結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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113話 全日本ジュニア その6

 女子フリースケーティングもハイレベルな戦いが繰り広げられた。100点を切る選手がいない、ノーミスの選手が次々と出る恐ろしい展開に、リンクは異様な雰囲気に包まれた。観客も息を呑む。

 

 そして、まず皆の度肝を抜いたのは平新谷萌栄だった。

 ……シュタッ

 最初のジャンプで4Sを鮮やかに決めた。

「うおおっ! 4S!?」

「この子すごい!」

 雰囲気やプレッシャーに呑まれることなく、ディズニーの宇宙冒険映画の曲に乗せてジュニアらしい軽快な演技を見せる。そのまま、ノーミスのまま演技を終えた。

 

 キスクラで、ライリー相手にドヤる萌栄。

「どう? 最高やね?」

「もちろん! エクセレント!」

 上機嫌の二人に結果が告げられる。

「平新谷萌栄さん。

 フリースケーティングの得点124.25。

 ショートプログラムとの合計185.72。

 現在、第1位です」

 

「やったあ!」

 萌栄は快哉を叫び、ライリーと抱きつき席から跳び跳ねる。

 このフリースケーティング初の120点台、合計で初の180点台。それも、まだ半数の選手の滑走を残して、である。

 去年の亜子より高い。そんな点数が早くも出てきてしまっている。見ている観客も、興奮より恐ろしさを感じてしまっていた。

 

 観客席の瀬古間も羊も、背筋に冷たいものが走った。

「これが、狼嵜世代……ですね」

「そうね。『世代』って言うくらい、みんな驚くくらい上手いよ。去年の全ジュニに出てた選手も、一段と腕を上げてる。成長速度がすごい……怖いくらい……」

 

 しかし、そんな観客席すら凍り付かせる驚愕の高得点にも関わらず、続いて滑走する選手たちは興奮も動転もしていなかった。

「……予想はできた……私は予定編成かな?」

「……もう早くも合計180点台出たし、作戦変更ね」

「……ここは、勝負かな? 3Aチャレンジするか……」

 自分たちの成長を実感している選手はいても、それに酔いしれている選手は一人もいなかった。周りの成長速度も速いので、冷静に更なる成長を求めていかないと生き残れない。狼嵜世代の女子シングルはそんな過酷な戦場であり、そこに立つ選手は皆、強敵に怯えることなく戦況を冷静に見ることのできる戦士のみであった。

 

 すぐに、この暫定1位を突き崩そうと他の選手が襲いかかる。しかし、黒澤美豹、子出藤環が180点台を出すも、萌栄を越えるに至らず。鉱森神楽は3Fで転倒し、惜しくも180点に届かず。

 そして、この組最終滑走の申川りんなの滑走となった。

 

『申川りんなはフリーが弱い。スタミナ不足で後半失速する』今まで、対戦してきた選手はそう認識していただろう。しかし、……

 鴗鳥慎一郎がハッパをかけてりんなを送り出した。

「あなたをスタミナ不足と侮っていた選手等に目にものを見せてやりなさい……呼吸のタイミング、忘れないように」

「はい!」

 

 体質改善策もさることながら、演技の中、呼吸を確認、回復するポイントをいくつか設け、最後までのスタミナと集中力の維持を図る。それが、全ジュニにあたり慎一郎がりんなに授けた最後の策であった。

 それが、ショートでも功を奏し始めていた。

 

 師弟2人が、信じ積み上げてきたものが、結果となって表れた。質の高いジャンプを確実に決める、名港ウィンドらしい最強の戦略に乗っ取った滑走が決まった。

「申川りんなさん。

 フリースケーティングの得点119.38。

 ショートプログラムとの合計186.02。

 現在、第1位です」

 

 たちまち1位の座から降ろされた萌栄が寂しそうに呟く。

「4S跳んで、180点台まで出して……例年ならワンチャン表彰台モノの点数なのに、今年は第2グループ内でも保たんのかい……フリーの点数なんて、去年2位のダリアちゃんと0.54差なんやで……」

「萌栄ちゃん……」

 ライリーが心配そうに肩に手を置こうとする。

 

 しかし、その前に萌栄はニッコリ笑顔で顔を上げた。

「ま、いっか! ウチの4S、絶対またすぐテレビに放映されるよな! NETRefleX TVの方が早いかな? 誰かまた動画サイトとかに上げてくれるかな?」

 そう言ってスマホでぽちぽちエゴサを始める萌栄に、ライリーは苦笑した。

「……この子は心配ないわね。カグやマユも落ち込んではいないようだし……なにより、まだまだウチの子いるしね」

 

 リンクの方では整氷が始まっている。続く第3グループには胡荒亜子がいる。

 

―――

 

「蝉丸ひまりさん。

 フリースケーティングの得点121.65。

 ショートプログラムとの合計188.46。

 現在、第1位です」

 第3グループの滑走が始まって早々、蝉丸ひまりが4Sを跳び、軽くステップアウトしつつも転倒は堪えて1位を奪った。

 

 慎一郎とりんなも揃って顔をしかめる。

「蝉丸選手、4Sを成功させましたか……公式練習ではほとんど成功していなかったのに」

「もう抜かれた……今年、みんな強いね。私も次の課題に目を向けないと」

 

 滑走を控えた選手もそれぞれ反応する。

「何だか……もう、すぐ合計190台とか200台とか出てきそう……」

「……最大編成で最大火力出そう。もう、なりふり構っていられない……」

「落ち着いて……うちは予定編成。準備をしてきた結果を受け入れないのは弱さや……」

 

