結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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100話 光の大激怒

―――スターフォックス、マネージャールーム

 

「入ります」「どうぞ」

 光がライリーの待つマネージャールームに入ってきた。

 

「夜鷹さんの件ですよね?」

 光が確認した。

「そう。ノルウェーに来てて、ちょっとだけ話せたわ。

 あと、アイチグループの藤原さんとも話せて、夜鷹さんの近況についてもお話しできた。詳しくは教えてもらえなかったけど、やっぱり何かお仕事してるみたい」

 

 光はホッとした顔をして、次いで嬉しそうに報告した。

「そうですか……実は、ショートの前に夜鷹さんからメッセージが届いて」

 ライリーも笑みがこぼれた。どうやら、藤原さんからすぐ連絡するよう勧めてくれたんだろう。

「あら、そうなの? 良かったわね。何て言ってた?」

「第3戦、すごく良かったって。その調子だって」

 光も笑顔が溢れていた。

「夜鷹さんのおかげです、って返したんですが、返事はありませんでした……」

 

 そこですこし寂しそうな顔になった光であったが、すぐ笑顔を戻して熱を入れて語り始めた。

「でも、本当に夜鷹さんのおかげなんです。夜鷹さんが『自分の衝動を見つけなさい』って、言ってくれたから……」

 

 第3戦前、自分のスケートへの衝動は群れへの渇望であると気づいた。それをすぐプログラムに取り込めたのは司の力によるところが大きいが、光は夜鷹のおかげだと思っている。

 

 夜鷹の事を熱く語る光の様子を見はからい、ライリーは口を開いた。

「あのね。シーズン後に夜鷹さんや慎一郎先生も一緒に話しようって事になってるの」

「本当ですか!? 良かった……」

 ライリーはできるだけ感情を抑えて続けた。夜鷹澄のこともその時に話すことになるだろうから。

「……ちょっと色々立て込んだ話もあるから、シーズンの後にね。でも、心配するような話じゃないから、とりあえずは安心して競技に集中してね」

「はい!」

 光の元気な返事に、ライリーは少し心を痛めた。夜鷹澄――光の母親――がどこにいるかも、そもそも生きているかもわからないことを含めて話さなければならないからだ。

 

 さて、もう一つの方の話も厄介だ。

「あと、もう一つ話があるの。これは、試合後にいのりちゃんがすずちゃんから聞き取った話なんだけど……」

「いのりちゃんが? 何ですか?」

 不思議な顔をして聞き返す光に、ライリーは声を落として言った。

「すずちゃん。どうも4S仕込んでるみたいなの」

 

「……なるほど。厄介ですね」

 光の顔は一瞬にして険しいものとなった。

「いのりちゃんが聞いたってだけで、本当かは分からないけど……」

 ライリーはそう補足したが、光は思案顔のまま分析した。

「いえ。すずちゃんがいのりちゃんにハッタリでそんな事言うわけないでしょうから、成功率はともかく跳べるんでしょう。

 そうすると、全ジュニに向けての戦略も練り直しですか?」

 

 光の指摘にライリーは気まずい表情をした。

「それはちょっと、まだ司先生とかとも相談できてないの。方針固まってからの話ね。できるだけ早く決めたいけれど……」

「わかりました。心の準備だけしておきます」

 光は神妙な顔でマネージャールームを去った。

 

「……問題はコレもよね」

 光が去った後、ライリーは光のパーソナルファイルを睨んで、一段と険しい顔をした。

 

―――トレーニングルーム

 

「ひ、光ちゃん。ちょっといい?」

 いのりはおずおずと光に話しかけた。

 

 いのりの方はいのりの方で、ノルウェー戦前に光とギクシャクしてた事を気にしていた。

 光がクラブの皆に「夜鷹純の隣にいる人誰?」とかいう話をした際には、面倒くさくて「なんかのCMに出てた」とか口からでまかせを言ってしまった。偶然合ってて、蕨コーチが気づいてくれたから良かったが……

 だから、ノルウェー戦が終わって少し落ち着いたことだし、光が気にしている夜鷹純の近況は教えてあげなきゃと思ってた。

「実は(こしょこしょ)夜鷹さんのことなんだけど、ちょっとナイショ話があって……」

「! わかった。じゃ、スタッフブースで教えて」

「うん!」

 

 そう言って、2人がスタッフブースに入ろうとした時だった。

 亜子はイヤな予感がして、用心のために立ち会っておこうと思い、2人に話しかけた。この2人はノルウェー戦の前ちょっとギクシャクしていたので、2人きりにするのは不安だったのだ。

「2人でお話し? 私が聞いちゃダメな話なら別にいいんだけど、私もいちゃダメかな?」

「そ、それはちょっと……」

 いのりは露骨に申し訳なさそうな顔をしたが、光は快諾した。

「いいよ! ……いのりちゃん。亜子ちゃんも夜鷹さんのこと知ってるから」

 

 光にそう言われて、いのりは仕方なさそうに言った。

「そうなんだ……。わかった。でも亜子ちゃん。これ本当に秘密の話だからね。ライリー先生にも言ってないから」

 念押しするいのりに亜子は答えた。

「大丈夫よ。私、お母さんと違って口は固いから」

 

―――スタッフブースC

 

