【92】
「エレン、起きた?」
戦いから数時間後、エレンは巨大樹の枝の上で目を覚ました。彼が目を覚まして最初に聞いた声はクリスタのものだった。
「クリスタ……? そうだ……ここは!? みんなはどうなった!?」
「お、落ち着いてエレン。まだ傷が治ってないんだから安静にしないと……」
意識が覚醒し、直前までライナーたちと戦っていたことを思い出したエレンは慌てて周りを見渡すが、そこにいたのは足を切り落とされたクリスタと、立体機動装置をつけたライナーとベルトルトだけだった。
「そうか、俺は……負けたのか」
エレンはクリスタに言われて、はじめて自分の腕がないことに気づいた。腕を失った自分と、五体満足で立体機動装置をつけているライナーとベルトルトをみれば、どちらが敗北したかは明らかだろう。
「……ッ!」
「ちょ、ちょっと! 何やってるの!?」
エレンは欠けた二の腕に噛みつき、再び巨人化しようと試みたが、クリスタがそれを引き止めた。
「離せ、クリスタ! アイツらをぶっ殺せねぇだろうが!」
「本体の傷の治療と巨人化は同時にはできないの! 今は安静にして!」
クリスタはエレンの耳を引っ張って言う。それを言われて、エレンはひとまず己の矛を収めた。
「……良い? エレン。私たちは傷が治るまで巨人化できないし、巨人になったとしても体力を消耗しすぎてまともにあの二人とは戦えないの。今は回復に集中して……みんなが助けに来ることを信じよう」
「……分かった」
クリスタに理を説かれ、エレンは燻る激情を抑え込んだ。だがそれは一時的なものに過ぎない。
「助かったぞクリスタ。そのまま夜までエレンを静かにさせておいてくれ」
「別に……あなたたちのためにやったわけじゃないから」
ライナーがクリスタに礼を言うが、クリスタは酷く冷たく返した。ライナーはそれを見て肩を竦める。まるで何故嫌われているのか分かっていないような仕草だ。
(俺たちが回復するのをあの二人がただ黙ってみてるわけがねぇ。なんでこんなところに留まってるのかは知らねぇが……とにかく情報を引き出さねぇと。……いや、待てよ……)
エレンはライナたちから目を逸らし、隣に座るクリスタを見た。随分と落ち着いているのか、所在なさげに切られた足をフラフラと揺らしている。
(うやむやになってたが……そもそもクリスタはなんなんだ? なんで巨人の力や世界の秘密を知ってるんだ……?)
「はぁ……。こんなことになるなら、スカートじゃなくてズボンにしとけば良かったな……」
そんな疑問を向けられてるともつゆ知らず、クリスタはそう呟いた。
一見落ち着いて見えるが、命の危機にクリスタの内心も穏やかではない。だが、彼女は信じているのだ。同じ兵士たる仲間たちと、そして何より自分の中にいる相棒を。
(声は聞こえないけど、確かに感じてる。シャルは今戦ってるんだ。だったら私も……こんなところで弱ってちゃだめだよね)
シャルルは現在2000年越しの
「クリスタ……聞いても良いか?」
「なに?」
「お前の抱えてる秘密ってなんなんだ……?」
「えっと……それを説明すると長くなるからここから無事に帰ってからで良いかな?」
「……絶対話せよ」
「うん、絶対話すよ」
二人はライナーたちに会話を聞き取られないように耳打ちで言葉を交わす。クリスタの返答にエレンは不満そうだが、一応は納得したようだ。
今ここで『これは2000年前の話なんだけど……』などと説明している暇はないのだ。しょうがない。
「何をコソコソ話してるんだ、お前ら」
「……俺たちは今からどこに連れて行かれるのかって言うのを話してたんだよ」
捕虜二人の会話が気になったのか、それともクリスタの話を自分も聞きたかったのだろうか、ライナーが会話に参加してきたが、エレンは誤魔化した。あわよくば行き先について聞き出したいという思いも込めて。
「あぁ……俺たちの故郷のことか。そういや、話したことなかったな」
だが、敵に対して下手に情報を与えるはずがないというエレンの予想とは裏腹に、ライナーはすんなりと行き先について話し始めた。
「俺たちの故郷は海沿いの町でな……あぁ、海って言うのはデカい湖みてぇなもんなんだが……おかげで新鮮な魚が取れるんだよ。海魚は上手いぞ、向こうに行ったらお前らにも食わせてやる」
「は……?」
「海の向こうに沈む夕日は街一番の絶景でな……いつかクリスタと一緒に見に行きたいと思ってたんだが。どうだクリスタ?」
そう言われ、しばらくクリスタは唖然とした後、聞き返した。
「ねぇ、ライナー。あなた、どうして私たちを攫ったのか説明できる?」
「ん? ああ、そりゃあ──俺たちはクリスタに助けて欲しいんだよ。エレンはついでなんだが……まぁエレンはクリスタの兄貴分なんだろ? 一緒にいた方が不安も少ないだろうしな」
精神の混じり合ったライナーは、己の矛盾に気づかない。彼の語りは止まらない。
「古城で俺たちを助けてくれた力、ありゃ座標の力だろ? あんときみたいにクリスタが俺たちの国に来て、座標の力で守ってくれれば、俺たちはもう世界や島の悪魔を恐れなくて良いんだ」
「何言ってんだ……お前」
エレンには分からない。俺たちの国とはなんだ、世界とはなんだ、島の悪魔とはなんだ。
