結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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105話 夜鷹の指導者遍歴 後編

―――ライリーの回想

 

「望めばほしいものがなんでも手に入る。私の人生、毎日とっても楽しいなあ」

 ライリーは心底そう思った。

 

 夜鷹純の影響で一時期オリンピックの年齢制限が引き下げられたおかげで、私は16才の金メダリストになれた。

 

 日本に旅行に来て、観光を楽しみつつ『これからの人生どうしよう』なんて漠然と思ってたら、胡荒コーチという、とびきり熱心な支援者を得て、日本でのクラブ立ち上げに向けて歩き出すことができた。

 

 腰の痛みに悩んでたら、胡荒コーチが興梠先生という、ものすごく優秀なメディカルトレーナーを九州から見つけてきてくれた。

 

 クラブ立ち上げにあたっては、本当にいろいろな人が助けてくれた。胡荒コーチの師匠の鯨臥先生は何でも相談に乗ってくれたし、興梠先生は『生徒の選手寿命を伸ばせるクラブ』に必要なノウハウを教え、共に考え、発展させてくれた。

 10代そこそこの若造であった自分が、20才でヘッドコーチとなれたのはこの2人のおかげだ。

 

 アシスタントコーチ陣も移籍選手も、胡荒コーチがスカウトして集めてきてくれた。

 

 自分の名前がついた『スターフォックスリンク』でマネージャーとなり、日本でも数少ない自リンク持ちのクラブになれるなんて出来過ぎだった。

 この話のきっかけをくれたのも夜鷹さんだった。

 

 その夜鷹さんが今度は、才能では日本一なんじゃないかと思える選手を連れて来てくれた。何でも、狼嵜光を指導していたのは実は夜鷹さんで、慎一郎先生が倒れたため、移籍を決断したとのことだ。

 

 狼嵜光の腰の不調については心痛めていた。原因は私と同じ「猫捻り」だということだ。彼女を苦境から救うことが、私に与えられた使命のように感じた。

 

 望めば欲しいものが手に入った。

 それが意味する事を私は知っている。

 誰もが望むようなものを手に入れた者には、それに相応しい使命、責務が生じる。

 

 金メダリストとしての責務、ヘッドコーチとしての責務。そしてそこに、狼嵜光の指導者としての責務が加わった。

 私は、この使命を果たしてみせる。

 

 

―――夜鷹の回想。光の移籍。

 

 ライリーさんは光の指導を快く引き受けてくれたし、秘密の指導態勢も引き続き続けてくれるようだ。助かる。いろいろ恥ずかしくて表には出たくない。

 

 しかし、このクラブなかなか環境いいなぁ。カメラにメディカル機器に、バレエレッスン等コミコミの合理的でリーズナブルなカリキュラム。メディカルスタッフ以外も優秀そうなスタッフ。そして、何といっても生徒のために柔軟性を持って優先的に解放できるリンク。

 

 慎一郎くんのクラブも良かったが、頭いい子がちゃんとスポンサー取って頑張ったら、こんないいクラブができるんだな。

 うん。リンクの話譲って良かった。ボクが名前貸しただけだったら、ただのリンクが増えただけだった。

 

 受け入れに当たってライリーさんが気にしたのは、光の育成方針だった。特に、怪我の原因となった4Lzについては、封印しようとすれば光の反発も予想される。ライリーさんは自分の考えで封印を命じていいか、等を確認してきた。

 

 ここら辺は全部ライリーさんに任せることにした。ソロキン君や匠先生の扱いもお任せにした。

 というのも、もうそろそろ「僕が光の成長について邪魔な存在」となりつつあるからだ。

 今でも、表現についてはソロキン君に、スケーティングについては匠先生に丸投げ状態で、見取り稽古のマネキン状態の僕である。ここから光がPCS等ハネていくきっかけは多分、コツコツと練習を続け日々の中で、偶然にしか得られないであろう。

