結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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111話 全日本ジュニア その4

「子出藤絃さんの得点……67.22。現在の順位は第9位です」

 順位を告げられた絃がぶすっとした表情になり、それを亀金谷ヘッドコーチがなだめる。

 十分高得点なのだが、9位という順位が不満なのだ。他の選手も高得点すぎる。

 クラブメイトの絵馬にわずかに及ばなかったのも不服なのだろう。

 

 そして、いよいよ狼嵜光の滑走順となった。

「じゃ、よだ……司先生。行ってきます」

「よし、任せた!」

 光は言い間違いを繕うようにあわててリンク中央に向かった。

 

 そして、狼嵜光の演技が始まった。

 3A+3Tから始まるジャンプの後に続けて、フランス戦で修正した振り付けで観客を盛り上げてくる。しかし、ライリーは首を傾げた。

「……頭は動かせてますが、視線が……」

 隣にいる司も顔を顰めた。

「ちょっと、固定されてますね……」

 

 観客が恍惚の表情で見守る中、演技は終了した。

 キスクラで得点発表を待つ間に司は聞いてみた。

「良かったけど、視線が広く使えてなかったね。何かあった?」

「え!? しまった……」

 光は舌打ちをした。何となく夜鷹純の存在を感じていたガラスボックス席の方にばかり意識を向けていた気がする。

 

 それがたたったか、目標点数をやや下回った。なまじ他が完璧だっただけに、この凡ミスは目立ってしまっていた。

「狼嵜光さんの得点……72.93。現在の順位は第1位です」

 それでも点差をつけて1位。しかし……

「くっ。しくじりましたね。フリーで巻き返さないと……」

「……そうだね。まず、岡崎選手や鹿本選手の結果を見て考えよう」

 司は光の目を見て諭したが、光には司が視界に入っていなかった。その目には昏い妄念の焔が宿っていた。

 

 その燃え上がる視線の先にいたのは次滑走者の鹿本すずであった。

 

―――

 

 鹿本すずは、狼嵜光の突き刺すような視線を受け取ると、軽く笑った。

「にしし……光ちゃん、たぎってるやん。でもな、そんな鼻息荒くしてたら勝てるモンも勝てへんで。

 光ちゃん。今の光ちゃんが戦わなアカンのは……

 自分自身や」

 

 そう言って、リンクに向かった。

 観客全員が息を呑んで見守る中、すずが中央でポーズを取る。

 

 すずが、夜鷹純に認められた才能は4Tでも4Sでもなかった。

 圧倒的な表現力と視線の力で、リンクの雰囲気を瞬く間に自分のものとし、観客や審査員まで虜にする力。

 

「この、『領域展開:すずワールド』や!」

 

 中2病すぎるネーミングとは裏腹に、その威力は絶大だった。イントロのない曲の始めにもピタリと合わせ、音楽の力を自分の力とし、エッジの軌跡で世界の輪郭を象り、振り付けで色彩を与え、視線で観客をその世界の内側へと誘う。

 

「何? この一体感のある表現……」

「世界観の打ち出しがイイ……」

 一度その世界に入ってしまえば、もう逃げられない。

 見る者全ては鹿本すずを唯一絶対の偶像=アイドルとする世界の中で、いち信者としてペンライトを振るしかない。

 

 ライリーも司も固唾を飲む。

「やるわね……コレは……」

「すごく……仕上げてますね」

 2人の手元が無意識にペンライトを探してしまっていた。

 

 『世界一かわいいトリプルアクセル』に3Tのコンビネーションが乗せられると、リンクの雰囲気はもはやライブ会場のように過熱してきた。その会場の熱がすずの滑走に乗り、エッジを推進させ、すずワールドを更なる加速と熱狂に誘う。この高みは、観客がいないとあり得ない境地だった。

 

 スピンやステップ、続くジャンプは、このライブ会場を彩る要素として、音楽を媒体に完全にプログラムのなかに溶け込んでいた。

 

