結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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102話 夜鷹のループと司

―――多目的室

 

「ほら、ここだよ。この跳び方。柄後選手もだよね?」

 いのりが一時停止した画面を指差して指摘すると、光や亜子、萌栄、朱蒴、ライリー、胡荒コーチが「おお!」「なるほど!」「すごい!」と、口々に声を上げる。

 

 そこに司が入って来て、尋ねた。

「何してるの?」

「あ、司先生。今、すずちゃんとか、上桐さんとか、蓮華茶の選手のジャンプ見てたんです」

 いのりの答えを光が補足する。

「こないだ、夜鷹さんがすずちゃんのコーチしてる、って、いのりちゃん見抜いたじゃないですか。

 京都に夜鷹さんいるかもしれない、って前情報あったにせよ、なんで気付いたのかって話になって」

 

 ちなみに、先日の光のマネージャールーム突入事案のせいで、『夜鷹純は狼嵜光の指導をしたことがあり、今は鹿本すずの指導をしているらしい』と、公然の秘密となっている。というか、胡荒コーチの耳に入っている以上、全ジュニの頃には日本中の知るところとなるだろう。

 

「へえ。何でわかったの?」

「ループです」

 司の問いに、いのりが得意気に胸を反らせる。

「夜鷹さんのループは特徴があるんです。夜鷹コーチに習った光ちゃんにも同じ癖があるんですが、見ててください……

 まず、一番わかりやすいのはここ。空中で、肩が閉じ切ってないんです」

 画面の中の柄後選手は回転の中でも胸の向きが残っていた。

「普通は回転軸を小さくしようとしてぎゅっと締めすぎてしまいますね。ジャンプにはあまり影響しませんが」

 胡荒コーチが首を捻りつつ解説する。

 

「次はここ。手が拳じゃなくて、バレエの手です」

 亜子がいのりの示した手の形をまじまじと見つめて言った。

「握りきらず、空間残した感じね。印象重視かしら? 普通は拳よね。

 手の形はすずちゃん、上桐さん、柄後君で微妙に違うみたいだけど」

 

 いよいよ、いのりは鼻高々になって画面を止めた。

「最後はここです。コマ送りしますよ」

 踏み切る直前、左手首が合図のように一瞬ひるがえった。

 間違い探しのスペシャリストの萌栄も、これは見抜けなかったようだ。

「一瞬やね。何かの合図? 何かのキモになるような動きとは違うね」

 

「……よく気付いたね。確かにそうだ。1つくらいならともかく、3つもの癖を複数人が同時に、というのは偶然では考えられないね。よく気付いたね」

 司は感心したような声をつくった。

 

「なんでループだけ夜鷹コーチの真似を始めたんでしょうか?

 すずちゃんも上桐さんも柄後君も、他のジャンプは別に変わってませんよね?」

 朱蒴の疑問に司が答える。

「……これは、本来不要な動きだが、逆に言えば既存の動きに入れても問題ない後付けアレンジだからだね。ループ以外のジャンプでこんな色々後付けアレンジ入れると、ジャンプ自体が破綻しかねない」

「そうなんですか。じゃあ、これは夜鷹選手がワザと入れて、意図的に広めたアレンジってことですね。なるほど」

「……そうなるね」

 司の返事はなぜか数秒遅れた。

 

 光が動画を確認しながら呟く。

「蓮華茶の選手みんなにこのループのアレンジ入ってるわけではないですね。絃ちゃんとかは入ってない。ループもいつもどおり。指導してないから第1戦も見に来てくれなかった、と分かりますね。

 JGPに出てるのは柄後君とすずちゃんで、2戦、4戦、7戦が夜鷹さん来てる。うん、合ってる。

 ……というか、ループジャンプって普通は誰のジャンプでも同じように見える、個人差あまり無いジャンプですよね。

 私のクセも夜鷹さんから無意識に真似ちゃったようですし……司先生!? どうしたんですか?」

 

