結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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122話 JGPファイナル前日譚 下

「光ちゃんが、身体痛めてまで4Lz跳んだのは、私のため? それで4回転封印になっちゃったの?」

 

 ああ、そうか……

 光は理解した。私の4回転封印を、いのりちゃんは自分のせいだと思ってしまったんだ。

「もう。そんなわけないじゃない。

 私が去年の春腰痛めてたの知ってるでしょ? あの4Lzが腰にすごく悪かったの。4Lzはどのみち封印しなきゃならなかった。そればかりか、腰痛めたせいで4Sまで続けるのが微妙になっちゃったの。

 でも、せっかく覚えた4Lz、一回も使わずに封印なんて我慢できる? 一回は試合で跳びたいよね?」

 いのりも聞きつつ、コクリとうなづく。

 

「ライリー先生もそれは理解してくれていたから『4Lzは一回だけ試合で使っていいけど、一回使ったらしばらく何シーズンか、腰の状況等改善するまで4回転全部禁止』って約束になった。

 でも、練習も腰危なくて跳べなくなってたから、それじゃすぐ跳べなくなっちゃうでしょ? だから、跳べるうちに跳びたかった。それだけ。

 いのりちゃんのために跳んだとかいのりちゃんが気にすることないよ。全ジュニの4Lz単独で脚痛めたとか腰痛めたとかいうわけではないし」

 

 いのりはその回答に納得できてないようだった。

「……でも、光ちゃんはこないだの4Tみたいに、一度覚えたジャンプなら練習してなくても跳べるんでしょ? 

 なら、4Lzはいざという時の為にとっておいた方が良かったんじゃ……?」

 

 ああ、それでいのりちゃんも今になってそんなこと聞いてきたのか。こないだの4Tを見たからだ。

 

「とんでもない! さすがに4Lzは4Tみたく練習なしでの維持はできないよ。だから、去年のうちに跳んで、もう、今シーズン頭には跳べなくなっちゃったよ! 去年の全ジュニから練習も一切してないから。とっておいても腐るだけだったよ。今年は2Lzから腰痛めない跳び方に直して3Lz戻すまでだったね。

 4Tは全然難易度違うし、跳び慣れてる段階になってたからブランクもまだなんとかなったけど……もう、いのりちゃん考えすぎ!

 確かに、あの日いのりちゃんが元気なかったから、私の演技で元気出してくれたらとは思ってあんな事言ったけどさ。その理由だけで構成変えてまで跳ばないよ! あれ、前日だよ? いるかちゃんが怪我して、ダリアさんもキノさんも微妙な得点だったからって、それまで頑張ってきた構成落としたくないじゃない?

 最初で最後の4Lzはあの全ジュニって、もともと決めてたの。まだノービスだったから、あの機会を逃したら次のシーズンまで微妙な大会しかないもの。女子ノービス世界初の4Lz、全中より全ジュニで跳びたいよね?」

「そうだったの……」

 よつやく、いのりも納得してくれたようだった。

 

 光も安心して、自分の選択を振り返った。

「でも、あの4Lzでいのりちゃんが元気だしてくれて、ファイナルでも大活躍してくれて良かった! 跳んだ甲斐あったよ。点数や記録以上に」

 その言葉に、いのりの罪悪感も緩んだようだ。いのりは顔を赤くして礼を言った。

「あ、改めて、あの時は本当にありがとう……」

 

 さらに、今痛めていている脚についての話もした。

「それに、腰じゃなくて脚まで痛めてるなんて気づいてなかったから、あの時に4Lz跳んでおいて4回転全封印してて助かったと思う。

 私の4Sなんていのりちゃんのと違って、腰はもとより脚の負担も大きめだから、封印せずに4S跳んでたら脚の事に気づく前に疲労骨折してたかも」

「……確かに、フォアクロスからの4Sは跳び出しで負荷大きくなりやすいし、今シーズン跳んでたら危険度高かったかもね」 

 いのりも『光の去年の全ジュニでの4Lzは、跳んだら4回転封印する約束の上での予定構成だった』『そもそも光の4回転のうち幾つかは高リスクで、早期封印は必然だった』という事を飲み込んだようだった。

 

 そこで、光は少し思い出したように、残念そうな顔になった。

「あー、でも、流石に4Tは大丈夫だと思ってたから封印の約束破って勝手に跳んだんだけど……いのりちゃんに勝つのが精一杯だったなぁ」

「……私、光ちゃんに無理させちゃった?」

 そこで、いのりが遠慮がちに聞くと、光はとんでもないという顔をした。

「いやいや。そんな遠慮しないでよ。ギリギリまで攻めて磨いた技を繰り出すのが楽しいんだし、誤ってケガしちゃう危険は自己責任。そこはお互い全力でやろうよ。

 私はそこまで気遣いされるほどのケガしてるわけじゃない。そんなセリフは私に勝ってから言って欲しいな」

「あ、ごめん」

「ふふ。脚治ったらまた私が勝ってみせるからね」

「ま、負けないよ!」

 

 そこで、光は思い出したように頭を抱えた。

「……でも、すずちゃんといるかちゃんに負けて連勝記録途絶えたのはくやしい……脚のケガより痛い……

 いるかちゃんがフル復活して4T2本跳んでくるし、すずちゃんは4Tと4S覚えてきた上、プレゼンが格段に伸びたし、予想外だった……

 絶対リベンジしたいけど、当面の課題は4Tより表現力磨きよね……まだ自分のものにできていないから、うまくいっている時はいいけど、ちょっとしたミスや油断ですぐわかりやすく崩れちゃう。

