結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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119話 病院 上

「いえ、本当にちょっとだけ、違和感だけなんで、念の為に診ておいてもらおうかなと……」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

「!?」

 光の訴えにライリーは狼狽えた。脳内に光が嘘をついていることを示すアラートが鳴っているが……

『違和感だけ……って嘘なの? 本当は痛みがあったとか……?』

 ライリーの嘘発見能力は話の中の嘘の有無がわかるだけで「重い方か軽い方か」「どの部分が嘘か」はわからない。光は自分の苦しさを表に出さない方なので、ライリーは『実は痛みもあるんじゃ……』と勘違いを始めた。

 

 近くにいた美蜂がこっそりそれを宥めようとする。

「(こそこそ)ライリー先生。そんな顔だと生徒も不安になりますよ」

「……そうね。光ちゃん。違和感だけでも念の為受診しましょう。今日は4Tも跳んじゃったことだし。

 通院車が来てるのね? じゃあ、すぐ乗りなさい。私も乗るわ。

 あ、運転手さん。すいません、このバス病院までですね? 追加3名お願いします!」

「はい。まだ乗れますよ。すぐ出ますからね」

 ライリーは通院のマイクロバス運転手と調整し、光や美蜂と共にバスに乗り込んだ。

 

 バスには既にすずと蛇崩、亀金谷コーチが乗っていた。

 すずは光が乗ってくるのを見て目を丸くした。

「……光ちゃん!? これ、病院行きやで?」

 光はすずの隣が空いているのを見ると、素早くその席に滑り込みつつ答えた。

「ちょっと念の為診てもらおうかと……」

 

―――

 

 他のクラブに怪我の事情等を詳しくは聞かれたくないので、通院車の中で蛇崩と話していたすずも一旦会話をやめた。

 そこへ、光が話しかけてきた。

「すずちゃん。夜鷹さんが来てたことについて教えて欲しいんだけど……」

「純さんのこと? ええよ」

 そのまま、話題は夜鷹純の話になった。

 

 ライリーや美蜂は『怪我の不安や今日の勝敗に触れられるより、気になっている夜鷹純の話で紛らせられるならそれでよし。他のクラブに怪我の詳しい内容を聞かれるよりはいい』と考えたし、亀金谷や蛇崩も概ね同じだったので、コーチ陣も彼女らを止めなかった。

 光も、夜鷹のことをすずから聞くことで、敗戦の悔しさを紛らせたかった。

 

「……そんなカンジで、柄後君とか上桐さんとか、気に入った子だけ教えてくれてるんや。ああ、あと、大和絵馬ちゃんもな。口数すくないけど、蛇崩先生も手伝ってくれるからな。教え方も上手くなってきてるで」

 夜鷹純が自分以外に対してまともなコーチができるわけがない、と考えていた光であったが、蛇崩が間に入って意外とまともにコーチできていたという事だ。

 蛇崩がハーネス師の才能を見出されたという事や、すずが夜鷹にスケート界復帰を求めた際の話も、すずはぺらぺら喋った。

 

「『すずちゃんが今シーズン出場大会全て金メダル獲れば、スケート界復帰を考える』って言ってくれたの?」

「そうやで。無茶言うわ」

「出場大会全て金メダル取れってのは、私のコーチ継続と同じ条件……」

「へえ。光ちゃん、純さんからそないなキビシイ条件くらってたんや。優しそうな人やけど、光ちゃんにはキビシかったんやな」

 『優しい人』? 蓮華茶での夜鷹純の評判に光は面食らった。

「優しい人? ……まあいいけど。

 あと、『個人曲かけ練習で転倒しない』ってのもあった」

「何それ!? そんな条件あったら、ウチ何回もバツくらっとるで。それは光ちゃんだけだったんや」

「……」

 自分だけ何故か冷たく扱われているように感じ、光は表情を引き攣らせた。

 

 ライリーが意外だったのは、蓮華茶も夜鷹純がアイチグループで何をするつもりか知らなかった事だ。

 ただ、蓮華茶にいるのは今シーズンまでで、来年からは『その仕事の準備』にスケート界に復帰したと言えるレベルで携わるらしい。コーチ業で復帰とかなら、商売敵になるという事で内緒にするのも理解できる。

「アイチのスケート部でコーチとかですかね? うまく行くといいですね」

「そうですね」

「……」

 夜鷹純の明るい話題だというのに、何故か素直に喜べない光だった。

 

―――

 

「へえ。そうなんだ……」

 光とすずとのおしゃべりは病院に着いても続いていたが、すぐに呼び出し案内がかかった。

「狼嵜光さん。診察室3番にお入り下さい」

「あ! ……はい」

 呼び出しがかかると、光はすぐに『しまった』と思った。さすがに今更、すずと話したいがための仮病だったとは口に出せない。

 

 診察室で、光はちょっと不安だったように装った。

「えっと、本当にちょっと違和感あっただけで、痛みはこれまで全くないです。違和感も今はほとんどないんですけど……」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 ライリーが後ろで顔を引き攣らせる。

 

