結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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101話 骨肉相食

―――マネージャールーム

 

 すぐに司や美蜂までマネージャールームに呼ばれて大騒ぎとなった。一体何があって狼嵜光はこんなに怒り狂ってるのかという事になった。

 最初は光はナイショという約束を守り、理由を語ろうとはしなかったのだが、『直前何があった?』『亜子ちゃん、いのりちゃんとスタッフブースで話してた』とわかり、いのりと亜子までマネージャールームに呼ばれると、もう、光も理由を話すしかなくなった。

「夜鷹さんが、すずちゃんのコーチをしてるって……」

 

 それを聞いて、司とライリーの目が点になった。

「そ、それは意外ね。……なるほど、それで負けたくないと」

 ライリーの確認に光はうなづいた。

「はい。すずちゃんが4Tを2本跳んでも、ノルウェー戦の点数までなら何とか追いつける可能性あります。が、4Sまで跳ばれてノーミスやられたら、現構成ではもう逆転は不可能です。私も対抗して4回転を入れる必要があります」

 

 光のはっきりとした主張に、ライリーは目を伏せ、考え込んだ。

 悩む様子のライリーに、美蜂が「いのりさんたち、下がらせましょうか?」と聞いてきたが、ライリーは顔に手を当てたまま、もう一方の手のひらを突き出してそれを止めた。

 

 ライリーは少し時間をおいたのち、決意して顔を上げると口を開いた。

「もう、話した方がいい事だし、相談するようにした方がいい事だから、いのりちゃんや亜子ちゃんもそのままで。

 司先生にもまだ詳しくは教えてませんでしたね。

 では、高難度ジャンプの運用についての当クラブの方針から話をしますか……」

 

 ライリーは話の前に少し長い前置きをした。

「今からする話は、クラブのみんなの前ではしません。皆でまとめて話すと、大丈夫な子が不安になったり、数値だけで判断してしまう子、検査を怖がるようになってしまう子も出るからです。あなたたちが自分を律することができるトップ選手だから話せる事です」

 光はもちろん、亜子やいのりも息を呑む。

 

「まず、当クラブでは基本的に生徒に食事指導はしても食事制限はしません。これは、身体を作る上でクラブが食事制限をすると、どうしても『食べる事が嫌になってしまう子』ができてしまうからです。自分で食べるものや食べる量を選択できる事、選ぶ力を養う事はフィギュアスケートより大事な事です」

 全員が神妙にうなづく。

 

 ライリーは続けた。

「次に、当クラブでは、生徒のチャレンジを応援します。積極的なチャレンジはフィギュアだけではなく、人生において必要だからです。だから、高難度ジャンプも積極的に勧めています。

 しかし、これらの方針にも例外があります。それは『危険』が伴う場合です」

 『危険』……剣呑な言葉に皆、真剣な表情になる。

 

「何を以て危険と判断するかはケースバイケースで、急激な体重の増減、技自体の危険度、本人の技量、その他、身体測定や検診の結果などが判断材料ですが……

 光ちゃんには昨シーズン末から4回転を封印してもらっていますが、理由の一つは各4回転ジャンプのフォームが悪く、腰の故障のリスクがある事。これはわかってますよね?」

 これに光は抗弁する。

「はい。ですが、4Lzと違い、4Tとかは大丈夫かとも思うんですが……」

 

 対して、ライリーは光に問いかける。

「もう一つは、身体の問題です。光ちゃんは心当たりある?」

「骨量、でしたっけ? こないだの検査が良くなかったような……」

 スターフォックスでは、超音波での簡易骨量測定を月1回実施している他、DXA検査と呼ばれるX線による検査を半年か1年に1回、必要な時だけ前倒しで実施している。

 

「そう。光ちゃんの骨量は、移籍当初からあまり良くありませんでした。スターフォックスでは主に骨量をZスコア、同年代平均との比較スコアで見ますが、移籍当初でマイナス1.5。病的として食事指導に入る一歩手前でした。

 しかし、昨シーズン終了を機に改善傾向が見られ、この夏には急回復。簡易測定では一時期平均近くまで上がっていたので、その時には封印一部解除しようかなんて話もしましたが……」

 

 ここで美蜂が説明を引き継ぐ。

「グランプリシリーズが始まるとまた急激に落ち、今月のDXA検査ではまたマイナス1.5まで落ちていました。『食生活等で何か変わった事は?』と、本人にも確認しましたが……」

 これには光も表情を曇らせる。

「……試合が近くなり、練習量も増やしていたことくらいしか心当たりありません」

 

「こればかりは本当にわからないの。体質とかどうしようもない理由かもしれない。増減あるものだし、簡易検査だと誤差も大きいし、DXAでも『病的』な水準でなければそのまま練習もしてもらっている。

 けれど、この『病的一歩手前』状態での4回転ジャンプ運用再開は『危険』と考える。それが封印解除できないもう一つの理由」

 ライリーは、最後は厳しく、しっかりと言った。

 

 光もこれにはうなづくしかなかった。

「わかりました。

 美蜂さんから骨量の件は聞いていて、食事に気をつけたり、サプリメントも最近始めたりしてるんですけど……」

「食事もサプリメントもすぐに効果が現れるものではありません。骨量の数値だけに一喜一憂するのではなく、気長に対策しましょう」

「はい」

 美蜂の言葉に、光は仕方ないかといった表情をつくった。

 