「夜鷹さんの話、ってどんな話? ライリー先生は『仕事をしてるみたい』って言ってたけど」

 光が聞くと、いのりは良いニュースだと言わんばかりに笑顔で話し始めた。

「うん。そうだね。夜鷹さん、蓮華茶でコーチやってるみたいだよ。

 上桐さんとか、すずちゃんとか、ジャンプ教えてもらってるみたい。

 でも、光ちゃんの時と同じように秘密でやってるみたいなんだ。だから、亜子ちゃんも他の人にはナイショね」

 

「え?」

 光は凍りついた。

「え? え? 何で? 理解できない……」

 動揺して視線をあちこち彷徨わせ、自分の前髪を掴み、やがてスタッフブースの外にも響く声で怒りを振るわせた。

「何ですってぇぇぇ!!」

 

「あわわ……光ちゃん、何で怒ってるの?」

 光の激昂ぶりにいのりは慌てた。

 夜鷹純がどこで何しているか心配しているようだったから、教えてあげたら光が喜び安心すると思って話したのだ。

 もちろん、いのりだって司が光も担当している事に少し嫉妬したりした事もある。自分の現コーチが自分より他の生徒を優先したらちょっとイヤだというのはわからなくもない。

 しかし、元コーチが他の子を教えているというだけでここまで取り乱すのはわけがわからない。

 有能なコーチは何人もの優秀な生徒を指導するのが当たり前で、それはコーチにとって誇らしいことであり、選手も『見なよ、俺の司を』とドヤって一緒に喜んであげるべきものだと思っている。

 光と夜鷹の契約や特別な師弟関係なんて知らないし、別れの経緯も知らない。単に光が移籍したからコーチから外れただけと思っていた。

 

 しかし、光にとっては許せなかった。許せるわけがなかった。

 コーチでさえなかったら何でもよかった。祝福できた。

 CM出演だろうと、プロスケーター転向だろうと、アイスダンスで現役復帰だろうと。

 いや、そんな立派なものでなくても。例え閉じこもった部屋で対戦格闘ゲームの6作目にハマって、ロクな返し技も持たないバレエ柔道女キャラに対し、元ボススペック強キャラを使ってサイコな起き攻めかけまくって悦に入っているだけの毎日を送っていたとしても。

 

 コーチでさえなければ、何か活動してくれているだけで嬉しいと感じられただろう。

 しかし、コーチをしているというのだけはダメだった。許せなかった。受け入れられなかった。

 そんなふうに普通にコーチをすることができるなら、自分との約8年間は何だったの? なんで自分へのコーチを続けなかったの? なんで隠れてすずちゃんのコーチをしてるの!? コーチはキスクラの飾りとかのたまってたのは何?

 

 これでも、夜鷹純の指導を受けてきて、ノービス4連、ジュニア推薦2連覇を果たした。出る大会で全部金メダルを取ってみせた。自分にしかできないことだったという自負もある。

 それは師匠である夜鷹純の力であったが、その教えを体現できる特殊な才能を持ったのは自分だけだったと思っている。だから、夜鷹純の教えを受ける資格もあったし、「出る大会では金メダル」「曲かけでは転倒しない」という厳しい掟も守ってこれた。学校生活等いろいろなものを犠牲にしてきた。

 

 指導を辞めて去っていったことも、夜鷹純はコーチという役割を認められなかったから、私が自分のスケート、自分の衝動に向けて歩き出せるまで付き合ってくれていただけだったんだ、本来誰の指導もするつもりはなかった人だから仕方ないんだと思ってた。

 

 夜鷹純は狼嵜光にとって特別な存在だった。仕方ない理由でコーチを辞め、自分の側を離れたと思っていた。しかし、その『仕方ない理由』をちゃぶ台返しされたように感じた。

 さらに、行方不明とか心配してた分、怒りも倍化した。

 

「うん。そういうことね。そういう事なんだ」

 光はキレた。

「これは夜鷹の教え子に与えられた試練という事ですね。元師匠が送り出す刺客を全て倒さないといけないという事ですね。わかりましたよ! 夜鷹さん!」

 

 そして、そんな勝手な解釈と理不尽な怒りの矛先は鹿本すずとなった。

「あのシルバーコレクターめ……! 全ジュニの表彰台の2段目に埋めて二度と出てこれないようにしてやる! ……あ、ごめん! いのりちゃんいるし、すずちゃんは3段目に埋めようよ! いのりちゃん!」

 そんな事を言われてもいのりだって困る。

「え!? え!? 頑張って勝とうとかそういう意味?」

 

 亜子は呆れた顔で光の暴走をおさめようとした。

「どうどう……光ちゃん。別に私のことは数に入れるの忘れててくれてもいいけどさ。少し落ち着いた方が良くない?」

 その亜子の言葉に、ようやく光は10%ほど落ち着いた。少なくとも自分の憤りについては、いのりや亜子は無関係という事ぐらいは思い至ったようだ。

 

「そうね! 行ってくる!」

 光は火がついたようにスタッフブースを飛び出していった。とても落ち着いたようには見えなかった。

 

「……亜子ちゃん。私、何か悪いことしちゃった?」

 怯えた顔のいのりを亜子はため息まじりに慰めた。

「はぁ……いのりちゃんは悪くないよ。たぶん、すずちゃんも」

 

―――マネージャールーム

 

 光はノックもせずマネージャールームに飛び込んで言った。

「ライリー先生! 4T解禁して下さい! すずちゃん倒します!」

 

 ライリーは食べていたカップラーメン辛味噌味を鼻から盛大に吹き出した。

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