【16】
ウォールマリア奪還作戦と称し、人口の二割にあたる25万人もの非戦闘員を巨人の支配領域に送り込んだ作戦は、わずか200名ほどの帰還者を残して全滅した。
トロスト区市街にて親族の帰りを待ちわびていた者たちが得られたのはその言葉だけで、遺品がわずかでも戻ってこれた者は幸運である。そしてアルミンは不幸にも幸運な側だった。
祖父の帽子を握りしめ泣くアルミンをエレンは言った。
「全部巨人のせいだ。あいつらさえ叩き潰せば、俺たちの居場所だって取り戻せる。アルミン……俺は来年、訓練兵に志願する。巨人と戦う力をつける……ッ!」
そう決意を顕にするエレンと同じく、ミカサ、アルミンもまた訓練兵になることを決意する。
一方、クリスタはその三人の様子を黙って側で見つめていた。エレンたちとは親しくなったがクリスタは新参者だ。彼女は幼馴染三人の過去を知らない。
安全な内地から抜け出してきただけの己が、巨人に蹂躙された故郷のことを聞くのはばばかられたのだ。
結局クリスタはその瞬間に、彼らと決意を共にすることができなかった。
「ねぇ、聞いても良いかな。アルミンの家族ってどんな人だったの?」
開拓地に向かう馬車への帰り道、クリスタは思い切って聞いてみた。
「え? あぁ、そうだよね。クリスタは僕たちがシガンシナ区にいたときのこと、何も知らないんだった」
「ごめんなさい。言い辛いなら別に言わなくても……」
「いや、そうじゃないよ。せっかく仲良くなったのに、僕たち何も教えてこなかったなと思って」
「そういやそうだな。気にならなかったのか?」
エレンがそう問う。クリスタはその答えを言い淀んだが、アルミンが気を察して代弁してくれた。
「……いや聞けないでしょ普通。僕も初めてミカサと会ったとき、すごく気を使ったんだよ?」
「そうなの、アルミン?」
「当たり前だよ! 僕しか友達がいなかったエレンがいきなり女の子を連れてきて、開口一番『こいつ俺の家族になったから、アルミンも仲良くしてやってくれ』なんだもん。そりゃ気を使うよ……」
「そう……ありがとう」
「まぁ、その気遣いもミカサが僕より強いと知るまでだったけどね」
か弱い少女を守ろうといじめっ子に立ち向かった次の瞬間にはその少女によっていじめっ子がボコボコにされていた。あのときの記憶はアルミンにとって恥ずかしすぎて封印したいほどだ。
【17】
一同は歩くのを中断しトロスト区に流れる川沿いの階段に座り、自分の家族についてクリスタに語った。
「僕の両親は気球で壁の外に行ったきり、帰ってこなかった。だから、できることなら探しに行きたいんだ」
アルミンは壁の外への憧れを語った。
「私はお父さんとお母さんと田舎で暮らしていた。ある日、人攫いが家に入ってきてお父さんもお母さんも殺されて……エレンに助けてもらったの。これはその時に巻いてもらったマフラー。エレンから貰った、『私』のマフラー。ほら、よく見て」
「ち、近いよミカサ……もう分かったから」
「おいミカサ、クリスタが嫌がってんだろうが」
ミカサは家族との思い出を語った。そして次にエレンの番となった。
「──そしてあの日、壁が壊されたときに俺は故郷と母さんを置いたまま逃げ出したんだ。俺に、力があれば……ッ!」
エレンは握り拳を握り地面を殴った。
「あれ、でもエレンのお母さんは……」
「母さんは父さんとハンネスさんに助けられた。でも、俺が母さんを見捨てて逃げたことは確かだ……」
「それは違うエレン。あなたは見捨ててなんてない」
「そうだよ! それに、僕らがエレンのお父さんに託して、ハンネスさんを呼びに行ったからエレンのお母さんは助かったんだろ!」
「お前ら、ありがとな……」
「エレン、もしかして泣いてるの?」
「……泣いてねぇし!」
「大丈夫。エレンがおばさんのことが大好きなのはここにいるみんな知ってる」
「確かに、エレンって私がカルラさんのことを『ママ』って呼んだらすごく嫉妬するよね……」
「嫉妬じゃねぇよ!」
「避難所でカルラさんと再会したとき大泣きしてたよね」
「なんで知ってんだアルミン!?」
アルミンを追いかけるエレンを見てミカサとクリスタは笑った。エレンの顔は耳まで真っ赤に染まっている。
「そう言えば、エレンのお父さんはどうなったの?」
クリスタがそう聞くと、ミカサは言い辛そうに視線を下に向けた。
「分からない。おばさんは巨人に食われたと言っていたけれど、エレンは避難所で会ったとも言っている。鍵を託されたって……」
「──ちなみにそのエレンの父親の名前は何と言うのでしょうか?」
