【82】
多くの巨人を殺したが多勢に無勢。クリスタは背中に塔をぶつけるほどまで追い込まれていた。
(これ以上は下がれない。かといって前に出ても囲まれるだけ。正直厳しいかも……それに、なぜか傷の回復も遅いし……)
クリスタは先ほど失った右腕を見た。この程度の傷なら30秒もあれば修復されるはずなのに、なぜかまだ手首までしか再生されていない。
これも、シャルルの声が聞こえないことと関係があるのだろうか。
(それに……さっきからなんなの、この『声』)
クリスタの脳内に響く声。それは彼女が無垢の巨人に触れたときに聞こえてくるものである。特定の何かが聞こえるわけではない。まるで……他人の記憶が流れ込むような感覚である。
(気持ち悪い……でも、今は戦わなきゃ)
クリスタの目の前に巨人が迫る。彼女は構えを取り、来たる攻撃に備えた。
だが次の瞬間、その巨人は歩みを止めうなじから血飛沫を上げて倒れる。
「クリスタ! 聞こえるか!」
『ナナバさんに、ゲルガーさん。お二人はもう戦えないんじゃ?』
「巨人の状態でも意思疎通ができるなら都合が良い! 私たちが君の攻撃力を補うから、君は巨人の動きを止めてくれ!」
「てめぇなんかいなくたってやってやるって、お前の中のヤツに言っておけよ!」
『は、はい!』
二人との連携によって、クリスタの深刻な攻撃力不足は解消された。これならば安定して時間が稼げるだろう。クリスタは前から迫る巨人を抑えつけるだけで良いのだから。
(来た……!)
そして、またクリスタ目掛けて巨人がやってきた。そんなにクリスタを食らいたいのだろうか。その巨人は口を大きく開けて涎を垂らし、両腕を伸ばしたまま走ってくる。
クリスタはその両手を掴み取って、巨人を止めた。
──瞬間、クリスタの脳裏を電流が走るような衝撃が襲う。
一瞬だが確かに見えたそれは、一人の村人の記憶だった。複数の村人とともに、一人の若人を見送る景色が見える。
『あいつ、バカでチビのくせに憲兵団に入るんだってさ』
『無理無理、だってあのコニーだぜ?』
『どうせすぐに根を上げて帰ってくるだろ』
『ま、そしたらせいぜいからかってやろうぜ。歓迎会でもしてな』
『コニー! 除隊おめでとう! ……てか?』
視界が弾ける。目の前にいた巨人は、ゲルガーによってうなじを削がれ倒れたようだ。
(なに……今の、記憶……コニーって……)
「おい! 次が来るぞ!」
ゲルガーの声にハッと現実に引き戻されるクリスタ。再び迫りくる巨人に対し、今度は肩を掴んだ。
『コニー。お前ほんとアホだな……ジャガイモの芽はちゃんとくり抜けってあんだけ言っただろが』
『おぇぇぇぇ……』
(なに……これ……一体なんなの!?)
一人の青年の記憶が見えたと思えば、次の瞬間にはナナバによって目の前の巨人が屠られる。
そして、また巨人が来る。今度は小さな巨人だった。クリスタはその頭を抑えつける。
『コニー兄ちゃんっていつ帰ってくんの?』
『さぁ……でももう三年も経つからなぁ。もしかしたら憲兵に入れなくて、恥ずかしくて帰ってこれないんじゃないのか?』
『えー……なんだよそれ。帰ってきたら笑ってやるのにさ』
『はは、そうだな。……ん? どうした坊主、急に黙って……なんだこりゃ……霧か? 霧が出るなんて、今はそんな季節じゃ──』
記憶は光に包まれ途切れた。気がつけば、クリスタは目の前の小さな巨人のうなじを震える足で踏みつぶしていた。
(……うそ、もしかして、まさか、そんな──!)
クリスタは気づいてしまう。最悪なことに、今まで見た記憶は妄想でも幻覚でも何でもない。
それは直接触れることで座標を介しクリスタに流れ込んで来る、巨人にされたラガコ村の住民たちの記憶だった。
一体、また一体と巨人が迫る。彼らは村に住む老夫婦だったようだ。コニーを孫のように思い、その帰りを待ち望んでいた。
(やめて……)
「おい、こいつら急に一斉に動き出したぞ!」
「まずいね、このままじゃ彼女が……」
ゲルガーとナナバが焦ったところで、巨人の討伐は間に合わない。
また一体、クリスタに巨人が噛みついた。青年はコニーの友人だった。彼もまた、コニーの帰りを待っていた。
(来ないで……)
クリスタは腕で体を守る。しかし、その腕はすぐに一体の巨人につかまれた。その少女はコニーに好意を抱いていた。彼女もまた、コニーの帰りを待っていた。
あの、霧の来る日まで。
(どうしてこんなに……)
一体、また一体と巨人がクリスタに食らいつく。かつて女型の巨人が巨大樹の森で故意的に起こした巨人の共食いが、今ここで繰り広げられていた。
(世界は……残酷なの……?)
