結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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107話 純とすずの舞台裏

―――夜鷹の回想。蓮華茶FSC

 

 藤原さんが根回ししてくれたこともあり、「なるべく秘密で実習して、各講習項目をクリアしたい」なんて注文を蓮華茶FSCは受けてくれた。ヘッドコーチのハゲのおっさんも「あなたほどの方でしたら……何なりと言って下さい」と、色々融通利かして扱ってくれた。やっぱり金メダルの力はすごい。

 

 連盟とネゴって、ほとんど自分1人だけの遅い時間で講習会やってくれたり、レポートや指導計画作成のラクな作り方教えてくれたり、指導法用に自分の事を知らない子供の初級者見繕ってくれたり……おかげで、ライセンス取りはずいぶんとラクに進んでいた。

 

 遅い時間に来て、多目的室でちょっと座学的な事をやりながら、内窓から生徒を眺めたり、生徒たちがはけた後にアシスタントコーチの伊文里さんと指導法の練習をしたりしていた。

 

 そんなある日、リンクの生徒を見ると1人の生徒が何か報告して、皆が何か喜んでいるようだった。

「……あれ、何?」

 伊文里さんに聞いた。

「上桐さんという子が休会してたんですが、先日慰留が叶いまして、復帰をみんなで祝っているんです。

 今年ジュニアラストイヤーですが、JGPや全日本にも出てる子で、何よりクラブの皆に優しい先輩なので良かったです」

「それは良かったね」

 フィギュアを始める子がいれば辞める子もいるのは仕方がないが、辞める話を聞くと赤の他人でも気が滅入る。

 

 伊文里さんが詳しい話をしてくれた。

「クラブが慰留のために、東京のスターフォックスに依頼して、高難度ジャンプに挑戦させたところ、一晩で3Aと4Sを覚えてきて、慰留もかなったそうです。

 明浦路司というコーチが、腕利きでして……」

 司くんか。3Aに4Sとはすごいな……あれ?

「あれ? 明浦路司って、名古屋のルクス東山のコーチじゃなかった?」

 

 伊文里さんが答えてくれる。

「今年の4月に、結束いのり選手と一緒に移籍したそうです。移籍後にスターフォックスで高難度ジャンプの研修受け付けてまして、上桐さん以外に既に何人かの高難度ジャンプ教授に成功しているとか」

「そう……すごいね」

 平静を取り繕ってそう答えたが、心の中が少しざわつき始めた。

 そのざわつきは次の一言で嵐になった。

「狼嵜光選手も、明浦路司コーチが担当する事になったそうです」

「……何だって!?」

「!?」

 思わずうわずった声を出してしまった。伊文里さんを驚かせてしまった。

 

 考えてみれば当然で、ライリーさんも光には有能なコーチを充てるだろう。実演能力も指導も優れる司くんは光のコーチとしての相性もいいに違いない。

 しかし、何か心の中で認めたくない気が湧き起こった。

 

 光がまだ見ぬ高みへと昇る際に、誰が指導するかは気にならないと考えていた。ライリーさんでも、慎一郎君でも、誰が指導したとしてもいい選手になってくれれれば嬉しいと思っていた。

 しかし、司くんかぁ……少し面白くない。

 野球で言えば、ライバルチームの選手が自分のチームに来て4番打者になってしまったような感じか。

 

 しばらく、司くんが仕込んだという、上桐選手の3Aと4Sを見ていた。耳からは、周りの生徒の歓声ではなく、自分の鼓動がどくどく響いていた。

 我慢できなくなって、伊文里さんに聞いた。

「伊文里さん。あの、上桐さんの担当コーチの名前何?」

「? あ、あれは蛇崩コーチで……」

 聞きながら部屋を出て、シューズを履き、リンクに降りた。

 

 上桐選手と周りの生徒に見られるのにも構わず、夜鷹は担当コーチに聞いた。

「じゃく……ジャクソンコーチ。彼女に4Lo教えてもいい?」

 

―――数日後

 

 夜鷹純がリンクの外で煙草を燻らせていると、鹿本すずが近づいてきた。夜鷹は煙草を消す。

「また君か……」

「純さん。休憩中?」

「うん……」

 

 先日指導を始めた上桐選手が4Loを跳んだ事には達成感を感じたが、明浦路司が既に東京で補助あり着氷まで教えていた事を知ると、喜びは半減した。

「なんや、シケた顔してるなあ。上桐センパイを助けたコト、後悔してるん?」

「いや、それはない」

 そりゃ、嬉しいか嬉しくないかで言ったら嬉しい。光にも飛ばせられなかったジャンプを跳ばせられた。コレで公式戦で跳べたら、国内女子ジュニア初の4Loとなる。

 

 そんな彼女を指導したと目立ちたいわけではないが、ついついループの魅せ方まで教えてしまった。見る人がみれば僕の癖だと気づいてしまうかもしれない。

 ……いや、気づかれたところで何てことないか……。

 

 上桐さんを指導していいか聞きに行った時に気づいたが、ジュニアの子とかは僕のこと顔だけでわかる子は半分くらい。そりゃ、僕が引退したのなんて10年以上前で、そのころスケート始めるどころが生まれていない子までいる。

 そして、そんな過去の金メダリストというだけでうるさく騒ぎたてるような子はもういない。僕の金メダルはそれだけ昔話になっていた。

 

