結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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109話 全日本ジュニア その2

 宣誓式に続いて抽選会が始まった。

 まず、4グループに分けられ、グループごとにくじを引く。

 ちなみに去年は何故かこのグループ分けが行われず、皆が同じグループでくじを引いた結果、前年度推薦出場で優勝した狼嵜光がショート1番滑走を引き、漬物石どころか石像造立レベルで最後まで漬けきるという阿鼻叫喚の珍事が起きた。

 今年はそのようなことが起きないようグループ分けが行われた。

 

 1グループが遅い順番の滑走の選手で、シード選手や強化選手だ。

 続いてノービス推薦組。今年は5人。実力を見定められる彼女らが不利な順位にならないよう、中盤以降の順位が充てられる。

 それが終わってようやく、予選上位と下位の2グループの抽選となる。ここら辺の人数やグループ数は毎年微妙に違う。

 

 また、今回はタブレット抽選を採用していた。選手はくじ札を引く代わりにタブレットをスワイプして順位を決める。某選手のくじ運の悪さもデジタルでは起こらないのではと期待してのタブレット抽選だったが……

 しかし、一番滑走を引いたのはやはり申川りんなだった。周りから慰めの拍手が鳴る中、りんなはもう慣れっこと言わんばかりに席に戻った。

 

 一番滑走だろうがガッツリ高得点を出す。何かの手違いで前年優勝者の一番滑走直後に滑らされてもノーミス滑走をする。度重なる神がかった不運を乗り越えて来た彼女はしっかりと心身共にセットアップされていた。

 

 元クラブメイトの光も、その様子を伺い、満足そうにうなづいていた。

 

 

―――公式練習リンク

 

 前日公式練習の場で、いのりは氷の感触を確かめて言った。

「柔らかいですね」

 司は相槌を打った。

「そうだね。JGPの練習に合わせて、スターフォックスでは最近国際試合寄りのやや固め設定にしてたよね。サブリンクは柔らかめにしてたけど」

「今日のここは大須リンク並に柔らかめですね」

 市民スケート場としての位置付けの強い大須のリンクの氷はかなり柔らかめだが、今日のNGKリンクはそれに近い柔らかさらしい。司が心配していのりに確認する。

「ジャンプやステップは大丈夫?」

「ややスピードが乗りにくい感はありますね。ルッツも苦労しそうです。ふふ、懐かしいな」

 どうやらいのりは、久々の柔らかい氷の感覚を楽しんでいるようだ。しかし……

 

「そうか、ルッツか……修正できる?」

「任せてください!」

 心配そうな司にいのりは元気に答える。司は不安を顔に出さないように表情を保つのに必死だった。

(無茶苦茶心配……)

 今シーズンから跳んでいるいのりのルッツ、鴗鳥式ルッツはトゥをつく反作用を活用して回転を稼ぐ繊細なジャンプだ。氷の柔らかさの悪影響を大きく受ける。

 ショートの最初のジャンプとなるルッツからのコンビネーションを落とせば、去年のようなショート落ちの悪夢もあり得る。

 元気よく練習を続けるいのりとは裏腹に、司は緊張で背筋に冷や汗をかいていた。

 

(いかんいかん。集中集中……光ちゃんも見ないと)

 もう一人担任している光のほうを司が見ると、こちらは余裕そうだった。

「氷の感触はどう? 柔らかすぎない?」

 司が聞くと、光はなんでもないといった風に答えた。

「なんともないですよ。何も問題は感じません」

「そう? 気をつけてね」

「はい」

 そう答えつつ、光は考えを巡らせていた。

(柔らかめの氷なら……)

 

 そんな中、光は後ろから突き刺すような視線を感じて振り返った。

 いるかだった。

 歓声が上がっている。今飛んだのはアクセルだったようだったが……まさか、3Aでも跳んだ?

 訝しむ光に司が解説する。

「2Aだったね。いまのいるか選手のジャンプ。2Aでも研ぎ澄ませればあれくらいの迫力が出る」

 2Aか……流石にショートで跳べるような新ジャンプは仕込んでこないよね。

 ショートではルールによる制限のため大抵の選手が同じジャンプ構成になる。いるかは予選で4Tを見せたとのことだが、ショートでは4Tは跳べない。

 

 難度の低いジャンプでリンクに挑むいるかを、光は一笑に伏した。

「……昨年ならまだしも、今年の私は負けませんよ。PCSも上げてきてますし」

 光はショートでも3Aからの連続ジャンプが跳べる。加えて、JGP第3戦から振付けを変えて以来、自分でもわかるくらいプレゼンテーションが伸びている。

 いるかがジャンプを磨いてGOEを稼ごうが、PCSをシニア並みに伸ばそうが、ショートで3Aからのコンビネーションを跳ぶという基礎点の暴力を振るう光が負けることはない……だろう。まして、いるかは骨折からの復帰のシーズンだ。

 

 光が気になるのは……やはり、夜鷹純が関わったと思われる鹿本すずだ。彼女も3Aからのコンビネーションを跳べる。

 JGPでは4Tを2回跳んでいのりを破ったし、4Sを持ってるとも思われるが、コンポジションの伸びも恐ろしい。幸い、フリーで4回転を跳びつつコンポジションの高さを維持できる体力、集中力はまだないようだが……

 ショート前の公式練習の段階では流石に作戦の全貌までは見えてこない。

 

 いのりのほうは、無理に勝つというよりは着実に各大会ごとに成長を重ねる事を重視しているようだ。目の前の課題、今日ここでは氷に合わせたルッツジャンプの修正力を試している。

 着実に実力をつけているところは不気味だが、今日この大会においては怖い選手ではない。毎日練習を見て互いの実力がわかってしまっているからというところはあるが……

 

 光は、必要な戦力分析を終えると、次に客席を探したが、夜鷹純は見当たらなかった。光はため息をつくと心に誓った。

 夜鷹純の教え子は私一人でいい。他の子は絶対倒して見せる。

 それがお望みなんですよね。夜鷹さん。

 

 だって、あなたとの契約の条件『出る大会で金メダルを取り続けること』を満たすことができるのは、常に一人だけでしょう?