「じゃあ、腰の痛みのテストするね。こっちに反って、こう捻ると痛みや違和感はある?」

「……ありません」

 ひねり痛みテスト等を進める医師に、ライリーは相談する。

「先生。光ちゃんは昨シーズン序盤に腰を痛めてまして、その再燃も心配ですので詳しく診ておいてもらえません?」

 医師はカルテを確認して答えた。

「去年は椎間関節性腰痛ですね。テストでは異常ありませんが念のためMRIも撮っておきますか」

「MRI……」

 ちょっと大事になり、光は気まずそうな顔になった。

 

―――

 

 光がMRIを撮り終えて部屋を出ると、待ち合いにすずと蛇崩がいた。

 その頬の傷には、傷口をまたぐように細い白テープが貼られていた。

「わ。その傷、縫ってきたの?」

「ううん。小さいし、針跡残らんようにステリなんとかいうテープで寄せるだけって。陽や水に当てたり表情変えたら良くないみたいやし、しばらくすずちゃんスマイル封印やわ。後でマスク買って隠さんとなぁ……」

「すずちゃんもこれからMRI?」

「そやね。脚の方、結構イッてるかもしれんからなあ……」

 

 蛇崩が不安げな顔ですずに泣き言のように声を洩らす。

「我慢して、痛いの隠してまで棍詰めてやらんで欲しかったわ……」

 すずの限界に気づかず、またも生徒を大和絵馬のような練習過多に追い込んでしまった自責に蛇崩は苛まれていた。

 

 それに対して、すずは開き直っていた。

「そやな。ふらりと天才コーチが現れて期間限定でパワーアップさせてくれる言うてるんやから、最大限パワーアップさせてもらわな損やん。もったいなくて、練習量セーブできんかったわ」

 誰よりも練習し、誰よりも転倒する、すずの練習スタイル。それでジュニアの頂点を目指そうとしたのだから、誰よりも丈夫な骨肉を備えているわけでもない限り、ある意味当然の結果だった。

 

「でも、この機会に純さんと蛇崩先生と一緒にねじり鉢巻で取りかからんかったら、今シーズン、4Sも4Tも、領域展開も何も身に付かなかったやろな……そういったボーナスタイムにうまく乗っかってしまっとったねん。今日すごく頑張ったら手が届くけど、1ヵ月ゆっくり時間かけてもできへんやろというような、な」

 肉体の限界を忘れるほどの成長の高揚が、更なる成長へとつながるスパイラルに乗ったのだろう。

 それが一瞬の煌めきのようなチャンス、またとない僥倖、限定チケットのような、逃したらもう手に入らない千載一遇の転機だと悟ったからこそ、すずは肉体の悲鳴に目を閉じて走り続け、全ジュニという舞台での勝利のために全ベットした。結果……賭けには勝った。

 すずには、表彰台のトップに立つ自分しか見えてなかったのだ。

 

「……そう」

 光には、何故夜鷹純が自分の元を去ったのか分からなくなってきた。鹿本すずを強くする事ができるなら、自分を違うやり方で強くする事もできただろう。コーチを手放す事が自分と同じく辿るべき道と説きながら、夜鷹純本人は別の生徒のコーチをしている。

 

 ……いや、この事について深く考えるのはやめよう。

 すずがどういう形で強くなったにせよ、夜鷹純は自分一人のものではない。夜鷹純の元を去った以上、夜鷹純が何をしようと――敵に回られても――自分が文句を言える立場ではないし、負けて『夜鷹純と同じスケートキャリアを踏襲する』事に失敗したとしても、新たに何かを失った訳ではない。自分は夜鷹を失ったのではなく、既に自分から手放したのだ。

 ここで、すずと自分を比べて挫けてしまう事だけはあってはならない事だ。

 

 そして、ライバルが挫けるところも見たくない。光は、すずの脚に目をやって言った。

「……脚、重くないといいね」

「そやな。そっちは腰?」

「そうだね。テストでも何とも無かったけど、念の為MRI」

「何も無いといいな。

 そや。隣の病棟に八木ちゃんおるんやって。今晩はベッドで経過観察やて。後でお詫びしに行かんとなあ」

 そういえば、夕凪がすずとの接触で頭を打って棄権していた。ここの病院にいるんだ。

「そう……私もお見舞い行こうかな」

「それじゃ」

 

―――

 

 MRI後の診断待ちをしている間、光はライリーから何度も聞かれた。

「本当に痛みはなかったの?」

 光はボロが出そうになりごまかしにかかった。もちろん、これはライリーには逆効果だった。

「あの、ライリー先生。私も試合前は気が張ってましたし、試合後も、その、ショックでしたので、記憶はあいまいなところがあります」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

「……そう」

「私もちょっと不安なだけで、受診しておいた方がいいと思っただけなので」

<<<<嘘嘘嘘嘘>>>>

 自分の頭の中だけで鳴っている嘘アラートにライリーが目を泳がせていると、美蜂が掣肘してきた。

「(こそこそ)ライリー先生、あまり根掘り葉掘り聞くのもいけませんよ。医師にお任せしましょう」

「……そ、そうね。漠然としたちょっとの不安でも、受診するに越したことは無いものね」

 美蜂にたしなめられ、ライリーも落ち着いた表情をつくり直した。嘘看破能力のせいでかえって自分が不安になっている。

 

 そこに、看護婦が来て伝えた。

「狼嵜光さん。すいませんが、MRI撮り直しお願いします」

「「え!?」」「……!?」

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