結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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106話 夜鷹純の再始動

―――夜鷹の回想。去年の全日本ジュニア、光のフリー演技終了後

 

 光の演技終了後、ソロキン君が電話で怒鳴りつけてきた。

『おい! アレは何だ! お前の指示か!』

「違うよ」

『……そうか。ああ、クソ。あの女の方か。』

「だろうね」

『あああ……あんなクソ改変しやがって……』

 クソ改変? 何を言っているんだ、僕は感動しているぞ。

 

 そりゃ、PCS的にはダメダメだ。高難度ジャンプを無理矢理詰め込んで高得点を叩き出してはいるものの、エレメントの繋ぎ等お話にならないレベルで酷く、素人目には伝説の滑走だが、競技に係る者なら、良くて賛否両論、下手すりゃ『悪い見本』として擦り続けられるものになるだろう。

 しかし、何が理由があるか知らんけど、自分のやりたい、違う表現を求めてあがきだした。そんな境地、僕はノービスの時にはまだ至ってなかったぞ。

 

 正直、なまじ目の前に『真似したら当面勝てる』なんて安全策の道筋があると、なかなか自分のやりたい〝衝動〟なんて試したくならないよね。

 なのに、この全日本ジュニアなんて大舞台でやりやがった。コイツは才能はともかく、僕より大物だ。

 

 光は僕より上手くなるかもしれない、なんて期待まで湧いたのはコレが初めてだ。一瞬、自分より素晴らしい滑りを見せて、オリンピックのキスクラに座る光を幻視した。

 しかし、そこには……

 うん、キスクラに座っているのは僕じゃない。

 

 僕は悟った。どうやら、潮時が来たようだ。

 大会での敗北や曲かけでの転倒で契約解除になってしまう可能性の方が高かったし、そうなって普通のコーチに教わるようになる方が良いかもとは思ってた。

 しかし、自力でこの境地へ辿り着くとは……

 

 光よ。君は素晴らしい。

 そして、……

 

 

―――引き続き、夜鷹の回想。スターフォックスリンク

 

「……はっきり言わせてもらおう。これはただの改悪だ」

 ソロキン君、激おこだ。

 そりゃ、彼の経歴的には傷つきかねないからな。

 でも、ノービスの子なんだから許してくれないかな。

 

「ライリー……君には振り付けのセンスがない。

 なぜ俺を巻き込まないんだ! 僕なら……」

 うん。ライリーさんはセンスあまりないね。でも、前日にパッと光に相談されて、急遽改変したにしてはなかなかだよ。

 ライリーさん、腰悪くてあまり跳べないだろうに、見取り稽古とおして提案や確認等やって、頑張ってあそこまで持っていったに違いない。

 

 僕的には、今回の光のチャレンジは大成功だと思うし、そんなチャレンジを後押ししたライリー先生のクソ度胸と懐の深さには感服したわ。

 完璧主義のソロキン君だと、前日夜から改変とか絶対認めてくれないだろうから、彼を爪弾きにしたのは正しい判断だね。

 

 しかも、変更した方向性がまたいい。

 僕の秘密レッスンなんて窮屈な世界からの解放を求める、光の〝衝動〟がありありと感じられる。

 これからどこに向かうかわからないが、光はこれから伸びる。4回転封印の約束があるみたいだし、しばらく一時的には落ちるかもしれないが、上限の壁を一つぶち破った。

 

 やっぱり、周りが強いから刺激になったのかな? いのりちゃんとかボロボロだったし、いるかちゃんケガしちゃったし、ライバル減って弛みやしないかと心配だったが、それはなかった。

 

「あのお〜。

 びかるん、元気なくなっちゃってるし。

 そろそろ私もご感想お聞きしたいんですけど〜」

 

 ライリーさんも、難しいこと言うな!

