結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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108話 全日本ジュニア その1

―――全日本ジュニア会場、名古屋NGKアリーナ。

 

「着いたわね」

 ライリー・フォックス以下、スターフォックスのコーチ及び選手達が全日本ジュニアの行われる名古屋NGKアリーナに到着した。

 

 東京ブロック大会、東日本ジュニア大会とも、胡荒亜子は1位で通過していた。狼嵜光はシード選手であるため、いのりはJGPシリーズ戦が各予選前後の週とかぶっていたため、それぞれ予選免除となっていた。

 

 出場選手で恐ろしいのは、ジュニア区分で参加してきた岡崎いるかだ。完成度の高い4Tを引っ提げて復活し、肩慣らしと言わんばかりのたっぷりと余裕のある演技で中部ブロック、西日本と優勝している。JGP出場で予選免除の鹿本すずや八木夕凪との直接対決はまだだが、今シーズンのベスト点数では上回っている。

 

 西日本2位、蓮華茶の上桐天音も注目の選手だ。いるかとの差はあるものの、4S、3Aと2種の高難度ジャンプを引っ提げて奮起してきた。PCSに課題を残すが、基礎点の暴力を見せつけてくれる選手となって。

 

 ノービスからの推薦組だって忘れてはいけない。三家田涼佳が4Sを成功させてぶっちぎり1位であがってきた。

 そういった高難度ジャンプを跳ぶ選手でなくても、3Lz+3Tをデフォルトで跳んでくるような選手ばかりだ。決して油断ならない。

 

 スターフォックスの選手も光、いのり、亜子の3人だけではない。東日本で4Sを跳んで3位に着けた、今季急成長の平新谷萌栄。それに加え、4位の鉱森神楽、6位の百瀬繭香、全日本ノービスで3位の潤羽凛が今回の全ジュニに出ている。

 

 東日本ブロックで2位となり、スターフォックスの表彰台独占を阻んだ蝉丸ひまりがそこに通りがかった。

「やっほー。亜子ちゃん、おひさ!」

「久しぶりって、こないだ東日本で会ったばかりじゃん」

 亜子が呆れた顔であいさつする。

 その後ろから、ひまりと同じ荒川グローの選手、東日本9位の甲勇希、男子で同じく7位の桑方優樹が、ヘッドコーチの蜻堂緋紗子と共に来た。

「スターフォックスさんですね、よろしく」

「荒川グローさん、よろしく」

 ライリーと緋紗子、ヘッドコーチ同士での挨拶が交わされる。

 

「名古屋かあ……久しぶりだなぁ」

「そうだね……」

 名古屋からの移籍組、いのりと光がしみじみとつぶやいた。

「私の家、もう誰かのものになっちゃってるかな……」

 感傷的なセリフが口をついて出たいのりに、亜子がツッコミを入れた。

「なんか『建替え工事中でした』って、こないだの『ゆいつかブログ』に写真付きでアップされてたじゃん。見てないの?」

「え!? そうなの? 見てなかった……」

 驚き顔のいのりを亜子が嗜める。

「自分の応援ブログなんだからチェックしなさいよ」

 

 荒川グローの甲勇希が笑って話に入ってくる。

「ははは……まあ、うちのクワくんみたく、大会期間中もブログ更新してるのも考えものだけどね」

 荒川グローFSCのブログ担当の桑方がそれに文句を言う。

「話題はホットなうちに記事にしないとね。ジュニアの大会なんて、みんなあまり注目してくれないから。

 あと、スターフォックスさんは更新頻度より、コンテンツで勝負されてますよね。司先生のハーネス解説動画とか怪我予防講座とか。うちでも参考にしてますから」

 照れる司。ライリーがドヤ顔で自慢する。

「うちは他のクラブも含めて、フィギュアスケート界に役立つ情報の収集提供に努めてますから。

 ひまりちゃんも4S跳べるようになりました?」

 探りを入れるライリーに、緋紗子は笑顔をつくって答える。

「大会で入れるかは状況次第ですね。具体的には、6位に飛び込めるようなら、ですかね」

「……その辺が当落ラインでしょうね」

「でしょうね」

 

