―――表彰式後、ホテル
亜子は、いのりがフリーでハマった珍ミスの理由を知り、気の毒そうな顔だった。
「……そんなことがあったんだ……」
「そうなの……恥ずかしい」
「ほらほら。いのりん。いつまでも引きずってないで」
亜子といのり、ライリーがそんな話をしながらホテルに戻ると、補欠選手だったフランスのアルエット・デュポワとその通訳がいた。
「あ、アルエットちゃん。まだいたんだ」
いのりのノンデリ発言にアルエットが怒る。
「『まだいたんだ』はないでしょ! 私だって選手ID発行されてるんだから! エキジビジョンの最後の群舞やバンケットにだって参加するんだからね!」
八木夕凪が脳震とう明けの微妙な参加だったこともあり、アルエットは補欠扱いながらショート前日の公式練習も参加したりと、選手同然の扱いを受けていた。
「もー。イノリちゃんは……。
でも、スターフォックス、今回すごいね! 出場した選手、みんな台乗りでしょ? アコちゃん1位に、イノリちゃん2位のワンツー。さらに、男子のヒヨドリ選手も3位とか」
「まあ……」
凡ミスというか珍ミスで優勝を逃したいのりは複雑な表情だ。
「台乗りだとエキジビジョンでも1本滑るのよね……実は私も群舞前に他の選手の代役で、日本の選手とエキジビジョン1本一緒に滑らないかって話があったんだけど……」
どこかで聞いた話だ。
「それって蓮華茶のすずちゃんの代役で、柄後選手と『バラード1番』滑らないかって話?」
亜子が聞くと、アルエットが意を得たりと返す。
「そうそう! 亜子ちゃんにも来たの?」
「うん。そうなの。私は断ったけどね」
「私も断ったわ。柄後選手とは全然交流なかったし、『バラード1番』滑ったのは何年も前だしね。
でも、コーチは困ってるみたい。なんでも、シニアの選手でEX曲がかぶってるからって譲ってくれた選手がいるみたいで、かえって何が何でも『バラード1番』でやらなきゃならなくなったけど、どうも1人だと物足りない構成らしくって」
「ジュニアでEXネタ切れはあるあるよね。昔の曲でも使用済ネタでも使い回せばいいのに」
「わ、私は今回ちゃんと仕込んで来たよ!」
「いのりちゃんには言ってないわよ」
「あはは……」
「……」
そんな話をライリーは横聞きして少し思案顔になった。
―――ホテル内、蓮華茶の部屋
きゅぴーん⭐︎
「よし、この笑顔とポーズだな。これで決めるぞ……」
柄後久翔は鏡の前でポーズをキメて予行演習をしていた。何の予行演習かというと……
「『やあ! 亜子ちゃん、優勝おめでとう! 僕もなんとか表彰台取れてね。それで、ガラなんだけど……やっぱり手伝ってくれないかな? アメリカのミカエル選手がガラでの『ショパン・バラード1番』譲るって言ってくれて、僕もなんとかいい形で演りたいんだけど、亜子ちゃんくらい上手な相手がどうしても必要なんだ。フランスの補欠選手にまで声かけたけど断られて……だから、改めてお願いするよ……』……うーん。『お願いします』の方が切羽詰まってる感があっていいかなぁ?」
亜子をエキジビジョンに引き込む予行演習だった。
そこに蛇崩がやって来て言った。
「おい、久翔。喜べ。ガラで一緒に演ってくれる人おったで」
「へ? あれ? まさかアルエット・デュポワ選手?」
アルエットにあたって欲しいとは言っていたが、全く交流がないのでOKがもらえるとは思ってなかった。むしろ、断られた事を口実に亜子にお願いする為の当て馬だった。
「ちゃうちゃう。デュポワ選手には断られたわ。でも、代わりに、それ聞いたスターフォックスのライリー先生が気ぃ回してくれて……」
「ライリー先生が!? 亜子ちゃんと滑っていいって?」
やや食い気味に詰め寄られ、慌てる蛇崩。
「ちゃうちゃう! 落ち着けって。亜子ちゃんは出せないけど、胡荒コーチならいいって」
「胡荒『コーチ』?」
「そう。亜子ちゃんのお母さんやな。選手やったのは20年近く前やけど、2Aまでならイケるってさ」
「……」
久翔は「なんでそうなった?」という顔になった。
流石にこれを断って「やっぱり亜子ちゃんお願いします」と言うのは失礼すぎてできないし。
亜子ちゃんのお母さん……亜子ちゃんに似てて結構美人で……いやいや、何考えているんだ。
そう! 「将を射んと欲すればまず馬を射よ」って言うじゃないか。ここはお母さんの方と仲良くなるきっかけを作ったとして良しとしよう!