 顔が緩んでワクワクしてるところを晒すわけにはいかない。ソロキン君に失礼すぎる。さすがに、R国からわざわざやってきて、大切に演技指導してきた子にこんなマネをされたことは、彼には悔しすぎるだろう。

 だから、彼を連れてきた僕が正直に手放しで喜んでみせることはできないね。

 

 光が点数無視して無茶苦茶やってるわけではない事ぐらい、ソロキン君の前で確認しておけばいいか。幸いまだ誰もツっこんでないし。

「……光。コンビネーションジャンプを一つ落とした事は自覚してた?」

「……はい」

「リカバリーしなかった理由は?」

「3Lzはまだ脚の感覚が戻らなくて……

 失敗のリスクの方が高いと思い……」

 

 大体予想通りの回答が返ってきた。それでよし。

「……次の曲かけまでに今の振り付けを完成させて」

「はい……」

 さすがに、勝ったとはいえあんな荒削り作品は仕上げまでやっておいてほしい。今シーズンはあと全中で使えるか。

 

 さて、そろそろ潮時だな。

「……それと、今日で僕は君の指導をやめる」

「「!?」」

 みんなびっくりしてる。まあ、そうだろうな。

 

 光もくってかかってくる。

「勝手に演技内容を変更した事が理由ですか?

 私は今回もちゃんと金メダルを獲りました。約束は果たしてるはず。

 あなたに従わなかったことだけが理由なら、コーチ解消は不当だと思います!」

 流石に笑いそうになる。君が勝手をやり出したことに僕は怒るどころか喜んでる。ただ、ソロキン君とかの前の手前、言ってやれないだけだ。

 第一、勝手に演技内容を変更したことで怒られるなら、僕はジュニアあたりでコーチにアイスリンクに埋葬されてしまっていただろう。

 

「……君と僕は別の人間だ。そんなことでいちいち憤ったりはしない。

 ……君はなんで僕が何もかもを禁じていると思い込んでるの」

「……じゃあなんで」

 光が困った顔で聞き返してきた。

 

 まあ、ここは心を鬼にして突き放してやらんとダメだな。

「……言ったよね。君は僕と同じ道を歩む覚悟があるって。

 僕はコーチを手放した」

 光が驚き、目を見張る。

 

「僕はたくさん移籍して様々な思想を学ぼうとしたが、結局キスクラの飾りにしかならなかった」

 ……っと、匠先生がいるの忘れてた。ちょっとゴメン。

 

「自分の力だけで導き出した技術と信念だけが、最後の金メダルに欠かせないものになったんだよ。

 僕がこのまま『コーチ』として君を導く限り、君は僕の歩んだ道は進めない。

 もがきながら自身の才能と向き合い、極めていくこと。

 これが僕と同じ金メダルの道だよ」

 光の様子を観察するが、うつむきながらも納得し、その目は自らの内面に道を模索し始めているように見えた。

 

 それを確認してリンクに降りた。

 さて……光の指導の報酬としてリンクを滑るのもコレが最後になるか。んー。何滑ろう?

 まあ、昨日光が跳べなかった3Lo+3Tを仕込んどくか。ちゃんと仕込んでおけば、光にとってはリカバリー用の安定ジャンプにできるしな。

 光も最後の指導と悟ったのか、真剣に見ていた。

 

 ライリーさんが、「コーチって呼ばれないようにすれば良いんじゃないですか? あだ名呼びとかどうです? じゅんぽよとか、ジュンジュンとか、JOYとか……」と、慰留してきた。

 なかなか悪くない提案だったが、光のためにはねぇ……そばに残ったら、光は自分をコーチとして見てしまうでしょ。それは丁重にお断りだね。

 

「レッスン……ありがとうございました」

 靴を脱ぐ僕に、光が礼を言ってきた。

「……うん」

 これで別れかと思うと、僕も少し寂しく感じた。何だかんだ8年くらい教えてた子だしね。

 

 ……タバコでも吸いに行くか。

 そして、外に出てタバコに火を点けた時、ふと思った。

『戻ったら、またライリーさんとか慰留策してくるかな? 面倒だからこのまま去るか』

 そのまま、駅の方に足を進めた。

 

 光よ。君は素晴らしい。

 そして、君には僕は必要ない。

 

 夜鷹純は満ち足りた達成感と共に去った。

 やったー! そして、僕は自由だーっ!