「6位ですか……」

「6位ですよね」

 司といのりも続いて呟く。光が首を傾げて聞く。

「6位って、何?」

 呆れたように、亜子が解説する。

「今年の全日本への推薦出場枠」

 

―――宣誓式会場

 

「イノリー! 久しぶりだにー!」

 会場にいのりが入ってくると、ミケがいのりに跳びこんできた。

 ミケも大きくなっているが、いのりも背がまだまだ伸びている為、2人のサイズ比はジュニア合宿時と変わらない。

 

 しかし、変わったといえばいのりの様子か。

 いのりはミケの頭を撫でると、微笑んで言った。

「ははっ。ミケちゃんもまたおっきくなったね。4Sも上手に跳べるようになったよね」

「イノリ……」

 ミケが顔を赤らめる。

 周りで見ていた選手達は思った。

『お姉ちゃんだ……』

『お姉さんみたい……』

 

 そこに平新谷萌栄が割り込んで来た。

「おー。この子がいのりちゃんが言ってた、ノービスで4S跳ぶミケちゃんか。今度一緒に4Sシンクロ動画撮ろうか?」

「う、うん……」

(知っとる……この人もスターフォックスで4S跳ぶ選手だら)

 ミケは精一杯の虚勢を張って答える。

「……負けないだら」

 闘志を見せたミケに一瞬虚をつかれた萌栄だが、すぐにニヤリと鮫のように笑った。

「いい目やな。ジュニアで4回転跳ぶのに必要な事、知ってるか?」

「……わかっとるわ」

 知ったかぶりをするミケ。

 

 そこに、同じノービスの潤羽凛が話しかけてきた。

「あ、ミケちゃん! いたいた!」

 そのまま、ミケとおしゃべりを始める。

「ねぇねぇ。ミケちゃん知ってる? 名古屋のジュニアの選手で、抽選会でいつも1番滑走引いてくれる選手がいるんだって!」

 ミケも得意気に相槌を打つ。

「ふん。東京モンは知らんのかん。全国的にゃ有名人だに」

 そのままべらべらと喋り続ける。すぐそこに申川りんな本人が眉をひそめて聞いているとも知らずに。

「ブロック大会でも、西日本大会でも、全日本ノービスでも、全日本ジュニアでも1番を引きまくる、ある意味すごい人だら。一度だけ2番を引いたけど、その時の全ジュニはケガ人が出たりして大波乱に……いたたたた!」

「ミケちゃん。お話ししようか」

 いのりがミケを引っ張って部屋の隅に連行して行った。

 

『お姉ちゃんだ……』

『お姉ちゃんだね……』

 ノービス推薦組の潤羽凛、真砂みさ達がその様子を見て顔を合わせていた。

 

―――

 

「クソガキが……」

 部屋の隅の方からそんな光景を見て、いるかがため息を吐いていた。

 17、18才のいわゆるジュニシニでジュニアの方に出る選手は通常珍しくない。が、群魔乱舞の狼嵜世代がジュニアに上がって来た今、そんな苦行をする奇特な選手はいるかだけだった。

 加えて、女子のいるかの1〜2年下の世代は狼嵜世代に押された選手が多い。わかりやすく言えば、この会場に集まった女子30名の選手のうち、高校生はいるか含み4名、後は小中学生。

 クラブメイトの愛花も元クラブメイトで同年代の離洲くるみと話している。

 高3のいるかは部屋の隅でぼっち番長となっていた。

 

―――

 