 そんな、すずの独演アイドルショーは夢であったかのように瞬く間に終了し、会場には恍惚の表情を浮かべる観客が残された。演技を終えて軽く頭を下げ、キスクラへと向かうすずの背中に、思い出したように拍手の嵐が浴びせられた。

 

 我に帰った観客は、口々に戸惑いながらすずを褒め称えた。

「すごかった……」

「最初のジャンプ、3A+3Tだった? ……なんか、演技に完全に溶け込んでて、回転数とか数えてなかった……」

「『世界一かわいいトリプルアクセル』見逃した……」

 

「やったな! すず!」

 キスクラで蛇崩の激賞にすずは軽く答える。

「……まだ、ショートやで」

 すずは脚をさすりつつ、スコアボードを見つめる。

 

 やがて、点数発表。

「鹿本すずさんの得点……74.21。現在の順位は第1位です」

 

「やったな! 狼嵜光超えたで!」

 涙を流し叫ぶ蛇崩に対し、すずは冷ややかだった。

「だから……まだ、ショートやって」

 

 狼嵜光は歯噛みして、爪を拳に食い込ませた。

「夜鷹さん……まだ勝負はついてませんよ……」

 

―――

 

 岡崎いるかは満足だった。

 ジュニアの子達が、こんなに立派に育ってくれているとは。

 

 昨年、ノービスからの推薦2回目で全日本ジュニアにやってきた狼嵜光と、狼嵜光の影に隠れて近年全国区では順位を落としていた中部ブロック勢を始めとする狼嵜世代の躍進。

 さらには、自分たちの世代と狼嵜世代との端境世代であった上桐天音の急成長。

 

 そして何より、JGPファイナルでの活躍に甘んじることなく、次のステップのため移籍してまでも更なる進歩を求め、歩みを進める結束いのり。

 

 ……まあ、今の狼嵜光のショート滑走は何だか凡ミスやったようだが、ともあれ、フランス戦ではかなりできかけていたので、心配してやることはない。

 

 鹿本すずは一皮剥けた。コイツはもうできている。もう、シニアでも真に通用する武器を手に入れた。これから推薦出場の全日本でも戦っていけると思うと楽しみでしかない。もう、「こっち側の人間」だ。

 

「さて、(こひゅっ)教育してやるか」

 岡崎いるかはそう呟くと、リンクに向かった。

「頼むぞ、いるか……」

 五里ヘッドコーチが両手で拝むようにいるかの背中を送り出した。

 

 そして、いるかの滑走が始まった。

 

 曲は映画「レック」から。沈船から宝を回収しようとするトレジャーハンターの冒険活劇だ。

 去年のいるかとは比べ物にならない出来栄えだった。とても、怪我からの復帰シーズンとは思えない。

 勇壮な曲の中、大海原に翻弄される冒険家の衣装に身を包んだいるかは、リンクを嵐の海に見立て縦横無尽に駆け回る。今にも転倒してしまいそうな程身体を傾け、そこから立ち上がる不屈の滑りを見せつける。

 

 大きな衝撃のフレーズ音と共に姿勢を沈めたいるかがクリムキンイーグルから浮かび上がって来ると、観客はいるかの復活に驚き、歓喜の感情を爆発させた。

「うおっ! すごい! かっこいい!」

「映画見ているみたい……」

 

 いのりも、食い入るようにいるかの演技を見守る。

「……私、いるかちゃんのすごさ、わかってなかったなぁ……」

 なにやら、うなづきながら呟いている。

 

 鹿本すずのすずワールドがアイドル独演ショーの熱狂だとするなら、岡崎いるかの滑走は大船をも飲み込む大海原の興奮の渦潮のいるかワールドだ。

 エッジで氷片を飛ばすスノースプレーによるジャッジアピールを受けた審査員は、表情を保つのが精一杯だった。沸き立つ観客は氷飛沫の中に大波を幻視し、観客席にまで侵入してくるいるかワールドに驚き飛び退く者までいた。

 

 海中冒険を激しい滑走の中に描いたいるかワールドは、最後、宝の地図を掲げるポーズで幕を閉じた。空に掲げられたその両手に、観客は皆、岡崎いるかの栄光の道しるべを見た。

