【86】
ウドガルド城跡での戦いの後、調査兵団らは巨人がまだいる可能性を考慮し、壁上に避難していた。
「調査兵団分隊長のハンジ・ゾエ殿ですね」
「あなたは?」
クリスタの容態を確認していたハンジのもとに、中央憲兵の男がやってきた。彼は胸を叩き敬礼をした後、報告する。
「そうか……やはり壁に穴はないと」
「はい、我々中央憲兵と駐屯兵による合同調査を行いましたが……それらしいものは見当たりませんでした。現在南側以外の壁も確認させていますが、おそらく何も見つからないでしょう」
「と言うことは、やっぱり巨人が出現した原因は『コレ』か……」
そう言ってハンジは一枚のメモを見た。それはシャルルがミケに、ミケがハンジに託した情報である。
そこには巨人の正体が人間であること、敵の援軍が壁内に忍び込み、村落の住民を巨人に変えた可能性があることが記されている。
「知りたかったはずの真実が次から次に明かされて……ほんと、頭が割れそうだよ。君たち中央憲兵はもともと知っていたのかい? コレについて……」
「そのメモ書きに何が書いてあるかは知りませんが……部分的には肯定します。しかしすべてを知るのは陛下ただ一人です。我々とて真実を知るものは限られていますし」
「つまり、詳しい話は彼、彼女が目を覚ましてからってことか」
ハンジは担架に乗せられているクリスタを見た。悪い夢でも見ているのかクリスタは魘されている。彼女の容態は酷い。片腕は噛み潰されているし、巨人に強く握られていたせいで内臓が損傷している。彼女が治癒能力を持っていなければ即死だっただろう。
クリスタが……シャルルが抱えている秘密はもっと多くあるはずだ。先ほどの巨人たちもそうだ。あれらは置物みたいにピクリとも動かなかった。話に聞けば直前には巨人同士で殺し合っていたらしい。まるで、何かに操られていたかのように。
もし、シャルルの持つ能力が巨人を操れるのだとすれば……なぜそれを使わないのか。ハンジはそれを問い詰めたかった。
だがそれも、すべては彼が目覚めてからしか分からないのだ。何とも歯痒い気分である。
「……君たちは仕える主が秘密を抱えていて、それを教えてくれないことに何も思わないのかい?」
ハンジは中央憲兵の男に問うた。調査兵団として真実を求めてきたハンジにとって、秘密を抱えるシャルルの存在は受け入れがたい。そんな相手に忠誠を向ける彼らは一体どんな心境なのか気になったのだ。
「ハンジ殿はウォール教の教義について知っていますか?」
「そりゃあ……壁を崇拝することだろう?」
「それは即物的で最近の考えですね。古いウォール教の教えでは、3重の壁はあくまでも象徴に過ぎず、真に尊きはその内側にあると説きます」
「内側?」
「壁の内側で、人類は手を取り合って協力し、平和を守っていく。その連帯と守護の精神こそが本質で、3重の壁はその象徴に過ぎないと言うことです」
中央憲兵の男は曇りない目で語った。
「そしてウォール教は陛下が生み出したものであり、その教義こそ陛下の目指す未来なのですよ。だから、我々は真実など知らずとも、陛下に二心なく仕えることが出来るのです」
男が語ったそれはハンジの中にあるシャルルの人物像とはかけ離れた、神聖な平和主義者の姿であった。
(そんな人物がどうして人類を壁の中に押し込めたのか……ますます不思議になってくるよ)
シャルルの人物像について考察していると、リヴァイがハンジのもとにやってきた。異なる未来では足の負傷で前線を離脱していたが、五体満足な彼は人類最強の戦力としてハンジたちと同行していたのだ。
結局、その戦力の見せ場はなかったわけであるが。
「ハンジ、物資と人員の引き揚げが終わった。これからどうする? 巨人が壁の中にいないって言うなら、俺たちがいる意味はないと思うが」
「あぁ……そうだね。一先ずトロスト区に向かおう。例の獣の巨人を追おうにもエルヴィンの本隊と合流しなきゃだし、何より負傷者の治療も必要だから……」
ハンジが次の計画を練る。新たに出現した獣の巨人はウドガルド城を襲撃した後、壁外へと消えていったという。それを追うには壁外調査が必須だ。
そして、アニと同郷だったライナーとベルトルトのこともある。結局確証は得られなかったが、少なくとも一度地下に拘束する必要があるだろう。