 一方、光は部屋のもう一方の隅に足を進めた。

 そこには蓮華茶の選手たち。すず、上桐天音、子出藤姉弟、絵馬、鴎田、柄後といった面々が固まっている。

 いのりの発見したループのアレンジによる判別で、夜鷹純の息がかかっていると思われる選手は、すず、天音、絵馬、柄後の4選手。

 光は臆する事なくその輪の中心に向かうと、すずに話しかけた。

「こんにちは、すずちゃん。……夜鷹さんは来てるの?」

 蓮華茶の取り巻きがざわつく。すずはにっこり笑って答えた。

「来てるで。タバコでものんでんのちゃう?」

「……」

 光がすずを睨みつけるが、すずも怯まず睨み返す。

 しばらく睨み合う2人に、天音が声をかけた。

「試合が始まるまで我慢したら?」

 

 その言葉に、ようやく2人は睨み合うのをやめた。

「じゃあ、またね」

 立ち去る光の背中にすずは不敵な笑みで言った。

「『すぐ』会えるで」

 

―――

 

 部屋の隅でいのりはミケにお姉さんらしく説教していた。

「1番滑走って大変なんだから。あんな風に面白がっておしゃべりはダメだよ。それに、りんなちゃんすぐ近くで聞いてたよ」

「ごめんだら……」

 

 そこに、見知った顔が入って来た。

「あれ? いのりちゃんじゃない?」

「あ! いのりちゃんいた! 久しぶり!」

 いなりも目を丸くして驚いた。

「雪ちゃん! 総太くん! なんで!?」

 ルクス東山の卯山雪、犬飼総太だった。

 

 いのりが聞くと、雪が答えた。

「じゃじゃーん。実は、カップル組んでアイスダンス始めたのです」

「わ! すごい! そうだね。総太くん……」

 

 いのりは総太を見上げた。

 総太は去年から背の伸びがいのり以上にすごかったが、久しぶりに会うとその大きさに驚いてしまった。身長だけでなく体格もがっちりと男らしくなってきていた。

 この体格なら、アイスダンス中心のルクス東山でアイスダンス転向を迫られないはずはない。マイペースな総太もついに押し切られ、歳も近いジュニアの雪もカップルにされたのだろう。

 

「犬飼くん。こんなに大きくなっちゃったら断りきれないよね」

 事情を察したいのりがそういうと、雪が補足した。

「それも大きいけど……」

 

 総太は目をキラキラさせて言った。

「ツイッチ2が発売されるんだ!」

 いのりは虚をつかれた。

「ツイッチ2って、新型ゲーム機の?」

「そう! アイスダンスに転向したら買ってくれるって! あと、今日負かした組の数だけソフトも買ってもらえるんだ!」

 ゲーム機に釣られてシングルから転向する選手は流石にいのりも初耳だ。

 

 雪も困り眉でひきつり笑いだ。

「あはは……」

「あはは……大須だとリンク練習大変じゃない?」

 いのりが聞くと、雪は笑顔で答えた。

「うん。アイスダンスで組んでの練習だと、すごい深夜の遠いリンクになる事も多いね。でも、ルクスだけでなく連盟の人も手伝ってくれるから頑張れるよ。それに……」

 雪が何か言いかけた時に、犬飼が咎めた。

「あれ? その話はまだ秘密なんじゃなかった?」

 雪があわてて口を閉じる。

「あわわ、ごめん。これナイショだった」

 

「そう。がんばってね」

 いのりの励ましの言葉に雪も拳を合わせる。

「いのりちゃんもがんばってね」

 

―――

 

 やがて、着席が促され、宣誓式が始まった。

 女子は蓮華茶の上桐天音が男子はスターフォックスの鵯朱蒴が宣誓者だった。

「「宣誓」」

「私たち選手一同は、本大会を開催してくださったすべての方々への感謝の気持ちを胸に」

「これまで支えてくださった家族、指導者、仲間への敬意を忘れず、スポーツマンシップにのっとり正々堂々と演技することを誓います」

「日々の努力の成果を氷上で精一杯表現し」

「互いを尊重し合いながら、見る人の心に残る大会となるよう全力を尽くすことをここに宣誓します」

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