 戦いは続き、勝者は次々と替わっていった。

「子出藤絃さん。

 フリースケーティングの得点121.72。

 ショートプログラムとの合計188.94。

 現在、第1位です」

「大和絵馬さん。

 フリースケーティングの得点121.43。

 ショートプログラムとの合計189.28。

 現在、第1位です」

 

 わずか。ごく僅かの点差の中に、次々と1位が入れ替わっていく。

 どの選手も例年なら表彰台レベルの逸材。次々と1位の座を塗り替えているこの選手等は、これまでの選手等の記録と記憶をも塗り替えていく世代となるだろう。

 もはや、観客も声を失い、伝説に残るであろうハイレベルな戦場を見守る。

 そして、とうとう……

 

「大蜘蛛蘭さん。

 フリースケーティングの得点124.72。

 ショートプログラムとの合計192.62。

 現在、第1位です」

 観客も沸く。

「おおおっ! ついに190台突破!?」

「ええっ!? まだ、最終グループにもなってないのに……」

 

 そんな、観客のうねるようなどよめきも、次滑走者の亜子の耳には全く入っていなかった。

 

 亜子は決めていた。

 狼嵜光に勝つために必要な点数は、合計で200点と予想する。

 ショートでミスのあった自分の勝ち目は、これしかない。

「……最後のアクセルの方をコンビネーションにします」

 母親の胡荒コーチもうなづく。

「分かったわ」

 コンビネーションにできる3Aを持つ亜子にとって、「最後のジャンプがアクセル指定」というレオニードの振り付けは難しいものだった。最後に安定ジャンプを持っていけない。

 しかし、亜子は最終ジャンプに安定を求めるどころか、後半ジャンプボーナスを得るために、その最後のアクセルに3Tをつけようとしていた。プログラムの流れ上も、クライマックスに向かって盛り上がりの頂点になる最後のジャンプにド派手にコンビネーションを決めた方が美しい。とは言え、リスク度外視の選択である。

 じっと、体力も鍛えてきた。疲労した時にも失敗しないよう、追い込んでのフルランも欠かさなかった。

 

 全日本さえいければ、ではない。4回転封印している狼嵜光に、ここで勝つ。……そうでなければ、もはや生涯2度と狼嵜光に勝つチャンスはないかもしれない。

 

 ショート7位という失態を覆すための賭けに等しい選択。亜子のギャンブルが始まった。

 レオニードの振り付けの力を最大限に活かし、テーマ曲「展覧会の絵」に則って、友人の遺作展を訪う淑女を模してリンクを巡る。

 

 最初のジャンプが単独3Aだった時、観客席の瀬古間や羊も亜子の狙いに気づいた。

「……東日本大会の時は3A+3Tでしたが、ここで単独3Aにするとは、もしや……」

「胡荒亜子ちゃん、今年の振り付けはレオニード氏で、最後のジャンプはアクセル指定らしいから、最終ジャンプにコンビネーションの3A+3T入れる気だね。最後の手前のジャンプも3連コンビだから、本当に最大編成……それに……」

 

 他の観客も気づき始めた。亜子の急成長ぶりに。

「この子、すごく上手くなってる……JGPの時より」

「じわっと惹きつけられる感じ……」

「光ちゃんやすずちゃん、いのりちゃんはすごいけど、亜子ちゃんも負けていない……」

 

 これは、スターフォックスという環境あってのものだろう。蓮華茶の環境もそうだが、トップ選手が集まる環境に置かれると、互いに練習を見合って刺激を受け、伸びやすい。狼嵜光と結束いのりという才能を迎えたスターフォックスの亜子は、今シーズンどんどんと加速度的に……JGPシリーズ戦よりさらに成長を見せていた。

 さらに、レオニードの振り付けがその成長を芸術性にも昇華させた。考え抜かれた一挙手一投足に美しさやメッセージが宿り、彼女の精神とスケートを磨き続けてきた。

 

「……」

 それを見る狼嵜光も背筋に汗を垂らす。

 わかるのだ。彼女が狙うのが暫定1位の座などではなく、自分の座であると。そして、彼女の演技が、そこに迫りつつあると。

 そして、コレオシークエンスは圧巻だった。視線・表情・指先まで完全にコントロールされた表現により、誰もが友人の死を悼みつつ、遺作の絵画に想いを馳せる女性の姿を感じ取った。

 

 そして、運命の最終ジャンプ

 ……シュタッ、がりっ

「!?」

 3Aは完璧だった。しかし、他の選手のジャンプ着氷跡があったのか、着氷の際に氷が柔らかく崩れる感覚があった。

 エッジが流れ、体勢が崩れた。

 

 胡荒コーチは心の中で叫んだ。

『1Tでいい! 形だけでもコンビネーションを跳んで!』

 しかし、亜子は崩れた姿勢で無理に無様なジャンプを跳ぶ選択を拒んだ。美しく体勢を立て直し、プログラムの流れを保った。

 

 プログラムの流れは保ったのだが……

「REPT……」

 胡荒コーチがガックリと肩を落とす。コンビネーションを落としたからだけではない。

 7回あるジャンプの中で、同一のジャンプを2回跳ぶと、繰り返しとみなされ、基礎点を7割に減じられる。

 これを防ぐには、一方をコンビネーションにする必要がある。単独3Aと3A+3Tなら繰り返しにならない。

 つまり、亜子はコンビネーションを落としたことにより、3Tの基礎点のみならず、3Aの基礎点の3割をもまるまる落としたのである。コンビネーションで1Tでもつけられていれば、はるかにマシであった。

 

 キスクラで沈む胡荒親子に結果が告げられた。

「胡荒亜子さん。

 フリースケーティングの得点120.96。

 ショートプログラムとの合計189.02。

 現在、第3位です」

 

 静まり返ったリンクに整氷車が無機質に入り込む。

 そして、リンクはいよいよ最終組を迎える。

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