「……はい。では、胡荒コーチにお願いします」
蛇崩もそれを聞いてホッとした顔になった。
「おう、良かったわ。実は胡荒コーチ、こっちに来とるねん。挨拶しや」
「え!? 来てるの?」
驚く久翔の前に胡荒コーチが入ってきた。
「はじめまして。スターフォックスの胡荒です。亜子の母でコーチをしています。
柄後久翔選手、準優勝おめでとうございます。エキジビジョンで困ってらっしゃるという事で、僭越ながら私が鹿本すず選手の代役を務めさせていただきます」
「……」
やっぱり綺麗だな。このお母さん。
「おい、久翔」
「は、はい!」
蛇崩に促され、久翔は惚けていた顔を作り直して答えた。
「はじめまして。胡荒コーチ。よろしくお願いします」
きゅぴーん⭐︎
さんざん予行演習した笑顔と決めポーズは、なぜか亜子ではなく母親に捧げられた。
―――エキジビジョン
グランプリ、ジュニアグランプリの全試合が終わってエキジビジョンが始まった。
シングル男子で3位の朱蒴は学生服に鞄を持ってコミカルなスクールダンスを決めた。ショーとして観客にはウケて笑いも取れたし、いのりにも好印象だったが、見る者が見れば「準備不足だったからジュニアにしか許されないコメディに逃げた」とわかる内容だった。
「台乗りできるとは思ってなかったからなあ……もっといいネタ積んでくるんだった……」
いのりはノービス時代の「花の妖精」の衣装を手直しした衣装で現れた。曲もノービス時代の「花の妖精」。旧プログラムの再利用かと思いきや……
……シュタッ
ジャンプから着地したいのりの手に、小さな花が現れた。
「え!? 何? 今の手品!?」
「仕込んでたんだ。多分、手袋?」
「取り出す動きが自然すぎてわからなかった……」
いのりはそっとその花を氷上に置くと、続いて滑走しながら次々と花を取り出し、次々と花をリンクに撒きだした。
「え? また!? 今のどこから?」
「今出したのは髪からだけど、その前のは見えなかった……」
「あはは! イタズラ好きの『花の妖精』だね!」
リンクを花だらけにされてはかなわないと、リンクサイドから司が慌てた様子で籠を持って出てきて花を回収し始める。もちろん、コミカルに見せる演技だ。
いのりはそれに構わず、司から逃げ回ってリンクを縦横無尽に駆け回りつつ花をバラ撒き、ときにはリンクの手すりや司の背中にくっつける。
タネの取り出し方にはモロバレの稚拙なものもあったが、時には驚くようなところからの取り出しも見せた。
「うわ! 今のヘアカッタースピンしながら、ブレードの隙間に仕込んだ花取って咲かせた!」
「いくつ仕込んでるの!? 手品師顔負けだね……」
「ライリー先生、あれ、いのりちゃんどうやってるんですか?」
朱蒴の質問にライリーが答える。
「ジュナさんの仕込みで、練習が行き詰まった時とかに気分変えるため、内緒でコツコツやっていたのよ。もとはジュナさんが自分でやるつもりのネタだったらしいけど」
最後に、花拾いでヘロヘロに疲れた様子の司に、いのりが大きな花束を渡す。それを司が苦笑しながら受け取ってエンディングとなった。
「うわ……あの大きな花束、どこに仕込んでたか分からなかった」
「多分……多分だけど、コーチの背中に花をくっつけるフリして、コーチの籠からタネの棒受け取った……」
「仕込みもすごいけど、コーチと選手のいい関係がわかる良いエキジビジョンだったわ」
そして、男子2位の柄後久翔のエキジビジョン。
曲はショパンの「バラード1番」。最初は久翔が1人で出てきて滑る。最初はかなり抑えめで寂しそうな表情だ。
