結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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118話 全日本ジュニア その11

 鳴り止まぬ拍手の中、いるかが五里と共にキスクラを降りる。

 愛花や桃芽が駆け寄り、心配そうに聞く。

「いるかちゃん、大丈夫?」

「いるかセンパイ、お疲れ様でした! 声の方は大丈夫っスか?」

 いるかは口を閉じたまま、煙たそうにひらひらと口の前で手を振った。

 

 いるかの代わりに五里が答えた。

「いい演技だったろ? ちょっと、頑張りすぎたからしばらく声は出ないかもな」

「……(こくり)」

 いるかの失声症は治っておらず、特に神経を使う滑走の前後にはほとんど声が出なくなってしまっていた。今回は、4回転2本とビッグチャレンジをした直後だから尚更だ。

 本気を出し過ぎればこうなってしまうことがわかっていたから、予選でもあまり本気を出さなかった。

 

 いるかは、五里から電子メモパッドを受け取ると筆談を始めた。

『かもとすずは?』

 五里はスコアボードを見直して、首を傾げた。

「……まだWDはついてないな。まさか、棄権せず滑走する気か?」

 

 その疑問に答えるように、場内アナウンスがあった。

「選手のメディカルチェック中です。しばらくお待ちください」

 会場からも驚きの声が上がる。

「……まさか、出る気か?」

「結構ムゴい肘打ちくらってたような……」

「八木選手はWDしてたけど……」

 

 静まりかえる会場に、選手通路から鹿本すずが現れた。

 その頬には目立たないが、大きな肌色絆創膏が貼られており、さらには、口に何か含んでいるようだった。

 観客席から驚きの声と励ましの拍手が鳴る中、すずは笑顔で手を振りつつリンクに歩みを進めた。

 

「次の滑走者、鹿本すずさん。蓮華茶FSC」

 コールされると、鹿本すずは傍にいた家守コーチの持つビニール袋に何か吐き出し、ウエットティッシュを受け取って口を拭った。

「うわ……」

 会場から驚きの声が漏れ出る。

 一瞬見えた、すずの吐き出した止血用ガーゼは真っ赤だった。

 

「おう。コーチ。ありがたいで。この絆創膏も具合いいわ。……いたた」

「まだ口の中の血止まってないから、あまり喋らない方がいいっスよ。絆創膏も応急処置なんで、終わったら病院で縫ってもらわないと」

「うい、表彰式後にな」

 このコンディションで、まだ表彰台狙ってるのか……

 家守はたしなめるように言った。

「無事に帰ってこればいいから、無理はしないで欲しいっす」

「それは無理やな……いたた……」

 すずは最後に軽口を返すと、リンクに駆け出していった。

 

「たのむ、すず……無事に帰って来てくれ……」

 その後ろから、蛇崩が拝むように無事を祈る。

「……遊、行かせて良かったんか?」

 亀金谷ヘッドコーチが蛇崩に聞くと、蛇崩は顔を伏せたまま答えた。

「アイツが……、どんなに頑張ってるか知ってますから。僕には止められません」

「そうか……。そうやな。わかった」

 亀金谷も顔を伏せた。

 自分の現役の事を思い出して。

 自分が選手の立場なら、止まれるわけがなかったのだ、と。

 

 観客も心配そうに見守る中、すずの滑走が始まった。

 冒頭のエレクトロポップな詰め込みパートで、すずはまず、観客席への満面の笑顔アピールから入る。

「あ……大丈夫そう」

「思ったより平気そうだね」

 

 皆騙された。

『痛い痛い痛い……』

 すずの笑顔は、痛みで戻せない表情筋に貼りついたものだったが、観客には気づかれなかった。

 そのまま、コンサートホールでも映えるような大きな、元気いっぱいの振り付けを見せる。

『舞台の上で嘘をつけてこそアイドルやで。

 さあ、領域展開『すずワールド』や!』

 