 そして、それを掴むのにコーチという存在は必要ない。

 

 僕もそうだった。ある日、ぴーん、とスケートの神が降りてきたように、今の自分のスケートと、自分のやりたいスケートと、芸術と表現とが『ぱかぁん!』と一直線に繋がる感覚。言うなら〝衝動〟とも言えるもの。

 これは、コーチがあーしろ、こーしろと言って与えられるものじゃない。むしろ邪魔だ。

 

 その彼女なりの〝衝動〟を掴む事。それが光がオリンピックに行くにふさわしいスケーターとなるために、僕がチェックしておきたい最後のステップだ。

 その意味では、移籍して環境が変えたことは良かったと思う。〝衝動〟を掴むきっかけになるかもしれない。

 

 

―――引き続き回想。レストラン『YUKAI MORIYAMA』

 

 ライリーさんが、光の受け入れにあたり、ソロキンや匠先生も招いて食事会を開いてくれた。

 でも、ちょっと食事会って苦手なんだよね。人の作ったものって、どうしても食べる気がしない。選手生活で節制するようにしてきたせいだから仕方ないね。コレも『犠牲』だ。

 慎一郎とかはそこらへんわかってて、食事会とかはしないよう汲み取っててくれてたんだけどね。

 

 蠱惑的な肉の切り口を大胆に魅せる美しく盛られた料理を作った料理人や材料を作った生産者には敬意を表したいが、僕、口に入れたら多分吐いちゃうね。そういう美味しい味に慣れてないからしょうがない。

 うん。美しさは堪能させてもらったよ。

「……ねえ、これ下げて」

「かしこまりました」

「……(料理に一口も手をつけずに全部下げさせたな)」

 光が自分を異常者を見るような目で見てる。ヤメロ。

 流石にこんな高級店で『食えないから他の人食べて』とかできないし、光はカロリー管理もあるからな。

 

 そこから、デザートが出るテラスの方に案内された。

 まあ、デザートも食べられないんだけどね。甘いものとか気持ち悪くて絶対無理。まあ、美しい盛り付けだけ、ありがたく堪能させてもらおう。

 

 その途中で通った庭園がまた見事だった。秋蛍が飛んでいて……家族で行った公園のことを思い出す。

 長い滑り台のあの公園には蛍がいて、澄姉さんが……

 

 とか思って見てたら、光が蛍を捕まえて来た。

 素手で捕まえたのか。この野生児め。

 『フィギュアも蛍も遠くから見るのがいいんだよ、捕まえて来るなよ』なんて思ったが、怒るのも可哀想と思い、受け取った。

 

 蛍を指に這わせて、『なかなか逃げないな、こいつ』とか思ってると、光がつまらない事を言ってきた。

「もっと早く移籍するべきだったでしょうか……」

 何をぬかすんだ、こいつ。

 慎一郎君のとこだって悪くなかったじゃん!

「……どうして」

 

「……あなたはノービスBから移籍を繰り返していた……

 私はあなたと同じ道を生きる約束だったのに」

 いやいや、光。移籍癖までマネて何になるんだよ? それは猿真似って言うんだよ。僕はコーチじゃなくてインスピレーションでやってたから移籍しても良かっただけ。

 意味なく僕みたいに移籍ばかり繰り返してたら、キミはかえって弱くなるって! こんないいクラブなんだから、しばらくここで頑張ってよ。

 

 真似るのは大会に勝つところだけで良いよ。てか、それも無理してまでマネないでいいよ。

「……出場する大会全てで金を獲る。

 その道から外れた時コーチを辞める。

 そういう契約だったはずだよ」

 負けても、僕がコーチ辞めるだけ。

 むしろ、この頭打ち状況ならその方が良くね? 下手に真似すれば勝てる見本あると、自分の道探すのに邪魔かも。

 

