【88】
「そうか……その通りだよな。何を考えてんだ俺は。本当におかしくなっちまったのか……?」
「もう良いって……落ち着けよ、ライナー。さっさと行くぞ」
エレンは独り言を言うライナーの肩を叩いた。これ以上、彼に喋らせてはいけない気がしたからだ。
だが、ライナーにはもうエレンの声は聞こえていない。
「きっと、ここに長く居すぎてしまったんだな……馬鹿なヤツらに囲まれて、3年も暮らしたせいだ。俺たちはガキで、何一つ知らなかったんだよ」
「だから……もう良いって言ってんだろ」
「こんなヤツらがいるなんて知らずにいれば……俺は、こんな半端な、クソ野郎にならずに済んだのに……ッ!」
「おい……俺にも我慢の限界があるんだからな。いい加減に……」
「もう俺には、何が正しいことなのか分からん。ただ、俺のすべきことは、自分のした行いや選択に対し……」
ライナーは腕に巻かれた包帯を解いた。巨人に噛み砕かれ、少なくとも数カ月は治療が必要なはずの腕の傷は、噴き出る蒸気とともに消えていく。
「戦士として、最後まで責任を果たすことだ……ッ!」
それは巨人化能力者だけが持つ治癒能力の証であった。
エレンの頭が理解を拒む。まさかそんなはずはないと。アニの時でさえ信じ難かったのだ。エレンにとって、訓練兵時代から自分の先を行くライナーは憧れであり、目標でもあった。
そんなライナーが、人類を裏切っていたなどと……エレンの脳は自分の心を守るために、その情報を遮断しようとした。
「エレン、逃げて!」
すかさずライナーとベルトルトを切りつけ、ミカサが叫ぶ、。
(ミカサ、お前……何やってんだ……)
ブレードで切りつければ、普通の人間なら死んでしまうと、エレンはこの期に及んでそんな二人への心配が浮かんだ。
だが、そんな心配は意味がなかった。次の瞬間、傷を負った二人を雷が襲い、エレンの目の前で巨体へと姿を変えたのだから。
エレンの思い出から、二人の顔が、声が消えていき、次第にそれは憎むべき人類の敵のものへと変わった。超大型巨人と、鎧の巨人のものへ。
エレンは鎧の巨人の手の中で叫ぶ。それは人類を裏切った、自分の信頼を裏切った二人への決別の言葉だった。
「この……裏切りもんが──ッッッ!」
【89】
「リヴァイ、クリスタが捕まった! 彼女を失えば、人類は唯一の切り札を失うことに──」
「分かったから今は黙ってろ。チッ……蒸気のせいで近づけねぇじゃねぇか」
「エレン! ライナーとベルトルトの目的は君を攫うことだ! 今は逃げることを考えてくれ!」
『(とは言え……楽に逃がしてくれる相手でもないけどな……)』
「女型と同じ硬質化か……二体揃って、こうも都合良く俺への対策を持ってやがるとはな」
「いいや、本当に全身を鎧みたいに覆えるならああも動けないはずだ。関節部なら刃が通る可能性がある!」
『ライナー……その首、よこせぇぇッ!!!』
「どけ、ミカサ! 邪魔だ!」
「な、兵長……? 何、あれ……早すぎる。と言うかあのチビ……今、邪魔って……わ、私だってエレンを!」
「ミカサ。今はリヴァイ兵長とエレンに任せよう……」
「おい、まだかエレン。もう切れる部位は全部切っちまったぞ」
『(ライナー……お前、粘りすぎだ……! いい加減諦めて大人しく引きずり出されとけ……ッ!)』
『オォォォッッッ!!!』
「ッなんだ……? 鎧の巨人が叫んだぞ……不味い! 二人とも、上だ!」
【90】
ここはストヘス区地下牢。元々は中央憲兵が凶悪な反逆者を拷問するために用意された場所である。
そんな陰険な理由で用意されたこの場所には、場違いにも二人の少女がいた。
片や牢の中に入れられているは人類の敵にして女型の巨人。地上のストヘス区市街を破壊した反逆者、アニ・レオンハートである。
そして、牢の外でアニを監視し、退屈にあくびをしながら手元の本を読んでいるのが新米中央憲兵にして、アニの持つ硬質化を無効化できる顎の巨人、ユミルであった。
「ふぁ……ぁ……。なぁ、アニさんよ。そろそろ私も疲れたんだが、いい加減喋ってくれねぇか? あんたのせいで私はこんなジメジメした場所に居残りする羽目になってるんだが」
やれやれと言ったふうにユミルが首を振る。本来、ウォールローゼが危機に陥っている現状、彼女のもつ巨人の力を遊ばせておく余裕はないのだが、アニが硬質化で引きこもったときに対処できるのもまた彼女だけなので、ユミルはこの場に残されたのだ。
今すぐクリスタに会いに行きたいユミルは不満たらたらである。
一方、水責めによって顔に水滴を浴びせられ、昨夜一睡もできなかったアニもまた不満で一杯だった。
「ごほっ、ごほっ──いや、質問もしてないのに拷問しておいて何その言い草……? 私はまだ何も聞かれてないんだけど……!?」
アニは叫んだ。そりゃ叫びたくもなろう。捕まったと思えば有無を言わさず地下牢にぶち込まれ、拘束された後ひたすら水にうたれて一晩そのままである。身体は固定されて動けないし、水が気管に入って呼吸しづらいし、何より用を足すことも出来ない。そろそろ彼女の尊厳保持も限界である。
にも関わらずただ牢の外で、ユミルがずーっとクリスタの話ばかりするもんだから、苛立ちばかりが募っていた。
アニとユミルはクリスタという共通の知り合いがいるだけで、互いのことはあまり知らない。だが少なくとも仲良くなれそうにないことだけはアニには予感できた。