 私は、あなたの教えを守って、

 あなたの大切な生徒を全部屠って差し上げます。

 

 司は、光のただならぬ様子に勘づいて声をかけようとした。

「光さ……」

 しかし、光は司の声に耳を傾ける事なく、リンクに向かってしまった。

 

―――翌日、ショートプログラム

 

 翌日、女子ショートは申川りんなの滑走から始まった。

 最初のジャンプ、3Lz+3Tを鮮やかに決めるとそのままノーミスで完走。後半も落ちることなく滑り切り、スタミナ不足は感じられなかった。

 

 キスクラではコーチの雉多も花束を渡して労った。

「一番滑走に臆する事のない貴女の勇気を讃えて、このエーデルワイスの花束を」

 りんなも顔を赤らめつつ礼を言った。

「いつもありがとうございます」

 

 りんなの隣では慎一郎ヘッドコーチが評価を口にする。

「さすがです。練習で積み上げてきたテクニックも表現力もきちんと出せていました。

 コンディショニングも上手くいっているようですね。

 今日のいい感覚だけ残して、明日のフリーに臨みましょう」

「はい!」

 

 申川りんなもここに来るまで、コツコツと積み重ねて来たのだ。スケートだけではない。弱点であるスタミナ不足を克服するため、氷上でのフルラン、陸上でのサーキットトレーニング等はもちろん、食事の見直し、サプリ、睡眠環境から呼吸法まで、ありとあらゆることをしてきた。

 バイクエルゴのタバタか、鉄サプリか、オリンピック選手御用達のマットレスか、何が効いたのかもう今ではわからないが、昨シーズン末から明らかにスタミナは伸びてきた。もうほとんど後半失速はない。

 

 そして、点数が告げられた。

「申川りんなさんの得点……66.64。現在の順位は第1位です」

 会場がざわめく。狼嵜世代でなければ表彰台に手が届いてもおかしくない点数だ。

 

 あとは……

「私は……いつもここからは何もできない。さあ、みんな。来てみなさいよ……」

 やり切った感覚を胸に、ライバル達の演技をその鋼メンタルで見守るだけだった。

 

 このりんなの点数は漬けた。いつも割と漬ける方だが、今回はさらに漬け続ける。それもそのはずで、ジャンプ構成が同じものになりやすいショートで、PCSが悪くない選手がノーミスをすると、これを追い抜くのは困難なのだ。

 まして、今年のショートの課題ジャンプはフリップ。すると、大抵の選手はコンビネーションを3Lz+3Tにするが、ルッツからの3回転3回転コンビネーションもかなり難しいジャンプ。オリンピック選手ですら3Lz+2Tに妥協する事が珍しくない。

 

 つまり、ここでりんなに勝とうとすれば、まずこの難度高めのジャンプ構成をノーミス前提。さらに、PCSやジャンプの出来等各要素のGOEで上回るかくらいしなければならない。

 予選下位組では黒澤美豹が高いPCSを見せて迫ったが、3Fでステップアウトがあったため、わずか0.8点及ばなかった。

 

 予選上位組でも漬けた。蓮華茶の子出藤環が0.26差、スターフォックスの鉱森神楽が0.04差まで詰め寄ったが、まだこのりんなの牙城を崩せない。

 

 それは後続の選手の焦りとミスを誘った。

「あー! ミスった〜!」

「ダメだった……」

 スターフォックス、平新谷萌栄と百瀬繭香はそれぞれ、ジャンプ後に少し流れるトラベリングに、着氷チェックの遅れがあって、りんなに勝てなかった。

「あの、1番滑走のりんなちゃん。今年は去年以上に強いな」

「ほんと、予選下位組って信じられない……」

 

 この壁を最初に突破したのは、まずジャンプ基礎点の暴力だった。

 蓮華茶の上桐天音が最終ジャンプに3Lz+3Loを跳んだのだ。

 

 会場が大きくどよめいた。

「おおっ!」

「なんと! 狼嵜光の『女王のジャンプ』……狼嵜光、八木夕凪に次いで、ジュニアで3人目が現れたか……」

「結構軽々といったな……」

「この子、ジュニアラストイヤーか……」

「フリーではこの子、3Aと4S跳ぶんでしょう? ヤバ! この子が優勝するかも!?」

 

 会場が熱に沸く中、告げられた得点は「69.28」

 ジュニアラストイヤー組の意地が一躍暫定トップに躍り出た。

 

 続いたのは同じく蓮華茶の大和絵馬だった。

 こちらは対照的に、静かな反応が客席を包んだ。

「うまいな……」

「丁寧だ……」

 

 客席から歓声が上がったのは、点数発表時だった。

「大和絵馬さんの得点……67.85。現在の順位は第2位です」

 

「おお! なんで申川りんな超えた!?」

「ステップシーケンス! 速報レベル4出てる!」

「この子もすげぇ!」

「今年、レベル高すぎる……これ、まだシードの子、滑ってないんでしょ?」

 

 この2人の活躍を、狼嵜光は選手席から眺めていた。

「さすが、夜鷹さんの教え子ですね。でも……」

 狼嵜光は舌舐めずりした。

 

 この2人との勝利も、私の血肉にして見せます。

 夜鷹さん、あなたもそれがお望みでしょう?

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