1話 いのりの決意
―――北京市内ホテル
JGPファイナル女子シングルの部が終了した。ルクス東山チームのうち、瞳と洸平は先に帰り、いのりと司と美蜂は北京で2日ほど滞在することとなった。
夕食後のいのりの部屋で、司はいのりを労った。
「いのりさん。お疲れ様。どうだった? 感想は?」
「その、周りから見たら、すごく誇らしい成果だなってわかってますし。でも、いるかちゃんがいない中での成績だし、来年からは光ちゃんもジュニアに上がって来て、戦わなきゃならないしで……」
「……うんうん」
司は、いのりが何か言いたい事を隠している事に気が付いてはいた。が、まずは聞き手に回って、いのりから言葉を引き出す。
「だから、今回の大会では『自分がどう成長したいか、どんな選手になりたいか』が見えてきた事が、一番よかったな、と思える事なんです」
「……『偉い! 偉すぎるよ! いのりさん! 偉い子メダル5億枚……いかんいかん。抑えろ! 司!』
……いのりさんがなりたい選手になる事を助ける事が俺の務めで喜びだよ。何でも言ってみて」
「……」
言葉を出す事を躊躇ういのり。
「……まず、先生だったらどうしたらいいと思うか、聞かせてもらってから……とも思ったんですけれども。
わかってます。これは私が私の気持ちで『私が選ばないといけないこと』だって
少しずつ話しますから、間違ってる所があれば教えて下さい」
いのりの目が真剣だった。司もイマジナリー五里先生と共に、真剣に聞き手に回った。
「まず、私の課題はコレオシークエンスだと考えました。私はスケーティングが綺麗だと言われる選手になりたい。でも、振り付けの練習を増やしてもコレオシークエンスで点が伸びない。練習量はもう増やせないから、練習の仕方を変える必要がある。
だから、コレオシークエンスで点高くて、激しい表現じゃなく綺麗な方の表現だなぁと思う選手はどんな選手か見てみました。そしたら、光ちゃんとか、すずちゃんとか、亜子ちゃんとか……みんなみんな、専用リンク使える環境の子ばかりだなぁ、と、思って。私もリンクを広く使った練習が一番効果あるなぁ、って思ってて。……ここ、合ってますか?」
「うん。合ってるよ。続けて」
「私も専用リンクを使える環境で練習重ねたい。でも、名古屋はたくさんクラブがあって無理。そもそも、専用リンクがあるクラブなんて全国でもすごく少ない」
ここから少し、涙声混じりになった。
「……でも、前に、鵯くんが教えてくれたんです。東京の、スターフォックスFSCのライリー先生が、私に来て欲しいって思ってるって。しかも、司先生も気にいってるから、一緒に来ていいって……」
ここで、いのりはとうとう泣き出し、深々と頭を下げながら言った。
「私! もっと上手くなりたいから移籍したいです! スケートのためなら頑張れます! お母さんがいなくても、一人で寝ます! 学校もサボったりしません! 宿題も一人でやります! お片付けもちゃんとできます! 寮の友だちとも仲良くします! でも、でも、司先生がいないのだけは絶対イヤです!
先生だって、引っ越しなんてイヤかもしれないのはわかってます。でも、でもでも……
お願いです! 先生! 私と一緒にスターフォックスに来て下さい!」
ぶわっ!
「偉い! 偉すぎるよおおおおおおおお!」
司の号泣が響きわたった。いのりの方もドン引きだった。
「ごめん。俺もライリー先生に一緒に移籍しないかって言われてたけど、いのりさんや家族の選択が大事だから隠してて。でも、いのりさんが一人でこんな選択ができるなんて……いのりさんが偉すぎて、自分が恥ずかしい……」
「お話、それぐらいでよろしいですか?」
いつの間にか美蜂が入口近くに立っていた。個室に大人を呼ぶ際はドアを開けっ放しにする決まりなので、先の絶叫はホテル中に聞こえていた。
「警備員の方がご心配されています。お酒を飲んで騒ぐなと」
「飲んでません」
「なおさら悪いです」
「あの、美蜂さんにも係る大事な話が」
「全部聞こえてました。いのりさんも声大きすぎです。
男子やペアの皆さんにご迷惑の無いようお願いします」
いのりと司は真っ赤になってうなだれた。
―――司が放り出された後、いのりの部屋
「ご家族とのお電話どうでしたか?」
「うん。帰ったら瞳先生や司先生と一緒にお話ししてくれるって。あと、試合の結果、すごく喜んでくれた」
「そうですか。よかったですね」
「あの……。美蜂先生は……?」
「私の師匠筋にあたる方がスターフォックスの専属メディカルトレーナーをされてます。スターフォックスは女性比率がかなり高く、お話ししたところ、いのりさんの移籍が上手くいくようなら福岡パークFSCとスターフォックスでメディカルトレーナーのトレードをしようということになりました」
「……ありがとうございます!」
いのりは深々と頭を下げた。
「あとはご家族の方の方ですね。お話し、上手くいくといいですね」
「はい! ……あ、何か、安心したら眠く、なって、きて」
いのりはそのまま椅子に崩れ落ちるとスヤスヤ寝息を立てて眠ってしまった。
美蜂はいのりをベッドに寝かせて部屋を出た。
「今日は色々な事がありましたね。おやすみなさい。良い夢を」