 4Tも戻したいけど、こんな具合になっちやって、脚治って骨量とかも良くならないと封印解除してもらえないよね。来シーズンになるか……ま、焦らずやっていくしかないよね」

「そうだね……」

 

 光は、いのりの前でそんな事を話しながらも、いのりの密かに抱いていた心の負担を和らげる事ができた事に安堵していた。

 

―――蓮華茶FSC

 

「あー……滑りたいわ……」

 マスクをした鹿本すずはリンクサイドでつまらなそうにそう呟いた。まだ完全休養中で、今日は見取り稽古のみである。

 表情筋を使うのも顔の傷によくないので、いつものように笑顔で愛嬌を振り撒いて回ることも出来ず、マスクで傷を隠した仏頂面の鹿本すずは、蓮華茶界隈ではちょっとレアキャラであった。

 

「すず姉。うちの滑走、どうやった?」

 そうリンクの中から聞いてきた絵馬にすずは答えた。

「うん。ジャンプの出来栄えも一皮剥けてきたな。今度、3A跳びたいってジャッキー先生に言ってみたら?」

 絵馬は少し顔を伏せて答えた。

「実はもう言った。でもまだ早いって。純さんもジャンプ設計がまだ見えないって。『全日本に集中したら?』って言われた」

「せやな。さすがに今から仕込んで全日本とか無理やな。

 あー。ウチも、全日本行きたかったわ。こないだの表彰台、顔腫らしていたし、写真映えイマイチになってしもうたしな……」

 スマホで全ジュニ表彰台映像を確認しつつそんな妄言を呟くすずに、後ろからツッコミが来た。

「こら。何またおんなじ映像何度も見とるねん」

 蛇崩だった。

 

「いや、ちょっと明るさ加減細工して、絆創膏見えにくくしたバージョンで……」

 抗弁するすずに蛇崩は呆れ顔だ。

「まあ、あんなケガしとってよく優勝できたもんや。脚もシンスプリント痛かったんやないか?」

 すずは不機嫌そうに答えた。

「口ん中痛かったからなぁ。そっちの痛みでアドレナリン出て、演技中は脚の痛みは感じへんかったわ。おかげで4Sも跳べたわ」

 

「そうか。まあ、骨膜浮腫までで良かったわ。

 ……光ちゃんの事、聞いたか?」

 話題を変えてきた蛇崩に、すずは声を落として問い返した。

「光ちゃんがどうしたん?」

「全日本もファイナルも回避するそうや。脚に負担きていたらしい。噂によると骨髄浮腫らしいわ」

「……!!」

 すずは頬の筋肉を動かさないように、眉をひそめた。

「……そうか、光ちゃん調子悪いと思ってたら、脚、骨髄までイっとったんか。うちより痛かったやろに、よう我慢して4Tまで跳んだな。

 そないなハンデまであったんか……これは勝ったとは言えんな。回復したら再戦に備えて鍛え直しやな」

 すずは勝手に一人そんな勘違いをして決意を新たにした。

 

 そんなすずを絵馬が掣肘してきた。

「すず姉。焦ったらあかんよ。とりあえず1回勝ったんやし。しっかりと治してからいかんと、無理がきかんようなるよ」

「せやな。やっば絆創膏ない顔で表彰台トップ立ちたいからな」

「顔の方やなくて、脚の方や」

 

 二人がそんな漫才をしていると、柄後久翔がやって来て蛇崩に聞いた。

「ジャッキー先生、純さん知らない?」

「純さんなら、今日はねねよしペアと関空NTCやで」

 ペアで活動する紅熊寧々子と犀川良篤のねねよしペアは、リンクを占有する練習が多く必要なため、関空のトレセンを利用する事も多い。

「おろ? 純さん、ねねよしペアも特別指導始めた!?」

 驚く久翔に蛇崩は答えた。

「ないない。資格の必須科目やないけど、ペアの指導法とかもひととおり勉強しとるんや。純さんは。

 あと、関空につるかめペアが来とるらしいで。あの人たちも指導者目指しとるからな」

 『つるかめペア』とは前回のオリンピックで金メダルを獲って引退した鶴喰・丸亀選手のペアで、引退後は指導者を目指してカナダで研修を始めていたと聞く。また、大変仲が良く、金メダル獲った直後にはよくテレビにも出ていた。

 

「わー。つるかめペア来とるんか。純さんもいて、金メダリストそろい踏みやな。そっち見に行きたかったわ」

 すずがそう漏らすと、蛇崩のツッコミが入った。

「こらこら。遊びに行ってるんとちゃうで。ねねよしも今回のグランプリファイナルは気合い入ってるからな。スポンサーも決まったし、ええとこ見せんとあかんからな」

 

 今度は久翔から空気を読まない質問が来た。

「そう言えば、ねねよしペアにアイチ自動車がスポンサーについて、アイチ自動車に移籍するかもとか聞いたけど、どうなんすか?」

 蛇崩は困り顔で説明した。

「……どこから聞いたんや。

 まあ、来年は大学進学に伴って京都から離れるみたいやが、2人とも所属はここのままやで。今までもカナダとかたまに行ってたやろ? あと、スポンサーさんの片方はアイチ自動車やなくてアイチグループや。そして……

 おっと。それより久翔。お前もジュニアのファイナルやろ。いらん事聞いとらんと練習に戻らんか」

 

「そうっスね。純さんにちょっと聞きたい事あったんですけど、しょうがない。

 今回のファイナルではいいところ見せないといけないしなぁ」

 久翔はそう答えて、練習に戻った。

「……亜子ちゃん出るし、シリーズと違ってバンケットもある。エキジビジョンだって……チャンスは……」

 なにやら胡乱な事を呟きながら。

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