったみたいですね。でも次はないぞ、ライナー。へっ。
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