結束いのり、スターフォックスへ   作:山倉衛

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127話 JGPファイナル その5

―――エキジビジョンの続き

 

 ジュニア準優勝までのエキジビジョンに続いてシニアの準優勝のエキジビジョンが終わると、いよいよ優勝者のエキジビジョンとなった。

 

 優勝者の亜子のエキジビジョンには、観客の注目が集まっていた。

「日本の子のエキジビジョンはいいね。ジュニアの子もシニアの選手も、笑いあり感動あり、それぞれショーマンシップに溢れたエキジビジョンを用意してる」

「いよいよチャンピオンのコアラ選手のエキジビジョンか……題目は『古い稽古場の記憶』で、曲は『ノクターン第20番』に『展覧会の絵』から『古城』と『第2プロムナード』か」

「ポーランド大会という事で、ショパンを入れる選手は多いね。もう一つは競技で使った『展覧会の絵』からだけど、ストーリーに合わせた編曲が期待できるな」

 

 照明の落ちたリンクに亜子が降りた。

 くすんだ薄い青のカーディガンの下には同じくくすんだ黄色の練習着がのぞいている。何かの連帯を思わせる色の組み合わせだ。

 その手には、キリル文字の書かれた黒いリングノート。

 

 静寂を破って奏でられたノクターンは、独白的で夜の記憶のようなピアノから始まる。が、亜子はすぐには滑り出さず、ノートを開いて何かを読む。

 そして、ノートを片手にその場で基本的なステップ練習を始める。何かを思い出すような動きだ。

 

 やがて亜子がノートを閉じると、曲がプロムナードに移った。動きも変わり、亜子はリンクを歩くように巡り、誰かを探すようにリンクサイドに目を向けながら、練習の記憶を訪ねるように各エレメントをひとつづつ披露する。

 

 そして、曲が「古城」に移ると、亜子はリンクサイドを探すのをやめ、時折ノートを掲げつつ、本戦で見せた振り付けを再現する。

 観客が感心したような声をあげる。

「ほほう……『古城』を『誰もいない静かな稽古場』に見立てたか」

 

 「プロムナード」にもどり、亜子はノートを胸に抱くともう一度リンクの各所で祈るような仕草をしてまわる。そして、最後にリンク中央で奥を振り返り見る、というエンディングだった。

 

 観客が感心して評する。

「……芸術の継承がテーマか。いいエキジビジョンだった」

「師からの教えを胸に研鑽を積む誓いを感じるね」

 

 リンクサイドでライリーは、胡荒コーチに言った。

「用意していたエキジビジョン、使えて良かったね」

「ええ。19年もかかりましたが……」

 胡荒コーチはそう答え、少し目を拭ってから言った。

「亜子を手伝ってくれたレオニードさんにも少しは恩返しできたと思います。でも、次からは亜子に任せますね。

 トップ選手として、EXくらいは自分で考えて用意させないと。大会直前に思い出して言い出すのではなく」

 

―――バンケット

 

 エキジビジョンが終わった後の晩、バンケットが開かれた。

 小さなサンドイッチや薄いチーズ、サラダといった軽食にまじり、小さなピエロギというポーランド風餃子や、酸味のあるライ麦スープのジュレックが小カップで提供されてたりした。

 男子の選手はジャケットを着こなし、女子の選手はパーティドレス姿で各国入り混じり、会話を楽しんでいる。が、まだパーティ慣れしていないいのりとしては、少し窮屈な気分だった。

 

「(光ちゃんとも一緒に来たかったな……ドレス着てパーティとか、絶対光ちゃん好きそうなのに)」

 いのりがここにいない光の事を考えていると、タキシード姿のミーアに話しかけられた。

「ハーイ。いのりちゃん。お疲れ様〜」

「……」

 ミーアはいのりに話かけてきたが、いのりはロコツにイヤな顔をして距離を置いた。その間に亜子が割って入り、久々に出したデスボイスでミーアを威嚇する。

「いのりちゃんはあなたとお話ししたくないってさ」

 いのりがミーアを避けたのには訳がある。

 ミーアは光と理凰との関係に気付いてそれを利用し、シリーズのトルコ戦でいのりを騙して、いのりと理凰がキスしたと誤解をさせるような、光との離間工作を仕掛けていた。実際それで一時期2人の仲が険悪になっていたのだからたまったものではない。

 

 ミーアはつまらなそうな顔をつくり、亜子に矛先を変えた。本当はいのりとも関係修復するつもりだったが、こうも露骨に敵視されれば腹も立つ。

「あら、そう? まあ、身内に不幸が重なると臆病にもなるものね。もっとも、クラブメイトの不幸で掴んだチャンスで躍進できる子もいるようだけど」

 亜子が眉をひそめる。光の負傷でファイナルに繰り上がり出場となった亜子への皮肉にしか聞こえない。

 

 これで引き下がる勇者亜子ではない。

「ミーアさんの方が、他人にトラブルもたらしていると思いますけど。いのりちゃんと光ちゃんとか」

「……何のことかしら?」

 とぼけるミーアに、亜子は英語で用意しておいた悪口を叩きつけた。

「まあ、弁護士に何か相談するとトラブルを大きくしてくれるというのはよくあることですしね。ミーアさんはコーリエ・サンダースの役、お似合いですよ」

「!! なにっ!?」

 これはミーアのシャクに障った。ミーアは演題に選ぶだけあって「サンダース法律事務所」の大ファンだ。コーリエ・サンダースを悪徳弁護士呼ばわりするような亜子の発言は看過できない。

 

「ははは……スターフォックスには弁護士ではなくエクソシストが必要なんじゃないかい? 不吉に黒く染められた影が見えるよ。おっと、元々黒いんだっけ?」

 髪を染めてきた事をからかわれた亜子もやり返す。

「そうですね。弁護士にせよエクソシストにせよ、良い方を雇いたいですね。役立たたずは金メダリストでも指導陣からリストラされる厳しい世界ですから」

「……」

 むかむかっ!