 司が青い顔をして、うずくまっている。

「ちょっと……気分が悪くなって。外の空気を吸って来ます……」

 少し間を置いてゆっくり立ち上がった司は、よろよろと部屋を出て行った。

 

「……胡荒コーチ、あと分析よろしく。ちょっと行ってくる」

 ライリーも司を追って部屋を出て行った。

 

「司先生、どうしちゃったんでしょうか?」

 心配そうないのりに、胡荒コーチが言った。

「ライリー先生が行ってくれているから大丈夫よ。

 あのね、いのりちゃん。もう一つ聞きたい事があるの。あのね……」

 

―――

 

「はぁ……はぁ……」

 小雨の降る裏口脇のベンチで呼吸を整えている司に、ライリーは話しかけた。

「司先生。どうかされました?」

 

 司はベンチに座ったまま、うなだれて答えた。

「……ちょっと、昔のことを思い出してしまいまして」

 ただごとではなさそうな司の様子に、ライリーは司の隣に座り、話すことを促した。

「そういう事は、話して楽になった方がいいですよ」

「はい……」

 

 司は、ぽつぽつと語り出した。

「俺が、若い頃フィギュアスケートに憧れながらも習う機会を得られなかった話はしましたよね? その、独学で夜鷹さんを見様見真似しながら、何とか上手くなろうともがいていた時です。

 スケーティングだけじゃなく、ジャンプも真似ようとしました。図書館で借りたレッスン本も参考にして、トゥーループとサルコウは何とか跳ぶことができました。

 でも、ループからはどうしても跳べなかった……」

 

 ライリーもうなづく。

「トゥーループはトゥをつく、サルコウは脚を振り上げるという見てわかりやすい仕組みで跳べますが、ループの『離氷する前には回転が始まっている』身体の内部の感覚は、指導者に教えられなければまず掴めないですね。独学だとアクセルと同等に習得困難なジャンプです」

 

 司は辛そうに続けた。

「レッスン本には踏み切れと書いてありましたが、離氷と回転のつながりがどうしてもわからなかった。だから、夜鷹さんのジャンプを見て真似ようとした。肩の開き、手の握り、そして、左手を返すタイミング……

 真似しても跳べなかった。手や肩の形は力の入りすぎ防止か? 左手はタイミングを測っているのか? 自分がちゃんと真似られてないからだと思い、何度も同じ失敗を繰り返しました。

 やがて、同好会に入る頃にはジャンプは跳べないものだと諦めてしまっていました。

 何年も後、匠先生に教わるまで気づかずに……」

 

 ライリーは無言でうなづく。

 肩の開きや手の握りは回転の表情を作るため。手の返しは跳ぶ合図というより、ただのアクセントだ。

 

「あれは、ループジャンプにだけ夜鷹が残した『意味のない美』だったんです。地味なループジャンプだからこそ、夜鷹純は何か飾りをつけようとした。あの頃の俺はそれに気付かず、何度も、何度も……」

 司のまなじりから、一筋涙がこぼれ落ちた。

 

 ライリーは、その涙が地面に落ちる前に、裏拳で司の胸板に叩きこみ返した。

「ごふっ!? げほげほっ!」

 咳き込む司にライリーは叱責した。

「胸を張りなさい。明浦路司。

 自分の過去の失敗や遠回りは指導者の勲章です。

 あなたが選手やプロスケーターなら鍛錬すべき時間を無駄にしたと嘆いてもいい。しかし、指導者として私の下で働いている以上、それは許しません。過去の自分の失敗を嘆く暇があったら、選手の将来の失敗を減らす糧にしなさい」

 

「……ごほっ。キツいお言葉ですね」

 苦笑する司にライリーはおどけて返す。

「全ジュニも近いですし、『有能な』コーチをつまらないことでサボらせておくわけにはいかないので」

「……ははっ。ありがとうございます。聞いてもらってスッキリしました」

 司も礼を言い、立ち上がった。いのりや光のためにも、こんなつまらないことで立ち止まっている時間はない。

 