「もしかして、神楽ちゃんや繭香ちゃんが3Aとか教えてもらえないのも……」

 光の問いにライリーが答える。

「そうだね。カグもマユも骨量低空飛行中だね。2人とも長いよ。

 色々対策してるんだけど、2人とも食が細いから」

 

「わ、私は4S跳んでて大丈夫ですか!?」

 いのりがたまらず、自分は大丈夫か聞きだす。

「いのりん? いのりんは今の所全然大丈夫よ。

 移籍当初の検査の内容も良くて、骨量も平均よりちょっと上だったわよね。でも、背の伸び方が急すぎたからサプリメントも勧めたよね」

「あ、はい。低脂肪乳に溶かしたプロテイン? 最近は鉄分のも溶かして補食で飲んでます」

 いのりの返事に美蜂が補足する。

「背が急激に伸びる子は骨量が落ちる事多いけど、いのりさんは逆に増やせてますね。まだ背が伸び続けてるので油断は禁物ですが、先日のDXA検査の数値では萌栄ちゃんの次くらいにいいです。でも、不安になったらいつでも気軽に私に相談して下さい」

「よかった……」「いのりさん。偉いね」

 いのりも司も胸を撫で下ろす。

 

「クラブで一番数値いい子って誰ですか?」

 光の質問に亜子が小さく手を挙げる。光も「ああ、なるほど」といった顔になった。

 亜子は、自分と母親の選手時代のスポンサーが森久乳業である影響もあり、幼い時から乳製品好き。補食にもチーズやヨーグルトをよく食べている。

 

「私も勧められたとおり、牛乳は飲むようにしてましたが……」

 不満そうに視線を落とす光を美蜂が慰めた。

「急に落ちたのは別に理由があるのでしょうが、焦ることはありません。一時的なものかもしれませんし。

 ただ、練習制限こそまだ不要ですが、さすがに4回転封印解除までは、メディカルトレーナーとして勧められません。

 全ジュニには間に合わないでしょうが、気長に対策をしましょう」

「はい」

 

 ここからは皆で情報交換を進め、光のための骨量対策相談会が始まった。

「やっぱり牛乳よね。中学上がって給食なくなると、牛乳飲む量減って骨量落とす子、ものすごく多いよ」

「私の使ってるサプリメントは……」

「練習中の補食用の冷蔵庫も使ったら?」

「萌栄ちゃんとかはどうしてるの?」

 

―――数日後、夜練のリンクサイド

 

 全ジュニに向けて皆が練習しているリンクの横で、ライリーは美蜂に確認した。

「あれから、ぴかるん何か始めました?」

「ええ。とりあえず、乳製品やサプリメント取る機会増やして、あと……萌栄ちゃんのマネも」

「萌栄ちゃんの!?」

 ライリーは目を丸くした。

 

 そこに、選手の父兄が差し入れを持ってきた。今日は珍しく萌栄の父の安馬蔵からの差し入れだった。

「選手の皆さん。差し入れです。召し上がってください」

「……わあ、ありがとうございます」

 選手たちは口先だけの礼を言った。差し入れが隣のらららぽーとの鶏料理店『鶏山政』の鶏手羽揚げだったからだ。

 

 揚げものは人気が無い。司手作りのきな粉菓子の次くらいに人気が無い。練習の合間とは言えやはり遅い時間であり、油分の多い補食は脂肪になってしまうと手をつけない子が多い。

 「また、萌栄ちゃん以外食べないかな」と思われたが……

 

「いただきます」

 光が近寄って手羽揚げを手に取る。

 ばり、ばり

 

「!?」

 異音に気づいた他の選手が見ると、光は手羽揚げを骨の両端の軟骨まで食べていた。さらに……

 ばりっ、じゅ、じゅ、……

 骨を噛み割り、中の骨髄を啜り出した。

 

 なかなかホラーな間食風景が広がっているところに、萌栄がやってきた。

「あー。光ちゃん。光ちゃんも骨の中身好きなんや」

 そう言うと、自分もバリバリと手羽揚げを食べ、骨髄を啜りだした。

 光も食べながら返事をする。

「ええ……なんか最近、骨髄食べるのにハマっちゃって」

 ばり、ばり、じゅ、じゅ……ばり、ばり

 

 2人の補食が終わった後には、割れた骨の破片しか残ってなかった。その光景を見ていたライリーは少しショックを受けていた。

 ライリーと美蜂は怖いものを見てしまったかのような表情で口を開けた。

「萌栄ちゃんがあの食べ方するのは知ってましたが……」

「寮の食事でも小魚は頭まで、骨は骨髄まで食べるようになったようです」

「何故、よりによって萌栄ちゃんのマネを……」

 

 理由は光本人にもわからない。

 いのりは管理がうまくいったパターン。亜子は元からの優等生パターン。対して、萌栄は野生児パターンだが、狼の気性を有する光には萌栄のやり方が合ったようだ。

 

「栄養的には意外に合理的ですけどね。豊富なカルシウム以外にリンやマグネシウム等々もたくさん摂れますし。

 これが効くなら一安心ですかね」

 美蜂はそう言って、クスリと笑った。

 

 だが、ライリーは安心していなかった。なぜなら……

「ぴかるん、骨量改善始めたんだね」

 ライリーが聞くと、光は笑顔をつくって答えた。

「ええ。4T跳ぶのは骨量良くなってからにしようかと」

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