いや、一番分からないのはライナーのことだ。彼はまるで、エレンやクリスタを自分の家に招待するかのような様子で話している。その心根が、エレンには一切分からない。
「それで世界が平和になったら……そうだな。まずは俺の家族に会ってみないか? 俺の従兄妹にガビってやつがいるんだが、生まれたときからやんちゃなやつでな。今ごろは8歳くらいか……女同士、クリスタには仲良くしてやってほしい。それから母さんにもお前らを紹介して……」
「おいッッッ!!!」
存在しない未来予想図をつらつらと述べるライナーを、エレンは大声で黙らせた。
「てめぇ……ふざけてんのか……?」
「は……? なんだよエレン。何にキレてんだ。俺が何か、おかしいこと言ったか……?」
ライナーは何がエレンの気に触ったのか分からず、ベルトルトとクリスタの顔を見た。
ベルトルトは見ていられないと言うふうに顔をそらし、クリスタは信じられないというふうに目を見開いている。
「殺されてぇなら──」
「待ってエレン。お願いだから怒鳴るのはやめてほしいかな……さっきから声が響いて頭が痛くて。多分、血を流しすぎたせいだと思うんだけど……」
そしてクリスタは、エレンの代わりにライナーに告げた。彼が目をそらし続けた現実を。
「ライナー……私たちがあなたの故郷に行ったとしても……そんな未来は来ないよ。だって──私たちは『敵』同士なんだよ? 行ったらすぐに、巨人の力だけ奪われて終わりだよ」
その言葉を聞いて、ライナーは硬直した。彼は何かを思い出したかのように震えだし、絞り出すように答えて座り込んだ。
「そう……だったな……」
エレンを除く二人は、そんなライナーの様子を見ていられなかった。
「何で被害者面してんだ……お前は。俺はお前らに話したよな……お前らが壁を壊したせいで、俺は故郷を失ったって。母さんは死ぬ寸前までいって、今も上手く歩けないって、親父も行方不明になったって話、したよな……? 親しい人たちも口減らしでたくさん死んだって話もよ……」
「なぁ、ベルトルト。お前もだよ。ずっと黙ってやがるけどなぁ……お前、俺の話を聞いて、どう思ってたんだ……?」
様子をおかしいライナーを放置し、ずっと膝を抱えていたベルトルトがやっとエレンを見た。だが目は合わない。彼はまるで、本に書かれた物語に対する感想を述べるかのように言った。
「あのときは、気の毒だと思ったよ」
エレンはその言葉が信じられなかった。ライナーは心を分裂させていて、ベルトルトはまるで他人事かのように捉えている。そんな二人の態度が。
(なんだそれ、俺たちに対して……たったそれだけしかないのか?)
エレンには分からない。ライナーとベルトルトが何でこんなことをしたのか。彼らの本心が一体なんなのか。
かつてエレンがなりたいと思ったライナーも、意外と頼れるヤツと思ったベルトルトも、もうそこにはいないのだ。
「ふざけんなよ。じゃあなんだ……お前らはずっと俺たちを虫けらみてぇに思ってたのか? 殺したところで気にもとめないような存在と、仲良く三年間訓練してたってことかよ? そして俺は! そんなお前らの演技に絆されて、まんまと騙されてたってことかよ!? 何か…他に言うことはねぇのかよ……ッ! あの三年間はなんだったんだよ! なぁライナー、ベルトルト! 聞いてんのか、この人殺しが!」
「ならお前はそんな人殺しに何を求めてんだよ。反省してほしいのか? 謝ってほしいのか? どっちにしろ、もうお前の知ってる俺たちはいない。わかったら黙ってろ……!」
「……ッ」
「……エレン、もう良いでしょ……お願いだから静かにして……」
クリスタはこめかみを揉みながら、エレンを座らせた。頭痛が酷いのだろうか、顔色の悪いクリスタを見てエレンは止まる。
そして彼は、項垂れながら涙とともに呟いた。
「それが、お前らの本音なのか? 違うだろ……あいつは言ってたよ。俺たちがもっと早く出会っていればって……お前らも、そう思ってたんじゃなんねぇのかよ……?」
「あいつ? あいつって誰だ?」
「まさか、アニ──」
ベルトルトがその人物の名を呟き立ち上がったとき、林の向こうから煙が上がった。
ライナーたちを追って、調査兵団たちがすぐそばまで来ているのだ。
「……日が沈むまで待つつもりだったが、もう行かねぇとだな」
「ライナー……今の君はどっちだ?」
「安心しろ……なんて口が裂けても言えねぇが、今は戦士だ。どのみち、もう兵士にはなれねぇだろ」
「それもそうか……一応、僕がクリスタを運ぼう。君が土壇場に兵士になったら嫌だからね」
「そうか……おい、エレン。暴れたら二人揃って地面と熱烈なハグをすることになるからな。抵抗するなよ」
ライナーに大人しく拘束されるエレン。
(クソが……ライナー。この傷が治ったら絶対、お前のその鎧みてぇな口を割らせてやる……!)
だが、内心はやはりいつものエレンであった。
「クリスタ、悪いけどキツく縛らせてもらうよ」
「……なるべく揺らさないでね。多分吐いちゃうから……」
「……善処しよう」
一方、ベルトルトはクリスタを選んだことを少し後悔した。
エレンの闇落ちフラグを順当に潰していったので原作よりちょい甘めになってます。
良ければ感想評価お待ちしてます。