 蛇崩が驚く。

「あ、アイツ……。フリーでそこまで大きく振り付けたら保たんて……」

 亀金谷もあきれ顔だ。

「アイツ、全部出し切る気やな」

 

『そうやで……ウチはもう、全部出し切らんと。

 純さんは、もうスケート界に戻る言うてくれはった。

 ウチは、それに対して応えんと。

 それに、いのりちゃん……』

 すずは、観客席からいのりを見据えた。

『4Sについては、いのりちゃんに一日の長があるわ。

 だけど、ウチはいのりちゃんより早く始め、ずっと光ちゃんとやり合っとるんや。

 負け続けて、立ち上がりやり直した長さだけは誰にも負けへん。

 これが、本気の美少女バトルや!』

 

……シュタッ

 

 すずの4S成功に、会場はカオスの極みとなった。

「!! ついに、すずちゃんまで4S跳んじゃった! もう、スケート界コレどうなっちゃうの?」

「ジュニア1年目なのに……。オリンピックでもこんな激戦見られないよ!」

「うわ。4Tでも十分なのに、4Sぶっ込んで来た……」

 そして、皆、気付きだした。

「すずちゃん……今日こそ光ちゃんに勝つ気だ!」

 

『ウチはいつでも勝つ気や!

 でもな、今日のすずはちょっとだけ違うで。

 勝つ気だけやのうて、『負けられへん』のや……』

 

 その原因は夜鷹純だった。

 すずが夜鷹純にスケート界復帰を求めた時、夜鷹純が出した条件は『すずが今シーズン、出る試合で全て金メダルを取ったら』だった。

 流石に厳しい条件だったが、すずは夜鷹と蛇崩の指導もあり、ここまで無敗で来た。

 しかし、先程の負傷。

 医務室で治療を受けるすずに、夜鷹は『もう自分はスケート界に戻る事にしたから、約束気にしないで、無理しないで』と言ってくれた。

 

『ちゃうねん。純さん。

 負けたあとでソレ言ってくれたならまだサマになるけど、やる前に言ったらアカンで。

 だって、『負けてもいい』言われて負けたら……

 スケート魔法少女としてカッコがつかへんのや!』

 

……シュタッ

 

 すずの魔法少女としてのプライドが続く4Tにも魔法をかけた。

「!! 4Tも跳んだ!」

「きゃーっ!! きゃーっ!! すずちゃん!!」

 魔法をかけられた観客が半狂乱になる。

 

『そして、いのりちゃんもや!

 あんなアドバイス贈られて、『世界一かわいいトリプルアクセル』の秘密まで見破られたら、『挽回はまた次の試合に』なんて、恥ずかしすぎてできるわけないやろ!』

 

〝カッコよくありたい。恥ずかしいのはイヤ〟

 そんな世界一軽薄な動機が、すずをここまで突き動かしていた。

 続く3A+3Tではしっかりウィンクをキメて『世界一かわいいトリプルアクセル』にしてみせた。

『どや! コレがスケート魔法少女のスケート魔法や!』

 

「アイツ……危ないからウィンクやめろ言うたのに……」

 そんな中2病極まったすずの演技を見て、蛇崩は生きた心地がしなかった。

「それに、そろそろ……スタミナ切れるやろ……すず……」

 

 蛇崩の予想通り、すずの燃料タンクは底を尽きかけていた。表現力を底上げする振り付け、『領域展開:すずワールド』はスタミナ消費が激しい。本来ショートでしか使えない技だった。

 ふらつく身体になんとか嘘を吐き続け、ついに最終ジャンプまで漕ぎつけた。

『ああ……ウチ……もう、からっぽや……』

 

 最後の3A。

『もうからっぽやけど……からっぽのカラダって軽いんやな……跳びやすいわ……』

 

……シュタッ

 

 毎日極限まで追い込んできた練習量が『疲れた時のジャンプ』が『失敗ジャンプ』になる事をかろうじて防いだ。

 