 今度は金メダリストの叔父リアムを指導陣から外した事をイジってきやがった。この日本人、許せん。

 

「まあ、金メダルさえあれば女子高生でもヘッドコーチになれる未開の地もあるようだから、厳しい世界ってことはないんじゃない? さすがにアメリカでは通用しないだろうけどね」

 ミーアが金メダリストのライリーヘッドコーチの事を突くと、亜子はミーアの振付師の事を揶揄し返してきた。

「まあ、ろくな成果が出せないままシニア初年度まで頑張ってから引退しても、選手を台乗りさせられるまともな構成を作ったりとかできるのか、甚だ疑問ではありますが」

 わなわな……

 今回表彰台に乗れなかったミーアは怒りに震えた。

 

 そんな悪口の応酬は、誰も止めないうちにどんどんくだらないものになっていき、ついにあるまじき領域に達してしまった。早口の英語とは言え、皆耳をそば立てていたり、翻訳アプリを使ってたりしたものだから、大体の選手に、そのあるまじき内容は伝わってしまっていた。

 

「あーあ。身体が小さい選手は楽でいいわね。……上半身の一部だけ特に」

 ミーアのその言葉は場の空気を一拍で凍らせたが、ミーアは気づかず続けてしまった。

 

「私はファンに〝実力はオリンピック級、でも上半身はノービス級のシンデレラ〟なんて言われないし」

 それは自分ではなく他の選手に使われた表現だったと思ったが、切り返すネタが尽きてきた亜子は黙る。

「……」

 ミーアはそこにさらに追い打ちをかけた、つもりだった、

「まあ……あなたは男子シングルでも通用するかもね。ペアを見つけるのは無理そうだけど」

 

 それが決定打だった。亜子は何やら周りから異様な雰囲気を感じた。見ると、ミーアの背後からシニア女子の選手が鬼のような形相をして亜子に「お前は後ろに下がれ」と追い払うような手振りをしている。

 いや、その選手からだけでなく、それ以外のあちこちの方向から亜子ではなくミーアの方を睨みつけるような視線を感じる。身の危険を感じた亜子はそっと後ろに下がった。そこを、柄後久翔が心得たとばかりに手を引いて亜子をミーアから引き離す。

 

「ふん♪ ボーイフレンドに庇われていい身分ね」

 亜子が引き下がったことにほくそ笑むミーアだったが……

 

 ぼす

「いてっ!」

 ミーアの背中に、どこからか、何か柔らかいものが投げつけられた。

「ちょっと、誰?これ投げたの。虎のぬいぐるみ?」

 そう文句を言うミーアの視界は、次に飛来した巨大なヒグマのぬいぐるみで遮られた。

「え……?」

 どさっ

 尻餅をつくミーア。

 

 ぽす、ぱさ、ぽふ

「あたっ! いたっ! いたたっ!」

 背中に、肩に、頭に、

 ぬいぐるみだけでなく、タオルやティッシュケース、フォームローラー、果てはヨガマットロールが四方八方から飛んでくる。

 

 視界の向こうでは何人かの女子選手があるいは無表情で、あるいは面白半分に、次の「弾」を探している。

「待って、話し合おう」

 飛来物の山に埋もれかけながらそう語るミーア。

 慌てて駆け寄り彼女を庇う振付師の青年。

 

 その時、空気を割いてゆっくり弧を描く影が見えた。

 他のものより明らかに大きく重い。

「それはダメじゃない? ……きゃっ!」

 どさっ!

 束ねられた重いバトルロープがミーアを、庇いに入った振付師ごと床に叩きつけた。

 

「……」

「……ひそひそ(あれはやりすぎじゃない?)」

「……ひそひそ(つい……)」

 

 飛来物が止み、さすがに周りが心配する中、むくりと起き上がったミーアは誰に向かうでもなく演説を始めた。

「OK、OK……メッセージは受け取った。誰からかも分かってるから心配しないで。ぬいぐるみで戦争は始めないよ」

 

 ミーアは服の埃を払いつつ、バトルロープを受けた衝撃で目を回す振付師を助け起こし、演説を続けた。

「バトルロープ投げた人も……いい射程距離してるね。

 でも安心して。今夜は外交の場だ。戦争は氷の上だけでいい。私は……戦略的撤退して別の場所に移動する。

 明日は友好的関係から始めよう」

 ミーアは迂闊な発言で敵を増やした事を恥じ、すごすごと部屋の隅に退きさがった。

 

 騒ぎを遠目に見ていたコーチの1人が、最初にぬいぐるみを投げつけた選手の方を見てひとりごちた。

「あの選手も韓国で『ノービス並みのシンデレラバスト』なんて、ファンからイジられてからなあ……まあ、同じ悩みを持つ女子選手も結構多いようだったな」

 女子フィギュアスケーターにバストサイズの話題は禁物である。

 

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