 

 興奮覚めやらぬ観客は、口々に今の滑走を語り合った。

「すごかったね! なんか、映画見てるみたいだった!」

「わたしも! やっぱり、会場で生で見ると全然違うね! なんだか、舞台見てるみたいだった……」

「もう、いるかちゃんに惚れなおしちゃう……」

 

 キスクラで、五里ヘッドコーチがいるかを労う。

「やったな! いるか! 今シーズンNo.1の素晴らしい演技だった!」

「(こひゅっ)……みず」

 五里はすぐ水ボトルを渡す。いるかは失声症で、特に滑走前後はほとんど声が出ないことがある。五里は何も言わず彼女を支える。

 

 そして、点数発表。

「岡崎いるかさんの得点……73.41。現在の順位は第2位です」

「よし! やった!」

 五里コーチが立ち上がり、両手を高々と掲げて喜びに震える。

 

 対して、いるかは2位で不満なのか、ぶすっとむくれていた。

 五里は急いで座り直すと、いるかを励ます。

「これでいい位置でフリーに臨めるな」

「(こひゅっ)ぃ……」

 いるかは表情を直すとうなづいた。

 

 ショートプログラムが終了し、現在の12位までの順位は次のようになった。

 1位 鹿本すず 74.21

 2位 岡崎いるか 73.41

 3位 狼嵜光 72.93

 4位 八木夕凪 70.13

 5位 上桐天音 69.28

 6位 結束いのり 69.09

 7位 小雀白花 68.65

 8位 胡荒亜子 68.06

 9位 大蜘蛛蘭 67.90

 10位 大和絵馬 67.85

 11位 子出藤絃 67.22

 12位 蝉丸ひまり 66.81

 

―――名古屋市内ホテル

 

 スターフォックスの一同が泊まるホテルで、宿泊部屋に別れて個別に、明日の作戦会議が行われた。

 クラブメイトにも構成等秘密なので、各コーチの部屋でドアを閉めて、順番に選手が入って行う。司は男性なので、アシスタントの鵯美幸が立ち会う。

 

 まず、いのりが元気良く入って来た。

「司先生、お願いします」

「いのりさん、よろしく」

 司は今日の各選手の採点表を広げ、今日のショートの振り返りと、明日の構成の確認を行う。

 

 いのりはすずといるかの採点表を少し確認したが、他の資料は流し読みして言った。

「予定どおりノルウェー戦と同じ構成で行こうと思います。目標得点も」

 これは司も意外に思い、確認した。

「あの……今回、みんな強いから、この点数だと……ひょっとすると、表彰台落とすかもしれないけど……」

「それは……」

 

―――

 

「司先生、よろしくお願いします」

 いのりと入れ替わりで、光が入ってきた。

「よろしく。光さん。これ、採点表。そして、これ、鹿本選手と岡崎選手の予想構成と、予想得点」

「はい」

 光は資料確認しつつ、イタズラっぽく聞いてきた。

「いのりちゃんと亜子ちゃんの予想はないんですか?」

 司は呆れたように言った。

「クラブメイトのライバル選手の情報、横流しできるわけないでしょ」

 光も聞いただけなので、目を資料に戻して、読み進める。

 

 概ね資料に目を通すと、光は他の資料を求めた。

「上桐選手や大和選手の予想も欲しいんですが」

「ちょっと時間足りなかったからね。前回大会データならこっちにあるけど……」

「あ、それならいいです。上桐選手とかフリーでPCS伸びないから、4Loあっても特に警戒する必要ないですものね。

 あと、こちらのすずちゃんの予想、低すぎません? すずちゃんもフリーでPCS伸びないですが、4S跳ぶかもとか言ってたのに、入れてないし」

 鹿本すずの予想点数は何度も手書き計算された跡があったが、最終的には低め予想になっていた。

 

 司は、声を潜めた。

「鹿本すず選手は、何か問題を抱えていると思う。恐らく、ノルウェー戦より落とすと考えてる」

「!? どうして?」

 驚く光に、司は声を小さくしたまま説明する。

「それはね……」

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