「名前……? イェーガー先生、は苗字だから。多分『グリシャ』が名前だったと思う。……クリスタ?」
「……え? ごめんなさい、聞いてなかった」
「……とにかく複雑だから、おばさんとエレンの前であまりおじさんの話はしないで欲しい。分かった?」
「う、うん。分かった」
そこでちょうど良く走り疲れたアルミンとエレンがやってきた。
「ひ、ひどいよ……ミカサ……エレンを止めるのは君の役目じゃないか……」
「お前ら……何二人だけ喋ってんだよ……」
二人の呼吸が落ち着くまでにしばらくかかった。
「んじゃ、次はお前の番だぞクリスタ」
「えっ私!?」
「当たり前だろ? 俺達だってお前のこと知りたいに決まってんだろうが。なぁ?」
エレンが目配せをすると二人とも頷いた。
「分かった、話すね。私はウォールローゼ北の牧場で育ったの。そこではお母さんとお姉ちゃんと暮らしてて……あれ? 少し違うかな……お母さんだけだったかも。でもお姉ちゃんとも頻繁に会ってた気がする」
「お姉ちゃんはとっても優しくてね。私に本を読んでくれたんだ。いつも持ってる本もお姉ちゃんがくれた思い出の本なの。逆にお母さんとは……ほとんど話したことないかな。一度抱きついたら投げ飛ばされちゃって……」
「ちょっと待ってクリスタ」
「どうしたんだよアルミン、まだ話の途中だぞ」
アルミンが話の腰を折ったことにエレンが文句を言う。
アルミンは常にクリスタについて疑問を持っていた。例えばそれは名前だ。クリスタは稀に呼びかけても反応しない事がある、そういうときはまるで他人が呼ばれているかのような表情で自分のことだと理解していなかった。
そして本の童話に登場する少女は『クリスタ』だ。彼女は名付けの由来になったと言っていたが、しかし本当にそうだろうか?
そして出自の話もそうだ。
「ウォールローゼ北の牧場出身って言ったよね。なら、クリスタは何で開拓地に来たの?」
開拓地は住む場所を追われた避難民が来る場所である。内地からわざわざ来るような場所ではない。
「それは……お母さんとお姉ちゃんがいなくなって、私も悪い子だからそこにはいられなくなったの。だからシャルに言われてここに来た」
「『シャル』って誰なの?」
シャルはクリスタが時々呟く名前であった。彼女が幽霊女と虐められる理由がそれである。アルミンはそれが想像上の友達だと思っていたが、クリスタをここに来るように指示したのだとしたらそれは実在する誰かなのだろうか。
「あ……う──ぐすっ……ひっぐ……」
自分の知的好奇心のまま真実を追い求めようとするアルミンだったが、結果として追い詰められたクリスタは泣いてしまった。
「おい、もう良いだろアルミン。クリスタにも言い辛いことくらいあるだろうが」
「あ、ご、ごめんクリスタ……」
「クリスタ、大丈夫? 必要なときには気を使えないアルミンでごめんなさい」
「ぐはっ……」
ミカサの鋭い一撃がアルミンの心に刺さった。
「うん……大丈夫。それに私、あまり覚えてなくて……」
「あぁ……ま、気にすんなよ。俺も記憶が曖昧になることくらいあるし」
「またエレンのお父さんの話?」
「まぁな……」
エレンは自身の記憶に思いを馳せる。
連絡船に乗ってウォールローゼに避難したエレンは確かにグリシャに会ったと思っており、そしてそれは鍵が証明している。だがその時の記憶は曖昧だった。
その後カルラに会って父親は食い殺されたと聞き、意見の食い違いで大喧嘩したのであるが……。
「ねぇ、三人とも。もし、私が良い子じゃなくなっても、友達でいてくれる……?」
「構わない。ただしあまりエレンにくっつかないこと」
「当たり前だろ? というかなんでミカサは俺を引き合いに出すんだよ……」
「そもそも別に良い子だから僕たちは友達になったわけではないからね」
その後三人はカルラにお使いを頼まれていたことを思い出し、慌てて用事を済ませ開拓地へと帰った。結局四人は帰りが遅くなったことが理由で、カルラの雷を回避することができなかった。
【原作との違い】
・アルミンの両親が気球で壁の外に向かった
アルミンの両親は中央憲兵から見過ごされました。個人制作の気球なら何処かで墜落するだろうと思われたからでしょう。そしてウォールマリア奪還のあと海を目指すアルミンが、血に汚れ朽ちた気球の残骸を海のすぐ側で見つける……って話思いついたんですけどどうですかね。美しい……これ以(以下略)。
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