「なんか寂しそう……」
「誰か探しているような……」
そこで、久翔がリンクサイドに手を差し伸べると、胡荒コーチがおずおずとリンクに降りた。
「あ、リンクサイドから誰か出てきた! 誰?」
「あれ? あの人、優勝した日本のコアラ選手のコーチじゃない? ほら、キスクラで泣いてた……」
「へえ。ガラ出て来るってことはコーチでも結構滑れるんだ」
そこから、久翔の振り付けを胡荒コーチがなぞるような振り付けのやりとりに入った。
「なんだか、逆にコーチが教わっているみたい」
「でも、コーチも下手なわけじゃなくて、ちょっと振り付けが昔風かなぁ?」
「でも、だんだん上手くなってるね」
最初は、ちょっと自信無さげに滑っていた胡荒コーチだったが、振り付けのやりとりを繰り返すうちにだんだんと演技がノってくる。
その演技がハネたのは、シンクロジャンプの2Aからだった。
……シュタッ
「お! シンクロジャンプも決めた!」
「おばさんコーチやるじゃん」
「(良かった……決めてくれた)」
久翔もホッとして笑顔をこぼす。
そんな久翔や観客の反応以上に、胡荒コーチは演技の手応えを身体で感じていた。
「(今のジャンプで完全に感覚が戻った……リンクの空気が身体を流れるのを感じる。次は柄後選手の3Sにこちらは2S合わせる予定だけど……いける!)」
顔を下向きにし直線的に加速する久翔に対し、胡荒コーチは客席奥を見つつ弧を描いてジャンプに入る。
……シュタッ
「え! 3Sシンクロした!」
「すごい!」
「(え!? 2Sでいいって言ってたのに……)」
久翔も少し驚いて流れた。
対して、胡荒コーチは着氷後一瞬止まって見せてから滑り出す。
「なんか、2人の滑り方は雰囲気違うね」
「昔風だね……でも、イイ……」
若い観客はわからなかったが、往年の観客は、再び滑り出した胡荒コーチにかつての競技者の姿を見た。
いのりが急に膝を打って言い出した。
「わかった! このプログラム、『古い芸術性のスケート』と『新しい競技性のスケート』を対比させて、両方の良さを引き立てるプログラムなんだ……亜子ちゃんやすずちゃん、伝統的っぽい演じ方できるから……でも、実際に元選手だった人がやると、よりエモくなるね。ね、亜子ちゃん」
亜子が少し引き気味に答える。
「わ、私はあそこまで古くさ……東欧っぽく滑らないわよ。ほら、あの肘からの使い方や、指先より手のひら見せていく振り付けなんて、私はやらないでしょ」
「うん。でも、胡荒コーチがやるとハマってるよね」
「ま、まあ……」
その対比が誰の目にも明らかになったのは、2人が並んだイナバウアーだった。
スピード型の鋭い線を描く久翔に対し、胡荒コーチは入る前に肩を開き、顎を上げて胸で音を受けて入る。少し遅いが、静かな伸びと流れ続ける深いエッジが曲に合っていた。
ここまで来ると、若い観客にもこの構成の意図は明確だった。
「若い才能が、昔の芸術家を呼び覚ましたような感じだね」
記憶が徐々に燃え上がるような、若い情熱と郷愁を感じる『バラード1番』がまた、この舞台設定にもぴったりだった。
最後に久翔がエスコートしようとすると、その時だけ胡荒コーチが先に滑り出した。久翔が少し遅れて追って退場する、という形で締めくくられた。
『昔、この人が主役だった』
と、思わせるエンディングだった。
「……これ。すずちゃんが相手役やる予定だったのよね。すずちゃん、柄後君のガラ手伝うフリして、自分が目立ちたかったんじゃ……自分のガラと別に……」
亜子は、誰に言うともなくそうツッコミを入れた。