 

 

―――その数ヶ月後

 

「だる……」

 貯金が尽きてきた。あと、またスケート場の枠取れなかった……

 光が来る前は、自分の滑る枠自分で取ってた時もあったが、なんか、最近取りにくくなってるな。

 あと、スケート場のリンク貸切の値段も8年前と比べりゃそりゃ軒並み上がってるし、地味につらい。あと、お金もつらい。まだ余裕はあるが、その余裕が減っていくと精神的につらい。引っ越し先の近所のスーパーの安い鶏胸肉が無くなったのもつらい。

 

 リンクで滑らないと滑りも鈍る。加齢で鈍るのとかじゃなく、ふつーに落ちる。コレが一番つらい。

 そりゃ、光の指導してた頃は回数もさることながら、下手な滑りしたら恥ずかしいという適度なプレッシャーもあったしな。

 

 あーあ……。誰か何とかしてくれないかな。

 光が来る前にいろいろお世話になってた人で……誰か、何とかしてくれる人いないかな? 特にお金とか。

 引退したての頃は誰かしら何とかしてくれたが、久しぶりに誰かに連絡っと……あー、連絡先忘れた……。

 

 どこかに誰かの名刺転がってなかったかな……あった。

 ……アイチ自動車の藤原さんか。

 とりあえず、電話かけてみた。

 

 なんとか繋がった。藤原さんは今年はモータースポーツ関係であまり日本にいないけど、ちょうど来週戻るから東京で会おうって話になった。やったね。

 

―――

 

 で、藤原さんと会った。

 藤原さんは前より偉くなって、アイチグループの企画部長とかいうのをやってるらしい。ふーん。

 端的に僕の現状を話した。狼嵜光のコーチ辞めて無職なんで、趣味のリンク貸切代で困ってるって。

 数年前の立川のリンクみたく、名前貸したらタダになるリンクとか、ない?、って聞いたら笑われた。さすがに、こないだと全く同じ条件の都合のいい話はないよってさ。

 

 でもまあ、おいしい仕事はあるみたい。

 本格始動まではまだ時間あるプロジェクトだけど、準備から手伝ってくれれば貸切リンクも融通してくれるらしい。やったね。

 プロジェクトはまだ秘密にしなきゃダメだけど、細かいところは蕨君というコーチがやってくれるそうだ。

 

 プロジェクトは「Synchro 9」という、フィギュアの新カテゴリに関わるものだけど、僕はそちらの方はまだ詳しくならなくてもいいそうだ。

 でも、まずは何事もライセンスがないと、って言われた。プロジェクトの準備の間にライセンスは取っておいて欲しいそうだ。

 

 取ることをお勧めされたライセンスは、審判員かコーチのライセンス。そう、実は僕って、連盟の講習とか受けてないからコーチ資格とかないんだよね。

 実際に審判や指導する事はなくても、最低限のライセンス取っておいてくれればいいとは言ってくれたが。

 うわ、どうしよう……。

 

 移籍の度に方々に後足で砂かけまくってるから、講習のための実習とか、できれば全部秘密でやりたい。狼嵜光が指導法を必要としない生徒だっただけで、自分の指導力の無さは自覚している。

 ポンコツ指導してるところを、慎一郎君とか誠二君とかに見られたら恥ずかしすぎる……。

 そういう知り合いが周辺にいない、在籍した事がない地方で、そこそこの規模やいいリンクがあって、実習とかも秘密でやってくれそうな信頼できる所……

 

「京都、蓮華茶か……」

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