記憶が絶えず流れ込む。濁流の如きそれは、弱ったクリスタの意識を容易く飲み込んで行く。
(シャル……)
声を呼んで、手を伸ばす。
(お願い、シャル……返事をして)
必死に背中を城に押しつけ、うなじだけは守っていたが、それも限界となった。一体の巨人が、クリスタのいるうなじに噛み付く。
(お姉ちゃん……お母さん……カルラママ……ミカサ……アルミン……エレン……ユミル……)
クリスタの視界が、巨人のものではなく本体のものに移り変わった。見えたのは餌を待ちわびた雛鳥たちの巣のごとき光景である。世界を囲む壁のように、口を開けた巨人たちがクリスタを囲んでいた。
「早く助けないと……!」
「クソッ、巨人が多すぎて近づけねぇ……ッ!」
「ライナー、落ち着け! お前まで飛び降りてどうすんだよ! さっきからおかしいよお前!」
「離せ、コニー、ベルトルト……クリスタが食われちまうだろ!?」
「悪いが、ライナー。今の君には、行かせられない!」
「銃でも何でも良い、この城には何かねぇのか……何か、巨人に対抗できるもんは……ッ」
視界の隅でナナバとゲルガーが、塔の上で同期たちが何かを叫んでいたが、クリスタには聞こえない。
(あ……)
そして巨人の手に掴まれたとき、クリスタはまたも記憶を見た。だがそれは流れてくる記憶ではない。己のうちに刻まれた、継承した記憶である。
その記憶の主は、今まさしくクリスタがされているのと同じように、巨人に掴まれていた。食われる直前、巨人の瞳に記憶の主の顔が映る。
(お姉、ちゃん……)
それはクリスタに食われる直前の、フリーダの記憶だった。
(そうだ。きっと……私の順番が来たんだ……私もそうしてきたんだ……だから仕方ない──)
クリスタの眼前に、巨人の口が迫る。
「──だなんて、納得できるわけないでしょ……ッ!」
クリスタは巨人の頬を掴む。そして口の中に押し込まれないように必死に抵抗した。
「理不尽だよ! 私はお姉ちゃんを食べたくて食べたわけじゃない! だいたい始祖とか世界の真理とか先祖の責務とか短命の呪いとか……そういうものを背負ってるだけで私は十分偉いの! こんなに頑張ってる私が、こんなところで死ぬなんて道理に反してる! 絶対おかしい!」
巨人の力に、クリスタの細腕が叶うはずもない。片腕が巨人の歯に噛み砕かれる。苦悶の声が漏らしながらも、クリスタは叫んだ。
「ぐ、うぁっ……シャ、ル! 全部、ぜーんぶ、この世のすべてのことは全部あなたのせいなんだから! ……せめて自分のしたことくらい自分で責任取ってよ──シャルルッ!」
暴論である。だが暴論でも論は論だ。クリスタはシャルルの名前を叫び続ける。
「シャルルのばか! シャルルのあほ! シャルルの──ッ!?」
突然、視界が傾く。クリスタは己を掴む巨人の体が倒れ始めていることに気がついた。彼女は巨人の手の中に収まったまま、重力に引かれるままに大地に叩きつけられる。
「痛っつぅ……これ絶対折れてる……。にしても、一体何が……?」
無事だった方の腕で体を支え、巨人の手から這い出るクリスタ。彼女を食い殺そうとしていた巨人は、いつの間にか絶命していた。
『アァァ──ッッッ!!!』
そして彼女は見た。そこにいた巨人のうちの半数が突然、雄叫びを上げて隣の巨人に襲いかかったのを。
「クリスタ、無事かい!? よく分からないけど、命が助かってよかった。とにかく上に上がるよ!」
巨人たちが争い合っている隙に、ナナバがクリスタを抱えて塔の上へと登る。突然引き起こされた内乱にクリスタは混乱しつつも、上から見下ろしたことであることに気づいた。
巨人を襲い始めた巨人には皆共通点がある。それは──瞳が紫色に光っていることだ。それは、クリスタが呼び続けた彼と、同じ特徴である。
「シャル……助けてくれたの……?」
クリスタの疑問に、答えはない。相変わらず声は聞こえていないようだ。だが、先ほどまでの不安はない。姿が見えず、声は聞こえずとも、シャルルはクリスタのそばにいると、彼女は感じることができた。
そして。
突如始まった巨人同士の内乱によってその場は収められた。生き残った巨人少数の巨人もただその場に立ったまま、その後やって来た調査兵団の援軍によって無抵抗なまま討伐された。
「お前たち、良く生き残ったな」
ハンジたちと合流していたミケはナナバ、ゲルガーと再会する。
「ミケさん! 無事だったんですか!?」
「あぁ、それで……彼女の様子は?」
「私たちを守るために戦い、負傷してしまいました。危うく巨人に食われる寸前で……今は、気絶してます」
「そうか……104期の中に巨人と思わしき人物は他にいたか?」
「いえ……確たる証拠は何も。しかし、ほんとにあの中にいるのですか? 私たちの目には、ただの兵士にしか見えませんでしたが……」
「それが分かるのは今からだ。とにかく今は……彼女が目を覚ますのを待とう」
ミケは担架に乗せられ、リフトで壁上に運ばれていクリスタを見た。
眠り姫が目覚めるのは、まだ先のようである。
【83】
時を同じくして、2つの場所で世界を動かす事態が進んでいた。
「なぁ、エレン。ちょっと良いか?」
一方は壁の上、九死に一生を得たライナーは故郷に帰るために、エレンにある提案を持ちかける。
そしてもう一方、現実世界ではない裏側の世界で、それは起きていた。
砂にまみれた少年が、齢10程の少女を殴り飛ばす。
その鋭い紫紺の視線が、少女──始祖ユミルに突き刺さり、そして少年──シャルルは宣戦を布告した。
「もう、良い加減……あなたの戯れには飽き飽きなんですよ。この、クソ
メンタルつよつよクリスタ「巨人がコニーの故郷の人たちで、しかもいっぱい殺しちゃった……でもめげない! 生きたい! 私悪くない!」
黒幕「???」
王様「お前を殺す」
次回シャルル視点です。
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