「はぁ……? お前、そりゃ仕方ないだろ。私らはまず何を聞けば良いのかすら分かんねぇんだからよ」
「それは……まぁ、そうだけど」
尋問する側が何も知らないことは本来尋問される側にとって嬉しいことのはずなのだが……アニにとっては悲惨なだけである。
「取り敢えず全部ゲロっちまえよ」
「……無理だね。全部話せば私はもう用済みってことになるでしょ?」
「なら、仲間については?」
「……言えない」
アニはその質問に答えなかった。脳裏にライナーとベルトルトの顔が思い浮かぶ……いや、ライナーの憎たらしい顔は思い浮かぶが、ベルトルトの顔ははっきり思い出せない。思えばアニはちゃんとベルトルトの顔を見たことがなかった。顔を見ようとすればそらすのだから仕方ない。
アニが答えなかった理由は二人の思ってのことだとか、仲間を信頼してだとかではない。単に自分がペラペラと仲間を売るような真似をしたくなかったからなのだ。
むしろ、アニはあいつらもさっさと捕まれば良いのにと思っている。特にライナーは。
「あぁ……他に何聞けば良いんだっけ?」
「あんた適当すぎ……ほんとに尋問する気あるの?」
「私の役割は監視で、尋問は別のやつが担当なんだよ。人を斬るのが大好きなクソオヤジだ、今はちょっと、忙しいみたいだが……」
「忙しい……?」
「……ま、とにかくあいつが来るまで互いに暇ってわけだな」
嫌な暇である。お互い黙ると、地下牢には再び水滴の滴り落ちる音だけが響いた。アニは睡魔と寒さで気が狂いそうである。痛みには耐えられるよう訓練されているが……この不快感はちょっと予想外だ。
「ねぇ、聞いても良い?」
アニは気を紛らわせるために、ユミルに質問した。
「あんたは『マルセル』のこと、どれだけ覚えてるの?」
尋問する立場のはずが、逆質問されたユミルは面倒くさそうに、しかし律儀にもその質問に答えた。
「私が食ったヤツのことか? たまに記憶が見えるくらいだな……訓練で疲労困憊のときとか、死にかけたときとかに見える。お前と……他にも数人見えた。最後に見えたのは……誰かを庇って私に食われるところだな」
「そう……あいつは、最後に何を思って死んだの?」
「さぁな。ただ、誰かを守りたかったみたいだ。それが誰かまでは分からなかったが」
アニはマルセルのことを思い出す。頼りになる男だった。アニ、ベルトルト、ライナーをまとめ上げるリーダーとしてパラディ島侵攻チームに編成されるくらいには。
そして、空気の読めないところもあった。突然ライナーに裏工作したことを暴露したり。まぁ、それはライナーへの罪悪感から起こした行動だったのだろう。
だが、本当にライナーのことを思い、これからの作戦のことを考えるなら、そんなことは言うべきではなかったのだ。
頼りに見えたマルセルも、ただの仲間思いで弟思いな10代の子供に過ぎなかったのだと、今になってアニは思った。
「私も聞きたいことがある。私が答えたんだから、お前も答えてくれるだろ?」
「……答えられることならね」
「クリスタのこと、どう思ってたんだ」
ユミルの口から出たのはまたクリスタのことだった。クリスタ、アニにとってクリスタはなんだろうか。戦士として、クリスタは奪うべき敵である。兵士として、クリスタは良き格闘訓練の好敵手である。だが、アニ個人としては……。
「……私はクリスタを、友達だと思ってたよ」
「そうかよ」
ユミルはそれを聞き、手元の本に目を落とした。部屋には再び、水の滴る音だけが残った。
【91】
「クリスタが攫われた」
「……は?」
「やっと気づいたが、ライナーとベルトルトだったんだな。あの黒髪のっぽと金髪のドベは。今朝方正体を現して、エレンとクリスタを連れ去ったらしい。なぁ、アニ。お前が今もクリスタのことを友人だと思ってんならさぁ……」
ユミルは鉄格子をつかんだ。
「答えろよ! ライナーとベルトルトはどこへ行く!」
アニは黙って俯いた。
「早くしないと……クリスタが連れて行かれちまうんだぞ! 」
「──南、南に行くはず。私たちは南から来たから……」
アニは遠慮がちに答えた。それ以上の言葉はなかったが、ユミルにとってはそれで十分である。
「……私はクリスタを取り戻しに行く。お前はここでおとなしくしとけよ」
「一つ、お願いがある」
「お前、立場わかってんのか……?」
アニの言葉に、ユミルは足を止めた。
「私もあいつらも、ただの子供で何一つ分かっちゃいなかったんだ……だから、正直あいつらのことは嫌いだけど……助けてやって欲しい」
「なんで私にそんな……」
「お願い、『マルセル』」
ユミルは何も答えず、地下牢を出た。クリスタに追いつくには馬を乗り継ぐ他ない。場合によっては顎で移動したほうが早いだろう。だからこんなところで記憶に頭を悩ませて、時間を取られるわけには行かないのだ。
「あぁ、分かったよ。私だってクリスタを守りたいんだからな……クソッ」
はい、鎧、超大型戦はダイジェストです。どうやってリヴァイ兵長相手に勝たせようか悩んだ結果、我慢強いブラウンに任せました。まぁこの二体は蒸気と全身硬質化でリヴァイにメタ張ってるので悪しからず……。
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