小雨が降り始めた。こうも曇り空なのだ、仕方あるまい。
「急ごう、土砂降りになってからだと馬の足も遅くなるし──」
その時、ハンジの背後で雷が落ちた。落ちた場所は音からして壁上、すぐそばだろう。ハンジは、まさか誰かが雷に打たれたのではないかと思い振り返った。
風が強く吹き、空を覆っていた暗雲は流れ、陽光が差し込む。
そして、ハンジは見た。今まさに壁上で肉体を生成している、超大型巨人と鎧の巨人の姿を。
「まさか、やっぱり二人が──ぁぁああ!!??」
「ハンジ!」
次の瞬間、吹きすさぶ蒸気が周囲の人間を襲う。咄嗟にアンカーを差したリヴァイに手を掴まれ、ハンジはその場に留まることができたが。担架に乗せられたクリスタと隣にいた中央憲兵の男は蒸気にのまれて宙を舞った。
そして、リヴァイとハンジの頭上に伸びた超大型巨人の、筋肉をむき出しにしたその手が飛ばされた二人を掴み取った。
【87】
「俺たちは5年前、壁を破壊して人類への攻撃を始めた。俺が鎧の巨人で、こいつが超大型巨人ってやつだ」
「何言ってんだお前」
ライナーに呼び止められたエレンはそう言った。本当にライナーが何を言っているのか、エレンには分からなかった。言っている意味が分からないあまり、同じ言語なのかすら不安になるほどだ。
「何を言ってるんだ、ライナー!」
「俺たちの目的は、この人類すべてに消えてもらうことだったんだ。だが、そうする必要はなくなった」
慌てたベルトルトがライナーの腕を掴むが、ライナーは止まらない。
「エレン、お前とクリスタが一緒に来てくれれば、俺たちはもう壁を壊したりしなくて良いんだ。分かるだろ?」
「いや……全然分かんねぇぞ」
それはまるで、もう壁を壊したくないとでも言うかのような言い草だった。
ライナーはエレンに言う。今から自分たちの故郷に来てほしいと。一方、エレンはその言葉を右から左にまるまる流し、頭では別のことを考えていた。
それは昨晩のことである。エレンたち調査兵は中央憲兵から、ライナーとベルトルトについて聞かされていた。彼らがアニと同郷であることを。
「彼らが同郷だからといって、確実に黒と言うわけではない。だが怪しいのは確かだ。確実に白と分かるまでは、地下室に拘留させてもらうことになるな」
「そんな。ライナーは、俺たちの兄貴みたいなやつなんです! あいつが……あいつが裏切ったなんて、ありえないと思います」
中央憲兵の男にそう反論したエレンだったが、意外なことに彼はエレンの言葉に同意を示した。
「まぁ、俺もそう思うよ。過去に思想調査で王政への忠誠を綴らせたのだが……ベルトルト・フーバーはともかく、ライナー・ブラウンはなんと3万字も書き連ねていたからなぁ。3万字だぞ? 中央憲兵の俺でさえ、大した忠誠心だと思ったよ。早く疑いが晴れると良いな」
「……はい!」
「真偽はどうあれ、ライナーとベルトルトの前でこちらの疑いを悟られないように振る舞うんだ。良いね」
ハンジがそう締めくくったことで、ひとまずその夜の会議は終わった。あの場で、アルミンは何かに気づいたような表情をしていたが、エレンはそれに気が付かなかった。
「なぁ、エレン。悪い話じゃないだろ? 俺たちは故郷に帰れるし、お前たちは壁を壊されずに済むんだからな」
ライナーの声が、エレンを現実に引き戻した。相変わらず何を言っているのか分からないが、エレンにはライナーの様子がおかしいことだけは伝わった。
「お前さぁ……疲れてんだよ。なぁ? ベルトルト、ライナーがこうなっちまうくらい大変だったんだろ?」
「あぁ……ライナーは、疲れているんだ……ッ! 」
そうだ、ライナーは疲れている。5年もこの壁の中で暮らし、精神を分裂させてしまうくらいには。
「だいたい、もしお前ら二人がそうだとしても、俺がついていくわけねぇだろ? 超大型巨人と鎧の巨人は──『人類の敵』なんだからよ」
エレンのその言葉に、やっとライナーは口を閉じた。まるで初めて気がついたとでも言うような表情である。盲人が初めて景色見たときのような、聾者が初めて声を聞いたときのような表情だった。
(例のbgmが流れ始める)
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