 それは半分嬉しく、半分悔しい。

 上桐さんの4Loもだ。跳ばせたことは嬉しいが、先に途中まで仕込んだのは司くんというところが悔しい。もっとも、自分一人でできたかというとムリ。ジャクソン崩れ先生と組んで、さらに司くんの下仕込みあって、ようやく数日で習得まで持っていけた……だけ。

「上桐さんが跳べたのも、本人の才能がほとんど。僕はちょっと手出ししただけ。それもジャクソン先生にほとんど手伝ってもらって……」

 

 そんな自信なさそうな夜鷹純に、すずは不思議そうに言う。

「それでええんちゃう? その手出しができたらコーチ合格でしょ。コーチのライセンス取るために来たんでしょ? バッチリできてるやん」

 

 そんな能天気なすずの言葉に、僕は少し腹が立った。

「……君に僕の何が分かると言うのかな?」

 少し怒った声を出したが、すずちゃんは怯まずに指折り返した。

「えっとな。『失礼をしてしまったり、邪険に扱った人に後でいつまでも気まずい思いをしてしまう』『決まったものしか口にできなくて、申し訳なく思う事が多い』『自分の名字が嫌い。名字で呼ばずに名前で呼んでほしい』『自分の才能に気付かず足踏みしてる子を見ると、何とかしてやりたいと思う』『ループの魅せ方はこだわり。他の人も何かやって欲しい』『すごい人だと思われるのがイヤ』『実は子供が好きだけど、扱い方がわからないから近づけたくない』『恵まれている子に何となくムカついてしまう』『昔の話でいじられるのは嫌い』……キリないからコレくらいでいい? 何か間違っとるのあった?」

 

「……」

 驚いた。何、この子。すごく僕の事わかってる……。

「合ってるよ」

「やろ? 我慢せずに、もっとウチの事褒めたたえてもいいんやで?」

「いや、遠慮しておくよ。ここにお世話になるのは今シーズン一杯までの約束だしね」

 自信満々に胸を張るすずちゃんに冗談っぽく返した。僕が冗談っぽく言っても分かりにくいらしいけど。

 

「? 一度褒めた子から離れるのがイヤなん? 情が湧いちゃう?」

 情が湧く……光の事を思い出してしまった。

「……そうだね。まあ、でも本人のためにならないのにそばにいるわけにはいかないと思ってね」

 

「一途やな。古い恋を忘れるには新しい恋した方がいいで」

 何で僕は10代の子に恋愛指南みたいな事言われてるのか。

「そういう君は何で、こんな過去の人となったおじさんとおしゃべりしに来ているのかな?」

 

 すずは嬉しそうに話しだした。

「上桐センパイ、JGP選考会の時にはすっかりしょげて辞める言うてたんよね。うちも話したけど、もう意気消沈で『すずちゃんは私の分まで頑張って』って感じやったんよ。

 3Aと4Sまで覚えてきたのに、『すずちゃんビックリしてくれた?』くらいで、ちょっと美少女スケートバトルモードとは程遠かったんよね。

 でも、純さんがコーチしてくれるってなって、4Lo云々より、『いるかちゃんに負けたままなのは悔しい。全ジュニに来るなら一矢報いたい』って、戦闘モード入ってくれたんよ」

 

 そこで、すずちゃんは表情を変え、僕の目を覗き込んできた。

「やっぱり、『悔しい』って心は最後まで人を動かすパワーやと思うんよね。だから、上桐センパイに『悔しい』って心取り戻させてくれた純さんには、『純先生』になってスケート界に復帰して欲しいなって」

 

 スケート界に復帰? 

「何で僕がそんな面倒な事しなくちゃならないのかな? 僕はそういうの苦手なんだよ」

 藤原さんにもそこまでやらなくてもいいとは言われてる。やったら失敗しそうな気がする。成功のイメージが見えないものは怖い。

 

 すずは夜鷹純の目を見据えて言った。

「だって、純さんも『悔しい』んでしょ? 狼嵜光のコーチをポッと出の若いコーチに取られて。

 自分のことを『過去の人』なんて、さっき言ってみせたのも、その裏返しでしょ?」

 

 痛いところを突かれた。そのとおりだ。この子の前で取り繕っても無駄な気がする。

「どうして、僕が狼嵜光のコーチをしていたとわかったのかな?」

 

「だって、あの上桐センパイにも仕込んだループ見たら丸分かりやん。その前から、フォアクロスからのサルコウとか色々似てるところあったけど。光ちゃんのジャンプ、何から何まで、いらんところまで純さんにそっくりやで」

 

 僕はため息をついて聞いた。

「……それで、そんな僕の正体を見破って、君は何がしたいのかな?」

 

 その答えはキテレツ極まりなかった。

「スケート魔法少女たちみんなには、仮面で正体隠したステキなお助けキャラが必要なんよ。舞台裏でお助けキャラの復活助けるのは主人公の役目やろ?

 というわけで、純さん。スケート界に戻ってきて!」

 そのキメポーズは何なのか。

 

 何が『というわけで』なのか全くわからない。

 しかし、この子が彼女にしか見えない目的に向かって邁進していることだけはよくわかる。

 それは子供の戯言かもしれないが、それをつまらないと断じる事もまたつまらないと、結束いのりと明浦路司の件で思い知った。

 何より、僕自身がこの戯言に惹かれてしまっている。

「よくわからないが、そこまで言われてしまったら……」

 僕は条件をつけることにした。

「……すずちゃんには僕と契約してそのスケート魔法少女とやらの主人公になってもらうしかないね」

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