 ライリーは分析を続けた。

「夜鷹さんが蓮華茶に来た時期もハッキリしましたね。上桐選手がこちらに慰留相談でうちに来た時にはまだあのループの癖はありませんでした。そもそも、既に夜鷹さんが指導を始めてたなら、上桐選手の慰留相談でうちを頼る事はなかったでしょう。

 対して、大阪でのジュニア強化合宿の時には、鹿本すずのループには既に夜鷹の『サイン』があった。つまり、選考会の後、ジュニア強化合宿の前、ですね。

 ああ、こっちもだ……」

 ライリーはスマホを確認した。

「いのりちゃんが見つけてきた、夜鷹さんが京都の甘味処で撮られた写真。夜鷹さんの向かいのこの後ろ姿の人、この髪、蛇崩さんです」

 

「間違いないですね」

 司も確認して、指導の様子を想像した。

「夜鷹さんが1人でコーチができるとは思えない。しかし、蛇崩さんが選手との間に立って、意思疎通を補えばあるいは……」

 ライリーもうなづく。

「ふむ。想像できますね。あの人、そういう苦労人ポジション似合ってますから。

 さて、そろそろ戻りますか。胡荒コーチに確認お願いしていることありますし……」

 

―――

 

「胡荒コーチ。どうでした?」

 ライリー達が多目的室に戻ってくると、胡荒コーチといのりたちが一斉に振り向いた。

 

「ライリー先生、先生の想像どおりでした。

 いのりちゃんは、全ジュニの時からすずちゃんが4回転を隠している事は何となく感じていたようですが、確信に至ったのはノルウェー戦での公開練習。

 すずちゃん、妙に回転を抜いた3S跳んだ後、客席の夜鷹さんの方をチラ見したそうです」

 胡荒コーチがそう言うと、いのりが付け足す。

「あの、上桐さんの方も……」

 

 胡荒コーチが促され、上桐選手の公式練習画像を再生する。

「それで、今シーズン3A、4Sも跳び、ブロック、西日本大会と優勝している上桐選手ですが。

 公式練習で4S、3Lo跳んだ時に、客席の同じ方向振り返ってます。夜鷹さんがいたかどうかまではわかりませんが、この3Loも回転を抜いているフシがあります……」

「まあ、可能性は高いですね。4Loはこっちで司先生がある程度まで仕込んでましたし」

 ライリーも、『上桐天音が4Loを仕込んで全ジュニに臨んで来る』可能性があると見た。

 

 光が闘志を剥き出しにした笑顔でつぶやいた。

「……くふふ。今シーズン金メダルしか取ってない2人に4Loジャンパーが夜鷹さんの新たな教え子ですか。相手に不足ありません。姉弟子として、すずちゃんと一緒に叩き潰してあげないと。

 あ。柄後君は男子ですし、朱蒴君、よろしくお願いします」

「僕に何の関係が……」

 朱蒴が『無茶言うな』とでも言いたげな表情で答えた。ちなみに朱蒴は、JGP第2戦のラトビアで柄後に負けて2位になっている。

 

「まあ、こちらが気付いていることくらいは教えないとフェアじゃないですね。メッセージくらい送っておきますか」

 司は蛇崩にLINEメッセージを送った。

 

『全日本ジュニア、氷の上で語り合いましょう。夜鷹さんにも伝えてください』

>『負けへんで!』

『上桐選手もですか?』

>『あの子はまだカンベンしたってくれへん?』

 

「……なるほど。4Loを跳ばせる方向で指導しているようですね」

 司は気の毒そうな顔でそうつぶやいた。




13巻末で「もし司が目の前でシングルアクセルを跳べていたら……」と、1A跳べる匂わせ記述ありますが、独学1Aは化け物でもあり得ないレベルなので、普通の才能ある化け物らしくこの創作では当時サルコウまでとしました。いるかちゃんの貸し靴2S(10巻)もなかなかですが、2Sはまだ微レ存あり得る話。1Aはいくら司でもあり得ないかと。
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