「……それだけ守られていればいいんですか」

 は!? 何言ってるのこいつ。

「『だけ?』」

 珍しく怒気を含んだ声を出してしまった。

 金メダルを取り続ける事がどういうことか、わかっているのか? ……っと、蛍が逃げちゃった。

 

「……失礼しました。

 金メダルを獲り続ける道の険しさは覚悟しているつもりです。

 私にはライバル選手がたくさんいるから」

 光の言葉に安心した。光はわかっている。

 強いライバルたちと戦い、打ち勝ち、なおも自分こそが輝かしい勝者に相応しいと自認できるマインドが、オリンピックに行く為には絶対必要だからな。

 たとえ常勝ルートにいても、勝利する事を軽んじるなよ。負かした選手に失礼だぞ。

 

「その中でも、まだ不安定だけど氷上に異常な執念を抱いている子。あの子がいる限り金メダルを獲り続けるのはとても難しくなると覚悟しています!」

 んー。光が言ってるのはいのりちゃんか。ライバルとしてロックオンする相手としては悪くないよ。勝負や競技への執念は目を見張るものがある。

 でもなー。君がコレからジュニアやシニアの選手とやっていくにあたって成長していくために見習うべき選手像かというと、ちょっとそこからは離れているんだよね。いるかちゃんやダリアちゃんのようや、既に〝衝動〟を掴んで演技に繋げられているような選手を見習って欲しいけど……

 

 こればっかりは勝ちすぎの弊害というか、勝つこと優先かけてやってきたから、仕方ないところあるね。普通に強い選手より、がむしゃらで何やってくるかわからない不安定な選手の方に目がいってしまうのはわかる。

 まあ、今年推薦でジュニア達ともう一度戦うなり、来年ジュニアに上がって推薦で全日本のシニア選手と戦えば、別の選手が目に入るようになるでしょ。

 いのりちゃんに執着しているところについては肯定も否定もしないでおこう。

 

 ……いや、僕がいのりちゃんにというか、司先生を意識してしまっているところはあるな。自分の才能を自分のためでなく出遅れた選手のために使うなんて、カッコいいが馬鹿げている、なんて思っていたが。そんなハンデを背負った選手をあそこまで育てた指導者には……正直嫉妬を感じるな。

 

 そりゃ今は光の方が強いが、短い期間で育てたとかいうより、カッコいいことを成し遂げた彼がうらやましい。小5から始めるという苦境にも関わらずメダリストになりたいという子を助ける……いいなあ。マンガの主人公かよ!

 

 指導力でもカッコ良さでも負けている。悔しい……いかんいかん。流石にそんな感情を顔に出したら恥ずかしすぎる。ごまかそう。

「……彼らのことはもう飽きた。

 コーチは面白いと思っていた……でも彼は僕との賭けに勝てなかった。

 つまらない子どもに振り回されて間抜けな男だ」

 

「……」

 光はショックを受けたように黙っている。

 自分のイチ推しライバル貶されて怒ったか? しまったな。話を逸らすか。

「光が戦うべきなのは他の誰かではなく君自身だ」

「……」

 光は納得してない顔だ。仕方ない。でもまあ、君が自分で殻を破ってくれる事に期待してるのは本当だよ。

 

「……契約解除の条件はもうひとつあるよね。

 曲かけ練習、明日だよ」

「……はい」

 ホントはこの約束も良くないと思ってるけどね。

 曲かけで挑戦的構成試せないしな。

 

 ……いっそのこと、契約解除になった方が光のためかもと、最近感じてきてるけど。

 

 

―――同時刻、ライリーの回想

 

「……」

 テラスで2人の来るのを待っていたライリーは、光と夜鷹純の会話を聴いていた。

 

「……つまらない子どもに振り回されて間抜けな男だ」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 そこは、夜鷹がウソを吐いたことがわかったが……。

 

『どうも、普通の師弟ってワケではなさそうね』

 ライリーは、光の背景の複雑さに眉をひそめた。

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