―――スターフォックス近くのイタリアンチェーン店
休日朝練習の後、いのりと両親は萌栄の家族と食事をすることになった。普段出張ばかりの萌栄の父が久しぶりに帰って来る機会に、いのりに先日の4Sの指導のお礼をしたいという事だ。
萌栄の父の、パリっとしたスーツを着たガタイのいい日焼け肌の男が挨拶する。
「どうも、本日はこんなところにお呼びしてすいませんでした。萌栄の父の安馬蔵と申します。土木関係の仕事をしております。結束いのりさん、先日はどうも」
なぜか、いのりの母ののぞみに挨拶する安馬蔵
「どうも……あの、いのりはこちらで」
「……結束いのりです。初めまして」
安馬蔵は目をぱちくりさせた。
「……結束いのりさんって、選手のかただったんですか!?」
そこから認識のすり合わせが始まった。どうも、安馬蔵は萌栄から電話で話を聞いて『新しく来たいのりコーチと司コーチが、課業外まで頑張って萌栄に天才少女狼嵜光と同じ4Sを教えた』と思ってたらしい。
「だから、萌栄じゃなく、私から聞いて、って言ったじゃない」
他の皆と同じ普段着だが、サングラスを掛けたショートヘアの萌栄の母織子が文句を言う。
「それやと、いつまで経っても萌栄の言葉が良くならないだろ。すみません。結束さん。とんだ勘違いで」
「あはは! 父ちゃんドジ!」
萌栄が自分は何も悪くないと言わんばかりに笑う。
どうも、萌栄の言葉足らずには平新谷家も手を焼いているようだ。
「そっか。萌栄の教わったんはこの子の4Sなんだな。光ちゃんのじゃなくて」
萌栄は早く口で答える。
「あれな。光ちゃんのはヤバくてな。サルコウ、フォアクロスから入るの。
何で? ヤバいと思うでしょ?
でも、タノジャンプの4S見たら、あーっ! これや! このためや! ってわかるの!
だから、もういまさらマネとか絶対無理なの」
大人4人はフィギュアにかなり詳しい織子含め、キョトンとしてる。
「……わかる? いのり?」
「……えーと……」
いのりもしばらく考えてたが、やがて口を開いた。
「あ! わかった! 確かに光ちゃんすごいね!」
「でしょ!」
「……いのりちゃん。説明してくれない?」
のぞみが聞くと、いのりは説明を始めた。
「まず、サルコウって跳び方は、普通モホークかスリーターンから入るジャンプなんです。私や萌栄ちゃんはモホークからです。フォアクロスから入る人は珍しいと思います。
理由は、フォアクロスだとターンしてから跳ぶ時に、こう、身体が少し窮屈になるんです。
だから、サルコウを覚える時は、普通はモホークやスリーターンから入って1S、2S、3Sと跳ぶことを覚えます。3Sまでは普通にフィジカル鍛えれば跳べます。
次に、4S跳ぶ時になると、普通のフィジカルだと回転パワーが足りなくなります。だから、私や萌栄ちゃんは手を強く振ってその勢いでパワーを補って跳びます。
もし、次に私や萌栄ちゃんが『次は4Sでタノジャンプやって』って言われても無理です。タノジャンプは、こう、手を上に伸ばすジャンプなのですが、さっき手は回転パワーのために使ってしまいました。もう、回転パワーを出す引き出しがありません。
でも、光ちゃんはできます。さっき言った『フォアクロスからの窮屈な入り方』は、工夫すればその窮屈さの中に身体の捻りを貯めることができ、その捻りを使って足りない回転パワーを手なしで補うことができるんです。
つまり、『光ちゃんは最終的にタノジャンプの4Sを飛べるよう、あえて最初から不利なフォアクロスからの入り方でサルコウを学んでる』ということを萌栄ちゃんは言ってるんですよ。
すごい! 萌栄ちゃん名推理!」
「えへへ……」
いのりに褒められて照れる萌栄だが、大人たちはむしろいのりの方に感心した。
「すごいなぁ、いのりさん。学校の成績良いやろ?」
「いえいえ! 逆です! 全然ダメです!」
いのりのそれが謙遜ではないことを、隣に座るのぞみの表情が如実に示していた。
安馬蔵は続けた。
「いや。この子は将来伸びますよ。論理建てというか、言葉にする能力が高い。記憶力がメインの小中での成績はまだかもしれませんが、高校大学で伸びますよ」
「えへへ……」
「だからって、今勉強しなかったらダメだからな」
照れるいのりを父がたしなめた。ここで、いのりが補足した。
「でも、すごいのは私の司先生なんです! ハーネスって道具を使いこなして、みんなの課題ジャンプをじゃんじゃん克服させちゃってるんです!」
「ははあ、それでは、かの天才少女の狼嵜ちゃんも、司先生からジャンプ教わったんですか? そのうち、みんな4回転とかいけるようになるもんなんですか?」
安馬蔵の誤解を織子が訂正する。
「あなた。光ちゃん来たのは司先生より前よ。それに……」
ここで萌栄が不思議感覚満載で口を挟む。
「そうなの! それに光ちゃんのジャンプはヤバいだけやなく、アカンが混じってるの。4Lzとか、ライリー先生の4Fの次くらいアカンの。4Sとか、4Tはそんなアカンでなくて、男子ならワンチャンだけど、萌栄はヤバくなくなってもマネしたくないの。いのりちゃんもマネしたらアカンよ!」
あまりに意味不明な説明に、大人が皆いのりの翻訳を期待するが、いのりはひきつった表情で、手を横に振る。
「フィジカルやジャンプテクニックが足りないという事だと思います……」
博信が話を戻そうとした。
「でも、そうすると、光ちゃんの指導者も素晴らしい方なんですね。フォアクロスからサルコウ、というのを跳ばれる方がスターフォックスにおられるのですか?」
「そんな人いないよー」
萌栄の答えを織子が補足する。
「フォアクロスからのサルコウ、って国内ではあの有名な夜鷹純元選手くらいしか思いつかないね。あのヒト、今何やってんのかね? 全然メディアに出てないけど」
「ははは! ひょっとして狼嵜光ちゃんの秘密コーチとかしてたりしてな!」
安馬蔵の冗談に、いのりは野菜ジュースを盛大に吹き出した。