―――スターフォックス。救護室
ライリーは、救護室のベッドの上で美蜂の診察を受けていた。
「ここを……こう曲げると……痛みますか」
「ちょっと痛むわね」
「先日は何でこんな無理をなされたんですか? 貴方のことについては前任の興梠さんからしっかりと申し受けてますが」
美蜂が、たしなめるようにライリーに聞くと、ライリーは少しおどけながら答えた。
「つい、こう考えてしまったのよ。すごく、私に都合のいい事ばかり起きるから、ついつい危ない橋も渡ってみたくなるものなの。いい子2人に、有能コーチ、欲しかった口の固い女性メディカルスタッフ。夢じゃないかとほっぺたつねるみたいに……」
「4回転フリップで腰をひねってしまったわけですか。まあ、それほど悪くはないですが、長期的視点で見れば良くもないですね」
「どっちが? 私の腰? それとも……」
ライリーが少し眉をひそめて聞き返すと、美蜂は呆れたように答えた。
「両方です」
―――スターフォックス。選手用リンク
ハーネスを使用した萌栄の4S習得により、司はハーネス師として、次の日からもしばらく大人気となった。
もちろん、ハーネスは万能ではなく、そもそも課題ジャンプを成功させるフィジカルやテクニックを元々持っている生徒でないと意味はないし、ハーネスに頼ってジャンプしていると悪い癖もついてしまいかねないという問題点はある。しかし、それにさえ気をつければ、課題ジャンプに長く苦しんでいる生徒などにはまさに特効薬であり、使わない理由がほとんどない。
次の日からリンクの一角には司先生による個人レッスンコーナーが設けられ、1日に数名の者が課題ジャンプクリアの歓声を順次上げていき、1週間も経つともう対象者はほぼいなくなってしまった。
「すっかりハーネス師になってしまったな。ルクスの時もだったけど、みんなあっという間だな。さて、次の順番の子は誰かな?」
と、司が思っていると、光がやって来た。
「希望者は私で最後ですよ。個人レッスンお願いしますが、ハーネスは使用しません」
司は苦笑いした。ハーネスではなく通常のジャンプレッスンで、これほど高レベルな選手にマンツーマン指導するとなると緊張する。今は、夜鷹純の指導は受けておらず、4回転は封印していると聞いてはいるが。
「いいよ。何かやりたいレッスンがあるんだね」
「はい。今の課題は2Lzのフォームの改善です」
2Lz?
3Lzからの高度なコンビネーションをこなし、4Lzまで跳んでみせた少女が今更何を?
とりあえず、現在のフォームを見せてもらったが、司の目をもってしても、改善点すべきは見当たらない。
アイスダンス出身の自分の限界か? 司が諦めて他のコーチを勧めようとした時、光から提案があった。
「ちょっと、司先生2Lz跳んでもらえます?」
「いいよ。ちょっと久々だけど、……はい」
シュタッ
司が跳んで見せると、光はそれを見て眉をひそめた。
「その2Lz……もしかして、夜鷹純に教わりました?」
「……ちょっとね」
司の答えに光は困った顔をする。
「それだと困るんですけど、他の跳び方できませんか? 先生も動作の再現性高いと伺ってます。先生なら、夜鷹さん以外の人のマネをした跳び方できたりするんじゃないかと思いまして」
奇妙な提案だが、司は乗ってみせた。
「はは。まあ、やってみようかな」
「では、お願いします。
最初はいのりちゃんの2回転ルッツのマネで」
「はい」
司は幅が広目なジャンプで2Lzを跳んだ。
「亜子ちゃんの2回転ルッツのマネ」
「はい」
今度は高さと幅がそこそこで余裕のある2Lz
「コルネリアス・ルッツのマネ」
「『智者は智に溺れる。ヤン・ウェンリーのカレンダーも残り少ないぞ』」
艦隊司令官風にセリフを言う司
「すごい……見た技を使い分けてできるんですね」
「あの? 最後のは何? 君、銀河英雄伝説の放映時にまだ生まれてないよね?」
「ノリノリでマネしておいて今更何ですか」
ひとしきり、ジャンプの真似の例を見比べた後、光はしばし考えると、「よし、決めた」と顔を上げ、言った。
「亜子ちゃんの2Lzが一番自分にとって合ってるので、これで修正していきたいと思います。司先生のを何度も見ながらやりたいので、私と交互に跳んでもらってよろしいですか?」
なるほど。光さんは指導者と自分の動作の再現性の高さを活かしてフォームの修正をしたいんだな。光さんのジャンプは夜鷹さん似だから、夜鷹さん式以外のジャンプを参考にしたいんだ。
夜鷹さん式と亜子さん式のジャンプの相違点は……
……まさか?
ここで、司は重大な問題に気付いてしまい、青ざめ、慌てて光に言った。
「あの、ちょっと生徒の秘密に関わる重大な問題についての確認があるから、悪いけどスタッフブースに来てくれる?」
スタッフブースとは、リンクの横のすりガラスの入った小部屋で、競技前の精神集中の他、プライバシー等に掛かる秘密の会話等はここでする決まりになっている。リンクにはカメラやマイクが多く、秘密が漏れやすいからだ。
光は答えた。
「構いませんよ。さすがに、改善したい点に気付いちゃったんでしょ? そうですよ、腰の捻りの入り方のクセですよ。ライリー先生も知ってますよ。司先生に手伝ってもらうフォーム改善法、ライリー先生の提案ですから」
司は顔色を失う。
4Lzまで極めた選手が、2Lzまで手戻りしてまで改善したい問題。それが、腰の捻りということは、2回転から4回転までのルッツのクセで腰を痛めているという事である可能性が高い。
司は慌てて周りを見回し、誰も聞いてないか確認しつつ、光に哀願した。
「いや、ホントにスタッフブース行こう! この話、機微な話過ぎるって!」
にも関わらず、光は続ける。
「行きませんよ。練習時間もったいないですし。ほら、どんどん跳んで見本を見せて下さい」
「……」
司はしょうがなく、練習再開した。
司が跳んで、光がそれを見て跳ぶ。
同じことの繰り返しだが、確認すると、光は3回に1回ほど腰の捻りのクセが入ってしまっている。
「あ、今のはクセが入ってるよ」
「……やはりですか。もう一回お願いします」
光は粘り強く修正を試みる。得意技とも言えるほど身につけた技のクセは、動作の再現性の高さがあってもなかなか改善しないようだ。
―――
一方、リンクの逆サイドで練習していたいのりは、光に嫉妬していた。
『私の司先生に! あんなに跳んでもらって! 間近で見られて!』
どんな風に頼んだらあんな練習方法してもらえるんだろう。
いのりは、手にしたタブレットを見て、
出来心で「音声確認」ボタンを押してしまった。