「嘘……」

「ノーミス、4回転、3Aそれぞれ2本成功……」

 最後の抱擁ポーズから動かないすずに、少し遅れて割れんばかりの拍手が降り注ぐ。

 すると、すずはおもむろに笑顔を上げて拍手に応えつつ、ゆっくりとたどたどしい足取りでリンクサイドに向かった。

 

 リンクサイドには亀金谷ヘッドコーチが、温タオルと大きなバスタオルを持って待っていた。

 亀金谷は温タオルをすずに渡すと、バスタオルをすずの頭にかぶせて言った。

「もう大丈夫やで、すず」

 すぐに、バスタオルの下から咽び泣く声が漏れた。

 

「大丈夫か? すず?」

 蛇崩が聞くと、亀金谷が代わりに答えた。

「大丈夫やない」

 そう言うと、亀金谷はブレードカバーをつけがてら、すずの脛を手の甲でなぞるように触った。

「!!」

 すずの脚が飛び退くように動く。それを見た蛇崩が驚愕する。

「すず!? まさか……」

「……踊り子さんには手を触れないでください」

 バスタオルの下からすずの弱々しい抗議の声がした。

 

「いつからや!」

 やや怒気をはらんだ蛇崩の声にも怯まず、すずは飄々とごまかそうとした。

「演技の時は口の中の方が痛かったわ」

 顔をしかめる蛇崩に、亀金谷コーチがブレードカバーをつけつつ口重に言った。

「……このブレードカバー、立ったままつけられるヤツやな。少なくともノルウェー戦前か」

「……」

 押し黙るすずに、亀金谷は冷たく言った。

「リハビリ、長くなるで」

 

 

―――表彰式

 

「にょほほほ〜♪ 美少女2人脇に並べて表彰台のトップ! 幸せ〜」

 表彰台のトップでピースをキメるすずに、隣のいるかが呆れたような、心配そうな顔で見つめる。

 すずの脚はこれでもかと湿布が貼られており、痛々しい。

 

 いるかの視線に気づいたすずが答える。

「ああ、ちょっと無理したから休まんとな。勝ち逃げゴメンな」

「……」

 いるかはその意味を理解して気の毒そうな顔をした。

 『勝ち逃げ』とすずが言ったのは、推薦の全日本選手権でいるかと再戦することができないと言うことだろう。

 となると、その前のJGPファイナルも棄権だろう。これは厳しい。

 

 それを聞いて、光も恨めしそうな顔をする。

「すずちゃん、ファイナルも全日本も出ないの?」

「せやな。今日この後すぐ病院行って検査してもらうけど、まあ……アカン言われるやろな」

「そう……」

 

 そんな脚の不調あったのに、勝てなかったんだ。

 司コーチも脚の不調を見抜いていた。ブレードカバーもその処置だと予想していたが……。

「ノルウェー戦の前から?」

「……まぁ、練習中や試合中は問題ないねん」

「……」

 

 ここまで聞くと、光も『それ、シンスプリントじゃ……』と予想できてしまった。

 つづいて光は、試合も終わったことだし夜鷹純の事を聞こうとしたが、いるかがいるため、それは諦めた。

 すずも、何か光が言いたそうにしてるのには気づいたが、それは無視して観客へのアピールに浸った。

 

―――

 

 しかし、光はどうしても夜鷹純に会いたかった。すずから夜鷹の事を聞きたかった。コーチをしているという話も詳しくは何も聞けていない。

 表彰式の後、着替えて蓮華茶のいるところに向かうと、ちょうどすずが蛇崩に支えられて入口に歩いているところだった。

「もうすぐ通院車来るって。慌てずゆっくりな」

「……整形外科の先生は良い先生やろな?」

「心配すんなて。多分良い先生や」

 

「……」

 ちょっと呼び止めて話せそうな雰囲気ではない。しかし、これを逃すとすずに会う機会はしばらくない。

 光はすぐ近くにいたライリーに言った。

「すいません。ライリー先生」

「何?」

「ちょっと、着替えた後から少し腰に違和感があって……通院車来てるらしいので、診てもらってきていいですか?」

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